大佐がフレとボンに軍隊メシを振る舞う話。 二日酔いで潰れていた明け方、ルイスに声をかけられたのは覚えている。
まずは酒癖への小言がいくつか。それは大した問題じゃない。本題は、「作り置きがあるので、お昼はそれを食べてくださいね」だったと思う。
記憶の片隅に引っかかった言葉を頼りに、静かなダラム邸のキッチンでメシにありついたのが正午になる十分前。
いつもより量が多いなと、違和感とも呼べないものはありつつも綺麗に完食したのが、その十分後。
フレッドとボンドがキッチンに顔を出したのも、ちょうどその時だった。
流し台の空の皿。満腹の俺。食事に来たらしい二人。
「モラン君、もしかして僕らの分も食べちゃった?」
仕方ないなぁ、という顔のボンド。
「これ、お前らの分も?」
こくり、無言で首肯するフレッド。
つまりは、そういうことだった。
言い訳しても後の祭り。ルイス作の飯は、みな俺の胃袋に消えてしまったあとである。
「どうするフレッド君。どこか食べに行く?」
「いえ、大丈夫です。そこのパンとか貰うので」
フレッドが指差すのは、隅に置かれたバゲット類。
なんとも味気ないが、フレッドは遠慮でも冗談でもないことを俺は知っている。こいつは、放っておくと質素を通り越した食事をする奴だ。
ただでさえヒョロヒョロなのに、それはいただけない。
「待て待て待て。分かった、俺がなんか作ってやるから、ちょっと待ってろ」
「へえ、それは気になるなぁ」
「モラン……料理できるの?」
それぞれに、驚いたような顔を浮かべる二人。反応がやや心外だが、評価は実力で覆してやることに決める。
上着を椅子の背に掛け、シャツの袖をまくった。こう見えて、料理の腕には自信があるのだ。
まずは、保存食の代表であるベーコンを拝借。これはたしか、ウィリアムが何かの礼で近所の畜産農家から貰ってきたやつのはずだ。
厚めの一口大に切ったベーコンを、フライパンに放り込んで火をつける。しばらくすれば油が出るので、そうなったら焦げすぎないように転がしてやればいい。
火が通るのを待つ間に、吊るしてあるニンニクを見つけた。せっかくなのでこれも細かく刻んで潰し、油の広がり始めたフライパンに流し込む。
それから、キャベツとニンジン、そしてジャガイモを引っ張り出す。
洗って剥いて切って、と進めていると、ボンドが「モラン君って意外と器用だよね」と失礼なことをのたまった。意外とは余計だバカ。
刻んだ野菜類をフライパンに放り込めば、あとは軽く混ぜるだけである。味付けは、ベーコンの旨味とニンニク、少しの塩胡椒だけでいい。
そして。
「ほらよ、待たせたな」
名前もつかない炒め物だが、たまにはこんな物でもいいだろう。軍隊仕込みなので、食べごたえだけは十分にあるつもりだ。
大サービスでバゲットも切って添えてやれば、これで完成だった。待つ間に二人が準備していたようで、テーブルにはお茶とカトラリーも揃っている。
「すごいね、こんな短時間で」
「モランの手料理、初めて食べるかも」
「いいからさっさと食え、冷めるぞ」
素直な称賛は、これはこれでこそばゆい。ルイスのほどうまくはねーぞ、という言葉は無視されて、フレッドがまずは一口。
「……おいしい」
「おっ、それは楽しみだな」
ボンドも、それに続く。一口目はそのままに。次は切ったバゲットに乗せて。
どうやら二人とも気に入ったようで、皿が空になるのはあっという間だった。
「ごちそうさま、美味しかったよモラン君」
「そりゃどーも」
「しかし、意外な特技だったねぇ」
今度教えてもらおうかな、と言うボンドはどこまで本気なのやら。教えるほどのもんでもねーぞ、と返せば、何が楽しいのかケラケラ笑っていた。
隣で静かに茶を口にするフレッドも、どことなく満足そうに見える。澄ました顔だが、その食べっぷりは悪くなかったように思う。
どちらの反応にせよ、悪い気はしなかった。
「お前ら、今日のことあいつらに言うなよ?」
「えー、なんで? ちゃんと美味しかったのに」
「なんでもだ」
「なんなら、たまにはルイス君と代わってあげたら? 彼に楽させてあげれば、ウィル君も喜ぶと思うんだけど」
「いいと思う。普段、色々サボってるし……」
「絶! 対! 言うなよ!」