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    almeri_y

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    ハロウィンイベント。フランケンシュタインを作る最中の桐刑。じゃれてるだけ。

    「衣装合わせしようぜ。時間あるだろ」
     寮での夕飯も終わり、あとは各々が私用を済ませて寝るような頃合いだった。ワーカホリックで通っている刑部はだいたいこの時間も授業の課題や生徒会、オケ関連の書類やデータを携えているのが周知の光景なので、こんなにも気安く声をかけてくるのは今のところ一人だけだ。
     肩に腕を乗せながら上機嫌に桐ケ谷が覗き込んで来る。それだけで、刑部が予めつけていた他の物事の優先順位の何より上にその声が割り込んでくるのもまたいつものことだった。
    「風呂までの間なら構わないが」
    「おっ、ちょうどいいじゃん」
     当然、断られることなど考えてもいない顔で桐ケ谷は刑部の目の前に手のひらを広げてみせる。マジシャンのような仕草で見せられたのは化粧道具だ。黒いアイライナーと水色やシルバーのフェイスペイント。何年か前にも見た光景だった。
    「俺の部屋でいいだろ。その紙置いてさっさと来いよ」
     数日後に控えたハロウィンナイトに向けて桐ケ谷の意気は上がる一方らしい。もちろん刑部もそれは同じだったが、生来の性格でやれやれと苦笑のポーズが先に来る。ウロボロスのメンバー含め後輩達の前では男らしく余裕な一面が目立つ桐ケ谷だが、こうして相対していると振る舞いは小学校の頃から何も変わりない。
     先に戻った桐ケ谷を目で追いつつ、刑部も自室へと向かう。
    「刑部さん。これから風呂ですか?」
    「いや。その前に野暮用でね」
     廊下ですれ違った竜崎から会釈の合間に問いかけられる。風呂でも書類仕事かと思いました、と竜崎が真面目な顔で言ったのは、まだ部屋にも着いてないのに刑部が既に指先がネクタイを解きベストのボタンを外していたからだろう。それに気づいた刑部は僅かに目を丸くして、まさか、と軽く返すに留めた。
     あぁ、人のことなど言えたものではないな。後輩を背にしてのため息は己の首筋をささやかに熱くした。



    「ピッタリだな。いい出来だろ」
    「お前の衣装もそうだが、相変わらず器用なものだな」
    「伊達にガキの頃から針使ってねぇよ。じゃ、一旦上着は脱いで置いとけ。本命はこっちだからな」
     言われるがまま刑部は姿見から離れて上着を脱いだ。柄物も混ぜつつ暗めの布で継いだ上着は着丈も刑部の長身に合っている。わざと汚した加工のズボンや、気崩すことでよれた具合に見せるシャツも、普段の整えた生徒会長然とした服装から見事にフランケンシュタインというテーマの仮装に刑部を変えていた。
     見事なものだと、次いで向かいに立つ桐ケ谷を頭からつま先まで眺める。本人の衣装も安っぽい市販品などお呼びではない出来上がりだ。上質な生地のマントやタイ、縫いとめた留め具までもがクラシカルな吸血鬼に相応しく、また刑部が指定した通りにしっかりと女性や子供に受けそうな印象もある。元より何を着ていても画になる顔とスタイルだ。そう思えばテーマなど何でも良さそうだが、それでも自分の見立ては合っていたと満足気な笑みを口の端に乗せて一人頷いた。
     マントを翻した桐ケ谷がベッドを指す。
    「そこ座れ。衣装も気合入れてやったんだから、それに合わせるのに綺麗な顔でいられると思うなよ」
    「お前が言うと痣でも作られそうで恐ろしいね」
    「思ってる顔かよ、それが」
     促されるまま座った刑部の右手を桐ケ谷は何も言わずに掴んだ。
     演奏者にとって手はやはり特別だ。喧嘩慣れしている二人にとっても荒事以外の場面でそれは変わらないが、刑部の指先はされるがままにぴくりとも動かない。
     たかがそれだけのことだ。それだけだというのに、桐ケ谷は口元に笑みが浮かぶのを自覚した。
    「フランケンシュタインといったらこういうやつだよな」
     口に出す言葉は別のものとすり替えれば、ほぉ、と刑部が相槌を落とす。ベッドに腰かける刑部と、その横で胡坐をかく桐ケ谷。二人の視線は刑部の右手に注がれていた。
    「――あぁ、なるほど」
     黒いアイライナーを握った桐ケ谷の手が揃えた指先を横断していく。引かれた幾つもの単純な線はあっという間に継ぎ接ぎの形となった。
    「どーよ、これ。なかなかいいだろ」
     縫い目の部分に四角くシルバーの色を入れればますますそれらしく見えてくる。よく思いつくな、と感嘆の声で刑部が言えば、動画で見たと桐ケ谷は返した。
    「これを手のひらまで一周な。それで、ここは青い皮膚にする」
    「凝ってるな」
    「俺の隣に立つんだから当然だろ」
    「そうか。そうだな」
     ウロボロスでのコンサートに次いで、また地元で二人揃ってのイベントコンサートだ。ほんの数か月前までは考えられなかったような出来事なのに、今や驚きよりも安心感の方が強い。刑部の手を裏返したり広げさせたりして眺める桐ケ谷との距離感もまた同様だった。
     水色のフェイスペイントが二本の縫い目の間に落とされる。ひやりとした感触に、ぴく、と指先が動いた。
    「なに、くすぐってぇの?」
    「いや」
    「動くの禁止な。はみ出る」
     筆まで持ち出して桐ケ谷は大真面目だが、正直本番でもないのにここまでやるかと刑部は息をつく。飽きたわけではない。筆先の滑る淡い感触が、桐ケ谷の言葉通りこそばゆくて居心地が非常に悪いだけだ。
     不意に、右手の下に置かれていた桐ケ谷の指先がするりと手首に伸びた。
    「…ッ、なんだ」
    「気ぃ紛らわしてやろうかと思って」
     下がった前髪の隙間から除く明るい緑の瞳が、本物の吸血鬼のように怪しく光る。
     どういう、と言う間にも筆を持つ手と反対の左手は縫い目もペイントもない指先を弄り始めた。
    「くすぐったさが分散すりゃ、こっちの感触に集中しなくていいんじゃねぇの?」
    「そんなわけあるか。余計に気が散る。からかうな」
    「怖い顔すんなよ。ほら、終わった終わった」
     ぱ、と離された手を見れば、言葉通りに右手のペイントは終わっていた。不服を述べようにも出来栄えがいいので刑部は軽く顔をしかめるだけに留めざるを得ない。
     桐ケ谷もそれを心得ていて、成功だなと笑いかける。
    「次、上向けよ。首もやる」
     もういいだろうといっそ言ってやりたかったが、結局その言葉は刑部の口から出なかった。

     いつからかなんてもう忘れたが、桐ケ谷の言葉にだけはどうしても体の方が先に言うことを聞きたがる。普段、社会や世間に従順なのはお行儀の良い仮初めの姿でしかないというのに。
     それが桐ケ谷相手だといかに無謀な内容や面倒事でも反抗や否定より先にまず受け入れてしまっている。右腕が聞いて呆れる、ただの子分もいいところだと思わせられた時なんて数え切れないほどだ。
     しかも自分にとってはその振る舞いも不良ごっこの延長や単なる信頼なんて言葉で片付けられるものとはわけが違うのだから、余計にたちが悪い。

     刑部は黙って上を向いた。喉元を晒す姿も手を取られたとき同様、相手が桐ケ谷であれば余計な感情は湧いてもこなかった。天井を見つめる続けるのも不毛に感じて目を閉じる。
     筆先が喉仏の上を滑っていく。どうしてもその感触にぴくりと肩が動き、むずかるように眉間には微かな皺が寄った。
     その表情の変化や動きに、今まさに線を描いている首元よりも桐ケ谷の目が奪われる。
    「…後ろもやるから、こっち向け」
    「あぁ」
     手で軽く頬を押さえられて顔を傾けさせられる。医者にかかるときのようなものだ。意志を消して人形のようにされるがまま、フランケンシュタインの怪物も作られている最中はまさにこんな気分だったろうと刑部は目を開けることもなく思いを寄せた。
     されるがまま、日頃ならまず考えられないようなその無防備極まりない様子に、桐ケ谷はいつの間にか作業の楽しさに浮かんでいた笑みを別の表情にして手を動かし続けた。

     普段の刑部が自分に見せる、親愛と呼ばせるには温度が低く、信頼はあっても従順とはまた別の言動の数々。眼鏡越しに皮肉めいた顔で世の中を見ているときがほとんどで、誰かを出し抜こうと策を練っているときが一番生き生きするような性格のくせに、こうして二人でいるときなどに不意にどうしようもなくまっさらな状態を見せてくるから非常にたちが悪いのだ。
     
     桐ケ谷は首筋も一つ一つ縫い目を仕上げ、終わったと声をかければそれに合わせて刑部が目を開けた。
     部屋の照明の明るさに二度ほど瞬くと、桐ケ谷の手が眼鏡をさらう。
    「あと顔な」
     元からほとんど度の入っていない眼鏡は外したところで支障ないのは互いに知っている。顎をくいと持ち上げ、桐ケ谷は品定めでもするように左右から刑部の顔を眺めた。逆の手が髪を軽く寄せ、指先が額を掠める。その感触と顔の近さに刑部はたまらず目を逸らした。
     先ほどの自分と同じような感覚を得たのだろうと察した桐ケ谷は、真剣な表情に意地悪な笑みを覗かせる。
    「照れんなよ」
    「誰がだ」
    「普段からそのぐらいの方が可愛げあるぜ、生徒会長様」
    「あったところで役には立たないだろうがね」
     棘を含ませた声色で冷たく言い放つ刑部の目は眼鏡越しでないからか鋭く鮮やかで、かもな、と桐ケ谷は短く答えた。可愛げがあっても悪くはないが、芯の部分に獣じみた凶暴な部分があるからこそより面白いのだ。
     二人の視線が緩く絡み、ふいと刑部はまた目を逸らした。桐ケ谷は再び思案の顔に戻る。
    「こう…いや、こっちか」
     つ、と顔や耳の横を滑る人差し指。どこを切るか定める外科医のような手つきだと、そんなことでも考えないと声が出そうで刑部は軽く目を伏せた。
     桐ケ谷が片手で刑部の前髪を上げると、額を露わにした姿は生徒会長の姿と比べてより刑部らしさを表しているようにも映る。親指の腹で額をなぞれば、嫌そうというよりは疑問を投げるような上目遣いを返された。小学生の頃から一度も逆転したことのない身長差ではそうそうお目にかかれない光景を数秒だけ堪能する。
     そして手に施したときと同様に、桐ケ谷は迷いない一線でその顔と耳元に縫い目を引いた。
     耳の手前をなぞった瞬間だけ刑部が息を詰める。
    「ん? どうかしたか?」
    「…わざとだな?」
    「なにがだよ?」
     明らかに意図的で、かつ面白がっている目の前の姿に向けて刑部は目を眇める。目つきが良い方ではないと自身が認めるその顔を桐ケ谷は嫌いではない。
    「顔も手の方みたく色変えるかな。どうする?」
    「任せるよ」
    「じゃ、目閉じろ」
     言われるがまま刑部は再び目を閉じる。段々面白くでもなっきてたのだろうか、ふとその口から低い笑いがこぼれた。
    「お前の好きにしてくれ。桐ケ谷」
     桐ケ谷の手が、ぴたりと止まる。

     またそうして、無防備で従順な顔を見せる。自分だけの前では大概そうであるにも関わらず、実際こうして目にする度に桐ケ谷は純粋な驚きと邪な喜びを得ずにはいられない。その顔を向けられるのは自分だけの特権だからだ。
     本来対等であるはずの自分達の間柄に、いつからか刑部が引いたこの縫い目のような線。ボスと右腕。服従の上下関係。それは無くてもいいものだが、あればあったでいいアクセントになる。こんなときには特に。

     今の刑部は眼鏡を外し、前髪も押さえられたまま手や首、顔に縫い目を入れられて、これでも十分すぎるほどにやられたい放題だ。そこに先ほどの言葉はあまりにも、とどめのように刺さった。
     ふぅ、と息をついて桐ケ谷は手に持っていたフェイスペイントの蓋を閉じた。まだ顔部分には塗っていなかったが、ここまでくればお遊びにだけ興じる方が野暮な話だ。
     一向に皮膚に訪れないペイントの感触を待つ額へは軽い感触と微かに鳴ったリップ音が落とされ、刑部は瞬時に目を開けた。
    「お前、何し…!」
    「好きにしろって言ったよな?」
    「そういう意味じゃ…ッ、ん」
     噛みつくように、唇、それから首筋に口づける。無防備から一転しての抵抗を返されそうになったが、いち早くそれを察して桐ケ谷は力任せに無理やり刑部をベッドに押し倒した。ここだけ切り取れば色気もへったくれもない、まるで他校生との喧嘩だ。
    「あき、ら…っお前…」
     しかし桐ケ谷が身に着けた吸血鬼よろしく首筋に噛みつけば、名を呼ぶ声には悲鳴や不満より嬌声じみた色がつく。桐ケ谷が見下ろせば、己のトランペットと同じ色に光る瞳が笑みとも呆れともつかない形を描いた。
    「な、にが…衣装合わせだ。こんな予定は聞いていないんだが」
    「うるせぇ。だいたい出来てんだから、後はもうこのまま本番でいいだろ」
    「それはどっちの意味での話だ?」
    「どっちもだよ」
     抵抗を諦めた刑部から笑み混じりに溢れたのは生徒会長らしくもない低俗な冗談だった。
     イベント事や喧嘩に限らない。タイミングが合えば意外とこういう場でもノリがいいのだ、刑部は。
     腕の下で、開いたボタンからいつもは見えない刑部の首筋と鎖骨、そして自らが描いた縫い目が露にされている。桐ケ谷はマントやタイを脱ぎ捨てて惜しげもなく床に放った。
    「さっさと脱いじまえよ。本番前に衣装汚したらシャレにならないからな」
    「まったく、どこまでも横暴だな。お前は」
    「お前がそうさせてんだろうが」
    「覚えがないが?」
    「縫い目がエロい」
     それを聞き、眼鏡を持ち上げる代わりに前髪をくしゃりとかき上げて、刑部はくつくつと楽しげに笑った。自分でやったんだろうと言いかけた言葉は違うものになって紡がれる。
    「名も無き怪物に愛をくれる酔狂な輩がいたと思えば、吸血鬼とはな」
    「お似合いだろ? 怪物同士仲良くやろうぜ」
     名も無き怪物。それは奇しくも桐ケ谷の目の前の男にぴったりだった。校内を改革した切れ者の生徒会長、フルフェイスで特攻する六号線の羅刹、途中でコンクールを捨てた4位のトランペッター。一貫しそうもないそれらが刑部斉士という一人の中に存在するだけでも怪物じみているというのに、その表向きの肩書きや実績の裏の事情、隠された内面の全てを知る人間はそもそも自分を置いて他にいないのだ。

     おまえは俺だけがその正体を知ってる怪物だ。

     耳に注がれた痺れるほどの甘い声。それを放った唇が自分の右手の縫い目を辿るのを刑部は黙って見つめる。次いで首筋の縫い目に口づけられ、声が上がりそうになるのを抑えようと手の甲を口にあてた。
     フランケンシュタインの本家の物語を桐ケ谷は知っているだろうか。知ったところでこの男なら、悲しいはずの化け物の成れの果てでさえ笑い飛ばすだけかもしれない。そう思うと、今回の仮装を選んだ自嘲めいた理由も急に馬鹿馬鹿しくなった。
     桐ケ谷が日頃の言動に似合わぬ丁寧さで衣装の下の肌に触れていく。その熱を帯びた視線に傷跡のような継ぎ接ぎへの感傷は消え去り、奇妙な愛着だけが残った。
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