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    amampanda

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    テスデイ現パロ

    彫り師テスカ×お客さんデイくん

    本当に好き勝手書いてます
    まだ途中です
    ネットで調べたふわっと知識でお送りしてますので、その辺は薄目で見てほしい
    なんでも大丈夫な方だけどうぞ

    ##彫り師テスカ

    おまえだけにみせたい①Day.1


    雑多な街の片隅にテスカトリポカの城はあった。もちろん、城というのはあくまでも言葉の綾で、実際は特別新しくはないが、絶望的に古いわけではない貸しビルの一部屋が彫り師である彼の要塞だった。
     宣伝を出しているわけではないのに、客足は絶えないし、腕は確かだ。しかし、客を選ぶ偏屈な面もある。

     『生半可な覚悟で、墨を入れようなんざ気にいらねぇな』

     これは彼が店を構えてからずっと頭に置いている言葉で(実際口にも出す)気に入らない客には大金を積まれても絶対に彫らないという筋金入りだ。
     界隈では施術は早くて無駄がなく、デザインセンスも高い信頼できる彫り師だが、性格に難ありという評価がくだっている。

     「くぁあああ〜……ぁ、昨日は飲み過ぎたか……」

     肉食獣のような尖った犬歯を覗かせて、大きな欠伸をしたテスカトリポカは寝癖のついた髪を適当に直しながら、少し痛む頭に渋い顔をしながらも、ベッドサイドに置きっぱなしになっていたクルボアジェを酒の棚に戻そうと起き上がった。
     たまにはコニャックでも、と飲み始めたが、かのナポレオンが愛した酒はテスカトリポカには相性が良くなかったのか今日の目覚めはすこぶる悪い。次はいつものテキーラにしようと誓うと、ぼんやりしながら煙草に火をつけた。
     煙を燻らせながら、今日の予定を考えるが、相変わらず頭にモヤがかかったようだったから、店を開けずに自堕落に過ごすかと決めて、もう一度寝直すかと灰皿に煙草を押し付けた時だ。
    ───ポーン、
     一度だけ、インターフォンが鳴った。
     看板を出さない日は営業しないということはインターネット界隈でも有名らしく、暗黙の了解だ。客商売でありながら、変わり者の店主の逆鱗に触れるためにわざわざドアを叩く人間はいない。
     大方一ヶ月程前に海外から取り寄せたインクが通関を抜けて、いつもの配達スタッフでは無く新人が届けたのだろうと、良く考えもせずに扉を開けた。

     「はいはい、おつかれさん。荷物なら宅配BOXに……」
     「白粉彫りが出来る店というのは、ここか?」
     「──────?」

     二日酔いの頭に乾いた無機質な声がかけられる。顔を上げれば、欧州の彫刻を思わせる端正な顔立ちの男が目の前に立っていた。
     テスカトリポカの上手く働かない思考を他所に、黒いコートを纏った男の蜂蜜に琥珀を溶かし込んだような金髪が風でそよそよと揺れていた。
     意志の強い眉としっかりとした鼻筋は男性的だが、長く豊かな睫毛に縁取られた瞳は思いの外大きく、珍しいアメシストの色をしていたが、鋭い視線が我の強さを表していた。
     何処か幼い瑞々しい美しさに、野生動物のような冷酷さを併せ持つ不思議な男だという感想をテスカトリポカは抱いた。

     「オレは時間が惜しい、早く答えてくれ」

     そして、時間にシビアなせっかち野郎だということもこの数分のうちに嫌でも理解した。


     本当なら開ける予定のなかった店内に、申し訳程度の照明をつける。
     オールドアメリカンテイストで統一された部屋の一角には所狭しとデザイン画が無造作に貼られている。ポップなものから、リアルなものまで、本格的な和彫りからファッションタトゥーまでそれこそ何でもアリだ。何でもこなす事ができることがテスカトリポカの矜持であり、自負だった。
     それを初めてみるのだろう、興味深そうに眺めている男を来客用のソファーへと促す。
     男はデイビット・ゼム・ヴォイドと名乗った。テスカトリポカにとって、名前など偽名でハンドルネームでもなんでもよかったが、本名だろうフルネームを告げるあたり、せっかちで真面目な男なのだと認識を改める。

     「で、浮彫り、白粉彫りをしたいってことか?」
     「あぁ、実際に目にしたことはないが、体温の上昇によって色が変わる刺青に興味がある」
     「…………やれないことはないが、ねぇ」

     都市伝説とまで言われる技法をテスカトリポカが出来ることをどうして知っているのかという疑問が頭をよぎり、何処か煮え切らない返事をすると、不思議そうにデイビットは首を傾げる。

     「気に入った者の要望は全て叶えるテスカトリポカにできないことがあると?」
     「………へぇ、自分が気に入られていると思ってるのか?」
     「偏屈な彫り師は気に入らない相手は門前払い、店には一歩たりとも入れないことは有名な話だ。かたや看板も出ていない状態で訪ねて来た無礼な男を文句も言わずに招き入れたなら、気に入られた以外の答えは無い」
     「ははっ、いいねぇ、そのクソ度胸。思った通りの男で安心したぜ」

     自分でも面倒な性格をしている自覚はあるが、目の前の男は全てを知っているかの様な受け答えをする。小気味良いと感じると同時に、肝が据わっているのか命知らずなのかは、テスカトリポカには判断がまだできなかったが。
     涼しい顔をしてこちらを見つめて来るデイビットに口の端を釣り上げると、解いたままの髪を無造作に一つに結い上げる。仕事に取り掛かる合図だ。

     「彫りたいものは決まってるんだろう?」

     仕事道具のタブレットを片手に問い掛ければ、すぐに返事が返って来る。

     「あぁ、左内腿に蛇を。デザインは任せる」

     蛇──自身が得意とするモチーフだと知っているから指定したのだろうが、妙に心がざわついた。そして、彫りたいと言った箇所にも。

     「内腿か、かなりの痛みになるが、大丈夫か?そもそも、んなとこに入れるのは………」

     全身を墨で埋めたいやつか、誰かの独占欲を満たしたい奴くらいという言葉が浮かんで、咄嗟に口を塞いだ。普段ならどんな要望でも絶対に詮索したりしないテスカトリポカは自身が発しようとした言葉が信じられなかった。酒が抜けてないのかもしれない。

     「……痛みには耐性がある。構わない」

     こちらの失言を気にしていないのか、淡々と答えているデイビットが、きっと誰かを想っているのだろう柔らかい笑みを浮かべている。
     (理由なんて聞かなくても分かっちまうな。)

      「……悪い、余計なことを言った。忘れろ」

     こちらが気まずげに逸らした視線を追う様に、彼の視線はテスカトリポカの手元に落ちる。
     真っさらな白に、思いついたデザインをさらさらと描き出していく。

     「何パターンか描いてみるから、少し待ってろ」

     迷いなく引かれる線が面白いのか、男は無言でタブレットを見つめて来る。そんな客は大勢いるからか、気にせずに描きこみをしていく。
     ポップなデザインは好かないだろうと、出来るだけリアルに寄った蛇を次々と生み出していく。
     口を大きく開き躍動感があるもの、鱗をさまざまな模様で表現したもの、身体をくねらせて絡み合っているもの、あくまでも要望は蛇だから余計なものは描かずに淡々と描きあげる。

     「さぁ、どうする?」
     「流石だな、どれも今の時間で描いたとは思えない出来栄えだ」
     「お褒めにあずかり光栄なこった」

     次々タブレットの画面をスライドさせるデイビットの指が、最後の一枚で止まる。口元から長い舌を出し、かなり実物に寄った大蛇だ。

     「そいつにするか?」

     一番迫力が出る様にデザインしたそれは、内腿だけでなく太腿に全体に彫ることが大前提だったため、かなり細かく陰影や鱗を描いてある。
     白粉彫りは体温が変わらなければ触っても他の真っさらな肌とほとんど変わらない。いくら派手にしても日常生活で支障が出ることは無いということを理解した上での大胆なデザインだ。

     「このデザインなら、内腿に頭を彫り、そのまま太腿に巻き付いているようにしてくれ」
     「ほーう?ならもっと描き込んでも良さそうだな」

     自分の意図を汲んだ発言に少しだけ楽しくなりながら、タブレットの中の蛇に更に細部を描き足していく。鱗はもちろんのこと舌や、瞳に丁寧に描き込みをして出来上がった蛇の本物のような質感に、デイビットは満足気に笑う。

     「イメージ通りだ、ありがとう」 
     「どういたしまして」

     デザインが決まったところで、そこそこ時間がかかる事、料金がそれなりにまとまった金額になる事を伝えると二つ返事で快諾するデイビットに物分かりがいいやつは助かるなと息を吐いた。

     「さて、今日はこれで終いだ。次に転写して、筋彫りをするから前日は酒は飲むなよ。あと、よく寝ろ」
     「分かった」

     施術前の注意事項を口うるさく伝えていても、淡々としているデイビットに本当に大丈夫かと何度も確認してから、その背中を見送った。
     そういえば、どうして白粉彫りのことを知っていたのか聞き忘れたなと思いつつ、滅多に使わない予定表に、デイビットの施術日を追加した。







    Day.2





     棚から久方振りに使う手彫り用の針を取り出し、その真新しいステンレスを念入りに消毒しながら、用意したインクの質を確かめる。
     壁の時計を見やると、デイビットが来る時間までは、あと10分の余裕がある。
     テスカトリポカは施術する部屋を一旦後にすると居住スペースに戻り、愛煙家らしく煙草に火をつけた。

     「ふぅ……、」

     今のご時世に手彫りをしている彫り師は少ない。テスカトリポカも類に漏れず、新しいマシンには目が無い。まぁ、何事もアップデートしていくのは技術者の基本だって思うワケ。
     まぁ、それでも、白粉彫りは特別だった。
     通常より深くインクを皮膚に埋め込むために全て手作業で針を刺していかねばならない。
    一つの作品を作るまで、一人の客しか彫らないことがテスカトリポカの信条だったため、しばらく、デイビットにつきっきりだな、と薄く紫煙を吐き出して、フィルターぎりぎりになった煙草を灰皿に押し付けた。
     それと同時にインターフォンが鳴る。
     今日も看板を出していないからか、予約があるにも関わらず律儀なことだと無意識に口角を上げながら店先へと足を運ぶ。

     「はい、おはようさん。時間ぴったりだな」
     「今日は、よろしく頼む」

     前回同様とは打って変わり、黒のジャケットに大きめの白いシャツとワイドパンツにというラフな格好で現れたデイビットは前回訪ねてきた時より若くいや、幼く見えてまさかと思う。

     「…………オマエ学生、か?」
     「?伝えていなかったか?今大学3年だ」

     きょとん、と小首を傾げたデイビットの返答を聞いた瞬間、反射的に開いた扉を勢いよく閉めようとするも、察しのいい男に靴先を捩じ込まれて、それも叶わない。

     「おいおい、まだ学生なんて聞いてねぇぞ!無・理・だっ!ガキには彫らねぇよ……!」

     就職んとき響くだろうが、と真っ当な大人らしいことを尤もらしく言って、偏屈な彫り師らしく、なんとか扉を閉めようとするもデイビットも引き下がらない。

     「もう、希望する企業からは内定をもらっているし、成人しているから子どもじゃないっ」

     半分くらい入り込んでいる体を追い出そうとしてもびくともしない体幹のくせに、デイビットはぎゅっと眉間に皺を寄せると、凛々しい眉は下げて、いかにも困っていますよという表情を浮かべている。
     その顔に、ぐ、と心臓辺りが鷲掴みにされた感覚に、正しく庇護欲を刺激されたのだと理解する。
     これが所謂ギャップ萌えという奴か?と頭の片隅で考えながら、これ以上の攻防はご近所迷惑になるし、下手したら通報されかねないと、仕方なしに扉にかけていた力を抜いた。
     急に軽くなった扉に対応し切れずに、勢いあまって倒れ込んできたデイビットを片手で支えて、立たせてやる。同じ高さの視線とばっちり目が合う。そこには捨てられた子犬のようにきらりと光る瞳。哀願にも似ていて、どこか泣きそうな目に先ほどと同じ感覚に陥りつつ、ゆっくりと口を開いた。

     「はぁ…………親御さんには言ってんのか?」
     「……好きにしていいと言われている」

     テスカトリポカの質問に、表情に見合わない落ち着いた様子で、乱れた衣服を治しながらデイビットは淡々と答えるから、少しだけ面食う。
    それでも、そもそも、一度交わした契約を反故にするのは信条に反しているのだから、一旦学生だということは際棚に上げて、これは仕方が無いことだと自分に頭の中で何度も言い聞かせた。

     「そーかよ。……なら、まぁ、仕方ねぇな」

     落ち着いては見えたが、やはり不安だったのだろう、こちらの言葉にほっとしたのか、短く息を吐いて「改めてよろしくお願いします」と深々と頭を下げて来るデイビットに、ほんの少しだけ、小さい子どもに意地悪をしてしまったような、バツが悪い気持ちになってしまう。

     「……あーなんか、調子狂うぜ」
     「……?」

     (大学3年、20歳か。でも、どうしてオレは初めて会った時、コイツを23歳だと思ったんだ?)
     初対面の時に、いつもなら必ず学生か否かは聞いていたのに、どうして。
     そんな胸に沸いた疑問はそのままほっておくことにして、デイビットに「ついて来い」とぶっきらぼうに腕を引いて部屋に案内する。
     独特のインクの匂いが染みついた部屋の扉を開いて、テーブルの隣に置かれたカゴを指差す。

    「ジャケットはハンガーにかけてここのフックへ、上はまぁ、そのままでもいいか。彫る場所が場所だからな、下は脱げ。下着姿が恥ずかしいってんなら、タオルくらいは貸してやるよ」
    「いや、大丈夫だ。分かった」

     こちらが指示した通りにいっそ機械的に黙々と衣服を脱いでいくデイビットを尻目に、ラフを清書したデザインをタブレットから、転写シートへと出力して出来栄えを確認する。

    「ここに座ればいいか?」
    「おぅ、」

     お行儀よく椅子に腰掛けたデイビットに、出来上がったシートを見せると、前回決めたデザインが、線を整え、より美しく洗練されていることに「すごい」とぽとりと素直な言葉を落とした。
     数えきれない賛辞を受けたことがあるテスカトリポカには耳にタコができるくらい聞いたありきたりな言葉なのに、新鮮に感じて無意識に浮かんでしまった笑みを隠すように手を当てた。
     そんなテスカトリポカには一切気づかずに、大小様々な大きさでプリントされているのを、デイビットは興味津々に手に取って眺めている。その横顔は無邪気な子どものようだった。珍しく呆けそうになって、気合いを入れるために髪を結い上げる。さぁ、仕事の時間だ。

     「じゃあ、早速サイズ合わせていくから、そこに立て」

     こちらの言葉に従順に立ち上がったデイビットの太腿を見やり、目測で大体のサイズ感を確認して一枚のシートを手に取る。

    「触るぞ?」
    「あぁ、構わない」

     蛇の頭は左内腿に、そこから、這わせるようにシートを巻き付かせていく。
    予想より大分鍛えられていた太腿は思っていたよりボリュームがあり、最初想定していたサイズだとイマイチ決まらない。
     流石にこれは無いだろうが、念の為と思っていた大きめのサイズが予想外にテスカトリポカにはしっくり来てしまった。
     しかし、大きければ大きいほど、時間も金もかかるという点に、テスカトリポカはどうしたものかと、そのお喋りな口を閉じてしまう。
     学生だと知ったからには予算も考えてやらなくちゃなんねぇと、真面目に考え込んでしまっていると、頭上からぽつりと、言葉が降ってくる。

     「これがいい」
     「は?」
     「これが一番ハマっているんだろ?なら、これにしよう」
     「オマエ、分かってんのか?このサイズだとかなりの額に」
     「金額は気にしなくていい」

     何処か有無を言わせない静かな声だった。
     すぐ言葉を返せなかったのは怖気付いたなどでは全く無く、予算が許すならこれをこの肌に彫りたいという彫り師らしい身勝手な感覚が良心と戦っていたからだ。
     結局良心はすぐに倒され、「……なら決まりだな」と答えると、早速その健康的な肌に丁寧に転写を施していく。

     「よし、いい感じだ」

     白で転写された蛇はデイビットの褐色の肌にはっきりと浮かんでいる。我ながら美しい蛇だなと、自画自賛しつつ、これを今から彫れるのかと思うと、喜びを隠せない。
     久々の手彫りのでかい作品に少し興奮しているのかも知れない。

     「うん、イメージ通りだ。続けてくれ」
     「仕上がりの色はどうする?オレは白か、赤が浮き出た時オマエの肌に映えると思うがね」

     浮き出るほど体温が上がる時ってのは激しい運動や、それこそセックスをしている時くらいだ。どうせなら興奮出来る色がいいだろ?という下世話過ぎる言葉はなんとか飲み込んで、職人らしく色が比較的隠しやすいしなと、妥当な提案を持ちかける。
     テスカトリポカの案を少し考えたらしいデイビットは躊躇ったのち、見つけた答えを教えてくれた。

     「……黒は、ダメだろうか?」

     黒、普通の刺青ならオーソドックスかつ面白みは無いが、白粉彫りなら訳が違う。一番肌に色を隠す難易度が高いチョイスだ。
     
     「まぁ、悪かぁない、か?」

     腕がなるねぇ、と目元を三日月のように細めて、専用の黒のインクを手にデイビットの要望を肯定してやる。

     「なら、黒で頼む」

     こちらの回答に、口角は微かに上がっているものの真っ直ぐ見据える瞳は相変わらず凪いでいる。その瞳の色は調子を狂わせる何かがある気がして、つい、目を逸らしてしまった。

      「ほら、座れよ」

     ざわついた心を誤魔化すように、デイビットを施術用の椅子に座らせて、タオルを渡そうとすると、大人びた表情から一変、目に見えて不満そうに突き返してくる。

     「恥ずかしくない、これは不要だ」

    そんなデイビットの口から出た言葉に、笑いが漏れてしまう。

     「くくっ、ちげーよ!もしインクがシャツにとんだらまずいだろ?」
     「……そ、うか……それなら……」

     歯切れが悪く返事をするデイビットに笑いながら腰を覆うようにタオルをかけてやる。
    今度こそ突き返されずに大人しくされるがままになってくれるから、ゆっくりと椅子を倒し、高さを調整して、長丁場になるだろう施術に集中する。

     「膝立ててから、左脚をを外側に倒せるか?」
     「……、うん、」

     指定したポーズに多少なり羞恥を感じるのか赤みがさした肌で、それでもゆっくりと左膝を立てると外側に倒していく。きっと股関節がそこまで柔らかくないのだろう、辛そうにしているから左膝下にクッションを入れてやり、更にぐっと押して脚を開かせる。

     「悪い、もう右足も少し開け。彫りづらい」

    まるで、テスカトリポカに腰を突き出すような姿勢に加えて容赦無く両脚を開かせたからか、デイビットは羞恥と痛みに低く呻き声を漏らしていた。

     「よし、これならいけそうだ」

     固定した傷一つない真白い内腿を消毒液を浸したガーゼで拭いて、いよいよだと久方ぶりに触れる手彫りの針を手に取る。
     テスカトリポカは、滴る黒でこの真っさらなキャンバスに傷をつけていくこの瞬間が一番好きだった。

    「一番痛いところから彫ってやる、気にしねぇから声出せよ、楽になるぜ」

     鼠蹊部近くの蛇の頭、そこから彫ると予告するために指でなぞると、大袈裟にデイビットの身体が震えた。
     緊張しているのか、声も出さずにこくんと小さく頷く姿は憐れに見えなくも無いが、男が望んでいることだと、指先を動かした。

     「あっ!…!くっ、ぅ……!!」

     ぷつ、と束ねられた6本の針が肌を貫通する。とん、とん、とん、と柔らかな内腿に何度も何度も墨を流し込んでいく。その度に無意識だろうに、左脚が跳ねているから、体重をかけそれを抑え込みながら、彫り進める。
     通常なら刻み込まれる色は、表面の肌に残らず、時間差でじわっと滲む赤だけがそこに確かに色を入れたのだと教えてくれる。
     この白粉彫りは、それこそ速さと彫り師の技量が問われる彫り方だった。
     すぐに色が肌に出る訳ではないから、ミスに気付きにくい上に、インクが長時間空気に触れていると色飛びをしてしまう。
     より高い精度を求められるからか、彫れる人間はテスカトリポカ自身も自分以外知らなかった。

     「……大丈夫か?」
     「思ったよりは痛く無いっ、ぁ……!」

     普段より深く針を刺す分痛みは普通のタトゥーより段違いに強いだろうと、気遣いで尋ねれば、デイビットが全身に冷や汗をかきながらも健気に答えてくれる。
     太腿は滑るほどしっとりとしている上に、白いシャツは汗で少し透けているし、何より紫の瞳がこぼれ落ちそうなほど滲んでいるから強がりの言葉だと十分に分かった。

     「ほう?なら、もっとしても大丈夫だな」

     分かっているくせにそれを真に受けた振りをして、ぶつと、先ほどより深く針を差し込む。とうとう決壊した涙がポロポロと頬を伝っていく。

     「……いっ、…!」
     「はは、やっぱり痛いよな?でも、筋は今日で終わらせたいんでね、泣いても喚いてもやめてやれねぇぞ」
     「……っ分かってる、さっさと終わらせてくれ」

    耐えるようにぎゅう、とシャツの端を握りしめる両手に喉の奥でくつと笑ってしまう。
     彫り師はサディストばかりなんて言われる事も多いがまぁ、あながち間違っていないなと思う。
    デイビットのように普段何事にも動じないような男が、痛みに引き攣ったような声を上げる様も悪く無いと感じるのだから。

    「2時間だ」
    「……え?」
    「それで終わらせてやる」

     明確な時間を提示されたことによって、デイビットは縋るように時計に視線を移している。その様を存外に子どもらしくて可愛らしいなと思いつつ、容赦無く針を深く刺しこんで、その度に小さく上がる悲鳴を密かに楽しむことにした。



     その日の施術はもちろん予告通りの時間に終わった。テスカトリポカが、腕がいいと言われる所以でもある無駄のない施術だったためだ。
     が、デイビットは目元が赤くなるくらいには痛みは強かったようで、血が滲んでいる場所にたっぷりのワセリンを塗り、ガーゼで太腿を覆ってやっている間も少し触れただけで、体が強張っていた。

      「2、3時間経ったらガーゼとって、血とワセリンをお湯で流せ。石鹸を使うのも擦るのもダメだ」
     「分かった」
     「あと、今日も酒は飲むな、風呂も出来ればシャワーだけで、仕上がりに影響が出るから擦るのだけはやめろ」
     「何度も言わなくても、理解している。前回も思ったが心配性なのか?」

     痛みに泣いていたとは思えないほど、静かで落ち着いた声で受け答えをする男の言葉を聞いていると、意地悪で揶揄ってやりたくなって、もう一言付け加えてやる。
     
     「あとセックスも、しばらくはするな。ここに通っている間は慎めよ」
     「……っそんな相手いないが?」

    かっと、耳まで赤くして、オレでなければセクハラだぞ、と反論してくるデイビットは正しく年相応だったが、テスカトリポカが予想していたものとは大分違う反応に、咄嗟になんと返したらいいか分からなかった。

     「あ?いや、だってオマエ」
     「とにかくいない、無用な心配だ」
     「…………じゃあ、誰のために彫ってるんだ?」

     最初来た時に浮かべた表情は明らかにパートナーがいるという雰囲気だった。それゆえ助言、もとい揶揄いだったのに、デイビットはそんな相手はいないという。

    どういうことだ?

     「おかしな事を聞くな?自分のためだよ」

     どこか作った笑顔を浮かべたデイビットに、これ以上は踏み込むべきではないと、本能的に悟り、不自然にならないように話題を変えると次回の施術日を2週間後に決めた。
     真っ白な予定表にまたデイビットの名前を追加しつつ、自分より一回り以上年下の男は、こちらが思うよりもずっと謎が多いのかも知れないと、小さくため息を吐いた。
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