ポラリスを結んで 薄墨をまばらに刷いた空に、蛍光色の不定形な図形が浮かんでは消える。人間のキャンバスと化したこの空は、星の息遣いさえ遠い。
見えないだけでそこにあると言われても信じられないほど、夜空は新品の布のように、どこにも穴やほつれを見せはしない。
「満天の星空?」
「うん」
「……あぁ、あった。俺の辞書にもインプットされてるってことはかなり古くからある言葉なんですね」
「むかしは本当に見えたんだと思う。空めいっぱいの星が」
「へぇ」
「去年、僕も見たよ。お前にも見せてあげる」
体温の薄いミスラの手に、自分の手を重ねた。接触しないとデータ受信ができない旧型システムを煩わしく思ったのなんてもうとうに昔の話だ。データ転送以外の意図も込めて、指を絡める。
「本当だ。すごいですね」
「でしょ」
「この座標、俺のデータにはない場所なんですけど」
「……そうかも。人間が住んでるところから離れた、氷と雪しかない土地だったから」
「装備があれば、人間でもいける場所ですか?」
「どうだろう。獰猛な生き物もいたから、お前は大丈夫でも人間は無理なんじゃない?」
「そうですか」
その相槌にすべてを察して、手を握り直した。強く。
「データじゃなくて、いつかお前と一緒にみたいな」
「……そうですね。いつか」
ミチルが今年、アカデミアを卒業するらしい。不安定な時期になるから離れたくないと言っていた。
あの兄弟はミスラが望むならいつでも笑顔で送り出すのだろうけれど。ミスラの方がそそっかしい二人が気掛かりで落ち着かないらしい。
きっと数年後も、数十年後も。二人が結婚して家庭をもったとしても、懸念は拭えず、離れられないのではないか。亡くなった後は、墓さえ守ろうとするかもしれない。
だけど、それでもよかった。
どちらともなく、手をほどく。溶け合った体温をてのひらに閉じ込めるように自身の手を握り、今度は小指だけを絡めた。夜風が吹きつけても、エラーでも起きているように触れ合った部分が熱くてたまらない。
晶やカインは必ず約束を守ってくれるけれど。
ミスラと結ぶなら、果たされない約束だって心地いい。かつて旅人がいつも変わらない星を道標にしたように。叶って消えてしまう光ではなく、まばゆく残るもの。それは、オーエンの中でずっとまたたいて、生きるよすがとなってくれるから。