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    almeri_y

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    almeri_y

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    二章ネタバレあり。二人の異名についての捏造。桐刑でも桐+刑でも

    桐+刑 放課後の廊下は燃え盛るような色に染まっている。
     登校時より足取りが軽いのはいつものことだ。夕陽で染めたかのような髪を揺らして歩いていた桐ケ谷は、空き教室の前に佇む目当ての姿に鞄を振ってみせた。
    「さっき送った通りだ。今夜空けとけよ」
    「相変わらず誘いが絶えないな」
     低い笑いをこぼして長い指が眼鏡を押さえる。
     言葉少なで済むのは用件のほとんどを既に携帯で送信済みだからだ。自分達に喧嘩を売ってきた愚かな他校のチームを叩き潰すという、二人にはお馴染みのお楽しみだった。
     眼鏡のレンズ越しの瞳は、まるで他人のような顔をして校内ですれ違うときに見るよりずっと熱を帯びている。今や周囲に誰もいないときにしか見られない貴重な眼差しに、桐ケ谷も自然と笑みになっていた。
    「ウロボロスの名前が本家よりも有名になっちまうよな、これじゃあ」
    「常工の名に箔がつくなら何よりだろう? ボス。――いや、お望みなら”夜叉”と呼ぼうか」
    「夜叉ぁ?」
     また何かのからかいかと軽く睨めば、刑部はふふっとおかしそうに肩を揺らした。
    「最近じゃそう呼ばれているらしいじゃないか。誰がつけたかは知らないが、本人より前に俺に届いていたとはね」
     他愛ない喧嘩やふっかけてくる因縁に応じ続けてもう何年になるだろうか。中学の学区も遠く超えて今では国道6号を中心にバイクを乗り回し、暴れたがっている他校や他県のチームを潰しているうちにいつの間にかそんな名が通っていたらしい。最近自分を見て何やらひそひそと囁かれていたのはこのことかと思えば、唇が描く弧には獣じみた凶暴さが混ざる。
    「”六号線の夜叉”か…。まぁ、悪くないんじゃねぇの?」
     満更でもない様子で頷く桐ケ谷の様子に、刑部の眦も緩む。
    「大方、恐ろしいという意味だけで“夜叉”と付けたのだろうがね。存外的を射ているな」
     どこか引っかかる言い方だ。さっき反射的に考えた通り、この男がこんな声色のときはほぼ間違いなく何らかの嫌味か含みがあるに違いない。やっぱりかとその真意によっては小突いてやるつもりで再び桐ケ谷が睨みつけた先では、予想と違う刑部の顔があった。
     ほんの少し首を傾げて自分を伏せがちに見返す金の瞳。燃える夕陽を囲む光の輪のようでも、その色は先ほどと違って金属のように冷えている。ほんの少し眉根を寄せた笑みは、これまでの付き合いで幾度となく見てきたものだ。

    「おまえが”夜叉”なら、俺は”羅刹”を名乗るとしようか」

     古典の歌でも詠むように落とされた呟きは沈む夕日の中に溶けた。
     らせつ、と咄嗟に漢字も浮かばなかった単語を桐ケ谷が復唱する間に刑部は顔を上げていた。目をしならせて笑う姿は数秒前に桐ケ谷の頭に浮かんでいた通りの声を連れてくる。
    「聞き馴染みがないのなら辞書を引いてみるといい。あぁ、辞書は図書室にある」
    「俺が知らない前提で話したくせに説明もなしかよ。ナメてんのか?」
    「たまには自分で辞書くらい引いてみてはどうだい? 日頃からそうしておけば、不良の日常会話でも何かそれなりに中身があるように聞こえるだろうからね」
    「いちいちムカつく奴だよなぁお前は…」
     常工に共に入学し、異なる集団の頂点にそれぞれ上り詰めて互いに競い合う体制を作ってこの高校を立て直す。そう決めてからまだ計画は本格始動まで至っていないというのに、いつからか万事この調子だ。元からその素質があったのはわかっていたが、桐ケ谷が刑部の言動に演技ではなく腹を立てることも今ではまた日常だった。
     ついでに軽く拳を握った桐ケ谷を見計ったように、気の抜けるようなチャイムが響く。

    ――組、刑部斉士君、職員室まで来てください。

    「おら、呼ばれてんぞ」
     今まで教師からの呼び出しなんて誇れるものでもなければ面白くもなく、大抵はくだらない説教ばかりだ。自然と桐ケ谷の表情には苦さが浮かんだが、刑部にはどこ吹く風だった。無論、刑部にも苦い思い出はいくつもあるが今回は悪い内容でないと知っているからだろう。迷惑そうでも驚くでもなく吐息一つを落としただけだった。
     その吐息の意味ではなく、桐ケ谷は別の問いかけを投げる。
    「お前、生徒会の方はいけそうなのか?」
    「当然だ。とっくに根回しも済んでる。大方これもその話さ」
     ゆったりとした声音とその言い回しといい、およそ高校一年とは思えぬような余裕たっぷりの態度だった。繰り返される放送に向けて刑部がひらりと手を挙げる。
    「清廉潔白で品行方正。学問にも秀でた文科系の生徒で、不良達にも物怖じしない精神とガタイの持ち主だ。これからますます荒れていくこの高校をまとめる気概と能力のある奴なんて、俺以外に居やしないよ」
    「自分のことをよくそんなに褒められるな」
    「数少ない取り柄を数えているだけさ。——常工を束ねる一流のボスの敵役が、半端者では締まらないだろう?」
     心底げんなりしていた桐ケ谷が最後の言葉に若干目を丸くする。しかし刑部はその顔を見ることなく、既に職員室に向けて廊下を去ろうとしていた。
     あぁ、と最後にその背が振り返る。窓からの光に、左胸の金色が一際輝いて目を灼かれそうだった。
    「肩を並べて羽目を外せる機会もじきに無くなるだろうからね。早いところチームの人員を増やして、有事の際にもこっちには余計な仕事を回さないようにしてくれよ」
    「さっき一流だとか言ってたボス相手に対する言い方か? それが」
     どちらが上だかわからないようなやり取りに舌打ちをしたところで、愉快そうな笑いが返ってくるだけだ。桐ケ谷の眉間の皺はますます深くなった。
    「お前の一番の取り柄は人をイラつかせるところだよ」
    「気づかなかった。そんなことを俺に言うのはお前だけなものでね」
     その氷のように冷ややかな揶揄に一筋の親愛が溶け混じっていたと察する頃には、もう刑部は廊下から姿を消していた。


     残された桐ケ谷は髪をかいて昇降口へ向かう。その道すがら、さきほど聞いた単語をもう一度口の中で転がした。
    「らせつ、らせつ…“羅刹”ってこれか?」
     刑部に言われた通り辞書を引く気になどさらさらならなかったが、気にはなったので手元の携帯をタップする。これだけ便利なものがあるのに誰がわざわざあんな分厚いものなど頼るものか。絡まれて手元に得物が何も無いときでなければ触りもしない、などと考えながら検索結果から適当なページを開く。
     “羅刹”。それは神話に現れる悪鬼の一人らしい。悪鬼も詳しくは知らないが桐ケ谷はとりあえず文字そのままを想像する。悪い鬼。それは夜叉とも近いお仲間だろう。羅刹のいかつい字面もこう見るとなかなかに悪くない。
     その説明に続くのは、“害する者、守る者”。思わず、ほぉ、と声が出る。刑部が同じ辞書から知識を得たかは知らないが、合っているではないか。喧嘩っ早く、こちらの気分も平気で害してくるところなんてまさに言葉通りだ。清廉潔白も品行方正も聞いて呆れる。
     だが、それと同時に自分と同じく、刑部は常工や自身を慕う者のことはきっちり守ろうとする性格なのもよく知っている。あとはくだらない規律や規則なんかも自分より余程守るのが上手い。
     文字を追いながらでも、桐ケ谷が階段を下りる足元は弾むように上機嫌だ。
     また、”羅刹は通力によって姿を変え、人を魅惑し血肉を食う”とある。おいおい、と声まで出てしまい、たまたま居残っていた上級生とも同級生ともわからぬ男子生徒がびくっと視界で肩を震わせたが本人は気づく様子もない。
     先ほどの描写は本性を隠している優等生の刑部そのままではないか。自分に対する態度は終始あの様子だというのに、教師や他の文化系の生徒からは入学早々にして賞賛や尊敬の眼差しを受けている。荒事なんてしたことありませんと言いたげな涼しい顔、嫌味すらも丁寧過ぎて腹が立つような穏やかな口調、しかしそれていて向き合う人の背を自然と正させるような立居振る舞い。その奥底に隠している、それこそ血肉を喰らうようなぞっとするほど冷たく酷薄な姿を知っている人間はどれほどいるというのか。
     桐ヶ谷は数少ないその中に自分が入っていることの優越感に目を細めて続きを読んでいく。
     最初に思った通り、“羅刹はしばしば夜叉と同一視される”ともあった。ボスは自分だぞと思いつつも、自分達は同じ年であり、刑部は自分をボスと呼ぶがチームを離れれば親分子分というよりは同志に近い。もちろん喧嘩の強さに関しては負けるつもりもないが、まぁ今はいいだろう。
     “羅刹は地を走り、空を飛ぶ”。あいつもバイクで走りはするがさすがに飛ぶようなことはしない、いや二階から飛ぶくらいは平気でするか。いつか名前も忘れたチームとの抗争でどこかの屋根から鉄パイプを手に飛び降りざまの打撃を加えていた姿を思い出し、外履きに履き替えたところで桐ヶ谷の笑みは不意に消えた。

     “闇夜に最強の力を発揮し、夜明けとともに力を失う”。

     刑部が自分の隣かあるいは背を合わせ、鉄パイプを振るってどこまでも凶悪に、けれど見ている方までスカッとするほど気持ちよく暴れ回るのはフルフェイスの闇の中だけだ。自分以外に誰にも正体を知られることのない特攻隊長は、太陽の下では常に冷静沈着で誇りを重んじ、暴力なんて野蛮だよと冷たく微笑む優等生に様変わりする。そして同時に、社会から疎外された家の直系で、自身の在り方なんて見てもらえないまま様々なものを諦めさせられた無力な姿にも。
     “羅刹”。その名を選んだ刑部は、ここまでわかっていて己とこの名を重ねたのだろうか。しかも自分が調べてこういう顔をすることまで折り込み済みで。
     まさか、なんて言葉は出なかった。昔から刑部はそういう男だ。
     また一つ賢くなって良かったじゃないか。そんなことをあのお得意の貼り付けた笑みでいけしゃあしゃあと言ってのける顔が浮かび、桐ケ谷は靴を履く動作のついでに地面を強く蹴り飛ばした。同時に検索画面も指先一つでネットの海に放り捨てる。
    「”六号線の夜叉と羅刹”か…」
     しかしどうしてか、口にする名に嫌悪はない。その名を借りることで、刑部が夜叉の自分と羅刹のごとく本性を曝け出して動けるというのであれば。
     規律に、世間に、家に、自身に、囚われて雁字搦めになって、でかい図体のくせに身動きを制限されて窮屈だろうに、そんなときばかりは暴れもせずに全て受け入れて諦めた顔をしているのを見るときがどんな言葉をかけられるより一番腹立たしいのだ。
     いつからか刑部が使うようになった自嘲気味な言葉が耳を掠める。

    ——生まれも育ちも悪くてね。

    「それでも、生き方は自分で選ぶだろ。俺らは」
     夕陽はいつしか闇に喰われていき、伸びていた影ごと飲み込まれそうになる。
     あと数時間後には、この夜を背負い、地を駆けて、夜叉と羅刹が揃ってのご登場だ。何なら羅刹の名乗りは自分があげてやってもいい。

     生まれもしがらみも全て関係なくなる闇の中で、何もかも忘れるくらい場も血も沸かせて踊らせてやるよ、刑部。
     桐ケ谷の指は左胸の銀に触れた。
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