この日は暑かった。ジリジリと焼くような日差しが肌を刺す。逃げ水が遠くにゆらめいて見えた。
今日は、ハンタースと白虎の合同演習の日。架南島レイドに向けての準備が着々と進んでいる。架南島レイドは島全体で戦うことになるから、合同演習は専ら屋外だった。
戦闘系のハンターたちが、フィールドの中を縦横無尽に駆け抜ける。僕は魔法系だから、今回の演習には不参加だ。ギルドマスターとして眺めているにすぎない。
しばらくすると、あちこちで聞こえていた戦闘音が止んで、代わりにこちらへ向かう足音が聞こえてきた。休憩の時間なのだろう。僕の耳は特別だから、どんな音でも拾ってしまう。耳の奥がキンと鳴った気がした。
休憩を終えたハンターたちが、それぞれフィールドに散ってゆくのを見送る。手持ち無沙汰になってしまった。ポケットからスマホを取り出して、届いているメールを確認しよう。
画面を見ると、文字が揺れている。違う。僕の視界がぐらぐらと揺れているのか。すうと血の気が引いていく感覚に、立っていられない。
思わずずるずるとしゃがみ込んだ。ぐわんと揺れる視界。頭の中で鳴り響くキンとした音が目の前を暗く塗りつぶした。
体の力が抜けて、地面に倒れ込んだ。ああ、今日は白いシャツと黒いベストを着ているから汚れが目立ってしまうな。
遠くから僕を呼ぶ声が聞こえた気がするが、もう目を開けられない。そのまま意識を手放した。
眩しさに目を細めながら目を開くと、真っ白な天井と点滴のパックが目に入る。…そうか、倒れたのか。
視線を動かすと、険しい顔をしてこちらを見る大柄な男が座っている。この男がここにいるということは、合同演習は終わったのだろうか。
「…白川社長」
「最上代表。気がつきましたか」
「すみません。ご迷惑をおかけしました」
「…とりあえず、医者を呼びましょう」
やってきた医者には、熱中症だと診断された。この点滴が終われば帰っていいと言われる。ベッドの横には白川だけが残った。変わらず険しい顔をしたままの白川。
「合同演習は、どうなりましたか」
「最上代表が倒れた時点で解散にしました」
「そうですか…」
白川の無骨な手が、最上の目にかかっていた髪をそっとはらう。
昨日の晩、どうしても外せない仕事で遅くまで残ってしまった。無理が祟ったのだろう。自らの体調管理の甘さに唇を噛んだ。
白川の親指が僕の唇を撫でた。
「大丈夫だ。今は寝てろ」
そのまま白川の手は僕の頭を撫でる。心地よさに、瞼が落ちてゆく。暖かさに包まれながら僕は再び眠りについた。
白川side
ハンタースとの合同演習。戦闘系の俺はもちろん、最上もギルドマスターとして参加していた。
今日は暑い。演習に参加しているハンターたちに水分と塩分の補給を促しつつ、戦闘訓練が進む。連携も上手く取れている。みな優秀なハンター達だった。
休憩時間に最上をちらりと見ると、汗ひとつかかずに涼しい顔をしていた。大丈夫なのかと不安が張り付くが、ギルドメンバーの前でどう声をかけていいのかわからない。
一抹の不安を胸に演習を再開した。
「白川社長!」
ひとりのハンターが焦ったように俺を呼ぶ。
「どうした!」
「最上代表が…!倒れて…!」
こびりついた不安が焦りに変わる。呼びに来たハンターを置いて、全速力で最上の元まで駆けつけた。
青白い顔をして力なく倒れ込んでいる最上に駆け寄る。様々な可能性が脳裏を駆け巡って、背筋が凍るようだった。人間は思っているよりずっと呆気なく死ぬことを、俺は知っている。不安を振り払い呼吸と意識の有無を確認した。肩を叩いて声をかける。反応がない。呼吸はある。
そこにいたハンターに救急車を呼ぶよういいつけた。ハンター達に合同演習は終了の旨を伝える。やってきた救急車に一緒に乗り込んだ。
救急に運び込まれる最上を見送った。
程なくして寝ている最上のもとに案内された。ひとまずは大丈夫、熱中症と過労と言われて、ほっと旨を撫で下ろした。
生気のない最上の顔を眺める。最上を失うことを想像して、空恐ろしくなった。
さらりとした髪を撫でる。早く目を覚ましてくれ。そう願いながら撫で続けた。