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    simoyo1206

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    simoyo1206

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    文です どすの硲舞の幻覚
    本編が出る前に打ったのでものすごく幻覚です

    ##Mマス

    「烏有に帰す」


    ぐらり、と玉体が揺らいだ。私の匕首は帝の胸を真っ直ぐに貫き、鮮やか過ぎるほどの赤が思いの外醜く垂れ流れて、まっさらな褥を汚した。帝は一度低く呻いたきり、何も言わなかった。そのまま後ろに倒れこんだ帝は、ぴくりとも動かなくなった。

    終わった。実にあっけなかった。漸く復讐を成し遂げたというのに、晴れやかな心持ちになど到底なれなかった。安堵も興奮も無く、残されたのはただひたすらに怒りだ。こんな男のせいで私は、父と母は、一族は、何もかもを奪われたのか。万物を統べる帝とは言えども、心臓を貫けば簡単に死んでしまうではないか。此奴はただの愚かな人間だ。そうとしか思えない。何故こんな奴が、帝で、何故私は、帝を殺さねばならなかったのだ。何故だ。
    「ふざけるな、ふざけるなよ……」
    正確に急所へと突き刺さっている匕首を引き抜くと鮮血がどばどばと溢れてきた。同じ所をめがけて思い切り刃を振り下ろすと、先ほどより鮮明に肉が抉れる音を聞いてしまって、堪えきれず嘔吐した。腐っても帝であった男の身体が血と吐物に塗れている様は滑稽ですらあったが、その龍顔は不徳の帝ものとは思えぬほどうつくしく、既に事切れているとは思えぬほど、穏やかな表情を浮かべている。
    本当に死んでいるのだろうか。今にも蘇って私を斬り殺すのではないか。何度も、本当に何度もこの目で見ただろう。この男に幾人が殺されたかを、どれだけ残虐に、さしたる理由もなく、斬り捨てられていった事実を思い出せ。私の父もそうだっただろう。帝は確固たる証拠も無いのに、謀反の容疑を父に突きつけた挙句、族滅を命じたではないか。
    今更死を恐れるほど私も愚かではないが、漸くここまで辿り着いたのにこれを殺し損ねては、死んでも死に切れない。いっそ首を刎ねてしまおうかと思ったが、小ぶりの匕首では流石に叶わないだろう。なんだか無性に腹が立ったから匕首をもう一度引き抜いて、今度は喉笛に突き立ててやった。勢い無く流れ出る血をぼんやりと見つめていると、これまで己の受けてきた仕打ちと、この男の重ねてきた罪の数とを思えば、もっと残忍に、苦しめてから殺すべきだったのではないか、と今になって悔悟の念が湧いてくる。そうだ、確実に殺さなければならないのだから、徹底的にやろう。そう思い立ち、出来うる限り、帝を滅多刺しにした。
    たとえ心臓が三つあったとしても息を吹き返すことはないだろう、と思えるまで死体を刺し続けた。つい先刻まで帝だったはずのそれは、すっかり無残な肉塊に成り果てている。当然だがどれだけ傷が増えても反応が返ってくることは、一度も無かった。
    終わってしまえば、私のこれまではなんだったのだろうかと、ずっと目を逸らし続けてきた疑問へ冷静に向き合わざるを得なくなった。復讐のためだけに生きてきたのだから、帝をこの手にかけたその後のことなど、考える必要自体が無かったのだ。だが実際にその場面に直面しているのだから、今からでも考えなければならない。私は、どうすればいいのだろうか。帝の異常なまでの猜疑心の強さゆえに、この部屋は夜が明けるまで衛兵すら遠ざけられているのが常であるから、時間だけが有り余るほどに残されていた。

    そうだ、まず亡き父と母に報告しなければと思い立ち、虚空に向かって叩頭しようとしたところで、やめた。薄手の衫は返り血で真っ赤に染まり、こんな格好で一族の御霊に見えることは流石に憚られた。
    私は一族の無念を晴らした。幼い頃に一族をいっぺんに殺されたから、私がやるしかなかったのだ。今になって思えば、子孫も残さずにここまで来てしまったのは大変な不孝であった。帝をこの手で殺めることだけを考えて今日まで生き永らえることが出来てしまったのは、私にとって幸運だったのだろうか。私ひとりだけでも生き延びよと願った一族の想いを無下に出来るはずがなかったし、一族の汚名を雪がなければならないとも思ったから、復讐を果たすまではどれほど辛いことがあっても自死は選べなかった。選んではいけなかった。だがそれも、この男を殺すまでの話だ。もう私には、何もやるべきことが無かった。泥水を啜るような思いで生きてきたこれまでを思い返してもみたが、やはり未練の一つも見つからなかった。
    私は、死ぬべきなのだろうか。生きなければならない理由は見つからなかったが、死ぬべき理由もまた存在しないような気がした。だが仮にここで自死を選ばなかったとして、帝を殺めた逆賊として処刑されるのは納得がいかなかった。殺人を犯した私が天条に則って裁かれること自体への異論は無いが、たった一人殺めただけでも処刑されるのが道理であるなら、此奴の罪は何百回殺しても贖いきれぬほどの重さであろう。天帝であるから罪の一切を不問にされるなどということはあってはならない。そもそも私は「天帝」を憎んでいたのではなく、この男そのものへの憎悪を以って殺したのだ。それはよしんばこの男が奴隷や平民であったとしても変わることはない。
    かと言って、身を賭して暴君を斃した英雄などととして祭り上げられてはたまらなかった。私は私の復讐を果たさんとしただけであって、民草のためでも御国のためでもない。私は高潔な救国の士などではないのだ。そんな未来は見たくなかった。私が天帝を弑逆したことは紛れも無い事実だが、その一点だけを以って、私自身の意思を踏みにじられるのは全く不本意である。
    分からない。どうすれば。やはり死ぬべきか。どの道惨めな思いをするくらいならば、最期くらいは私自身の意思で終わらせても、誰にも咎められることはないのではないか。

    生暖かかった血はすっかり冷え切っている。赤黒く変色し始めたそれに塗れた帝の亡骸は、もはやこの世のものとは思えぬ異様な姿であった。帝に着せられた純白の衫は、元の色が分からぬほどに汚れてしまった。今すぐにでも脱ぎ捨ててしまいたかったが、他に替えも無いし、散々私を辱めたこの男の前で再び肌を晒すなどというのは耐え難い。どうせ死んでいるのだから、とは思えそうになかった。
    血の海と化した褥の上から後退りして離れていくと、まだ綺麗だった床も赤く染められていく。褥だけではなく床も、壁も、全てが白で統一されている帝の寝所は、思いがけず質素で、窓の一つすら存在しない。必要最低限の家具しか置かれていないこの監獄のような部屋の中で、煌々と光を放ち続けている灯火だけが異質だった。帝は暗闇を酷く嫌っていたから、この部屋から光が絶えたことはない。いや、嫌うというよりは、恐れていたと表現するのがより正確だろうか。外の光が一切入らないこの部屋においては、あの灯火を決して絶やしてはならなかった。だが帝は侵入者を恐れるが故に置いたはずの灯火の、絶えず燃え続ける炎に怯えてもいたのだ。私が帝を狂わせなくとも、遅かれ早かれ自滅していただろうと思う。そうなる前にこの手で復讐を果たせたことだけが救いだった。あの忌々しき青龍に先を越されていたら、私は私のこれまでの全てを否定しなければならないし、延いては一族の意志さえも、踏み潰すことになってしまう。それだけは、どうしても耐えられなかった。

    ひとつ、溜息を吐いて、帝の胸に突き刺さったままだった匕首をゆっくりと、引き抜いた。もう流れる血さえも、失くしてしまったのだろうか。溢れる赤は、微々たる量でしかなかった。
    血塗れの匕首で衫の袖を裂き、灯火の火を移したそれを、帝の骸に向かって投げつけた。褥に引火した火はじわじわと燃え広がり、帝の身体を包んでいく。これで、本当に全てが終わるのだ。そう思うともう、何もかもが駄目だった。香油をぶちまけてやったら炎は一層高く噴き上がり、遂に天井にまで達した。
    初めて嗅いだ人体の焼ける臭いは、頗る不快だった。一族が殺された時も、最後には火を放たれのだと、ずっと後になって知った。父も、母も、まだ幼かった従弟や身重の叔母までもが、吐き気を催すような悪臭と灼熱の中で生を終えた。私は今、その最期を追体験しているのだ。亡き一族が文字通り命をかけて守った私の命は、やはり復讐以外のことに使うべきではない。もう、役目は果たした。ここまで一人のうのうと生き延びてしまったからには、最期くらいは一族の味わったそれと同じ苦しみを受け入れるべきだろう。
    赫々たる炎が帝の死相を照らしている様は、滑稽ですらあった。このまま跡形もなく、消え去ってしまえばいい。一切の痕跡を抹消して、この男の何もかもを否定するのが、私が一族のために成し得る、最期の贖罪だった。
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