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    miyomimin

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    名は体を表すもの含光君は毎月一つだけが天子笑を買いに彩衣の町へ行く。買うのは必ず一つだけ。決まった日の決まった時間に、含光君は面倒な道のりを嫌な顔ひとつせず必ず彩衣の町へと行き、そして一つだけ天子笑を買うう。なぜ、買うのかは誰にも分からない。規則の厳しい藍家で酒が飲めないことは知っていたが、あの含光君が酒を買って帰る理由は誰も知らなかった。一度、誰かが理由を尋ねた事がある。含光君はなぜ、酒を買って帰るのかと。だが、含光君は何も答えなかった。だが、誰に、とは言わないが誰かに送るつもりであるということだけは彼の酒の扱いをみて察するものがあった。尊いお方の考えることだ。庶民には分からないが、きっとそれなりの理由があるのだろう、と、みんな納得していた。

    その日も天子笑を手に静室に帰った含光君は、壊れ物を扱うように大事そうに酒瓶を腕の中に抱えると、まるで何かを警戒するかのようにそっと扉を開けて静室の中へと入った。
    明かりの灯されていない部屋はすっかり暗くなっており、月の光だけが窓から柔らかい白銀の光を差し込んでいる。その光の中に彼はいた。無造作に投げ出した足は随分細くなってしまった。生命に溢れていた瞳はぼんやりと霞んだ色を移し、まるで作り物のような顔をして窓の外を見上げていた。男の瞳はこちらを見ない。ただじっと窓の外ばかりを見つめている。
    そんな男に含光君は近寄るとすっかり冷たくなった体に上着をはおらせてその足元に先程町で買った天子笑を一つ置いた。天子笑は彼の好きな酒だった。だからなのか、普段決して窓の外以外に向けることの無い視線を、天子笑が目の前にある時だけ、一瞬そちらに視線を向けるのだ。その一瞬。その一瞬だけの視線を見る為に含光君は毎月一つだけ天子笑を買って帰るのだ。毎月一つだけと決めているのは酒は飲みすぎれば毒となることを知っていたからだ。男の体は酷く弱っている。長きに渡り陰気に触れ続けたからか、彼の生命力は酷く弱ってしまっていたのだ。だから、酒など毎日飲ませるわけにいかない。だから、月に一度だけ町まで降りて酒を買って帰ることにしたのだ。

    今日はその月に一度の日だった。
    決まった時間に酒を買いに街へとおりて、そして決まって同じ酒を同じ量買っていく。
    毎月の如く、酒瓶を差し出すも男はちらりと視線を向けるだけでまたすぐに窓の外へと戻されてしまうだろ。だが、それで良かった。含光君にとってそれだけが全て無くした彼に残された唯一の光のように思えた。

    ちらりと向けられた視線。その視線は再び窓の外へ向けらると思ったがなぜか今日はじっと含光君の方へ視線を向けてきた。真っ直ぐに見つめてくる視線。それは久しぶりに見る魏嬰の綺麗な瞳だった。その瞳が真っ直ぐに藍湛の事を見つめている。そうして、藍湛の顔を見てにこりと笑ったのだ。
    その顔に藍湛は泣き出してしまいたくなった。今までしてきたことが全て報われたようなそんな気持ちになったからだ。魏嬰の足元に縋り付くように座り込むとその手を握った。弱々しく握り返される手にまた涙が出そうになった。


    「私は、君を愛してる……君と道侶になりたい……」


    鳴き声混じりにそう呟けば弱々しい手のひらに再び力が籠る。顔を上げればこちらを見下ろし微笑む魏無羨の姿がある。ああ、受け入れられたのだ。この思いも、この行いも、全て受け入れてくれたのだ。


    「忘機」

    その時、含光君の名を呼ぶ声が聞こえた。振り返ればそこに兄がいた。

    「もう、やめなさい。彼は、ここにはいない」

    悲しそうにで苦しそうに言われた言葉に慌てて視線を戻せばそこには一つ、酒瓶が置かれているだけだった。

    「彼はもういない。いないんだよ。忘機」

    言い聞かせるようにそう告げられた言葉に含光君はただ虚しく酒瓶を眺めることしか出来なかった。


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