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    凛潔/餃子つくる二人

    黄金色の口福 日本サッカー界に革命を起こすべく、突如として現れた風雲児──絵心甚八。
     もしも戦乱の世であったならば、稀代の傾奇者、あるいは大うつけ者と言われていたであろう彼が立ち上げた青い監獄ブルーロックプロジェクトは、様々な反発や妨害を受けたものの、前評判を物ともせずU20代表に逆転勝利した事で一気に追い風を集めた。
     そして絵心が描く"世界一のストライカー"を作るまでのロードマップには、非常に莫大な資金が必要だった。
     ブルーロックマンシステムしかり、プロジェクションマッピングを使ったトレーニングしかり、世界中のクラブチームから有能なコーチや選手を集めるのだってタダでは無い。
     有能な人材を育て上げるには金がかかる。金、それはもう幾らあっても困りはしない人類共有の財産。
     だからこそ絵心はスポンサーを募り、スポンサーの希望は出来る限り通す事を決定した。

     そのおかげか、青い監獄ブルーロックのスポンサーになりたいと希望する企業は絵心の目論見通り、多岐にわたりドンドンと増えていった。
     スポーツメーカーや主に衣料品を扱っているブランドショップ。それから飲食業界etc……彼らは青い監獄ブルーロックで行われているBLTVに自社の製品を出来るだけ映すように訴えかけるだけでなく、青い監獄ブルーロックの中でも特に人気のあるメンバーに商品をさり気なく宣伝させるように、手を変え品を変え企画案を投げ掛けてくる。
     無論、サッカーが一番であり、そのために集められた年若きストライカー達にしてみれば、突発的に飛んでくる謎の企画や商品紹介に対応するのに最初は反発心もあった。
     けれど結局はこの青い監獄ブルーロックにおける支配者は絵心であり、彼の命令は絶対遵守。
     よわい十六、十七程度の人生経験しかない若者たちに拒否権は存在せず、ただ渡されるものに頷くしか出来ないのだ。


     「──ッお前もちょっとは手伝えよ! 凛!」
     「……うるせぇな。そもそもなんで俺がこんな事しなきゃなんねェんだ」
     「知らねぇよ! でも俺ばっかりやってんじゃん!」
     潔は持っている包丁で刻んでいたキャベツの欠片を跳ね飛ばしながら、隣でずっと腕を組んで顔を背けている凛へとついに怒りをあらわにした。
     胸元に青い監獄ブルーロックのマークと英字が白色で印字された青いエプロンをジャージの上から着ている凛と潔が居るのは、青い監獄ブルーロックの裏に存在する巨大なキッチンだ。
     広い空間の中でひときわ目立つ磨かれた銀の天板の上には、キャベツ以外にひき肉、ニラなどがステンレス製のボールの中に入っており、その横にはガラス容器に入れられた刻みニンニクや醤油などの調味料が置かれている。
     それから材料の並んだ場所には袋に入った餃子の皮と、さらに奥には三脚に乗せられた小さなカメラ。
     赤いランプの灯ったカメラは現在進行形で凛と潔の姿が生配信されているのを示していた。
     「はー……もう、刻むのは終わるから包むのは一緒にやれよ。ノルマは二十個な」
     「……なん「なんでじゃないの! 五十個作らなきゃいけないんだよ!」
     途中で言葉をかぶせられた凛は、ただでさえ寄せられた眉根の距離を縮めながら刺すような視線を潔へとぶつけた。
     他のメンバーならたじろぐであろうそんな視線も、潔は特に気にもしていないのかみじん切りにしたキャベツをまな板からボールへと投入する。
     赤いひき肉の上に並んだわずかに色の違う細かな緑色を満足そうに見てから流し場にまな板と包丁を突っ込んだ潔は、器具を洗うついでにそのまま手も洗い出した。
     「凛、調味料入れて」
     野菜の欠片を流しながらそれだけを言った潔をチラ見した凛は、渋々といった様子で組んでいた腕を外してボールの中にひとつずつ調味料を入れていく。これくらいは手伝う気になったのだろう。
     けれど、料理中とは思えないほど冷たい視線でボールを眺めている凛が手を洗い終えた潔にそれを滑らせた。
     混ぜるつもりは無いだろうと端から理解していたのもあり、受け取った潔はさっさとその肉に片手を入れて混ぜ始める。
     くちゃくちゃという湿り気のある音を立てるボールと、手にへばりつくひき肉に苦戦しながら混ぜる潔。そしてそれを後方から腕を組み監視する凛。──回るカメラ。
     もはや無心で餃子を作る事に専念した潔は、脳裏に過ぎった(これで本当にいいのか?)という疑問を払拭するように肉だねをこね続けていた。

     青い監獄ブルーロックにおいて特に人気のあるメンバーを集め、サッカーをしている姿以外を見せる企画というのは、ままあった。
     こうやっていきなり呼び出されたのは一回や二回では数えられない。
     その度にスポンサーに関連した行事などをやらされるのだが、今回は餃子の皮を販売している企業からの依頼だった。
     その上で『出来るならば凛と潔の二人を起用して一緒に餃子を作っている所を配信して欲しい』という企画案付き。
     作った餃子を食べられるなら、それはそれで美味しい企画だと潔は思った。
     けれど、久々に会った凛はこんな場所に呼び出された上に、餃子を潔と作るというだけで般若のような表情を隠さない。
     それとは逆に、潔は凛と棟を隔ててから会う機会がなかなか無かったのもあって、この企画を案外心待ちにしていた。

     「よっし。このくらいで良いだろ」
     ポツリと確認の為に呟いた潔は、未だに背後でジッとしている凛へと目を向ける。
     かちあう眼差しにハァと深い溜息を吐いた凛はついに観念したのか、少々乱雑な手付きで自身の手を洗い始めた。
     それにしても、コイツって料理とかすんのかな。
     そう考えながらべとついた掌のたねをボールへと戻しつつ、流しの前に立っている凛の隣に並ぶ。
     このまま包むのはやりにくいので、もう一度手を洗わなければならないからだ。
     「凛って家で餃子作った事ある? ……ってか料理できんの」
     「……知らねぇ」
     タオルで手を拭う凛の高い位置にある顔に視線を向けながら、問いかけた言葉に戻ってきた答えはどっちとも取れる。
     根は真面目そうだし、家では手伝いとかするのかもしれない。ぶすくれた顔で、母親の指示に従う凛の姿を夢想する。
     「…………お前は、意外と手際が良い」
     「え、そうかな。……それって褒めてくれてるって事だよな」
     「うぜぇ」
     「! もぉ、水飛ばすなって!」
     吸い取れなかった指先の水分を顔に振って飛ばしてきた凛に文句を言うが、どこ吹く風とばかりに餃子の皮が入ったパッケージを開け始めた凛の横顔はまた無表情に戻ってしまう。
     だが、なんだかんだ言っても、手作りかつ焼きたての餃子を食べられるならと、凛も気分が乗ってきたのかもしれない。
     事実、潔も潔でカメラが回っている事など段々と忘れて凛との時間を楽しみ始めていた。

     ステンレスボールにスプーンを二本、さらに水を入れた小さなガラス皿もセットする。あとはひたすらバットの上に包んだ餃子を入れていくだけ。
     母親が料理好きなのもあって、潔は部活が忙しくない場合は夕食作りなどを手伝う事が多かった。
     『男の子だからこそ、お料理が出来た方がモテるわよ! 世っちゃん!』という母親の論に納得していたのもある。
     だから餃子の皮を手に取り、掌に乗せた皮に具を宛がうと水をつけた指で素早く綺麗にひだを形成していく。
     懐かしいな、母さんが教えてくれた餃子の作り方がこんな場所で役に立つなんて。
     そんな思いの中、作った餃子をバットに乗せた潔は隣に居る凛に目を向けた。
     「ちょっと待て。レフェリーストップ入ります」
     「?」
     ストップをかけた潔に低い声で苛立ちを向けた凛に、やはり潔だけは怯まない。
     「いくらお前の手がデカいからって具入れすぎだよ」
     「ちまちま作るより一つがデカい方が良いだろ」
     「それ絶対に口閉じないから! 餃子じゃなくてシュウマイみたいになるって!」
     慌てて持っていたスプーンで凛の手の上に乗っている具を約半分に減らした潔は、そのままくるりと皮の回りに水をつける。
     「具はこれくらいでいいんだよ。それで、ちょっと水つけて……」
     黙って動きを見ている凛の手を取るようにしながら、潔はゆっくりと餃子のひだを作っていく。
     薄い皮を破かない為についつい慎重な動きになるが、その間も凛は何も言わずに潔に手を取られたままだった。
     出来上がった餃子をバットに乗せ、凛を見上げる。黒く長い前髪の奥から潔を見返してくるターコイズブルーの瞳が何度か瞬きだけを繰り返していた。
     「分かった? 出来そう?」
     潔の問いかけに答えないまま、凛はチラリと餃子の皮に目を向ける。
     あまつさえ"最良の相棒"とまで呼ばれた潔にとって、その目線の意図をくみ取るのは容易い。
     「もっかいやって見せるから、分かんない所あったら言えよ」
     もう一度、潔は凛の手を取り、同じ手順で餃子を包んでいく。
     出来上がった餃子が三つバットに並んだのを確認してから、また視線をあげた潔はやわらかな笑みを凛に向けた。
     いつもなんでもソツなくこなす凛が自分に教えを乞うているのが、どことなく頼られているような気分になったからだ。
     「……もう良い。分かった」
     ギュウと眉根を寄せた凛はそんな潔から目を背けると、触れ合っていた手が離れていった。

     いつもの迅速な動きとは違い、ノロノロとした動作でまた餃子の皮を拾い上げた凛は、潔の教え通りに具をスプーンで乗せると水をつけて形作る。
     教えた手前、真剣に凛の大きな掌の中で作られていくそれを眺めていると、あっという間に出来上がったそれをどこか自慢げな顔をして凛がかざした。
     一人っ子である潔にそのような経験はこれまで無かったが、まるで有能な弟の可愛らしい意外な一面を見た時のような。今まで知らなかった感情が潔を襲う。
     けれどそれを出せば絶対に凛は怒り狂うのを知っているからこそ、頬の肉を軽く噛んでニヤけかけた表情筋を正した。
     「んじゃ、あと十八個な。頑張って作ろうぜ」
     潔の言葉にうんざりとした表情を見せた凛は、それでももう文句を言う事は無く黙々と材料に向き合う。
     そんな凛を追いかけるように潔も手を動かし始めた。


     隣り合って座っている潔と凛の前には、大皿に盛られた羽根つき餃子。
     黄金色に光る満月に似ているが、月よりも遥かに俗物な気配の漂うそれを見つめている二人の目は爛々と輝いていた。
     流石に一度には焼けない量だったのもあり、フライパンに収まる程度だけ焼いたが、食べ盛りの男子高校生ならばすぐに食べきってしまうだろう。
     早速箸を持った潔は同じく箸を持った凛に向かって、これ以上無いくらいの笑顔を振り撒く。
     「どうなる事かと思ったけど、美味しそうに出来て良かった! な! 凛」
     返事は無い。だが、フンと鼻を鳴らした凛は"当然だろう"と肩を竦める。
     どちらも持ち前の器用さで最後の方はすっかり綺麗な形にまとめられるようになったのもあり、ほぼ全てが完璧に出来上がっていた。
     そんな中でも少しだけ大きく見える餃子を発見した潔は、これはきっと凛が作ったものだろうと予測する。
     「それじゃ、いただきます!」
     箸を持ったまま両手を合わせ、伸ばした箸の先で摘まんだ餃子をそのまま軽く酢醤油につけて唇へと放り込む。
     歯で噛み締めた途端に薄皮を裂いて口の中に広がる肉汁と、野菜を多めにした事でシャキシャキとした食べ応え。
     多幸感に包まれる潔の横で、比較的ひだが均一に揃っている餃子を口に含んだ凛も無言ではあるが、微かにその口元を綻ばせていたのだった。
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