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    さめしば

    @saba6shime

    倉庫兼閲覧用。だいたい冬駿

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    さめしば

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    灼カバワンドロワンライのお題「こどもの日」で書いたSS
    5月5日の井浦慶の話。⚠️捏造要素あり

    「じゃあ今から十五分の休憩に入ります! 皆さん、水分はしっかり取ってくださいねー」
     はあーい! 整列した子どもたちの声が、体育館の天井に高く響いた。

     きょうは五月五日、こどもの日。都内のとある大型スポーツ施設では、小学生を対象としたスポーツフェスティバルが開催されていた。さまざまな競技団体が集うこの日、カバディ協会に割り当てられたのはここ、第二体育館の午前のプログラムだ。「こどもカバディ体験教室」と題し、競技未経験の子どもたちにカバディの楽しさを知ってもらう——これが本日のねらいである。その折り返しとなる休憩時間、運営スタッフとして参加中の井浦慶は、持参したペットボトル片手に休息を取っていた。立ったまま体育館の壁に背を預け、小さな溜め息を吐く。——わかっちゃいたけど、子どもの相手ってのはなかなか骨が折れるモンだな。スポーツドリンクを喉に流し込みながら、目の前の喧騒を眺めつつ思った。体力の有り余っているらしい男子数人が、休憩の間も惜しむようにマット上でじゃれ合っていた。狭いコート内で行われる鬼ごっこがいたく気に入ったと見える。悪くない光景だと、井浦は素直にそう思った。すると、井浦のところにまっすぐ近付いてくる男がひとり——同じくスタッフの一員として参加中の、山田駿だ。
    「よー、慶。おつかれさん」
    「おう山田。お疲れ」
     山田も井浦に倣って壁にもたれ掛かり、飲み物を呷り始める。——山田が来るって知ってたら、揺さぶりを掛けられそうなネタのひとつくらい用意してきたのにな。情報収集に余念のない副部長の目が、きらりと静かに光る。
    「……慶お前、俺の顔見すぎ。なんか言いてーことあんなら、もったいぶらずに言えっての」
    「いや? こういうイベントにお前が顔出すと思ってなかったからさ。面倒くせーって一蹴しそうなもんなのに」
     山田は一瞬目を見張ってから、視線を前方へと投げた。視線の先、コート内では子どもたちが戯れている。
    「……別に。一回くらい参加しておくのも悪くねーかもなって、そう思っただけだ。交通費は出してくれるって話だしな」
     山田のその物言いには、かすかな違和感が漂っていた。なんだかまるで、これっきりとでも言うような——引っ掛かるものの正体を手繰り寄せようとする井浦の思考は、その瞬間、勢いよく近付いてきた人影に遮られた。普段のスーツ姿とは打って変わり、ジャージに身を包んだ壮年の男——水堀新だ。
    「お前ら、今日は手伝いに来てくれてありがとな! 助かったぞ」
    「いえいえ。困ったときはお互い様でしょう」
     にっこりと応対する井浦の隣で、「うさんくせー笑顔……」と山田が呟いた。
    「誰に声掛けるか迷ったんだがな、手始めにお前たちを選んで正解だったよ。早めに決まってくれたほうが、こっちとしても安心できるからな」
     こういった協会主導のイベントは、普段通りならば社会人選手と大学生が中心となり担っているらしい。ところが今回は主要メンバー二人の都合が噛み合わず、代打として高三の井浦たちに声が掛かった、といういきさつがあった。恩は売れる時に売っておくものだと考える井浦にとっては、断る必要性などどこにもなかったのだ。
    「へー。なんで俺らを最初にしたんすか?」
     山田の疑問に水堀はやや苦い顔をして、「……小学生相手でも問題なくやれそうと判断したから、だな」と、低い声で絞り出した。
    「あー……なるほど? たしかに樹とか、あの図体だけで子どもが怯えちまいそうだもんなあ」
     山田の思い描いた光景を井浦も想像し、思わずぷっと吹き出してしまった。それはそれで少し見てみたかったかもしれない。子どもではなく、神畑の反応のほうを。
    「とにかく助かったよ、二人とも。約束通り昼メシおごってやるから、撤収後も残っててくれ」
     了解ですと声を揃えて答えると、水堀は井浦のほうへと向き直る。
    「ところで慶……あいつは、正人は最近どうしてる。順調なのか」
     サングラス越しに見る水堀の瞳は、ひどく苦しげに思えた。
    「……来週には退院しますよ。至って順調に回復してますのでご心配なく。大会にも、無理なく間に合いますから」
    「……そうか、良かった。これからも注意して見てやってくれ。……正人のこと、お前に任せっきりにしちまって悪いな」
     まるで父親みたいなことを言う、と井浦は思った。けれど、王城の境遇を考えれば親身になってくれる大人がいるのは、間違いなく幸運なことだろう。
    「……これも俺の務めだと思ってますよ」
     労うように、水堀が井浦の肩をぽんぽんと叩いた。「じゃあ後半も頼んだぞ」と言い残し、水堀は二人の元から去っていった。やり取りを見守っていた山田が、ふうとひとつ息を吐いてから口を開く。
    「時期が悪かったよなあ。正人のヤツこそ、こういうイベントには顔出したかっただろーに」
    「……かもな。カバディやってくれる子どもが増えるってなりゃ、バカみたいに喜ぶだろうよ」
     実のところ井浦も、子どもたちがだんだんとカバディに夢中になってゆく様子を見られて素直に嬉しいと感じていた。よそのプログラムの定員からあぶれて渋々参加した子もいたようだが、次第に積極的に動けるようになり、目をきらきらと輝かせるまでになっていった。——かつての自分も、こんな顔をしていたのだろうか。井浦はそんな風に思いを馳せずにはいられなかった。カバディにのめり込んでいった頃の俺を、引き入れた張本人は——正人は、どんな気持ちで見ていたんだろう。
    「あーでも、子どもに教えるのはあんま向いてなさそうだよな。正人は」
     思考に沈みかけた井浦の意識を、のんきな声が引き戻す。
    「……だな。あいつは自分が楽しくなっちまったら周りなんかそっちのけだ。相手が初心者でも、張り合い甲斐があると見りゃ勝負に夢中になるだろうよ」
    「……さすがに小学生相手じゃ加減すんだろ」
    「どうだか。万が一、『逸材』に出会っちまったりしたらわかんねーぞ」
     山田は顔をしかめ、顎に手を当ててううんと唸る。あいつならやりかねないな、と顔に書いてあるような反応だ。
    「んーまあ……正人がもし、才能の塊みてーな子ども相手に暴走しちまったとしてもさ。慶がブレーキになってやりゃいいだけの話だ。だろ?」
     ずいぶんと勝手なことを言う、と井浦は思った。王城が体験教室に参加する機会がいつの日か訪れるとして——その頃の井浦が、この世界と関わりを保ち続けている保証なんか、どこにもないのに。
    「……そう都合よく俺がいるとは限らねーだろうが。むしろ山田が見ててやってくれよ。『同盟』なんだろ、お前ら」
     んじゃ、来年のお守りは頼んだぜ。そう付け加えると、井浦は壁から背を離し、出入り口の方向へと歩き出した。山田に向けて空のペットボトルを見せつけるように振り、「これ捨ててくる」と仕草だけで伝える。
    「……来年、ね」
     その場に取り残された山田がぽつりと呟く。
    「わりーな、慶。その頼みはもう聞けねーんだ」
     小さく溢した言葉は、誰の耳にも届くことはなかった。


     一歩外へ出ると、芝生グラウンドの方角から賑やかな気配が漂ってきた。たしか、元Jリーガーによるサッカー教室を予定しているとパンフレットには書かれていたはずだ。競技の裾野を広げるためコツコツと努力しているこちら側とは、天地の差と言っていい。抜けるような青空の下、いくつもの未来がピッチを駆けていた。井浦は日差しの強さに目を細め、自販機近くのゴミ箱を目指して歩き出す。
     じきに連休が明ければ、王城の退院まであと数日を残すのみだ。それはつまり、宵越と王城の邂逅がいよいよ目前に迫っていることを意味していた。あの二人の起こす化学反応が、この夏の能京カバディ部の行方を左右することになるのはまず間違いない。そしてその結果、井浦がレイダーとして三番手へと後退するであろうことも——。
     井浦に後悔はない。王城と共に能京を選んだことにも、宵越という最強のジョーカーをチームに引き入れたことにも。ただきょうこの日に限っては、十一歳の自分がこちらをじっと見つめているような、そんな気がするのだった。参加者の子どもたちに、自らの経験を無意識に重ね見てしまったせいだろう。己の指先で得点をもぎ取る瞬間の達成感を——レイダーとしての原体験を得たばかりの、あの頃の自分をすぐ近くに感じる。軽い気持ちで参加してみたはずが、うっかり初心を思い起こさせられてしまったらしい。井浦はひとり苦笑を浮かべ、ペットボトルをゴミ箱へと投げ入れた。再度グラウンドのほうに目をやると、運営本部兼救護テントが視界に入った。その屋根からは小さな鯉のぼりが上がっている。——せっかくのこどもの日だ、きょうは柏餅を持って面会に行こう。それと、体験教室での話をあいつにたくさん聞かせてやらないとな。午後からの予定に思いを馳せつつ、井浦は踵を返した。
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    さめしば

    DONE灼カバワンドロワンライのお題「こどもの日」で書いたSS
    5月5日の井浦慶の話。⚠️捏造要素あり
    「じゃあ今から十五分の休憩に入ります! 皆さん、水分はしっかり取ってくださいねー」
     はあーい! 整列した子どもたちの声が、体育館の天井に高く響いた。

     きょうは五月五日、こどもの日。都内のとある大型スポーツ施設では、小学生を対象としたスポーツフェスティバルが開催されていた。さまざまな競技団体が集うこの日、カバディ協会に割り当てられたのはここ、第二体育館の午前のプログラムだ。「こどもカバディ体験教室」と題し、競技未経験の子どもたちにカバディの楽しさを知ってもらう——これが本日のねらいである。その折り返しとなる休憩時間、運営スタッフとして参加中の井浦慶は、持参したペットボトル片手に休息を取っていた。立ったまま体育館の壁に背を預け、小さな溜め息を吐く。——わかっちゃいたけど、子どもの相手ってのはなかなか骨が折れるモンだな。スポーツドリンクを喉に流し込みながら、目の前の喧騒を眺めつつ思った。体力の有り余っているらしい男子数人が、休憩の間も惜しむようにマット上でじゃれ合っていた。狭いコート内で行われる鬼ごっこがいたく気に入ったと見える。悪くない光景だと、井浦は素直にそう思った。すると、井浦のところにまっすぐ近付いてくる男がひとり——同じくスタッフの一員として参加中の、山田駿だ。
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    さめしば

    TRAINING付き合ってる冬駿のSS
    お題「黙れバカップルが」で書いた、井浦と山田の話。冬居はこの場に不在です。
    お題をお借りした診断メーカー→ https://shindanmaker.com/392860
    「そういえば俺、小耳に挟んじゃったんだけどさ。付き合ってるらしいじゃん、霞君とお前」
     都内のとあるビル、日本カバディ協会が間借りする一室にて。井浦慶は、ソファに並んで座る隣の男——山田駿に向け、ひとつの質問を投げ掛けた。
    「……ああ? そうだけど。それがどーしたよ、慶」
     山田はいかにも面倒臭そうに顔を歪め、しかし井浦の予想に反して、素直に事実を認めてみせた。
    「へえ。否定しないんだ」
    「してもしゃーねえだろ。こないだお前と会った時に話しちゃったって、冬居に聞いたからな」
     なるほど、とっくに情報共有済みだったか。からかって楽しんでやろうという魂胆でいた井浦は、やや残念に思った。
     二週間ほど前のことだ、選抜時代の元後輩——霞冬居に、外出先でばったり出くわしたのは。霞の様子にどことなく変化を感じ取った井浦は、「霞君、なんか雰囲気変わったね。もしかして彼女でもできた?」と尋ねてみたのだった。井浦にとっては会話の糸口に過ぎず、なにか新しいネタが手に入るなら一石二鳥。その程度の考えで振った一言に返ってきたのは、まさしく号外級のビッグニュースだった。——聞かされた瞬間の俺、たぶん二秒くらい硬直してたよな。あの時は思わず素が出るとこだった、危ない危ない。井浦は当時を思い返し、改めてひやりとした。素直でかわいい後輩の前では良き先輩の顔を貫けるよう、日頃から心掛けているというのに。
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