Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    orangette265

    @orangette265

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 3

    orangette265

    ☆quiet follow

    貞えばアフターシンレイ 記憶有
    なんやかんやで付き合ってるふたり

    秒針は並走する きっかけは、駅前のファッションビルでたまたま手にした福引の抽選券だった。中学校在学時から愛用していたスニーカーがいよいよ足に合わなくなり、新しいものを購入するために立ち寄ったシューズショップの店員から会計時に受け取ったものだ。券の表面には、3,000円のお買い物でワンチャンス、の文字が躍る。極力低廉な商品を選んだ僕に、ツーチャンスは無いらしい。
     
     しかし僕は、そのワンチャンスをものにした。ビルのエントランスホールに設けられた抽選会場で、ポケットティッシュを受け取るつもりで引いたくじを係員に手渡したところ、一拍置いて「おめでとうございます、2等です」と明るい声が響いたのだ。そして、2等ってなんだっけと傍らの掲示を確認し、自分の目を疑うことになる。
     
     『2等 ショッピングチケット5万円』
     
     え、嘘、とつぶやく間に少し厚みのある洋封筒を手渡され、列から捌けた。そのままふらふらと近くのベンチに移動し、今に至るわけだ。
      
     僕は、5万円分の商品券を手元で弄びながら逡巡する。
     何に使おうか?
     日々過ごす中で惹かれたものは数あれど、具体的に書き留めているわけではないから、まずは自分の欲と向き合い、思い返すところから始めなければならない。
      
     店頭で見かけて惹かれたもの、友人の自慢話にあてられていつか手にしたいと思ったもの、それから、雑誌の特集で目にして興味を持ったもの。
     
     シューズショップを再訪しワンランク上のスニーカーを買いなおすことも考えたが、元をたどれば膝の上に抱えた紙袋の中身──この安物靴を購入したおかげで5万円を手にすることができたのだから、返品という選択肢にはなんとなく後ろめたさを感じる。そもそも抽選券の返却を通告されるかもしれない。却下だった。
     
     あれこれ考えているうちに、一人分の空間を挟んで、隣にサラリーマン風の男性が腰かける。左手首に、高そうな腕時計を装用していた。きっと彼にとっての5万円は、さほどの大金ではないのだろうな、と想像する。
     しかし、現役高校生にとっては違う。まして、在学中の明城学院附属高校は原則バイトが禁止されており、仕送り生活を送る僕にとって、5万円は手に余る大金だった。
     何も今日、使い道を決める必要はないのだが、だからといってこれをそのまま寮に持って帰るのも、なんとなく落ち着かない。どうしたものかと再び悩みはじめると、抽選会場の方で、からんからん、という音と共に明るい声が響いた。
    「おめでとうございます、2等です」と。
     
     嘘だろ、この短時間の間に、二人目?
     確か、2等賞に割り当てられた人数は五名とあったはずだ。どんな確率だよ。
      
     ちょっとした好奇心で抽選会場を覗きに行くと、そこには見知った顔があった。
     
    「……綾波?」
    「碇くん」
     
     本日二人目の強運の持ち主は、数奇な縁を経てこの世界で再会し、今は僕と…いわゆるカレシカノジョという間柄になった、綾波レイだった。
      

     ***
      

    「驚いたよ。こんなとこで会うなんて。買い物?」
     
     立ち話もなんだとビル内の喫茶店に場所を移した僕たちは、新作のなんとかフラペチーノを手に、テーブル席で向かい合っていた。
     
    「そう。マグカップ。昨日落として割ってしまったから、買いに来たの」
    「割ったの? ケガしなかった?」
    「大丈夫。ありがとう」
     
     綾波は僕と同じ高校に通っているが、寮では生活していない。学校の近くに部屋を借りて、一人で暮らしている。親族が援助してくれているようだが、それについてあまり詳しく聞いたことはない。僕は、いわゆる彼女のカレシとなってから何度か部屋にお邪魔しているが、その都度危なっかしい手つきでお茶を準備してくれる彼女に、実のところヒヤヒヤしていた。……脳裏に、床にぶちまけられた紅い液体と散乱したマグカップの残骸を、無表情で見下ろす姿が浮かぶ。怪我が無いならよかった。
     
    「そういえば、あの抽選券って3,000円の買い物で一枚もらえるよね。どんなマグカップ買ったの? 何千円もするやつ?」
    「そこまで高い物じゃないわ。抽選補助券2枚分。だから本当は抽選会場に立ち寄る予定じゃなかった。けど、マグカップを買ったお店を出たところで、通りがかった人が補助券を4枚くれたの。いらないから使って、って」
    「……男の人?」
    「女の人だったわ。なぜ」
    「いや別に」僕はフラペチーノをストローでかき回す。
     
    「それで、補助券が6枚で一回くじを引けると書いてあったから、会場に来てみたの」僕の手つきを眺めていた綾波が、顔を上げる。「そうしたら偶然、碇くんに会えた」
    「……5万円のショッピングチケットが手に入った、じゃなくて?」
    「会えたことの方が、うれしい」
     
     綾波が微笑む。華奢な花が揺れるさまに、わずかな悪戯心を忍ばせた、親しい人間にしか向けない表情だった。脈拍が早まるのを感じた僕は、それを顔に出さないよう努める。
     
     ――彼女は最近、妙に僕をからかってくるようになった。付き合い始めた当初は僕が主導権を握っていた気がするのだが、いつの間にかそれが逆転している気がする。多分僕が、些末なことでもいちいち赤面なり狼狽なりでわかりやすく照れることが多いから、反応を見たくてやっているのだろう。ストレートに好意を示してくれるのはうれしいが、男子としては少々釈然としない。
     
     だけど、約束のない邂逅に心が弾んでいるのは確かだったから、僕だってうれしい、と声に出した。伝えたいことは伝えられるうちに伝える。彼女と付き合い始めてから、僕がひそかに心に留める指針だった。

     そのうえで、反撃に出る。

    「そういえば綾波、さっき当たった5万円、何に使うか決まってる?」
    「まだ考えてるところ」
    「じゃあ、旅行とかどう」
    「……碇くんと?」
    「そ、ふたりで。温泉なんてどう?客室露天風呂付きのところとか、泊まってみたいな」
     
     綾波が、白い頬をわずかに紅潮させ、手元のフラペチーノの容器を両手で包み込んだ。

    「行ってみたい……かな」目を伏せたまま、つぶやく。そして、少しだけ間を空けて「……けどこの商品券、ここのビルに入っているお店でしか使えないみたいよ。旅行会社は無かったはずだけど」と顔を上げた。

    「知ってる。ちょっと言ってみたかっただけ。いつか行きたいね」
     僕はフラペチーノで冷やされた綾波の手を取り、わずかに上目遣いで微笑んでみせる。
     
    「……真に受けたわ」
    「ごめん」
     
     もの言いたげな目線に、軽く笑い返す。綾波は空いた方の手でフラペチーノの容器を持ち上げ、残りを一気に飲み干した。
     
    「碇くんは、決まってるの?」
    「いや、今いろいろ考えてるとこ。できれば実用的なものがいいと思ってるんだけど……服とか、財布とか。あとはそうだなあ」

     脳裏に日用品を思い浮かべる最中、さきほどベンチで隣に座った男性の姿がふと浮かぶ。僕はいつも、時間確認ならスマホで事足りるだろうと考えていたが、腕時計で時間を確認する仕草は、正直ちょっと格好良かった。
     
    「腕時計とか」
    「腕時計」
    「うん。さっき見かけて、ちょっといいなって思って。大人が着けるような高いのは無理だけど、5万円あれば、そこそこ長く使えるやつが買えるかなって」
    「……そう」

     綾波が、空になったフラペチーノの容器を軽く振ってみせる。
     
    「決めたわ、商品券の使い道」
      
     ***
      
     おそろいの腕時計を購入する。
     それが、綾波の提案だった。
     
     元々、商品券の有無と関係なく、腕時計の購入を考えていたらしい。先日、駅のホームで現在時刻を確認しようとスマホを取り出したら、手が滑って床に落としてしまったことがきっかけだそうだ。幸い故障はなかったようだが、朝のラッシュの中、拾い上げるのにかなり苦労したらしい。

     それで、僕も腕時計を必要としているなら、せっかくだから揃いのものを購入するのはどうかと考えたそうだ。

     僕はそれに賛同したが、詳細を確認したところ、綾波がペアウオッチを購入して僕に片方をプレゼントするというなんとも羽振りの良い話だったため、同額の商品券がこちらの手元にもあるのだから、綾波の分は僕に購入させてくれと伝えた。
     揃いの腕時計を用意するだけならば、シンプルに自分の分は自分で購入すれば良いのだが、そのような経緯もあって、それぞれ相手の腕時計を購入して贈り合うという、ちょっとした遊びをする運びとなったのだった。

     ファッションビル内に時計を取り扱う店舗はいくつかあったが、僕たちは雑貨がメインのフロアで営業する、あまり敷居の高くなさそうなセレクトショップを選んだ。

     ショーケースの中には、数千円で買えるキャラクターものから、十万円を超える本格的なものまで、多種多様な腕時計が並んでいる。

     若者向けの商品が並ぶ一角に立った僕は、綾波にはどれが似合うだろうと思案する。
     少し大振りでスポーティな雰囲気のデジタルウオッチは、パステルカラーがかわいらしいが、彼女の好みには合わないかもしれない。隣のものは、クラシカルな雰囲気の文字盤とゴールドのステンレスベルトの組み合わせが美しいが、綾波と派手なゴールドの組み合わせがどうもしっくりこなかった。

    「碇くん。ペアウォッチはこっち」

     綾波から声を掛けられて、我に返る。そうだ。彼女に似合うものばかりを探していたが、揃いのデザインの商品が無ければ意味がない。
     促されて移動した先に陳列された商品は、どれも同じデザインのサイズ違いか色違いのもので、すべて一対となっており、いかにもというものもあれば、さりげない統一感を醸すものまで様々だった。

    「碇くんは、どういうのが好きなの」

     ショーケースの中を覗く僕に、綾波が聞く。
     君に似合うやつ。と答えそうになったが、思いとどまった。失笑されたら立ち直れない。

    「僕は、あんまり重く感じないやつがいいな。あとは、時間が見やすいやつ」
    「そうね。同感だわ。こういうの、何時なのかわからないと思う」

     綾波が指さした先には、ブレスレットのような意匠のかわいらしい腕時計があった。たしかに、文字盤は他よりも二回りほど小さく、ガラスにはカッティングも施されており、視認性は悪い。実用性よりも装飾品としての機能を重視しているように見えた。

    「まあきっと、使ってるうちに慣れるんじゃないかな」

     そう返しながら僕の目に留まったのは、その隣の、華奢な縁取りの文字盤に革ベルトという、クラシカルな組み合わせのペアウォッチだった。シンプルではあるが洗練された雰囲気で、古臭さや地味さは感じない。
     特に目を引いたのは、色だった。男性用はゴールドで縁取られたブラックの文字盤に、同色の革ベルト。女性用は、ピンクゴールドで縁取られたオフホワイトの文字盤に、白い革ベルト。

    「これ、いいな」

     制服に合わせても違和感が無さそうだし、なにより、女性用のデザインが綾波に似合いそうだった。視認性も問題ない。

    「試してみる?」

     僕たちは店員を呼んで、ショーケースから目的の品を取り出してもらった。店員から実際に着けてみることを促され手首に革ベルトを巻くと、思ったよりも重さを感じず、しっくりときた。悪くない。

    「綾波は、どう?」
    「うん」

     綾波が、左腕を僕の方へ差し出す。華奢で透き通るような手首に、細身の白いレザーバンドとオフホワイトの文字盤がよく似合っていた。

    「見やすくて、いいわ」

     その後、似たようなデザインの時計を店員がいくつか持ってきて、僕たちは少しだけ悩んだが、こういうのはファーストインプレッションが大事だという結論に達し、最初に試着したものを購入することにした。
     会計時、店員が綾波の方を見て「彼女さんですか?」と聞いてきたので、「そうです」と答えたところ、全く同時に綾波も「そうです」と答えたので、図らずも浮かれた高校生カップルの様相を呈してしまったが、これはちょっとした事故だったと言える。

    ***

    「じゃあこれ、綾波に」
    「うん。これは碇くんに。……つけてあげる」

     ファッションビルから出てすぐの広場で、僕たちは腕時計を互いに贈った。綾波が着けてくれた腕時計は、先ほど店頭で試着した時よりもなんだかしっくりきて、意味もなく掌を何度か反し、その様を確認してしまう。
     僕も白い腕時計を彼女の手首に巻いて、きつくないかと確認する。
     「大丈夫」と答えながらそっと左手首に触れてはにかむ彼女が、とてもかわいらしく見えた。

     その後、せっかくだから二つの時計の時刻をぴったりに合わせてみようかという話になり、僕たちはベンチに腰掛けた。
     膝の上に置いた僕のスマホが表示する時刻は、16時57分31秒。僕と綾波は時計の針を17時ちょうどに合わせて、その時を待つ。
     16時59分50秒。僕はカウントダウンを開始する。「ゼロ」の合図で同時にりゅうずを押し込むと、秒針がひとつずつ時を刻み始めた。ふたつ、ぴったりに。
    僕は綾波と顔を見合わせて、笑う。


     ――腕時計のプレゼントには、『一緒の時間を生きていこう』という意味があるらしい。
     
     いつだったか、ティーンズ向けの雑誌で目にした雑学だった。高校生が恋人に贈るプレゼントについて、たまたま特集が組まれていて、そのような解説が掲載されていたのだ。
     
     僕は、今度こそ綾波とふたり、この世界で、同じ時間を生きていきたいと願っている。
     だからその記事を眺めながら、いつか彼女に何かを贈る機会があるのなら、腕時計っていうのも悪くないな、などと漠然と考えたりしたのだった。
     ただし、『人によっては重いと思っちゃうかも?』と注意書きらしき一文が添えられていたため、候補としてあまり高い順位にはなかった。だって、綾波に重い男だなんて思われたくはない。
     
     だから今日、綾波が僕に腕時計を贈る、と言ったとき、少し驚いて、そしてうれしかった。
     
     果たして綾波は、それが意味するところを知っていただろうか?
     
     本当のところはわからなかったが、それに込められた願いを互いの心持ち次第で叶えられる『今』を考えれば、どちらでも良いと思えた。
     
     もうすぐ日が落ちる時間だ。煌々と灯りはじめる街の明かりを背に、僕らは帰路につく。
     自ら歩を進めなければならない恐れと幸福感で、胸の奥は満たされていた。




    ***
     
    「……あれ?」

     僕は、駅前の大型ビジョンに映し出された時刻と、左腕の時計を見比べて気が付く。
     10秒、遅い。

    「碇くん?」
    「あ、いや。あの画面に映ってる時刻と、ずれてるなって」
    「……本当ね」

     おそらく画面に表示されている時刻の方が正確だ。だからつまり、腕時計が10秒遅れている。

    「ごめん。僕のスマホの時計、ちょっとずれてたみたいだ……腕時計、もう一回調整する?」
    「別にいいわ。このままで」
    「そう?」

     せっかくならぴったりに合わせたいなあと思いつつも、神経質だとは思われたくないので、それ以上話を続けるのは止めにして、まあ彼女が良いというのならそれはそれでアリか、と一人納得する。
     周囲から少しだけずれた時間を共有しているのだと思えば、悪くない。

     世界より10秒遅れて、僕達は並走しているのだ。


    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏🙏💞👍👍💖💖💖☺☺❤💖❤😭💖🙏🙏💘👍👍💖😭💞💞💞💘💞💘🙏🙏🙏💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works