これからも続く私たちの日常「で、同じ数字が2枚揃ったら捨てるの」
パサリと机の上にトランプを置く。角が少し折れたそのカードに、昼間の暖かい日光が注がれては折り目で影を作った。昨日はこのトランプでハーツという遊びを教わって勝てるまで付き合わせたから、きっとその時に折れたんだろうとユウはソファに沈みながら思う。
寮生活というものをこれまで過ごしたことのなかった彼女だが、どうやら学校のない休日は本当に暇な時間を持て余しているようだ。すっかり我が物顔でこのオンボロ寮に上がり込んでくるエースとデュースは、真剣にユウの説明に耳を傾けていた。ユウは手札から独りぼっちのジョーカーを抜き取って、グリムも合わせた3人の前に提示する。
「このジョーカーを最後まで持っていた人の負けってわけ。分かった?」
「なるほどオールドメイドと一緒だな」
「えっ何それ。この遊びこっちにもあったの?」
「あるっちゃあるけど、何年ぶり? マイナーゲームすぎてほとんど初めてと一緒だわ」
エースが机に散らばったトランプをかき集めて束にする。ユウが慌てて持っていた残りのカードを渡せば、彼は慣れた手つきでシャッフルを始めた。
「ふうん。私なんてトランプと言えばこれだったのに」
「でもこれなら運だし、初めてでも公平に勝負出来るな」
いつものようにトランプ片手にオンボロ寮へ遊びに来たエースに、途中の購買でドリンクを買い忘れたとデュースが気がつき、それにグリムが騒いで、なら負けた人が買い出しに行こうとユウが提案したゲームが今説明したババ抜きだった。
リズムよくカードを混ぜるエースの手が止まった。みんながババ抜き改めオールドメイドを遊んだことがないとは意外だったけれど、それならば経験者として負ける訳にはいかない。これは運要素が強いけれど、それと同じくらい心理戦も必要になってくるのだと今この時点で気がついているのはユウしかいなかった。
「やった揃った!」
「ふな〜! 全然揃わないんだゾ!」
「はいはい。次オレだから引かせて」
飲み物が無いというのにパーティー開けしたスナック菓子もすっかり空になってしまった。
「よっしゃも〜っらい。はい来たどうぞデュースくん?」
「なっ、僕が引いたらお前の上がりじゃないか!」
「そうだよ。だからほら早く引いた引いた」
初めてだなんて言っていた割に、エースの快進撃が止まらない。デュースが悔しそうに差し出された一枚のトランプを引けば、エースは見せびらかすように両手を広げて得意そうな笑顔を見せた。
「よっしゃ一抜けー!」
「絶対エースの奴イカサマしてるんだゾ」
「はあ? 言いがかりはやめて貰えますぅ?」
「くっそ、何のゲームをしてもエースには勝てない」
器用というか何というか、エースは初めてのことでもそつなくこなす才能を持っていた。
「デュース、私に引かせて」
「ああそうだったな、すまない。ほら」
裏向きで向けられたカードは2枚。一方の私は1枚。グリムも2枚持ってるから、まだ勝負はつかないだろう。
手をカードの上で行き来させる。左側の札を触った時、デュースが分かりやすく目を輝かせた。
あ。これジョーカーだ。
「ほら早くしろ子分!」
「ごめんね」
その謝罪はデュースに向けて。
容赦なく右側のカードを抜いた。貰ったハートのトランプを手持ちのスペードと並べた。デュースの手元に独りぼっちのジョーカーが残っている。この世の終わりみたいな顔をした彼を見て、その素直さが彼の良い所だと思った。手元に並んだ2枚のトランプをユウは意味もなくシャッフルした。
「絶対に当てるんだゾ」
グリムの鬼気迫る視線が注がれた。毎日の授業もこれくらい真剣に取り組んでくれたらいいのにな、と苦笑いを浮かべる。
そこからまた何巡かしてグリムが先に上がると、残るは私とデュースの2人になった。
手元に残ったスペードのQ。それからさっき貰ってしまったばかりのジョーカー。
ユウは2枚のトランプを机の上に差し出すように置く。心理戦はやめて、最後は運勝負に持っていこう。
「左取れひだり!」
あがり組の茶々を入れられながらも、彼はしばらく百面相した挙句に反対の右側のトランプを選択した。
その一枚をめくる動きがスローモーションに見えた。デュースが信じられないといった顔でそのトランプを手持ちの一枚と重ねてテーブルの上に勢いよく叩きつける。表にはスペードのQが印刷されていた。
「うそ、負けた……」
「あれ? ユウちゃん経験者じゃなかった?」
「〜〜〜〜っ!! くやしい!」
ぽつんと裏向きで机に残されたジョーカーをひっくり返す。おちゃらけたポーズの道化師が励ますような笑いに見えた。
「それにしてもカードを目の前で引かれるのってドキドキするな。楽しかった」
「でしょ? ポーカーとかハーツもいいけど、たまには私の世界の遊びにも付き合ってね」
「いいからユウは早く飲み物買ってきて」
「はいはい」
いつからか彼らの間で注文を口にすることはなくなった。値段ぴったりのマドルを握りしめてユウは立ち上がる。
「そう言えばエース、最後なんで左がジョーカーって分かったの?」
「気づいてねえの? ジョーカー以外のカードは昨日の酷使で端が少し折れてんの」
得意そうな顔に残りの3人が顔を見合わせる。
「ズルだ!!!」
「テクニックですぅ」
飛びかかるグリムと掴みかかるデュースにそれから逃げるエース。オンボロ寮の床がその振動を伝えた。
ユウは靴紐を締め直す。踵のすり減ったスニーカーには、この世界の土がついていた。