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    ak1r6

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    RL後〜KOP前のコウヒロ

    #コウヒロ
    kouhiro.

    鱈のヴァプール トーン。ビシャン。トーン。バシャン。
     放課後アパートの扉を開けると、そこには上着を脱いだ制服姿のコウジが、新妻よろしく楚々としたエプロンを身に纏い、何やら神妙な面持ちで小さな玉ねぎを放ってはキャッチ、放ってはキャッチ、ともてあそびつつ思慮をめぐらせているところだった。
     トーン。
     コウジが手首を捻る。宙を舞った玉ねぎはその薄皮をピュンピュン震わせながらぎゅるぎゅる回転してまたコウジの手の平にビダン! と勢いよく着地した。
    「早いな。もう夕飯の支度か」
    「うん」
     時計を見ると十六時を回ったところだった。カヅキが来るまで、まだ三時間もある。
     カカカカカカ。いつにない機敏さで猛然と玉葱を切り刻むコウジはニコリともしない。というか俺を一瞥もしない。だが怒ってはいない、と、思う。たぶん。どうやら頭の中でレシピ検索を終え、作業に没頭しはじめたところらしい。
     まぁ、コウジの天才マイペースっぷりには慣れているから、構わない。構わないよ、俺は。料理中によそ見なんかしたら危ないしね。
     ふいにコウジが眉を顰めた。目に涙をいっぱいに溜めて、堪えるように目尻を吊り上げる。玉葱の催涙物質を喰らったらしい。涙目の険しい表情を見て、俺は何故だかひどくそら恐ろしい気持ちになった。玉葱へのシンパシーかな。
     シンクで手洗いうがいをしている横で、コウジが私物のクーラーボックスから魚を一尾取り出してドペンとまな板に置いた。田中さんの肩幅ぐらいもある魚だ。そいつは狭い調理台に収まらず、尻尾はコンロにだらり、頭部はシンクにぞろり、とはみ出してきた。つぶらで虚ろな目。感情の伺えない大ぶりな口元。俺はメタリックに輝く頭を汚さないよう、慎重に隙間を縫って、シンクの底へうがいの水を吐き出した。
     ショー。ショッショッ。ショー。包丁が素早く皮を撫でる。薄い鱗が刃の上に積み重なっていく。
    「今日は何作るんだ?」
     コウジの背後にまわって細身の腰に腕を巻きつける。ああ、やわらかい。いいにおい。ふわふわした黒髪が鼻をくすぐって、心地よさに束の間目を閉じる。肩越しにまな板を覗くと、魚はすっかり鱗が取れてまだら模様の皮を晒していた。コウジは何も言わずに、包丁を握ったままの右肘でツンツンと俺の腕をつついた。料理中は離れろっていうサイン。はいはい。邪魔しませんとも。
     黙って一歩下がって、でも何となく離れ難くて、一歩下がったところでコウジの肩甲骨がもぞもぞと動くのを眺める。動きに合わせて、エプロンの長い紐が揺れる。俺は手すさびにそれを取りあげた。身頃の生地と違う、光沢のある滑らかな布地。柔らかな帯がぬろぬろと手の上でうごめいた。そういえば仁さんも、よくこういう生地の服を着ていた。母さんの服も、手触りは違うけどツヤツヤきらきらしていて、俺はそれが好きだったな。ぬろぬろ。しばらくもてあそんだあと、ぬろぬろを俺の腕にちょうちょ結びしてみる。
     コウジがチラッと振り向いて、小さく笑った。その微かな微笑みだけで、俺は完全に舞い上がってしまう。でもそれは本当に一瞬のことで、コウジの目線はすぐに手元の魚に戻っていってしまった。いつもギターを爪弾く指先が、艶やかな腹を撫でる。
     いいなぁ、魚は。
     血溜まりと白い肉の合間から、腸がもろん、と溢れ出た。
     思いつくままに、目の前の肩甲骨に話しかけてみる。応えるコウジは聞いているんだか聞いてないんだかよくわからない調子だ。
     なぁコウジ、うん、おれ白身魚はそんなに得意じゃないんだよな、うん、いやコウジの料理なら美味しいんだろうけど、うーん、明日はカレーが食べたいな、うんうん、今夜抱かせてよ、それは駄目。
     ちゃんと聴いてるんじゃないか。
     引き抜かれた魚の頭がシンクに落ちて、赤黒い内臓がダパパッとまな板一面に広がった。
     うわっグロいなぁ、よくそんなの触れるなコウジは。信じられない。尊敬するよ。さっすがコウジ。おれは無理。
     ……無言。しばしの沈黙。いや、これは……鼻歌? ハピハピハピなる? わかった。わかったよ。お喋りの気分じゃないんだな。もう邪魔しないさ。
     まぁこんなのは慣れっこだ。
     俺は慣れっこだけどさ、コウジは誰にでもそうなのかな。なるちゃんとか、いとちゃんにもさ。……いとちゃんか。あの子は口数も多くなさそうだし、コウジの振る舞いにも動じなさそうだ。
     コウジといとちゃんは運命で繋がってる。ふたりはきっと自然体で一緒にいることができるのだろう。俺と違って。俺が十しゃべるとしたら、いつもコウジが返すのは六くらい。今みたいに無視に近い時もある。俺が喋りたい時に、コウジも喋りたいとは限らない。昔は、俺のしたいことと、コウジのしたいことはピッタリ同じものだと思ってたけど……きっと俺は、少し勘違いしてたんだよな。
     あ、やばい。ちょっと泣きそう。バットに積まれたみじん切りの山から、鼻をつんとさせる成分が遅れて俺の元にもやって来たらしい。
     たぱたぱたぱたぱ。ちゃくちゃくちゃく。
     開かれた魚の背骨についた血が、歯ブラシでこすり洗われる。あの歯ブラシ、魚を洗う用に常備してるのかな。初めて見るけど。
     ……俺だって。運命じゃなくても、コウジのそばにいることができる。できるようになったんだ。今は、それが許されている。俺がオーバーザレインボーでいる間、俺がコウジの曲を歌える間、コウジが俺の声とショーを好きでいてくれる間は。だから大丈夫。俺は世界で一番幸せだ。
     さ、居間で大人しくゲームでもしながら、この幸福を噛みしめるとしようか。
     腕のちょうちょを解くと、帯は抵抗もなくだらんと垂れ下がった。
    「……たらは」
     トン、トン、トトン。
     三枚におろした魚を更に小さく切り分けながら、コウジがおもむろに呟いた。
    「鱈は高蛋白・低脂肪・低カロリーでビタミンB12が豊富なんだ」
    「う、うん?」
     この魚、鱈だったのか。
    「ビタミンB12はアミノ酸代謝、核酸代謝、葉酸の代謝に関わる栄養素で、赤血球の生成を助けもする」
     それは何となく知ってる。毎日サプリ飲んでるから。
    「弾力があって、目が澄んでいて、エラが鮮やかに赤いのがおいしい鱈なんだ。これは今朝築地で選んできたもので、ぴったり条件に合う。切り身なら、透明感があって少しピンクがかった白い身のものがおいしくて……」
     水栓が捻られて、血をゆすいでいた水流が途断える。同時に滔々と話していた蘊蓄うんちくも止まる。
     コウジが濡れた手を拭って、身体ごとこちらを振り返った。
    「君が鱈を嫌いでも、僕が食べて欲しいんだよ。君に」
    「コウジ……」
     ……いや何の話だ?
     コウジの表情はいつもどおり柔らかいけど、瞳は思い詰めているようにも見えるし、口の端の歪みは微笑のようにも見える。そのちぐはぐさに作り笑いのような違和感があって、感情が読めない。
     せっかく作ってくれる料理を腐したから、怒ったのかな。べつに魚が嫌いとまでは言ってないけど……。
     鱈へ向けて思いのほか激しい熱情を秘めていたらしいコウジに気圧されて、何と返せばいいかわからない。たぶん俺は、絶対アイドルにあるまじき間抜けな顔をしているだろう。
     そんな俺をふっと笑って、コウジが俺の前髪を一すじ掬って耳にかけた。
     うわっ、臭い。すごい魚臭い。ははは。コウジおまえ指すごい臭いよ。
     コウジは目を細めて、「ヒロのばか」と言って俺の左頬を柔らかくつまみ、また作業に戻っていった。


     蒸し器の中には、整えられた真っ白な鱈が整然と並んでいる。
     その上へ、コウジの指が新雪のような塩をふりかけると、静かにガラスの蓋は閉じられた。



    (鱈のヴァプール 了)




    文舵練習問題①声に出して読むための文
    オノマトペ使うこととリズムを意識した文章を入れたものの、
    途中から課題よりもコウヒロとしてまとめる方を優先してしまった
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    ak1r6

    MENU▶︎web再録加筆修正+書き下ろし約40頁 (夭折した速水ヒ□の幽霊が、神浜コージの息子13歳のもとに現れる話)
    ▶︎B6/66頁/600円 予定
    ▶︎再録は 下記3つ
    酔うたびいつもするはなし(pixiv)/鱈のヴァプール(ポイピク)/せめてこの4分間は(ポイピク)
    【禁プリ17】コウヒロ新刊サンプル「鱈のヴァプール」書き下ろし掌編「ヤングアダルト」部分サンプルです。(夭折した速水ヒロの幽霊が、神浜コージの息子13歳のもとに現れる話)
    ※推敲中のため文章は変更になる可能性があります

     トイレのドアを開けると、速水ヒロがまっぷたつになっていた。45階のマンションの廊下には、何物にも遮られなかった九月の日差しが、リビングを通してまっすぐに降り注いでいる。その廊下に立った青年の後ろ姿の上半身と下半身が、ちょうどヘソのあたりで、50cmほど横にずれていたのだ。不思議と血は出ていないし、断面も見えない。雑誌のグラビアから「速水ヒロ」の全身を切り抜いて、ウェストのあたりで2つに切り、少し横にずらしてスクラップブックに貼りつけたら、ちょうどこんな感じになるだろう。下半身は奥を向いたまま、上半身だけがぐるりと回転してこちらを振り返り、さわやかに微笑む。
    1931

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