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    さめしば

    @saba6shime

    倉庫兼閲覧用。だいたい冬駿

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    さめしば

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    冬駿のSS 冬→駿片思いネタ。とある冬のおはなし。⚠︎捏造要素あり

    ##冬駿

    きみのとなりにけぶる朝靄「冬居くんおはよ! 今日も冷えるねー」
    「おはようございます、おばさん。お邪魔します」
    「さあ上がって上がって」
     ほんといつもごめんねえ、と幼馴染みの母親が目尻を下げて申し訳なさそうに微笑む。僕は招き入れられるまま、勝手知ったる他人のお宅へ上がり込んだ。スニーカーを定位置に揃え後ろを振り返ると、彼女はすでに台所の方へ足を向けていた。「あの子まだ寝てるから叩き起こしてやって! すぐご飯持って上がるね」と忙しく立ち回りながら響かせる声に僕ははあいと返事を返し、二階へ続く階段に足をかける。
     部活の朝練がある日はこうして、隣に住む幼馴染み——同じ部に所属する部長と部員の関係でもある——と連れ立って登校することになっているのだ。僕が入部したこの春始まった、約束にも満たない暗黙の了解のようなもの。たいてい僕の方が先に支度を終えるので、我が家から数歩の距離を迎えに上がる流れはすっかり習慣と化していた。彼が自力で起床できた日は居間で待たせてもらうけれど、時間ぎりぎりまで二度寝を決め込む朝はそう少なくない頻度でやってくる。その場合、彼を布団から叩き出す役目を自然と僕が担いがちになるのだ。そして彼の母親が朝食を二階へ運んでくるまでが、ここ最近のお決まりの流れ。すぐそこにご飯があれば起きる気になるでしょ、とは彼女の談。実際その効果は発揮されているだろうけど、居間よりも駿君の自室の方が僕にとって過ごしやすいはずだ、と気を遣ってくれている節もある。
     そんな朝を繰り返す度、僕に起こされることに慣れ始めた様子の彼は「明日起こしに来い」とあらかじめ連絡を寄越す夜さえあるのだった。まったく傲岸なことだ、僕が自分の頼みを断るはずがないと端から踏んでいるらしい。そもそも、口先だけでも「頼む」形を取ってくれれば応え甲斐もあるというのに、自分勝手な幼馴染みはいつだって命令口調だ。

     部屋のふすまをそっと開き、覗き込んで目を凝らす。予想した通り中はまだ薄暗く、部屋の主はお布団の国の住人だった。遠慮なく音を立てながら踏み入って、鞄とコートをどさりと置いた。朝食を運んでくるおばさんのために、ふすまは開けたままで。明かりをつけ、ファンヒーターのスイッチを入れ、カーテンをさっと開ける。ひんやりとした空間を光と熱で満たす、冬の朝のルーティン。
     布団の塊がもぞりと動いた。
    「朝だよ、駿君。おはよう」
     急な眩しさに彼は思いきり顔をしかめ、掛け布団を頭の上まで引っ張り上げた。枕元に転がるスマートフォンは、残念ながらスヌーズの息の根を止められたらしい。
    「んぅ……あと五分だけ寝かせろ」
    「もう三十分弱で出発なんですけど……」
     畳の上に腰を下ろすと、ちゃぶ台の散らかり具合が目についた。引き続き布団の中身に声をかけつつ、ノートパソコンや数枚のルーズリーフ、ファイル類を片していく。戦術や練習メニューなどを書き連ねたそれらには、彼の主将としての自負がみっしりと詰まっている。今は年明けの大会に向け、チームの練度を上げていく大事な時期なのだ。きっと昨夜も遅くまで資料とにらめっこしていたのだろう。我らが部長の努力に自分も応えねばと、ひとり勝手なプレッシャーに襲われてしまう。その夜更かしの代償が、今この状況なわけだけれど。
    「……駿君、起きて」
     返るのは、すうすうと穏やかな無言の調べのみ。
    「おばさんが上がってくる前に起きないと、怒られるよ」
     ふかふかの羽毛布団の、肩とおぼしき付近に手を置いて強めに揺すってみる。しかし彼は持ち前の寝穢さを発揮し、なおも寝息を立て続けていた。今朝はまた格段に頑固な二度寝を楽しんでいるようだ。
    「山田さん、朝練行きますよー、山田さーん」
     呼びかけへの反応はない。ヒーターの吐き出す温風が、静かな空間にじわじわと行き渡り始めていた。くぐもった呼吸音と、ヒーターの稼動音と、外から聞こえるスズメのさえずりと。わずかにぬくまった空気も相俟って、時間に追われる感覚が一瞬にぶるほどの、まどろむような心地良さがここにはあった。
     ——ああ駄目だ、このままじゃ。はあと深い溜め息を吐き、ふたたび大仕事に取り掛かろうと試みる。
    「……起きて下さいよ山田さん。ねえ……駿君」
     穏やかさに気が緩んだせいだろうか——なぜだか無性に、布団からはみ出す頭のてっぺんをわしわしと撫で回したい衝動に駆られて、後が怖いのでもちろん思い留まる。——けれど少し、許してもらえないかもしれないことを、してみたい。畳に片手をつき、布団越しにぐっと顔を寄せる。安らかな寝顔を思い浮かべながら。
    「………………駿」
     はじめての呼び名が、唇からこぼれる。
     一拍置いて、がばりと音がしそうなほどの勢いで布団の主がその姿を現した。驚愕の色に染まる目は、もはやすっかりと開かれていた。
    「わ! 急に飛び起きると目眩を起こすかもしれませんよ、駿く……」
    「冬居てめー今なんか生意気な口きいたろ」
     つい数秒前まで寝入っていたとは思えない眼光が僕を射竦める。驚くべき切り替えの速さだ。
    「……聞き間違い、じゃないですかね」
     ばつの悪さに、さっと目を逸らす。
    「ほう? シラ切るつもりたぁいい度胸だな」
     正直なところ、「出来心で」としか申し開きのしようがないのだけれど、これは火に油を注ぐ予感がする。布団から半ば体をはみ出して詰め寄ってくる幼馴染みと、じりじり畳の上を後退する僕と。胸ぐらを掴まれそうな勢いにたじろいでいると、階段を上がる足音が耳に届いて、ほっと安堵した。 
    「駿! やっと起きた……ってあんたたち、何やってんの」
    「いや冬居がさ」
    「どーでもいいから早く食べな、今何分だと思ってんの! 部長が朝練遅刻するつもり?」
    「ぐっ」
     息子の気勢を見事に削いだ彼女は、ちゃぶ台に置いたトレーの上からみかん二個を手に取り、僕に向けて差し出した。
    「よかったらこれ食べてね、冬居くん」
    「ありがとう、いただきます」
     ひらりと身を翻し階下へ帰っていく後ろ姿へ、助かりました、とこっそり念を送った。消化不良らしき一瞥をくれてからのそのそと食卓につく彼に追従し、二人でちゃぶ台を囲んだ。
    「……いただきます」
     彼は掛け時計をちらりと確認し、これまた素早い切り替えで朝食に手を付け始めた。僕にはとても真似できないであろうスピードで料理が口に詰め込まれてゆく。時間の制約がなければ、もう少しよく噛んで食べてと注意したくなるほどに。ぱっと皿を持ち上げたかと思うと、半熟の目玉焼きがちゅるんと一口で吸い込まれた。どうやら朝練の日は手早く食べられるメニューを出しているらしい、という発見をしたのはつい最近のことだ。僕は普段と変わらぬペースでみかんを剥き、一房ずつ口に運ぶ動作を繰り返した。
    「さっきのことですけど」
     味噌汁の椀に残りの白米を投入した彼は、軽く混ぜながら一瞬僕に視線を寄越す。
    「もういーよ、あれで目ェ覚めたしな」
    「……そう」
     軽く流してもらえるなら、それに越したことはない。実際大した意味などなかった。けれど、僕だけが一方的に空回っているという実感が、身勝手にちくりと胸を刺す。
     彼は汁かけご飯を豪快にかき込み、あっという間に朝食を平らげた。僕はまだ、みかん一個と約半分を食べ終えたあたりだ。お茶の入ったグラスを傾け一息つく幼馴染みの視線が、僕の手元へ注がれていることにふと気付く。意図を察して、みかんを彼の方へ差し出すように見せてみる。仕草と視線のみで「食べたいの?」と訊くと、無言のままの口がぱかりと大きく開かれて待ち構える。そこへみかん二分の一個を塊ごと詰め込んでやれば、満足そうに目が細められた。今のはたぶん、無意識の反応だろうか。もぐもぐと咀嚼する様子を何気ない風に眺めながら思う——子どもみたいだ、本当に。こうして無防備で無邪気な顔を見せる幼馴染みが、ほんの一時間後には主将然とした佇まいで部員に指示を飛ばすことも、僕はよく知っている。
    「サンキュ。ごっそさん」
     要求の言葉は口にしないくせにお礼はきちんと言う彼を、少しずるいと思った。
    「はー、食った食った」
     僕の手元からみかんの皮を奪いトレーに乗せた彼は勢いよく立ち上がり、うーんと伸びをした。
    「うし! 十分で支度するわ」
    「はいはい」
    「ハイは一回!」
     トレーを手に部屋を出る背中を見送った。みかんを剥いた手の汚れが気になり、ティッシュペーパーを一枚拝借させてもらう。——さっきは、平静を保てていただろうか。指先でふに、と軽く触れてしまった唇の感触と、瞬間的にぞわりと湧き上がったやましい感情ごときっちり綺麗に拭う。罪悪感を白い紙に丸め、ぐいぐいと押し込めてからゴミ箱へ放った。何かを振り払うように、少し乱暴な気持ちのままどさりと仰向けに転がってみる。
    「駿……は、やっぱ違うよなあ」
     部活の先輩後輩という関係になり、新しい呼称と言葉遣いに注意を払う日々にもとっくに慣れつつある、はずだけれど。意味もなく呼び捨てにしてみたいだなんて、「駿君」以外の選択肢を持たなかった頃は思いつきもしなかっただろう。もしいつか、僕たちがまた別の関係に変化する時が来ても、永遠に来なくても——彼は僕にとって「駿君」のままなのだろう。試してみて、沁み入るように実感した。
     真上から注ぐ照明の眩しさに、僕はぎゅっと顔をしかめる。鋭い光から逃れようと向きを変えて横たわれば、ヒーターの熱に背中をじりじりと炙られるのを感じた。頭を冷やしたいのか、それともこの後ろめたさもろとも焼かれたいのか——どっちつかずの感情を持て余しながら、ただ彼を待つのだった。
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