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    tuyu_hobby

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    タルスカ

    きっかけは、珍しく俺が彼の背後を取れた時、その首筋に迸った紫の光が不思議と目に焼き付いてしまっただけなんだけど。



    「今日はやけに溜めに拘るね、そんな冗長な構えで僕が隙を与えてあげるとでも?」

    大きく弓を引いて、十分に水元素を集めた矢を満を持して放ち華麗に外して数回目。空間を雷光のように駆け鮮やかに躱していく散兵は、突然間合いを詰めるなり俺の弓を片手で掴んで嘲るように笑った。

    「さっさと剣を持ちなよ。こんなもので僕に勝とうだなんて、全く随分舐められたものだね」

    ミシ、と俺の弓から嫌な音が鳴る。
    ちょっとムカついたくらいで、そんな簡単に俺の弓を折ろうとしないで欲しい。

    「勝つのも勿論そのつもりだけど……今日はもう1つ、個人的な目的があってね」

    弓を掴む散兵の手を離そうとその手に自分の手を重ねると、散兵が不快そうに眉を顰めた。

    「…目的?」
    「うん。君、体内に雷を飼ってるだろ? 俺の断流はさ、相手の体内に水元素を埋め込んで爆発させるものだから……君に断流を付与したら、どうなるか知りたくて。自分の力を試すちょっとした実験みたいなものだよ」

    そう言うと、散兵は目を開いて不思議そうな顔をした。弓を掴む手からもすっと力が抜ける。

    「雷を飼ってる…? どこの誰が、いつそんな話をしたのかな」

    今度は、俺が手から力を抜く番だった。

    「あれ、違った? 君が雷元素を使った時、体から雷が溢れてるみたいだったから……いや、浮き上がってるって言うのかな。ほら、力を使ってる手とかじゃない部分から」
    「浮き上がってる……」

    散兵は俺の言葉を聞いて小さくそう呟くと、ハッとして首の後ろに手を当てた。思わずと言った様子で、零れそうに大きな瞳が俺の顔を見上げる。

    「そう、それ」

    俺が指を指してにこっと笑うと、散兵は一瞬下瞼を震わせた後頭を下げて笠を深く被り直し、数秒の沈黙を置いて、静かに息を吐き出した。

    「…これは、別にそういうのじゃない。体に刻まれた消えない刻印みたいなものさ。雷の形をしてはいるが……元素力には関係の無い、ただの無意味な飾りだ」
    「へえ、雷の形をしてるのかい?」
    「………。まあね」

    笠で覆われて散兵の顔は見えないが、俺に受け答えする散兵の声色はひどくいつも通りのように聞こえた。不自然な沈黙も、この時彼の初めて聞く話に気を取られていた俺には気づくことが出来なかった。

    俺は、頭の中で疑問が全て繋がったような気分になって、推理を披露する探偵のようにペラペラと饒舌に語ってみせる。

    「雷の、刻印ね……。ああ、分かった。確か君、稲妻の雷神が親なんだっけ? ってことは、あの雷神様が君にそれを付けたのかな。へえ、分かりやすくて良いね、つまりは家族の証みたいなものだろう」
    「……………」
    「ああ、でも、今は離れ離れなんだったか…。悪かったね、悲しい話を掘り返してたら。
    でも、そんな消えないほどの刻印を残されるなんて、相当想われている証拠じゃないか? 君の方も、ここに来てからだってずっと彼女の国の服を着ているし……ああそうか、俺も故郷とここじゃ雪の深さが随分違うけど、未だにあそこで家族と暮らしていた頃の癖が抜けないから似てるのかもね。…稲妻が恋しいのもすごく分かるよ、案じなくてもきっとまたすぐ家族と会えると、」

    バチッ────

    悠長に話していると、突然、耳元で小さく空気が弾けるような音が鳴った。

    直後、俺を中心として辺りに鼓膜を劈くような鋭い落雷音が響き渡る。
    不意の雷光で目を開けているのかも分からないほど激しく視界が点滅し、上も下も分からなくなって思わず尻餅をつく。いつの間にそんな場所に吹っ飛ばされたのか、演習場の真ん中に居たはずが、ぶつかった後ろは壁だった。

    全身に痛みを感じながら眩い光を浴びておかしくなっている目で必死に瞬きしていると、顔のすぐ横に凍えるような殺気が勢い良く突き刺さって息を詰める。髪が短くはらりと数本地面に散り落ちた。

    「知ったような口を利くな」

    冷えきった声が降ってきて、顔を上げる。変な色をした視界の中で、散兵が恐ろしい程に目を開いて俺のことを見下ろしていた。

    「この程度で僕のことを理解したつもりか? 驕るなよ、青二才」

    ずる、と俺の横に突き刺さっていた鉛色が引きずり出される。刀……。普段雷ばかり操っている散兵が、刀を持っているところ……初めて見た。

    地を這うような声色をした散兵は、片手にだらりと下げた刀を振り被ると今度は勢い良く俺の足の間に突き刺した。その手が、ギリ、と音が鳴るほど柄を強く握り締める。
    散兵はそのまま僅かに顔を上げ、目に痛いほど紫に光る瞳で俺を真っ直ぐに射抜くと、ぱっと踵を返し、俺から顔を背けるようにして迸る雷光と共に消えていった。



    「……………」

    一人残された俺は、足の間に突き刺された刀をぼーっと見つめながらその場から動かないでいた。刀は地面がひび割れるほど深く刺さり、そこに残存する雷の光も、散兵の強い怒りをまざまざと表しているようで。

    「……………………」

    俺は無言で宙を見つめ続ける。
    目を見開いた彼の瞳。あれほど怒りを露わにしても収まらないほど、瞳の中には雷が激しく閃いていた。心臓が凍りつきそうなほどの殺気と、本気で殺すのをギリギリで堪えたような扱い慣れた刀筋。

    「……………あは、良いなぁ」

    口を開いて小さく呟いた声は、誰もいない空間に溶けていく。
    あははっ、ともう一度声を上げて笑うと腹筋がミシミシと痛んだ。目の前の刀に惹かれるように手を伸ばそうとし、手が痺れと痛みで全く動かないことに気づく。

    はは、動かないじゃなくて、動けないなぁ、これ。

    「……あんな風に怒れたんだ、散兵」

    元々相当に沸点の低い人だ、怒っているところなど飽きるほど見ている。
    それでも、今日の怒りは格別だった。
    散兵は短気だが、はっきりと怒る時それには大抵目的がある。相手を恫喝する為とか、部下を統率する為とか。たまに、散兵のあれは短気に見せかけた計画的な怒りなんじゃないかと疑ってしまうほど。

    だが、あそこまでの本気の怒りを……あの散兵も、見せるんだってこと。抑え切れない、目的の無いただ己の発散のためだけの怒りを、彼は俺に衝動のままぶつけたんだってこと。
    そのことに、何故かひどく口角が上がってしまう。

    …うん、良いなぁ、あの目……。
    やっぱり、彼は体に雷を飼ってると思う。

    (家族か〜……駄目だったんだ、なるほどね)

    心の中で独り言ちる。
    勿論、反省する気持ちが無いわけじゃない。きっと相当に触れられたくない話題だったのだろう。俺は散兵含め悪趣味な他の執行官達とは違うから、知ったそれを利用してやろうなんてことも別に思わない。
    ただ……、俺を突き刺す落雷のような瞳が、どうにも頭から離れないのだ。


    「…弓、もうちょっと練習するかな」

    瞳だけを動かして、遠くに落ちている自分の弓を見つめる。そんな風に呟いてみたところで、体は今動かないからどうしようもないんだけど。

    彼の首筋の印を塗り重ねて、彼に俺の跡を埋め込んだら、彼はどんな瞳をするんだろうなって……その色が、何となく少し気になり始めたってだけだ。
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