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    さめしば

    @saba6shime

    倉庫兼閲覧用。だいたい冬駿

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    さめしば

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    冬駿のSS アンケートのお題より「伸ばされた手を払う」
    ある日の練習中のひとコマの話。

    ##冬駿

     ぱしん。
    「……あ」
     差し伸べられた手を思わず振り払ってから、しまった、と思った。瞬間、しんと沈黙が落ちる。
    「えっと……自分で、立てますから。お構いなく」
    「……そーかよ」
     小さく低く呟いた山田さんが、その手をすっと引っ込める気配がした。このひとは今いったいどんな顔をしているだろうか、もちろん気にはなるけれど確認する余裕など持ち合わせていない。僕はマット上に視線を落としたまま、気まずさを振り切るように勢いよく立ち上がった。何事もなかったふりをして、すたすたと自陣へ帰る。助け起こそうとしてくれた山田さんと、目を合わせることさえなく。——ああ、やってしまった。攻撃失敗の悔しさから悪態をついたようにでも見えていたらいいけれど——今のはたぶん、側から見ても不自然な態度だったに違いない。
    「もう一本!」
     山田さんの鋭い声が体育館の天井に反響する。心なしか、苛立っているような声色だった。

     コートのミッドラインに沿って爪先を揃えれば、ふたたび僕の攻撃練習の始まりだ。次こそは、うかうか捕まるようなヘマはするもんか。必ず立ったまま帰陣してやる。そもそも僕というプレイヤーは、マットに叩きつけられるなんて極力避けたい性分なのだ。だって痛いから。
     ——びたん!
     ついさっき威勢よくリベンジを誓ったくせに、僕はまたもやマットの感触を全身で味わってしまっていた。
    「三点獲得!」
     審判役の二年生の声が耳に届く。倒されはしたものの、今度はこの指先でしっかり得点を持ち帰ることに成功したようだ。小さな高揚感に包まれつつも、やっぱり痛いものは痛い。顔を顰めながら立ち上がろうとしたそのとき、僕の正面にさっと回り込むひとつの気配があった。
    「どしたよ冬居、今日はらしくねーな。コロコロ転がっちまってさ」
     思わずぱっと顔を上げれば、差し伸べられる手がふたたびそこにあった。軽くしゃがんで僕を覗き込む彼と、まっすぐに視線が交わる。その目はやっぱり腹立たしいくらい普段通りの色をしていて、僕ばかりが意識している現状が途端に馬鹿らしく思えてきてしまう。冷静さを取り戻し始めた判断力が、「この手を取ったって僕は動揺せずにいられるはずだ」と、頭の片隅で囁いた。
    「……今のはちゃんと、点獲って帰ったでしょ。さっきと一緒にしないでくださいよ」
    「わーってるって。ナイスレイド」
     目の前に浮かぶ手のひらに触れ、ぎゅっと握る。転んだ僕を幾度となく引っ張り上げてくれた、頼もしい手のひらを。——ああよかった、やっぱり大丈夫みたいだ。数分前、この手を振り払ってしまう直前に頭をよぎったようなことは起こらなかったじゃないか。——昨夜の甘い感触を、上がりゆく体温を、あの時間のできごとを今この場で生々しく思い出してしまったらどうしよう、だなんて。安堵の溜め息が自然と漏れる。いつものこととは言え、少し考えすぎだったようだ。
    「どこも痛めてねーか?」
    「平気です。全然」
     握り合う右手に伝わる温度からは、いっそ清々しいほどに特別なところなど見つからない。必死に縋ったり、時にはためらうように押し返したり、しまいには夢中で求めてきたりして——彼が散々僕に刻み込んだあの「熱」は、とっくに冷め切ってしまったらしい。素肌を激しく掴んできた手のひらの感触を、ぎゅっと食い込む指先の強さを、この身体はまだありありと覚えているというのに。
    「よっ、と」
     力強い腕が僕をぐんと引っ張り上げる。上半身を引き起こされるその勢いのまま、つんのめるようにトトッと数歩、前方へ足が出た。すると山田さんとの距離がぐっと近づき、彼の体温をすぐそばに感じた途端——ほんの少し、悪戯心が顔を出した。
     ちょうど僕の唇の高さにある右耳に、そうっと耳打ちをする。周りから見ても不自然でない程度の、「幼馴染み」の距離で。
    「……駿君も、平気そうでよかった」
     まだ握ったままの手をわずかにスライドさせ、彼の手首の内側を中指の先でくるりとひと撫でする。瞬間、びくりと筋肉の強張る反応。それを感じてからすぐさま手を解放した僕は、その後の様子を確かめることなく、自陣の半ばまで駆け戻った。軽く屈伸をして、脚も腕も頭も問題なく働いていることを確認する。——駿君、今、どんな顔してるんだろ。帰りに叱られるかもなあ、自業自得だからちっとも構わないけど。
     今のちょっかいを彼がどう受け取ったか、それを僕が知るのはまだ少し先のことだけれど——「もう一本!」と背後から飛んできた声は、僕にしかわからない程度に、けれど確かに揺らいでいたのだった。
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    さめしば

    TRAINING付き合ってる冬駿のSS
    お題「黙れバカップルが」で書いた、井浦と山田の話。冬居はこの場に不在です。
    お題をお借りした診断メーカー→ https://shindanmaker.com/392860
    「そういえば俺、小耳に挟んじゃったんだけどさ。付き合ってるらしいじゃん、霞君とお前」
     都内のとあるビル、日本カバディ協会が間借りする一室にて。井浦慶は、ソファに並んで座る隣の男——山田駿に向け、ひとつの質問を投げ掛けた。
    「……ああ? そうだけど。それがどーしたよ、慶」
     山田はいかにも面倒臭そうに顔を歪め、しかし井浦の予想に反して、素直に事実を認めてみせた。
    「へえ。否定しないんだ」
    「してもしゃーねえだろ。こないだお前と会った時に話しちゃったって、冬居に聞いたからな」
     なるほど、とっくに情報共有済みだったか。からかって楽しんでやろうという魂胆でいた井浦は、やや残念に思った。
     二週間ほど前のことだ、選抜時代の元後輩——霞冬居に、外出先でばったり出くわしたのは。霞の様子にどことなく変化を感じ取った井浦は、「霞君、なんか雰囲気変わったね。もしかして彼女でもできた?」と尋ねてみたのだった。井浦にとっては会話の糸口に過ぎず、なにか新しいネタが手に入るなら一石二鳥。その程度の考えで振った一言に返ってきたのは、まさしく号外級のビッグニュースだった。——聞かされた瞬間の俺、たぶん二秒くらい硬直してたよな。あの時は思わず素が出るとこだった、危ない危ない。井浦は当時を思い返し、改めてひやりとした。素直でかわいい後輩の前では良き先輩の顔を貫けるよう、日頃から心掛けているというのに。
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    さめしば

    MOURNING※供養※ 灼カバワンドロワンライのお題「食欲の秋」で書き始めた作品ですが、タイムアップのため不参加とさせていただきました。ヴィハーンと山田が休日にお出掛けする話。⚠️大会後の動向など捏造要素あり
     しゃくっ。くし切りの梨を頬張って、きらきらと目を輝かせる男がひとり。
    「……うん、おいしー! すごくジューシーで甘くって……おれの知ってる梨とはずいぶんちがう!」
     開口一番、ヴィハーンの口から出た言葉はまっすぐな賞賛だった。「そりゃよかった」と一言返してから俺は、皮を剥き終えた丸ごとの梨にかぶりついた。せっかくの機会だ、普段はできない食べ方で楽しませてもらおう。あふれんばかりの果汁が、指の間から滴り落ちる。なるほどこれは、今まで食べたどの梨より美味い。もちろん、「屋外で味わう」という醍醐味も大いに影響しているのだろう。
     ——俺とヴィハーンはふたり、梨狩りに訪れていた。

     長かった夏の大会が幕を閉じ、三年生はみな引退し、そしてヴィハーンは帰国の準備を着々と進めていた十月下旬のある日——「帰る前になにか、日本のおいしいものを食べたい!」ヴィハーンから俺に、突然のリクエストが降って湧いたのだった。
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