やだあ、もう。そんなとこに無いってば。
通路を挟んで斜向かいに位置取る高校生カップルが、くすくすと笑いながらじゃれあっている。彼女のコートのポケットに、彼氏が手を突っ込んで何かを探している体だが、おそらく本気で探し物をしているわけではないし、彼女も本気で嫌がっているわけではない。お互いの表情と声色からそれがうかがえる。
僕はそれを眺めながら(よくやるよ、電車の中で)と呟く。もちろん、心の中で。そりゃ、僕だって、綾波と手をつないで、肩を寄せて、寒くない?って聞いてみたり、髪に触れて寝癖を指摘してみたり、至近距離で向かい合ったままさりげなく腰に手をまわして電車の振動から庇ったりしてみたい。
けど、なんていうか、そういうのは他人に見せつけるものじゃないし。
それに、多分綾波だって、そういうの、好きじゃなさそうだ。
隣でつり革をつかんで立つ綾波の様子を目線だけ動かして覗いてみると、どこか冷ややかな表情でカップルを見ている――ように感じた。やはり公共の場でああいったやり取りを行うことに、思うところがあるのだろう。
僕は目線を戻すと、咳ばらいをひとつして、「他の人が一杯居るところでああいうの、ちょっとね」そう声を掛けようとした。しかし、続かなかった。僕が口を開く前に、綾波が不意を突いてきたからだ。
「碇くん、わたし定期券を落としてしまったかもしれない。不安だから、コートのポケット、確認してくれる? 今、つり革で両手が塞がっているから」
まさか対抗意識を燃やしているとは思わなかった。
へ、と間抜けな声を発して綾波の方へ顔を向けると、視線が交差する。対抗心と期待感、そして少しばかり悪戯っぽいものを含ませた彼女の表情に意外さを感じたが、浮かれてそれを承諾した僕も、きっと同じ表情をしているに違いなかった。