Just y[O]u and me私はふと思った。
全ての生命が欲望にとらわれているのなら、もう一人の私にも、イヴだけの欲望があるのではないか、と。
「にぃちゃん……ねぇ……」
甘えた声で私を呼ぶ弟の方へ体ごと向くと、イヴは仰向けになったままこちらをじっと覗き込んでいた。その瞳は暗闇でも爛々と輝いて見えた。
「どうした、寝付けないのか?」
「うん…。もうちょっと近くで寝てもいい?」
「…構わないよ。」
答えるや否やイヴは私の懐に潜り込み、私達は広いベッドの真ん中に身を寄せ合う形になった。
こうしていると、私達が生まれた日のことが思い出される。アンドロイド達の猛攻から生き延びた私達は、お互い以外に寄る辺もなく、守り合うように身を寄せ合って眠ったのだった。その時のことを懐かしむように、私は短くなったイヴの頭髪を指で弄んだ。
あの頃の我々の無力さと言ったらない。身を守る術も満足に知らず、ただ全てのものから逃げ隠れするしかない孤独さ、無力さ…。
しかし今は違う。学習進化を重ねた今の我々であれば、並みいるアンドロイドなぞ鎧袖一触。やはり知恵に勝るものはないな。明日も学習に励むとしよう……。
そうして私が物思いにふけっている間、微かな笑いが顔に滲み出てきていたのをイヴは見逃さなかったらしい。私の顔を覗き込むと、悪戯っぽく微笑んだ。
「にぃちゃん、どうかした?面白い顔してる」
「……気にするな」
私は苦笑しながら答えた。そんな私の顔を見て満足したのか、イヴは再び目を閉じた。
「おやすみ、にぃちゃん……」
イヴはそう言ってゆっくりと呼吸し、やがて安らかな寝息を立て始めた。私はしばらくの間弟の寝顔を眺めていたが、そのうち自身も眠りに落ちたようだった。
──それから、何時間経っただろうか。ふと背中に違和感を感じて目を覚ますと、私の後ろにイヴがしがみついていることに気づいた。私は起こさないようにゆっくりと寝返りを打ちながら仰向けの体勢になると、穏やかな寝顔を見せているイヴの顔をじっと見つめた。
弟というものは良い。何でも私の言う事をよく聞き、何かしてやればわかりやすく喜ぶ。どんな時も私を第一とする。
…だが何故、こんなにもイヴは私に服従するのだろうか。
もし私がイヴに服従するかと問われれば、否だ。
イヴは、服従するに足るメリットを私に感じているのか?
それとも、弟という役割を与えられた者は、自然とこうなるものなのか?
そう考えを巡らせてみても答えが出るはずもなく、私は思考を打ち切って再び眠ることにした。
──翌朝、目覚めてからも私の背中にぴったりと張り付くように寝ていたイヴを起こすのに苦労したことは言うまでもない。
「なあ、にぃちゃん」
いつものように読書をしていると、突然声をかけられる。
なんだ、と本から目を上げると長机の向こう側からイヴが期待に満ちた目でこちらを見つめているのが見えた。
「今日は何をするんだ?」
「今日も本を読め、イヴ。」
淡々と私がそう言うと、イヴは露骨にがっかりした表情を浮かべる。
「……わかったよ。でも今日はにぃちゃんと一緒に読みたい」
イヴのその頼みを聞いて私は驚いた。これまでイヴが私に要求をしてくることなど、遊び以外にほとんど無かったからだ。
「そうか……わかった、そうしよう」
「本当に!?」
イヴは勢いよく立ち上がると、いそいそと私の隣に腰掛けた。それから私達は肩をくっつけ合いながら本を読み始めた。本の内容はかつての人類が遺した哲学書のようなものだった。進化の過程で何を感じ、何を思ったのか……その軌跡を辿るような内容だ。
ある程度噛み砕きながら説明してやると、イヴは例のごとく内容を理解していない様子だったが、じっと耳を傾けてはいる。私が読み聞かせてやるとちゃんと聞くのだから不思議だ。イヴは活字が苦手なだけなのだろうか?
「ねぇ、にぃちゃん」
不意にイヴが顔を上げてこちらを見つめてくる。なんだと私が訊き返すと、イヴは遠慮がちに続けた。
「俺、にぃちゃんと一緒に本読むのは好きだな」
「そうか、それは良かった」
私がそう答えると、イヴは頬を紅潮させながら続けた。
「でも、こうやってにぃちゃんと一緒にいられることの方がもっと好きなんだ」
「……」
私はその言葉を聞いて僅かに動揺してしまったが、それを悟られないように平静を装って答えた。
「……そうか」
そう呟いた後、私は誤魔化すように本のページを捲る。
再び向き合ったその時、イヴと視線が交わった。
その瞳に先程までの輝きがない事に気付いたが、真意はわからないまま、やがて遠慮がちに頭を私に委ねてきた。
私はしばらくの間その状態を維持してやりながら読書を続けた。
──イヴと一緒にいることなんて、私にとっては当たり前過ぎる程当たり前の事だった。
それなのに一緒にいられる事が好きとは一体どういう意味なのか、私には疑問だけが残った。
「イヴ」
その日の晩、私はイヴに問いかけた。
「ん?なあに?」イヴはこちらを振り向くと、首を傾げて尋ね返してくる。
「お前は私のことが好きなのか?」
そう問いかけてみると、イヴは驚いたように目を見開いたり、眉根を寄せて何やら悲しそうな表情をした後、ややあって答えた。
「うん。俺……、にぃちゃんのこと好きだよ?」
「…そうか。」
私には、イヴの表情の意味がわからなかった。なぜ悲しそうな表情をする?なにが悲しい?無理をして好きだと答えたのだろうか?
「……ごめん。」
私が考えていると、イヴは俯いてぽつりと呟いた。
「何がだ?」
私がそう訊き返すと、イヴは顔を上げて私の目を見つめてきた。
「ううん……何でもない、忘れて」
そう言うと、イヴは再び俯いてしまった。そのまま会話は途絶えてしまう。沈黙が流れる中、私はじっと考え込んでいた。
………イヴが何を考えているのかわからない。私はこの時初めてそう思った。
なぜ?自分の弟だというのに、何を考えているかわからないというもどかしさが私を苛立たせる。
「イヴ、私を見ろ」
私がそう言うと、イヴはゆっくりと顔を上げた。
「どうしたの?」
「お前……何を考えているんだ?」
私はそう尋ねながら探るようにイヴの瞳を覗き込んだ。
私に見つめられたイヴは、いたたまれない様子で目を逸らしたが、やがて観念したように口を開いた。
「別に……何も考えてないよ。ぼく、俺はただ…」
「ただ…なんだ?」
私がそう追及すると、イヴは黙り込んでしまった。
…まただ。イヴはなぜだか悲しそうな顔をし、言葉の歯切れも悪くなる。なぜ?わからない事はどうしても調べたくなってしまうのが私の性だ。
なあ、何か気に入らない事があるのか?お前は何を考えているんだ?教えてくれ、イヴ…。
「…イヴ。お前の中を見せてくれ」
気づけば私はそう口にしていた。イヴは目を見開いて私を見つめ返してくる。
「え?」
イヴは驚いたような表情を浮かべた。無理もない、いきなりこんなことを言われれば誰だって困惑するだろう。だが、私にはそうしなければならない理由があるのだ。
「……お前の考えていることを知りたいんだ」
私がそう言うと、イヴはしばらく黙っていたがやがて口を開いた。
「俺の考えてること?……ど、どうして知りたいんだよ?」
イヴは少し怯えた表情で聞き返してくる。その反応に少し動揺しつつも私は答えた。
「お前に元気が無いからだよ」
私がそう言うと、イヴは再び俯いてしまった。私はさらに続けた。
「お前は私にどうして欲しいんだ?どうしたい?教えてくれ、イヴ」
今まで考えすらしなかった弟の意思、欲求。
イヴの中にも、イヴだけのそれが渦巻いているというのならやはり──暴いてしまいたい。
一度そう思ってしまうと、もう私の知識欲を止めることは出来ない。
謎を前にした私の回路はいつものように熱を帯びつつあった。
そうして私がじっと見つめている間、イヴはしばらく黙っていたがやがて口を開いた。
「にぃちゃん…俺のこと、嫌にならない…?」
「ならない。なるわけないだろう?」
私が即答すると、イヴは少しの間黙り込んだ後、意を決したように顔を上げた。
「…わかったよ、にぃちゃんになら、中…覗かれてもいいよ」
イヴは真剣な表情で続けた。
「にぃちゃんになら、見られてもいい……俺の全部を」
そう言うとイヴは目を瞑り、私に向かって両手を広げた。
……ここまで言われてしまっては後に引けない。私は微かな興奮を覚えながら、しかし傷付けないようにそっと、イヴの記憶・思考領域にアクセスした。
──そこでの感想を一言で表すと、"衝撃"だった。
アクセスした瞬間にとんでもない数の自分の顔に見つめられた私は、面食らって思わず数歩下がってしまった程だ。まさか記憶領域の9割、いや9.5割が兄で占められているなんてことがあるだろうか?
それが実際あったのだから驚きである。
私ばかり見ていないでちゃんと本を読めと叱ってやりたくもなる。
全く私の弟は何を考えているんだと更に探ってみても「にぃちゃんとずっと一緒にいたい」「嫌われたくない」といった調子である。
──私は逃げないというのに、なぜそこまで執着する?
そう考えた時に、イヴは私の存在に依存しているのだと気付いた。
その事実を知って私は困惑した。まさかこれほどまでに私を慕っているとは思いもしなかったからだ。
それと同時に、まずいとも思った。
私は兄として、弟に知識を与えてやらねばならない。
それなのに弟は私以外の世界を知らないのである。
しかし…それも仕方の無いことかもしれない。
何せ私達のような機械生命体は他に存在しておらず、また流暢な会話が出来る同胞すらも極々限られている。
そんな中では私以外との交流はほとんど望めないと言ってもいいだろう。
だからこそイヴは私を兄として慕い、私の言葉を絶対視し、私の存在に依存しているのだ。
──そう考えたとき、私はふと自分の中に不思議な感情が生まれるのを感じた。その感情は今まで感じたことのないもので、重く熱く、自分でもよく分からなかったが決して悪いものではなかったと思う。
だからだろうか、私はイヴに向かってこう口走っていた。
「イヴ……お前にとって、私が全てなんだな?」
その問いに対してイヴはしばらく考え込んでいたが、やがて小さく頷いて答えた。
「うん……にぃちゃんの言う通りだよ」
その言葉に私の感情回路が激しく揺さぶられたような気がした。その正体もわからないまま、私は冷静に言葉を続ける。
「そうか……では、イヴ。お前に一つ頼みがあるんだ」
私がそう言うと、イヴは不思議そうに首を傾げる。そんな弟の姿を見ながら、私は続けた。
「これからは私に依存しないでくれ」
その途端、イヴの表情が凍りついた。何か言いたげに口をぱくぱくさせているが言葉が出ないようだ。無理もないだろう。今まで頼りにしてきた存在から突然突き放されたようなものだからな──だが私にはどうしても言わなければならない理由があったのだ。
「イヴ……確かに私達は孤立した存在かもしれない。しかし人間は社会を形成し、他者との交流の中で成長していたという。私達もそれに倣うべきだ。だから…私一人に依存してはいけない。」
私がそこまで言うと、イヴは今にも泣き出しそうな表情になった。それでも私は言葉を続ける。
「イヴ、お前は私以外を知らないだけだ。だから今のように不安にもなるんだ。お前はもっと、広く世界を見ろ」
私が言い終えると、イヴは俯いて黙り込んでしまった。私はそれを見届けた後、「おやすみ」と言って去ろうとした。……だが、そこでイヴが呼び止めてきた。
「にぃちゃん」
振り返ると、そこには今にも泣き出しそうな表情をしているイヴがいた。それを見て私は後悔した。もう少し言い方を考えるべきだったかもしれない──そう思っていると、イヴは私を真っ直ぐに見据えながら口を開いた。
「にぃちゃんは俺のことが嫌いなの?」
予想していなかった言葉に私は戸惑ったが、正直に答えてやることにする。「いや、そんなことは思っていない」
「じゃあどうしてそんなこと言うんだよ、にぃちゃん…」
「イヴ、私達は成長しなければいけないんだ」
「……………わかったよ。」
しばしの沈黙の後、イヴは悲しそうな表情で俯くと、ゆっくりと頷いた。
「にぃちゃんがそう言うのなら……」
そして小さな声でそう言った後、イヴは俯いたままベッドまで歩いていき、そのまま布団を被ってしまった。私はそれを見てほっと胸を撫で下ろす。これでよかったのだ──。
そう思ったのと同時に、何やらもやもやとしたノイズのようなものが走ったのを感じた。
念の為と自身のデータ群を確認した時に、
「ああなんだ、私の記憶領域も大概ではないか」
と反省した。
次の日、私達は早速いつもの遊び場で新たな試みをすることにした。イヴには他者との接触が必要という結論に達した私は、その"他者"を調達する必要があった。
「にぃちゃん、何?これ…」
私は先程鹵獲してきたアンドロイドを無造作に置く。どしゃりと鈍い音を立てて目の前に捨てられた物体に対して、イヴは顔をしかめた。
「見ての通り、アンドロイドだ。昨日言っただろう?お前には他者との交流が必要だと。」
イヴは困惑したような表情でアンドロイドと私とを交互に見つめている。当然だろう。敵であるアンドロイドと交流しろ、と言われれば誰でも戸惑うものだ。
「心配するな、既にハッキング済みだ。我々を敵と認識することもなければ攻撃してくることもない。さあ、再起動させるぞ」
私は有無を言わさずアンドロイドの再起動プログラムを実行する。すると目の前のアンドロイドが微かな呻き声をあげながらゆっくりと動き始めた。
「イヴ……自己紹介しろ」
私が命令すると、イヴの困惑は一層深まった様子だった。よほどやりたくないのか、なかなか言い出そうとしない。
「イヴ」
私が促すように名前を呼ぶと、ぎゅっと目を閉じて黙り込んでしまった。
初めて見るイヴの反抗的な態度に驚くと同時に、少々興味深く思ってしまう自分もいた。やがてイヴは目を開けると、アンドロイドではなく私に向かっておずおずと口を開く。
「に、にぃちゃんがお手本見せてよ」
ほう、言うようになったではないか…思わず口角が上がる。
ならば兄として期待に応えてやるとしよう。私はイヴの前に立つと、アンドロイドに向かって自己紹介を始めた。
「やあ、私の名前はアダム。私達は共に人類に焦がれる者として、君とは友人になりたいと思っているんだ」
そう言って微笑みかけると、ハッキング済みのアンドロイドは戸惑いながらも頷き返してきた。順調だ。この調子でイヴにも自己紹介をさせれば上手く行くだろう。だがそう思った矢先──イヴは突然私の腕を引っ張ってきた。
「にぃちゃんは俺以外のヤツと喋っちゃダメ!」
……私は呆気に取られてしまったが、すぐに気を取り直して説得を試みることにした。
「何を言っているんだ?これはお前の為だぞ?」
「嫌だ!こんなヤツなんかいらない!」
イヴは私の腕を掴む力を強めながら叫ぶ。
「なんでアンドロイドなんかと友達になりたいんだよ!?」
「イヴ、お前は勘違いしているぞ。私は別に彼らと友達になりたい訳ではないんだ。」
まあ、無理矢理ハッキングして隷属させているだけの相手を友達と呼べるわけもないからな。
「じゃあなんで仲良くしようとするんだよ?」
「それは──」
私が言い淀んでいると、イヴは今にも泣きそうな顔で訴えかけてきた。
「にぃちゃん……お願いだから一緒にいてよ…。ぼく、他のヤツらなんていらないよ。ただにぃちゃんだけ、にぃちゃんさえいてくれればそれでいいんだ。にぃちゃんの言う事何でも聞くから、だから……俺以外の誰とも仲良くしないで……!」
その痛切な声が脳内で反響する。
ああ、まただ。感情回路が激しく揺さぶられるような、眩暈にも似たあの感覚。
イヴが私に向かって欲望をぶつけてくる度、私の中の何かが満たされていくような気がした。
「ふふ…ふはははは…!」
私の意思を最優先とし、何でも言う事を聞いてきたあのイヴが。独占欲を剥き出しにして、私を制限しようとしている。
なるほどそうか、イヴには意思や欲望がないわけではなかった。
その従順さは、私を離さないための手段に過ぎなかったのだ。
それがなぜだか楽しくてたまらなくて、どうしようもなく気分が高揚して、思わず笑い声を上げてしまったのだ。
「に、にぃちゃん……?」
イヴがぎょっとした顔で見つめてきたその刹那、まばゆい金色の光とともにぐしゃりと無情な音が鳴り響く。
つい先程まで親しげに話しかけていたアンドロイドを、私はイヴの目の前でスクラップにしてやった。
今の私は、とても気分がいい…。
「……!にぃちゃん……っ!」
イヴの顔に喜びが満ちる。その表情を見ていると、ますます気分が高揚してきた。お前も好きにするといい、とアンドロイドの残骸を投げてよこすと、イヴは犬のように飛びつき嬉々としてそれを踏み潰し始める。
「あははっ!にぃちゃん、俺もっ!」
イヴは興奮しながらアンドロイドの頭部を何度も踏みつけた。
グチャッ、グチャッ、グチャッ、グチャッ。
兄と自分との邪魔をした者を、何度も何度も丁寧に。
そのたびにひしゃげる音と血が飛び散る音とが鳴り響き、溢れ出た液体が白い街を穢していく。その光景を目の当たりにして、私は何とも言えない高揚感に襲われていた。
ああ──イヴ。それでこそ私の弟だ。
二人して赤い飛沫にまみれながら、子供のように笑い合う。
私だけに向けられるイヴの赤い瞳、声、笑顔。
何を置いてもお互いだけが尊重される喜びが、私の回路を恍惚と浸していく。
敵を排除する本能のままに、倒錯的な悦楽に溺れていく。
「にぃちゃん……にぃちゃん……!」
イヴは何度も私の名を呼びながら、目の前のアンドロイドを執拗に壊し続けた。その甘い声はさながら恋人との逢瀬を愉しんでいるかのようだった。
きっと今、私とイヴは同じ表情をしている。そう思うとたまらなく心地良い。
その熱が、笑顔が。まるで私に伝播するかのようで──
──ああ、やっとわかった。これが共感というものなのか。
ならばこの重く、熱く、じっとりとした感情の名は、一体何と言うのだろう。
そう考えながらも、私は目の前の光景を見守った。
にぃちゃんが楽しそうな声を上げながらアンドロイドを壊した時、俺の身体は一瞬で熱くなった。にぃちゃんが俺だけを見てくれたんだ──そう考えるだけで嬉しくて仕方がなくて、すぐに俺はにぃちゃんの真似をした。
俺がアンドロイドを壊す度ににぃちゃんは喜んでくれたし、俺を見てくれるようになった。それが何よりも幸せだった。
にぃちゃんは俺だけのものなんだ──そう思った途端、俺はもっと壊したくなった。
にぃちゃんが見ている前で、にぃちゃん以外のヤツは全部壊すんだ。
ニィチャンと俺の邪魔をするヤツを、全部、全部、全部!
「ふはは…ふふふふ…っ」
ああ、にぃちゃんも同じ気持ちなんだ──
そう思うと嬉しくて仕方がなくて、笑い声を上げてしまう。俺達の笑い声と破壊音だけが響き渡る遊び場はすごく静かで心地よかった。
「にぃちゃん……にぃちゃん……!」
俺は何度も何度も、壊れたアンドロイドを踏み潰しながらにぃちゃんを呼んだ。その度に身体が熱くなっていって、もう何も考えられなくなる。
気付けば俺の足の下にあったものは既に、ぐちゃぐちゃになって形もわからなくなっていた。
「満足したか?イヴ」
そう問いかけてくるにぃちゃんの瞳には俺だけが映っていて、
俺の瞳にはにぃちゃんだけが映っている。
それだけでいい──きっとそれが俺達の幸せなんだ。
「うん!すごく楽しかったよ、にぃちゃん!」
そう答えて微笑むと、にぃちゃんも嬉しそうにククッと低く笑った。
俺の大好きな赤い瞳がゆらゆらと揺れるのを見ていると何だか堪らなくなってきて、俺は思わずにぃちゃんに抱きついた。
ああ、やっぱりこれが一番の幸せだと思いながら。
二人で返り血にまみれて抱き合ったまま、俺達はまた見つめ合う。
きっと俺達の世界には、お互いしかいないんだ。
そう思うと嬉しくて仕方がなくて、自然と笑みが零れてくる。
このまま二人でずっとこうしていられたらいいな──
そう思いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
Just y[O]u and me