キスの日2022「なあサムライボーイ。キスしないか?」
ある日のこと、金剛の自室へ招かれた慶志郎は急にそんな事を言い出した。
初心でキュートな恋人に慶志郎はすっかり夢中だったが、それでもキスのひとつはしておきたいと思ったのだ。
「キス?」
「接吻と言った方が君には通じるか」
実際、接吻の方が横文字に疎い金剛には伝わったようで、彼の顔がカッと赤く染まる。
持っていた湯呑みを右往左往させてちゃぶ台に置いたあと、彼は慶志郎から顔を逸らす。
「え……俺と、お前さんが?」
「当たり前じゃないか、他に誰とするんだ?」
「いや、俺たちにはまだ早いんじゃあないか?」
金剛は学帽の鍔を下げ、更に俯いた。
予想通り、いやそれ以上だ!
「何故そう思う?」
初心な恋人の反応に慶志郎は内心ほくそ笑むがそんな事はまるで表に出さず、優しく何故躊躇うのかを問う。
「だってよ、接吻、キス……したら、子供が……コウノトリが来るんだろ?」
「……Why?」
「俺たち、まだ学生だしよ……そういうのは、まだ……」
……慶志郎は思わず頭を抱えた。
「待ちたまえ、何故私たちにコウノトリがやって来ると思うんだ?」
「だ、だってよ。俺たち……なんだ、愛し合ってる……だろ? だから、そんな二人ですると……コウノトリが……子供を運んで来るって」
「日本の性教育はどうなっているんだ!?」
愛し合っているという認識が金剛の中にあるのは慶志郎にとって嬉しかったが、いくら何でも彼の年頃でコウノトリが運んで来るのを信じているのは無いだろう。
「君、保健体育の授業は?」
「寝てる」
「真面目に受けたまえ!」
怒られて更にしょげる金剛に、慶志郎は彼の手を取って握る。
「……しかし、知らなかったのは仕方ない。サムライボーイ、コウノトリは手を繋ぎながらキスをしなければ来ないと知っているか?」
「そう、なのか?」
当然、これは慶志郎の口からの出任せに過ぎないが、金剛は信じてくれるようだ。
本当にコウノトリが運んで来る訳ではないとか、そもそも男女でなければ……言わなければならない事はあるが、下心の元に全て飲み込む。
「そうだ。今のように、いつだって子供を望むとは限らないだろう?」
「た、確かに……そうかも、な」
「今日の所は手を繋がずにキスをしよう。君の言う通り、今の私たちに子供は早い」
「お、おう」
握った手を離し、改めて慶志郎は金剛と向き合う。
まだ彼は恥ずかしがっているようだったがキスをしたいのは同じらしく、ぎゅっと目を瞑った。
「そんなに力まなくていい。ほら、肩の力を抜いて」
身体を寄せて抱き締めながら慶志郎が囁いてやると、今度は力が抜け過ぎてふにゃり、と金剛の姿勢が少し崩れた。
そんな所も可愛らしいから構わないが、少し極端過ぎるのではないだろうか。
「力を抜き過ぎだよ」
「おっ……まえ、さん、の声で、抜けたんだ……!」
グッと身体に力を入れて、金剛は体制を立て直す。
「ソーリー、君が私の事をコウノトリが呼べてしまうぐらい愛しているのを忘れていたよ」
「忘れんなよ」
少し拗ねたような金剛の声の後、不意にやり取りが途切れる。
少しして慶志郎の背中にも腕が回った所で、二人は唇を静かに重ね合わせた。
「んっ……」
先に息を詰めたのは金剛の方だった。
相手の柔らかい唇と滑らかな肌に、息が止まる。そして柔らかい唇の合間からぬるりとした舌が入り込んだのを感じて、反射的に固まった。
「んふふ……」
慶志郎はというと、笑いながら相手の大きな口を味わい尽くそうと舌を這わせ、上顎をなぞる。
擽ったさに跳ねる相手の身体を抑え込みつつ続けていれば、漏れる吐息がより熱いものにすり替わっていた。
舌同士をたっぷりと擦り合わせてから離れれば、恋人はすっかり蕩けた表情を晒した。
「はっ、け、けーしろー……」
とろんと甘い瞳に、開きっぱなしの口。眉や頬も緩み切っていて、見ているだけで押し倒してしまいたくなる。
無防備な姿とは、いけないと分かりながらもどうしてここまで唆られるのだろうか。
「コウノトリを呼んでみたくなったか?」
問えば、頷きが返って来る。今から本当の子作り……の真似事をしたくなりもしたが、慶志郎は振り払うように首を横に振った。
「さっきも言った通り、私達にはまだ早い。もう少し……そう、あと少しは待たなくては」
それまで自分の理性が持つといいが。慶志郎は自分の理性に祈りながら、もう一度だけ恋人に口付けた。