花火社内が静まり返る時間。最上の執務室には、指がキーボードを叩く音だけが響く。最上がパソコンの画面と睨めっこしていると、ドンと大きな音が外から聞こえてきた。音の方向を見ると、大輪の花が夜の空に咲いている。
「花火、なんていつぶりでしょうか」
働き詰めだった最上は立ち上がって、ぐっと伸びをした。ガラス張りの執務室からは、花火がよく見える。少し休憩にしよう。そう思って、スマホだけをもって執務室を出た。
ガチャリと鍵を開けて、屋上に出る。途端に吹きこむ夜の風に、気持ちよさに目を細めた。普段は立ち入りを禁じているここに入れるのは、ギルドマスターの特権だ。
花火が綺麗に見える特等席にひとり、転落防止の柵に腕を乗せて、頬杖をつく。次々に上がる花火に、むくりととある気持ちが頭をもたげた。
彼は、この美しい花を見ているのだろうか。
おもむろにスマホをポケットから取り出した。すっと画面をスワイプして、愛しい恋人を呼び出した。数コールののちに、スピーカーから声が流れる。
「最上?どうした?」
「…貴方も、この花火を見ているかと思って」
「ああ。家のベランダから見てるぞ」
「綺麗ですね。願わくば貴方と一緒に見たかったです」
最上の口から柔らかな声が漏れた。通話の間にも、花火は止まることなく上がり続ける。
「…そうだな。いつか、2人で休みを取って見に行こう。どうせなら俺たちのためだけに上げさせてもいいな」
「ふふ、贅沢ですね。…全部の花火が大きくなってきましたね。そろそろお終いでしょうか」
「寂しいか?」
「…そうかもしれません。寂しいと言ったら、会いにきてくれるんですか?」
そう言って小さく笑った。自宅にいる白川が、ハンタースのビルまで来るわけがない。ほんの冗談だった。
「まだ仕事か?いつ頃に終わる?お前のビルまで迎えに行く」
「そうですね…もう今日は終わりにします。だって貴方が迎えにきてくれるんでしょう。お待ちしていますよ」
言い終わったその瞬間、カッと一際大きな花火が咲いた。火花が夜空に散って消えていく。静かになった空に都会の光が反射して、空は薄ぼんやりと明るかった。
電話を切った。スマホの画面が真っ暗になる。内ポケットからタバコを取り出して、一本口に咥えた。指先から小さな火をだして、タバコに火をつける。
煙をひと口吸って、吐き出す。紫煙が夜空に昇っていく。暗くなったスマホの画面を見て、ぽろりと言葉がこぼれた。
「今から貴方に会えるのが楽しみです。お待ちしていますよ」