「こっ、こわ、怖かった……」
「っだーもう! 歩きづれーから離れろって冬居」
後ろからしがみつくように抱きついてくる男を半ば引き摺りながら、人ごみを縫うようにのろのろと歩く。日曜日の遊園地は、予想通り多くの来場客で賑わっていた。名物のひとつであるジェットコースターから無事生還して数分、怖がりと心配性を極める幼馴染みはずっとこんな調子だ。
「うう、足元がフワフワしてる……僕たち今ほんとに、地上を歩いてるんですよね……?」
似たような台詞をもう三回は聞いた。弱っている人間にツッコミを入れるのも野暮な真似か、とぐっと飲み込んでやるけれど。
「あれはお前にゃレベル高すぎるって忠告してやったろ。絶対乗るって聞かなかったけどよ」
——冬居があんまりぴーぴー喚くから、マジで止まったり落ちたりするんじゃねーかって俺まで不安になっただろうが。などと格好悪い文句が浮かんで、これも口に出さないことにする。
往来の邪魔にならぬよう、道の端まで辿り着いてから立ち止まった。背後の重みは依然として俺に寄りかかっている。首の前で交差する腕をぽんぽんと叩いてやり——まるで、小さな子どもをあやしているみたいだ、なんて思った。
「……にしても、どういう風の吹き回しだ? 克服でもしたかったかよ」
質問の答えを口にするまでに、冬居はたっぷりと間を取った。俺の後頭部にぐりぐりと頭をこすりつけてから、ようやくぽつりと呟く。
「……吊り橋効果、ってあるでしょ」
「吊り橋効果ぁ? なんだっけか、あの、恐怖のドキドキを恋のドキドキと勘違いする……とかいうやつか? それが何……」
口を動かしながらはたと気付く。
「……なあ冬居。俺らはここにデートしに来てるんだよな」
後ろのでかい図体は答えず、俺の首に巻き付けた腕へ更にぐっと力を込める。
「今さら勘違いが必要か?」
「……だって駿君、付き合い始めてからなんか冷たいでしょ」
思い詰めたような声に思わずぎくりとする。どうしても照れが勝ち、甘ったるい雰囲気になるのを避けている自覚は確かにあった。指摘された途端、この単なる介抱が恋人同士の接触みたく思えて、だんだんと顔に血が上り始める。——弱っていると侮るなかれ。不意に動揺させられた事実は隠し通すことに決め込んだ。
「……そもそもだなあ! その理論を利用したいなら、俺より怖がってちゃ意味ないんじゃねーの」
「駿君も少しは怖がってくれるかと」
「あんなんヨユーだっつの」
実際のところは冬居の恐怖がうっすらと伝染していたわけだが、これも言う必要はない。
「で? 次はどれ乗って、俺に恐怖感じてほしいわけ」
「……その話題を引っ張らないでいてくれるなら、なんでもいいです」
纏わりつく温度と体重がふっと離れ、体が軽くなる。振り返って見上げた顔には、随分と血色が戻ってきていた。青褪めて震える様子よりはこの拗ねた顔の方がよっぽどいいな、と密かに思う。
「んじゃ、観覧車でも乗ってゆっくりするか?」
「あれはあれで怖いんですよ。てっぺんで急に止まったらと思うと……」
「だーいじょぶだって。もし止まっても」
——俺がずっと手握っててやるからさ。
最後まで言葉を止めずに言えたことを内心安堵する。照れ臭さを振り切って掴んだ指先は、まだひんやりとして恐怖の名残りがあった。しかし目を丸くする顔にはいっそう赤みが差して、確かな満足を俺にもたらす。
「ほら行くぞ冬居。せっかく来たんだ、時間がもったいねえ」
「……フリーフォールは乗らないですからね」
「ハイハイ、わーったよ」
前提条件からしてずれている以上、理論の立証には何の足しにもならないけれど——お前が体を張った甲斐はじゅうぶんにあったよ。まだ覚束ない足取りで歩く恋人の手を引きながら、心の中でそう呟いた。