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    さめしば

    @saba6shime

    倉庫兼閲覧用。だいたい冬駿

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    さめしば

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    ※供養※ 灼カバワンドロワンライのお題「食欲の秋」で書き始めた作品ですが、タイムアップのため不参加とさせていただきました。ヴィハーンと山田が休日にお出掛けする話。⚠️大会後の動向など捏造要素あり

     しゃくっ。くし切りの梨を頬張って、きらきらと目を輝かせる男がひとり。
    「……うん、おいしー! すごくジューシーで甘くって……おれの知ってる梨とはずいぶんちがう!」
     開口一番、ヴィハーンの口から出た言葉はまっすぐな賞賛だった。「そりゃよかった」と一言返してから俺は、皮を剥き終えた丸ごとの梨にかぶりついた。せっかくの機会だ、普段はできない食べ方で楽しませてもらおう。あふれんばかりの果汁が、指の間から滴り落ちる。なるほどこれは、今まで食べたどの梨より美味い。もちろん、「屋外で味わう」という醍醐味も大いに影響しているのだろう。
     ——俺とヴィハーンはふたり、梨狩りに訪れていた。

     長かった夏の大会が幕を閉じ、三年生はみな引退し、そしてヴィハーンは帰国の準備を着々と進めていた十月下旬のある日——「帰る前になにか、日本のおいしいものを食べたい!」ヴィハーンから俺に、突然のリクエストが降って湧いたのだった。
    「日本じゃ食欲の秋、って言うんでしょ。テレビで見たよ! ねえサンダー、『シュン』のもの食べに連れてってよー。なんでもいいから、ね?」
    「そりゃ構わねーけどよ、なんでもっつってもなあ……えーと、秋が旬の食いもんと言えば……」
     思案していると、子どもの頃家族で訪れた場所の記憶が蘇った。秋の味覚を楽しめる上にちょっと非日常な体験もできる、あそこならば一石二鳥かもしれない。
    「梨狩りとかどうよ? わりと近場に有名なとこがあってさ」
    「ナシ……がり? って、なに?」
    「果物のナシな。果樹園にいっぱい生ってる梨をさ、自分の手で収穫して、その場で食えんの。フツーにメシ食いに行くより面白そーだろ?」
    「……いいね! すっごくいい!」
     ヴィハーンは俺の案に見事に食いついてくれて、目的地はトントン拍子に決定した。しかし各々が卒業後の進路に向け本格的に動き出しているこの時期、元部員の面々と予定を擦り合わせるというのはあまり現実的ではなかった。「むずかしいなら仕方ないね、俺とサンダーふたりで行こ!」というヴィハーンの提案に乗る形で、この週末のプランは突発的に固まったのだった。もちろんちゃんとした送別会はまた別個に予定しているから、今回はふたりだけになろうと問題はない。日本での残り少ない時間、ひとつでも多く思い出を増やしてやれるのなら俺としても本望だった。

     果実の生る木々の下、並べられたテーブルにつき、収穫したての梨をいただく。二個目に手を伸ばしたヴィハーンは、俺よりもよっぽど器用な手つきでフルーツナイフを操っている。「次はおれも丸ごと食べてみよっと」と笑って、鼻歌でも歌いだしそうなほどに楽しんでくれているようだ。
    「……ここ選んで正解だったみてーだな。最初の思いつきのまんま決めちまって大丈夫だったかなーって、ちょびっと気になってたんだけどさ」
     とれたての梨は文句なしに美味い。とは言え、他の可能性を吟味せずにいたことが俺の中で少しだけ引っ掛かっていたのだ。懸念は行き先に関することだけではなく、積極的に声を掛ければあと一人二人くらいはメンツを増やせたかもしれないのに、という点もあった。今日みたくのびのびと日本を満喫できる時間は、ヴィハーンにはもうあまり残されていないから。
     俺の言葉に一瞬きょとんと目を見開いたヴィハーンが、ふふっと笑ってからまた手を動かし始める。皮がしゅるしゅると、淀みなく落ちてゆく。
    「なんでもいいって言ったでしょ、おれ。ほんとの気持ちだよ。もうすぐ日本とサヨナラしなきゃダメなんだって思ったらね、あとほんのちょっとだけ……思い出を欲張りたくなっちゃったんだ」
     叶えてくれてありがとね、サンダー。満足そうな笑みを浮かべるヴィハーンが、俺の杞憂を掻き消してくれる。
    「……おれにとってはね。こんなふうに、おいしいものを楽しく味わえるのって、すごく大きなことなんだよ」
    「……ヴィハーン」
     遠い記憶をすぐそこに見るように、ヴィハーンがそっと目を伏せる。——その瞬間俺の脳裏に浮かんだのは、画面越しにもわかるほどにやつれた顔。充血した目の下に濃い隈を浮かべて、それでもぎこちなく笑顔を作る、痛々しい姿。俺はその様子を気取けどりながらもあからさまに気遣うようなことはせず、自分以外は持っていないであろう選択肢を敢えて選び取ったのだった——「俺の勝手な計画に引き込む」という形で、ヴィハーンに別の道を提示してやれたなら、と。
    「うん、こっちもおいしい!」
     綺麗に剥いた梨を頬張って、ヴィハーンが笑顔をこぼす。大ぶりな果実はみるみるうちにその体積を減らし、完食まではあっという間だった。ごしごしとウェットティッシュで手を拭いながら(俺が冬居に持たされたものだ)、目の前の男は椅子から腰を上げた。
    「ヨシ! つぎ探してくるね、おれ」
    「ちょっ、待て待て! 俺も行くって」
     身長すれすれの木々の下を、低く構えた姿勢で長い黒髪が軽やかに駆けていく。それはまるで、レイドに向かう後ろ姿を見送るときのように。ほんの一瞬、俺を振り返った横顔には翳りも迷いもなく、この男はこれから証明し続けてくれるのだろうなと、今は確かに信じることができた——俺の焼いたお節介は間違いなんかじゃなかったんだ、って。
     「プロへの最短ルートは、プロになる奴に聞けばいい」。そんな短絡的かつ打算的な発想からヴィハーンに声を掛けた過去の俺も、けして間違えてはいなかったのだと、今ならそう思える。突き進んだ先でぶつかったのは、ひたすらにシビアなばかりの現実だったけれど。俺の求めた最短ルートなんてものはどこにも存在しなかったと、それを知れたことこそが、何より大きな収穫に他ならないのだった。前途洋々と誰もが信じた才能にだって、時には長い回り道が必要だったように——俺には俺だけの、辿るべきルートがどこかにあるはずなんだ。
    「サンダー、こっちこっち! すごく大きいのあったよー!」
     数メートル先、手招きして俺を呼ぶ男の元へと足早に駆け寄った。ねえこれ、トウイへのお土産にどうかな? サンダーが帰りに届けてあげるやつ。あ、テーブルにカゴ置いてきちゃった! 取りに行ってるあいだになくならないといいけど……。忙しなく移り変わる表情が、回り道の終盤を存分に楽しんでいることを物語っていた。
    「なあ、ヴィハーン」
     友人の名が、口から自然とこぼれる。一対一で過ごすのは最後になるかもしれないこの日、なにかを伝えておきたくて、けれどなにを言うべきかは漠然としたまま。——でもきっと、湿っぽい別れの言葉なんて俺たちには相応しくないだろ?
    「……次ん時はさ。お前が俺を案内してくれよ、インドのうまいもん食いに。どうだ?」
     まだ見ぬ未来へ向けた、精一杯の口約束。
     ヴィハーンはぱちくりとまばたきをしたあと、にかっと笑って言った。
    「もちろん! おやすいゴヨーってやつだね」
    「……いったいどこで覚えてくんだよ、そーゆー言い回し」
    「なに言ってるの、サンダーからに決まってるでしょ」
    「ああ? 俺か?」
    「そうだよ。ずっとそうだったでしょ、この何年も」
     ぱきり。小枝の散乱する土を踏んで、ヴィハーンが一歩前に出る。俺との距離をすっと詰める。
     ——右手の人差し指で、トンとひとつ。ヴィハーンは、俺の胸のあたりを軽く小突いてみせた。初めて出会った日、あの野外コートで、俺からストラグルを奪っていった瞬間を思い起こさせるように。あのときと変わらぬ、挑発的な瞳が俺を見据えていた。
    「————」
     ぽそりと一言、潜めた声を耳が捉える。インド訛りの英語だ。久々に聞くその発音が、理解を一拍遅らせた。——《待つよ、何年でも》。
     台詞の意味に思考が追いつくまでのあいだに、ヴィハーンはもう俺から離れたところを歩いていた。新たな獲物を求めて、頭上をきょろきょろ見渡している。軽い口約束を重たく塗り替えておきながら、その横顔はどこ吹く風といった様子だ。「なんかさ、向こうでよく食べてたフルーツが懐かしくなってきちゃったかも。帰ったらなに食べようかなあ」などと笑って、早くも帰国後のことに思いを馳せているらしい。こんな男に追いつこうだなんて、きっとひどく骨の折れる道のりが俺を待っているに違いない。——だとしても約束は約束だから、しっかり守ってやらねーとだよなあ。ヴィハーンがもし今日の会話を忘れてしまっていたら、その時はなにか美味いものでも奢らせることにしよう。手前勝手に目論みつつ、先を行く友人に並ぶべく、俺は歩みを速めた。
     秋は、さまざまなものを冠する季節だ。食欲、スポーツ、芸術、読書。そして、今年の俺たちにとっては——別れの秋。いつかふたたびの再会を果たす季節は、まだ遥か遠くに。
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    さめしば

    TRAINING付き合ってる冬駿のSS
    お題「黙れバカップルが」で書いた、井浦と山田の話。冬居はこの場に不在です。
    お題をお借りした診断メーカー→ https://shindanmaker.com/392860
    「そういえば俺、小耳に挟んじゃったんだけどさ。付き合ってるらしいじゃん、霞君とお前」
     都内のとあるビル、日本カバディ協会が間借りする一室にて。井浦慶は、ソファに並んで座る隣の男——山田駿に向け、ひとつの質問を投げ掛けた。
    「……ああ? そうだけど。それがどーしたよ、慶」
     山田はいかにも面倒臭そうに顔を歪め、しかし井浦の予想に反して、素直に事実を認めてみせた。
    「へえ。否定しないんだ」
    「してもしゃーねえだろ。こないだお前と会った時に話しちゃったって、冬居に聞いたからな」
     なるほど、とっくに情報共有済みだったか。からかって楽しんでやろうという魂胆でいた井浦は、やや残念に思った。
     二週間ほど前のことだ、選抜時代の元後輩——霞冬居に、外出先でばったり出くわしたのは。霞の様子にどことなく変化を感じ取った井浦は、「霞君、なんか雰囲気変わったね。もしかして彼女でもできた?」と尋ねてみたのだった。井浦にとっては会話の糸口に過ぎず、なにか新しいネタが手に入るなら一石二鳥。その程度の考えで振った一言に返ってきたのは、まさしく号外級のビッグニュースだった。——聞かされた瞬間の俺、たぶん二秒くらい硬直してたよな。あの時は思わず素が出るとこだった、危ない危ない。井浦は当時を思い返し、改めてひやりとした。素直でかわいい後輩の前では良き先輩の顔を貫けるよう、日頃から心掛けているというのに。
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    さめしば

    MOURNING※供養※ 灼カバワンドロワンライのお題「食欲の秋」で書き始めた作品ですが、タイムアップのため不参加とさせていただきました。ヴィハーンと山田が休日にお出掛けする話。⚠️大会後の動向など捏造要素あり
     しゃくっ。くし切りの梨を頬張って、きらきらと目を輝かせる男がひとり。
    「……うん、おいしー! すごくジューシーで甘くって……おれの知ってる梨とはずいぶんちがう!」
     開口一番、ヴィハーンの口から出た言葉はまっすぐな賞賛だった。「そりゃよかった」と一言返してから俺は、皮を剥き終えた丸ごとの梨にかぶりついた。せっかくの機会だ、普段はできない食べ方で楽しませてもらおう。あふれんばかりの果汁が、指の間から滴り落ちる。なるほどこれは、今まで食べたどの梨より美味い。もちろん、「屋外で味わう」という醍醐味も大いに影響しているのだろう。
     ——俺とヴィハーンはふたり、梨狩りに訪れていた。

     長かった夏の大会が幕を閉じ、三年生はみな引退し、そしてヴィハーンは帰国の準備を着々と進めていた十月下旬のある日——「帰る前になにか、日本のおいしいものを食べたい!」ヴィハーンから俺に、突然のリクエストが降って湧いたのだった。
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