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    ミスオエワンドロワンライ様よりお題「誕生日」をお借りしています。
    ※パラロイ軸です。
    (Twitterに画像であげているものと同じ内容です。)

    あなたのお気に入り 雨粒のように不規則に滴る音に瞼を打たれて、目を覚ました。
     頭が重く痛む感覚に、死んだことを自覚する。身じろげば衣擦れの音がした。魔道具を取り出そうとした右腕はなにかにぶつかり、同時に鼻腔を満たしたにおいに殺した相手の名前を知る。
    「どうですか? いい曲でしょう」
     罵倒の言葉を表そうとした声は、掠れていた。少しずつ戻り始めた記憶に、首を離されたのが今日の死因だったと思い出す。
     食堂で皆から与えられた消し炭に囲まれ、満足げな顔をするミスラを揶揄った。そしていつも通り喧嘩になって、いつも通り殺された。
    「ラスティカがくれました」
    「…………」
     ときどき黒を交える白の連なりは、視線で撫でるだけでは音を奏でない。
     ミスラの長い指は、盤上を鷹揚に闊歩する。
    「貸してくれた、だったかな。まあ、どっちでも変わりませんよね」
    「…………」
    「賢者がもてなしてくれたときに弾いてみて、楽しかったので」
    「…………そ、う」 
     ミスラが鍵盤を弾くたび、譜面台の横に置かれた骸骨が歯を鳴らす。
     まだ冷たく震える指先で、揺れる紫のレースに触れた。
    「これでよかったの」
    「なにがです?」
    「これの、装飾」
    「ええ、気に入っています。クロエが作ってくれましたし」
    「……お前だけの案じゃないだろ」
     ミスラは鍵盤を叩くのをやめて、こちらを見下ろしてきた。
    「あなたの好きなものは俺も好きですよ、だいたい」
    「……へぇ?」
    「シンプルすぎるとは思いますが、悪くはないですし」
    「…………」
    「ケーキも菓子も、腹は満たせませんけど、嫌いじゃないですし」
     こめかみに触れた爪先が、髪の毛をさらりと掻き分け耳にかける。そのまま耳たぶをひと撫でした指は、再び鍵盤に指を乗せられた。
    「まあ、あなたが食べるものはすこし、甘すぎますけど」
     いまはじめて気付いたとでもいうように、黒鍵に指を滑らせる。単調だった曲に音が増してゆく。
    「僕はお前の趣味に合わせるなんて御免だし、消し炭だって食べないけどね」
     オーエンもようやくなめらかに動くようになった指先で、鍵盤を弾いた。ポーンと、調子外れの、それでいて伸びのある低音がミスラの奏でる曲に重なる。
    「それでいいんですよ」
    「はぁ?」
    「嫌いなものだらけのあなたが、俺の顔だけは変わらず好きなわけですし」
     ミスラは眩しそうに睫毛を僅かに伏せ、指を動かしたまま言葉を紡ぐ。
    「顔だけじゃないですね」
     またひとつ、オーエンも音を鳴らした。
    「鳥のポーズも、俺に抱かれるのも好きでしょう」
    「殺し合うのもね」
    「殺されに来る、の間違いでしょう」
     ミスラが奏でる音の合間に短く叩いたり、あるいは被せて長めに押し続けたり。
     邪魔するために、不快をいざなうために鳴らしている音なのに、珍妙で、だけど愉快で悪くない曲が出来上がってしまう。
    「お前のことは嫌いじゃないときも、そうじゃないときもある」
    「いまはどうですか?」
    「さあね」
     着飾られた骸骨の歯軋りに耐えかねて、宙に浮かせたトランクの上に乗せてやる。
    「観客みたいですね」
     嬉しそうな笑い声のまま、ミスラは呪文を唱えた。骸骨が口を開閉し、打楽器のようにリズムを刻む。
     オーエンも呪文を唱えた。トランクが揺れて跳ねると、骸骨も連動して動く。まるでダンスでも踊っているようだった。
     修復は終わっているはずなのにぴりぴりと痛む首元に触れると、糸が巻きついている。
    「なに、これ」
    「今日だけおそろいです」
    「はあ?」
    「あなた好きでしょう、おそろい」
    「そのために首を切ったわけ?」
    「いいえ。俺が一番好きな顔をしたあなたの首が欲しかったので」
     それは怒りを剥き出しにした顔か、屈辱に歪んだ顔か、それとも死に顔か。
    「でもそれももう見飽きたので、くっつけて生き返るのを待ってました。あとはいつもみたいに、にこにこしててください」
     尋ねることはせず、鍵盤を少しだけ強めに叩いた。
     拙い四本の指が、音を重ね合う。
     いまこの瞬間限りの曲は、生まれたそばから消えてゆく。
     それでも一音、そしてまた一音と指で弾き出すたび、口元から力が抜けてゆく。流れる不揃いな音楽と、踊る魔道具たちに囲まれて、ミスラにもたれかかる自分は、きっとミスラのお望み通りの顔をしているのだろう。
     それは、悪くはないことに思えた。
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