欲しがり上手のI君 最近の凛はちょっとおかしい。
もともと変わってはいたけれど、二週間という自主トレ期間を経てさらなる変化を遂げた凛は言語化の難しい不思議な生命体になっていた。
勿論、サッカーのうまさは相変わらずだったし、久しぶりに一緒に練習するだけでポテンシャルの高さを感じて心が躍る。
研ぎ澄まされた強者にはどうしたって魅了されてしまうのだと改めて理解させられるくらいに、プレイもゲームメイクもより一層洗練されていた。
ぎらついた貪欲さの中でも常に冷静にゴールを見据える姿はまさしく俺の目指すべき世界一のストライカー像に似ていて、凛だけが光り輝いてすら見える。
まぁ、それに関しては今に始まった事ではないのだけれど。
「潔」
「凛……おつかれ」
今は入れ替わり制のミニゲーム練習の最中で、当然のようにほぼすべてのゴールを決めていた凛がのっそりと近づいてくる。
座っている状態から見上げる凛はただでさえデカい身体がもっと大きく感じるが、身長が一センチ伸びたと言っていたからまだまだコイツは成長期なのだろう。
黙ってすぐ隣に座った凛から伝わる熱気と、長い前髪の隙間から覗く汗の粒に思わず近くにあったタオルとドリンクボトルを手渡すと、特にためらいもなくそれらを受け取った凛が真っすぐに前を見据えたまま汗を拭い、ボトルに口をつけた。
ついつい上下する喉仏と首の太さを意識しかけて、慌てて視線を前に戻す。
そのままフィールドで始まった別チームのゲームの行方を追いかけるより先に、隣に居る凛の呟きが耳に入り込んでくる。
「さっきの」
「ん?」
「三点目」
ただそれだけを言ってくる凛に顔を向けると、何かを訴えかけるようにジッと見つめてくる透き通る瞳と目線が絡んだ。
これはやっぱりそういう事なんだろうか、と意図を探っているうちにかすかに期待が滲んでいたターコイズブルーに影が差す。そんな凛を裏切りたくなくて、勝手に唇が動いていた。
「あの場所から打つにはかなり厳しいコースだったのに、やっぱり凛はすごいな」
「……当然だろ」
フン、と鼻を鳴らしてそう言った凛は途端に機嫌を持ち直した。
表情自体そこまで変わっていないが絶対に喜んでいるのが分かってしまうからこそ、自分の中で立てていた仮説に真実味が出てきてしまう。
まさかそんなはず無いだろうと思っていたのに、ここまで露骨にやられると流石にそうなのかもしれないと俺だって気が付く。
問題は凛がこれをわざとやっているのかどうかという点だった。
ついに核心へ迫ろうか迷っているうちに自分の番が回ってきてしまったのもあり、まだ何か言いたそうな凛を残してフィールドへと駆り出される事になってしまった。
□ □ □
「……潔」
夕飯を食べている背中に飛んできた呼びかけに首だけを動かして、声の主を見つめ返す。
同じく隣で白米をかきこんでいた蜂楽や千切たちには目もくれず、俺だけを真っすぐに見つめている凛の思考を察知して頷きだけを返せば、すぐに納得したらしい凛が立ち去ってしまった。
その姿を見ていた蜂楽と千切の視線が前から横から突き刺さってきて、わざとゆっくり咀嚼する羽目になる。しかしこんなのは時間稼ぎにもならない。
「あっちぃなぁ、流石ナンバーワンコンビ」
「凛ちゃんったら俺達の存在は未だに無視一択って感じなのにねぇ」
「あー……まぁ、アイツはそういうとこあるから……」
「ヒュー!」と一斉に上がった声援に眉を顰める。だってそれは実際にそうなのだから否定したところでしょうがない。
他人の事をなんとも思っていなさそうのはこれまでもそうだったし、自分勝手で暴君な部分が変わったら凛の偽物かもしれないとみんな真っ先に疑う筈だ。
「でさぁ、さっきのはどういう意味の【潔】呼びなワケ?」
「え? ……今日も一緒にヨガやるかどうかの確認、みたいなやつかな」
「はぁー。お前たち本当にすごいわ。全部わかり合ってるって感じ」
「そうなんかなぁ」
ふぅ、とため息を吐けば、はやし立てていた二人の視線が一度交差してからまた戻ってくる。
そのまま面白がっている様子の蜂楽がグッと顔を寄せてニッコリと微笑んでくるのに、自然と近頃ずっと考えていた疑問が口から飛び出していた。
「……なんか最近、凛がちょっと変なんだよな」
「凛ちゃんが変なのは今に始まったことじゃなくない?」
「ハハッ、めっちゃ辛辣」
「それはそうなんだけど……なんか前に蜂楽が言ってただろ? 褒めて欲しがってるって」
すっかり自分の言葉を忘れていたのか、首を傾げた蜂楽が少し考え込んだ後に両手をポンと叩いて納得したように何度か頷く。
「あーね! なになに、ずっとそんな感じなの?」
「いや、もしかしたら? って俺が思ってるだけ」
「凛もあんな成りしてっけど、俺達より年下だしなー。しかも兄ちゃんと弟の二人兄弟だろ? じゃあ可愛がって貰ってばっかりだったんじゃねぇの」
「なぁに、それはちぎりんの実体験の話?」
「俺は姉貴だからもっと大変」
珍しく苦笑を零した千切は残りわずかとなったきんぴらへ箸を伸ばすと、整った容姿とは裏腹に豪快に口へと放り込んだ。
そんな中、既に食べ終えた蜂楽は手持ち無沙汰に首をさらに左右へ揺らし、椅子の上でユラユラとクラゲのように体を傾けている。
「てか、潔的にそれは嫌なの?」
「別に嫌では無いけどさ……、本人分かっててやってんのかなって」
「「あー……」」
綺麗なハモリが空へと漂い、気まずさの中で持っていた箸を握る力を緩めるとまた溜息を吐く。
もしも凛が持ち前の弟性を発揮してきているとしたら、それはきっと無自覚に行われているものなのだろう。
相手が違うのではという疑問はさておき、凛のそういった態度が嫌ではない。むしろ、自分にだけ心を許してくれている感じがして、嬉しかったりもする。
だが、褒めて欲しがるような態度を凛が自覚していないからこそ、困る部分もあった。
どこまで褒めたらいいのかとか、俺相手でその欲求が発散できるものなのかとか。──あとは自分自身の心持も違う。
凛にとって一番の宿敵でありたい。でも、それだけじゃなくて、凛は俺の中で誰よりも特殊な存在だった。
人との関わりを嫌う孤高な奴なのかと思いきや、意外にも熱いところもあるし間違っている時はさりげなく指摘を投げかけてくる。
何かやりたいと俺が提案したら、なんだかんだ言ってもすべて受け入れてくれるのに気が付いたのだって結構前だ。
年下なのに頼りになる奴。そんな凛が年相応に俺にだけ──これは自意識過剰だと思いつつも、褒めて欲しくて一生懸命アピールしてきているのだとしたら、それはかなり可愛いかも、なんて思ってしまう。
あんなデカい男を可愛いと感じるのはおかしいのかもしれないけれど。
「俺、……聞いてみようかな」
「なにを?」
純粋に投げかけられた問いの答えが返せずに黙り込む。そんな俺を見つめていた蜂楽と千切は再びアイコンタクトを交わすと、肩をすくませた。
「ま、いいんじゃね? 潔相手なら凛も素直になるだろ」
「もし凛ちゃんにいじめられたら俺が慰めてあげるから安心してね! 潔」
「いじめられるって……それは大丈夫じゃないか? 大丈夫だよな……?」
動揺する俺を他所に、もう違う話題が始まってしまった二人の会話を聞き流しながら残りの食事を平らげる事に集中する。
どうせ一緒にヨガをするのは決まっているのだから、今から焦っても無意味だ。
凛とヨガをしたり練習のフィードバックをするのはもはやルーティンと化していて、一日の中でけして長いものでは無いが自分の中ではかけがえのない時間だった。
凛がどのように思っているのかは分からないけれど、このルーティンを変えるつもりは無い。ただ、なんとなく、凛の気持ちを知りたいなと思っているだけで。
勝手に脳内で広がる誰に向けるでもない言い訳めいた思考を振り払い、最後のひとくちをかき込むように口に詰め込んでいた。
□ □ □
「おい、潔」
「……あぁ、ごめん。ちょっと集中切れてたかも」
「やる気ねぇなら止めろ。……怪我すんぞ」
「大丈夫だよ」
本日三回目の呼びかけを聞きながら、昔よりは出来るようになった難易度の高いポーズを凛を真似しつつキープする。
鏡越しに向けられた凛の視線はやはり真っすぐに俺に向けられていて、飛んできた言葉には昔より棘が無い。
というよりも、俺が凛の発する言葉の裏を多少は理解出来るようになったから、そんな風に思うのかもしれなかった。
鏡越しの凛は何度か瞬きをした後に、いつもとは違う順番でまた異なるポーズを決めていく。
先ほどよりもゆっくりとした動作に加えて、比較的簡単なものばかりになっているところに凛のさり気ない優しさを感じてしまうのも、以前だったらきっと分からなかっただろう。
導かれるままに最後の瞑想のポーズを取ると、静かな空間で凛の穏やかな呼吸だけが耳に入り込んでくる。
子供の頃から過敏だった五感は、凛の傍に居る時は不思議と落ち着いていられた。恐らく、凛の呼吸の仕方だったり動きにほぼ無駄がないからだろう。
練習で疲れ切った身体がほぐれていく感覚を受け入れながら、さっきまで考えていた疑問を口にするか悩む。
【お前は俺に褒めて貰いたいのか?】なんて聞いたところで凛は真っ向から否定するだろうし、下手したら怒り出すかもしれない。
それに本当に聞きたいのは、多分そういう事ではないような気がしていた。
「……うおっ……!」
瞼を伏せていた額に何かが触れて、思わず声が出る。慌てて瞼を開けば大きな掌がぴたりと当てられていて、温かなその手の主は俺を観察するように目の前に座っていた。
いつの間にかこんな近くに来ていた事にも驚いたが、額に当てられている掌の触れ方があまりにも優しいせいで動揺してしまって上手く言葉が出ない。
そんな俺を眺めていた凛は当ててきていた掌を外すと、特に普段と変わらない調子のまま一度舌を打つ。
「熱でもあんのかと思っただろ」
「……もしかして、心配してくれた?」
「あ? 別に。明日の練習に支障出たら困るから」
そう言いながらも傍を離れない凛の触れてきていた肌の質感が、まだ表層に残っている。
熱など無かった筈なのに、触れられた場所からどんどんと熱くなってきている気がして思わず自分の額に指先を伸ばしていた。
「なぁ、凛ってさ……実は結構甘えたがりなタイプ?」
「ハ? ……急になに言ってんだ」
もしかしたら、今なら聞いても怒られないかもしれないと額に触れた手でうまく顔を隠したまま口に出してみる。
直接凛の目を見て確認するには、なんとなく恥ずかしさがあったからだ。予想通り、怒りというよりかは困惑している凛の声が間近で響く。
「だってやっぱり最近のお前、ちょっと変なんだもん」
「……変ってなにがだよ」
「んーと、……なんか……アピールしてくるじゃん……自分の凄いところ? とかさ……まぁ、確かにお前は凄い奴だけど……」
俺にアピールしてるだなんて、自分で言っていてもおかしいと感じるものの、それしか言い表す方法が無い。
「褒めて欲しいのか?」とまでは聞けなかったものの、それこそ拳か暴言が飛んで来たってしょうがないと目線を床に向けたのにも関わらず、近くにいる凛からはなんの反応も無い。
けして怒られたいわけではないが、返答すらないのが恐ろしくてそろりと顔をあげると、うっすらとだが目尻を赤くして黙り込んでいる凛が視界に入り込んできて息を呑んだ。
長い睫毛の下で細められた澄んだ翡翠色が瞬いて、輝く。もしかしなくても、これは図星だったのでは、と勘付いてしまった。
と同時に、胸の奥でじわじわと形容しがたい熱が満ちていく感覚に息が詰まる。凛につられて自分の頬も熱い。
俺の視線を察したのか、ゆっくりと顔をあげた凛は綺麗な形の眉を動かしたかと思うと開き直った様子でフンと鼻を鳴らした。
「……無駄にアピールしてるワケじゃねぇ、事実を伝えてるだけだろ。なんか文句あんのか?」
「え? いや、……文句はないけど……俺なんかにアピっても意味ないんじゃないのかなーって……」
すっかりいつも通りの不遜な態度になった凛は、忌々しげに舌を打つ。まるでこちらを責めているような舌打ちに身を縮こませれば、差し出された手が無遠慮に髪をかきまぜてくる。
手付きは乱暴に見えるのに実際はそこまで強い力ではなく、軽く表面を乱す程度のそれは、じゃれてくる猫のようで拒否も出来ない。
なによりも目の前に座っている凛が躊躇いのひとつも見せないから、余計に頭が混乱した。
自分よりも一回りは大きな掌が触れてくる度、なんとも言えない不思議な感覚が背筋に寄り添ってきて息が苦しい。
子供の頃に母さんや父さんに撫でられた時に似ているけれど、それとはまた違う。
自然と心地よさに身を委ねてしまった俺の前で何故か次第に上機嫌になっている凛は、フィールドの上で見せるのとは違う無垢な瞳でこちらの状態を読み解こうとしているようだった。
「……っちょっと……凛、触り過ぎ」
「うっせーな。テメェがチビなのが悪い」
「俺は平均身長なの! お前がデカすぎるだけだし、これでまだ伸びるとかどうなってんだよ」
チビ扱いは流石に心外だと、無遠慮な掌から逃れながら、つい凛の頭に手を伸ばして艶のある髪に指を絡ませる。
サラサラと指の隙間を通る黒髪の触り心地はとても良く、無意識に何度か手を往復させていた。
さっきやられた事を凛にし返しているのに気が付いて慌てて手を離そうとするが、ジッとしている凛は特に嫌がる素振りも見せない。
たった二週間程度しか開いていない筈なのに、久しぶりに会う凛はやっぱりこれまでの凛とは少しだけ違った。選んだ棟が違ったのもあり直接顔を突き合わせて生活や練習をするのも久しぶりだから、実際は二週間以上経ってはいるが。
とにかく、これまでならブチキレているところでキレられない。それどころか、いままで以上に近くにいる事を求められているような気がした。
フィールドで向けてくる殺意はこれまで以上に鋭く刺すものなのに、それ以外の場面では素直な部分も増えていて、正直、困ってしまう。
今だってジッと前髪の隙間から見つめてくる凛の瞳は迷いがなくて、ドクドクと心臓が強く脈打つ。
自分でも良く分からない感情が少しずつ芽生えている。糸師凛から目を反らせないのは認識していたのに、ピッチの上だけで完結する問題ではないのだと勢いよく突き付けられているような。
「潔」
穏やかな秋の夜を想起させる囁きは耳によく馴染んだ。凛が俺に向かって呼びかけてくる時、そこには様々な意図が乗せられている。
凛の考えが全部わかるワケも無いが、それでもなんとなく伝えたい言葉は分かるようになっていた。けれど今、目の前で俺の名を呼ぶ凛の意図は読めないままだ。
髪に触れていた手を凛がごく自然に掴んできて、しっとりとした肌が重なる。
自分が知らない内に手汗を掻いているのが恥ずかしくて掴まれた手を外したくなるが、凛がそれを許してくれる筈も無く、引き寄せられた。
ただでさえ近い距離がもっと近くなる。耳奥で血流が流れる音が響いていて、凛の特徴的な下睫毛の一本一本ですら数えられそうだった。
これくらい近いのもよくある事だったのに、なんだか今日は落ち着かない。──凛がどう思っているのかは分からなかった。
自然と引き下ろした瞼は、単純に驚いただけだと脳内で言い訳が乱舞する。
きっと数秒も経っていないだろうが、それこそ何分も経っているような空気の中で、目の前の凛がそっと笑う音だけが聞こえた。
慌てて瞼を開けば俺の葛藤や戸惑いを見透かしているのか、面白がっている雰囲気を漂わせた凛がこちらを覗き込んでいる。
「は、……ゆでダコみてぇ」
「っはぁ!? お、前! 本当に最悪、さいっあく! なに……! マジでなんなんだよ! ありえねぇんだけど……!!」
顔から火が出るというのはあながち間違った比喩ではないのだと、熱さと恥ずかしさに身体が震えた。
からかうにしても、やっていい事と悪い事があると怒りが湧き上がってきて未だに腕を掴んでいる凛から逃れようと振り回す。
けれどそれすらも簡単に抑え込まれて、睨んでいた筈のターコイズブルーを囲う睫毛が頬を撫でていくのとほぼ同時に柔らかな感触が唇に押し当てられた。
そのままあっさりと離れていった凛はこちらの反応を窺うようにしながら、触れ合っていた自身の唇を赤い舌先で一度舐める。
触れた部分を確かめるようなその動作は、脇腹を擽られるようなこそばゆさを感じて反応が遅れてしまう。
羽根で擦られた程度の摩擦でしかなかったけれど、俺は今、凛にキスをされたのだと認識して様々な言葉が浮かんでは消えていく。
勝手にキスをされた事に対して怒ればいいのか、凛がキスした意味はなんなのか。そうして、まず第一に抵抗するという考えすら起きなかった自分自身にも混乱する。
拒否しようと思えば出来る筈だった。凛はもしも本気で嫌がる素振りをみせれば無理強いはしないと信じられるくらいには、俺の事をよく見ている。
つまり、嫌では無かったんだと今更になって納得させられた。その上で、凛が一体どういうつもりなのかを聞きたくなった。
「……なんで……」
「お前がアピールしてたから」
「はぁ? 俺は、「自分から目まで閉じてたくせに言い訳すんじゃねーよ」
こちらの言葉に重ねるように悪びれもなくそういった凛は、わざと舌を軽く突き出す。
悪戯が成功した子供のようなその態度に、俺はコイツに常識など通用しないのだと改めて思い知る。
ならば、と微かに震えている声帯を叱咤してどうにか文句を発していた。
「……凛が先にしてきたんだから凛のせいじゃん……」
俺の声に黙り込んだ凛は何度か切れ長の瞳を瞬かせる。その度に睫毛が本当に長いだとか、ビー玉みたいだな、なんてどうでもいい事が頭の中で浮かんでは消えていった。
「ふん。……そう思いたきゃ勝手にそう思ってればいい」
「それが一番大事なとこで事実だろ……」
納得出来るような出来ないような、なんとも凛らしい回答に目を剥く。
凛の誠実さを疑った事はこれまで一度も無かったが、今日くらいは素直になってくれたっていいのに。
そう考えてしまうのは俺の我儘なのだろうか。でも、なんでもかんでも俺が受け流すと思ったら大間違いだ。
あえて不満な表情を包み隠さずに凛を睨みつけるが、当の本人は言い訳を重ねるでもなく、澄んだ瞳で覗き込んでくる。
南国の波打ち際のような淡い虹彩は、いつだって俺の好きな色だった。
「──潔」
さも当然のように顎に触れてきた凛の指は普段よりも熱を帯びている。そのまま流れるように綺麗に整えられた爪先が下唇の表面を撫でて爪を立てた。
行動のひとつひとつに隠しきれていない興奮と、俺の機嫌を窺っているのが伝わってきて抗えない。
本気で欲しいなら奪い獲りにくればいいのに。それだけの凶暴性や性急さを凛は持ち得ている。
でもそれをしないのは、単純に"嫌われたくない"という打算が透けて見えた。だったら折れてやるのは俺なのだろう。
「はぁー……凛って本当に甘え上手だよな……」
深い溜息と共に皮肉たっぷりにそう言ってみる。これくらいの抵抗くらいは許されるだろうから。
すると心外だったのか、苛立った顔をした凛がもはやかぶりつく勢いでキスをしかけてくるのを、今度はきちんと自らの意思で受け入れていた。