【新聞記者とかげほうし】(仮タイトル)1
しとどに濡れる街の中。傘を忘れた一人の男が、屋根を探して走っている。
年齢は二十代前半。薄茶のシャツに紺のズボン、ぼろきれのようなコートを羽織っている。貴重品を入れているのだろうか、革製の丈夫なリュックを庇うように抱いていた。
ふと声をかけられる。見ると、街頭の一角に灯った明かりの中から、店員らしき人物が男を呼んでいた。走る様子を見ていたのか、手にバスタオルを持っている。
男は会釈してタオルを受け取り、ぽんぽんと身体中の水分を拭っていく。雨に潰れた帽子からは、薄い紫色の髪がこぼれていた。
「やー参った参った、びしょ濡れだ。宿を探す前だってのに」
つばを上げ、男は店員にウィンクする。
その目は深く鋭い、夜空の色をしていた。
入った店は、喫茶店のようだった。店員は、先程男を迎え入れた青年の他、白髭を生やした眼鏡の老人がひとり。彼がこの店のマスターです、と青年が紹介する。
マスターは男をちらと見、読んでいた新聞を脇に置くと珈琲豆を挽き始めた。「サービスだそうで」青年が耳打ちする。
あたたかな珈琲のかおりが店内に満ちる。