「ペトリコールの誘惑」ノベルティSS その日の夕方も、雨が降った。
夏の天気の象徴でもあるような夕立だ。ザザァ、と土砂降りかのような強い雨が一気に空から降り注いだ。
「──大丈夫? 新一」
降谷は助手席の恋人に声を掛ける。二人で車に駆け込んだばかりで、少し息が上がっていた。
「あー、うん、平気。けど、こんな急に降られるなんてな」
新一が雫の滴った前髪を指で摘むと、ポツ…、と小さな水滴が髪から落ちる。
二人の休みが久しぶりに重なって、デートがてらドライブに行こうとなったのが昼過ぎ。またしても新一の思い付きで、海に来た。夏も終わりかけの浜辺はさほど人がいなくて、靴を脱いで足だけを水に浸して遊んでいたりしたのだけど。
一変した天気に、頭から海水を被ったのと同じくらいびしょ濡れになってしまったのだ。
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