たくさんお食べ、おおきな良い子ルノ+アマ
闘技場での激戦を越え、三日。アーマリアは自身が言う通りよく食べた。大鍋いっぱいに作ったスープを吸い込むように食べ、焼いたパンは端から消えていく……解放軍が備蓄していた食料は矢の如き速さでどんどん彼女の腹に収まっていった。だからクロエが「買い出しに行きましょう」と言い出した時、みんなは安堵した。解放軍の料理番と自称する彼女の手には、アーマリアの食べる量を計算にくわえた計画表があったからだ。
ところ変わって、バールバチモ。ルノーは街の真ん中で、さてどうしたものかと立ち尽くしていた。
クロエに連れていかれた荷物持ちのレックスやホドリック、クライブやアデルの他は皆好きなように街に消えていった。ギャメルとマンドランはセレストに髪飾りを買いに。リディエルはアレインとトラヴィスを引きずってクロエへのプレゼントを買うのだと息巻いていた。オーシュはセルヴィやヤーナに連れられて古書店の方へ、ロルフとリーザは魔術トリオの護衛だと後ろをついて行った。魔術を使うあの三人と、弓を使うロルフやリーザは日々の戦闘でもアシストに回ることが多いからか、近頃は仲が良い。先日はオーシュが鍋いっぱいに作った料理を全員で車座になり粛々と食べていた。セルヴィが言うには「一言では言い表せない味がする」らしい。美味いのか不味いのかすら、誰も口にしなかった。
グゥ〜……!
飯の事を考えていたからか、腹が雄叫びを上げた。あまりの音の大きさにルノーはさっと腹を抑える。グゥ……と更に音は続く。どうやら音の出処は自身の腹からではないらしい。
「ごめんね……アタイの腹の声……」
振り向くと、大きな身体を縮こませ、アーマリアが恥ずかしそうにしていた。
「アーマリア……。お前はモニカたちと服を買いに行くと言ってなかったか?」
「サイズが無かったんだよ……。腹も減ったし、何か食べようと抜けさせて貰ったんだけど、どの席も満席でさ」
満席で、と笑うアーマリアの片眉がへにゃりと下がった。街の人々が遠巻きにアーマリアを見ているところを見ると、彼女の巨体と見慣れぬ風貌に恐れをなした店員たちが角の立たないように入店を断ったのだろう。ルノーは小さくため息をつき、アーマリアに背を向ける。
「来い。私も小腹が空いたところだ。何か食わせてやろう」
「えっ!ほんと!」
ぴょん、とアーマリアの肩が跳ねる。と、同時に彼女の腹から大きな音がする。グゥ〜!まるで返事みたいに。
「……あっ」
「……」
「……小腹じゃ、そのぅ……すまないかも?」
「ふ、ふっふふ……ははは!」
「わ、笑わないでくれよ!」
「はは、すまない、はは!まさか腹まで返事をするとはな」
「仕方ないじゃないか……!」
「いや、元気で結構。良いだろう。お前とお前の腹が満足するまで食わせてやろう」
「……二言は無いね?」
宿屋の一階にある食堂は解放軍の馴染みの店で、昼日中からビールのジョッキをいっぺんに4つも運ぶ女将はアーマリアを見ても大して驚きはしなかった。
「はいよ!二名様ね。そこの窓際の隅が空いてるからそこで頼むよ!」
気風の良い声で案内された席は二人掛けの小さなテーブルで、アーマリアどころかルノーでさえ手狭な席だ。
「いや、女将。そちらの四人掛けで」
「おニイさん、混んでるのが見えない?二人は二人。それともアンタの尻は一人分の椅子に収まんないくらいデッカいってぇの!」
アーマリアが「なにを」と言いかけて、ルノーが制す。女将は悪い人ではないのだ、口が悪くて威勢が良いだけで、面倒見も良ければ話も通じる。
「私の尻は一人分で済む。が、空いた椅子にはテーブルに置ききれない料理を置く予定でね」
「大きい口叩くじゃないか!そんなら料理もがっぽがっぽ食ってくれそうだ。いいよ、そっちのデカい席に座んな、お大尽」
「ああ」
ルノーが肩をすくめてアーマリアに目線をおくると、アーマリアのほうはきょとんと目を丸くしていた。そのまま二人で騒がしい店内を進み、店の奥にある六人掛けに座る。
「さて、啖呵を切った手前お前にはせめてこのテーブル一枚分くらいは食って貰わんとな」
「いいの……?」
「何が良い?ここは揚げ物が美味いのだ。アーマリア、嫌いなものは?」
「えっと……ない……」
「お兄さん、何頼むの!」
「とりあえず、おすすめの品を適当に」
「山盛りね!」
「ああ、山盛りで」
アーマリアはルノーと女将が軽快にやり取りするのを見ながら、不思議そうにしている。ルノーは彼女の目線に気が付いて、女将が運んできたビールを差し出しながら聞いてみる。
「何か、気になるか」
「ええっと……あんたが解放軍にいる時より明るくて、びっくりしてる」
「ふふ、暗いか?いつもの私は」
「そういうんじゃないんだよ!……ただ、いつもオトナって感じしてるだろ。あんた……ルノーは貴族なんだって?それ聞いてさ、アタイ、確かになあって思ったんだよ。こういう大衆食堂よりお高いレストランでお上品に食べてそうっていうか」
「昨日、共にレックスの焼いたパンを食べたのに、か?」
「あのカチカチパン!アタイ歯が折れるかって思った!でも、クロエの作ったスープに浸して食うと美味かったねえ」
「レックスが喜んでいたな……あまり、甘やかさないでくれ」
会話が進むにつれ、アーマリアの顔色が明るくなっていく。街で出会った時は緊張からか表情も強ばっていたが、今では大口を開けて大笑いをし、身振り手振りを交えてルノーに解放軍に入ってからのあれこれを話してくれる。生来、明るい人なのだろう。ルノーは頷き、聞き続ける。やがて料理が運ばれてきた。注文通りどれも山盛りだ。山になったポテト、丘を思わせるオムライス、塔のように積まれたガレット……。
「美味いっ!本当だ!アタイこんなに美味しいポテトフライ、初めて食べた!ふっくらしてるのに外はカリッとしてて、ちっともべとべとしてない」
「そうか、もっと食べるのだ。ほら、これも」
「わ、わ……ふわふわで……熱……美味しい!」
山はあっというまに平野に変わった!女将が皿を持ってくるより早く、アーマリアは料理を腹に収めていく。それも粗雑に食べ散らかすのではなく、スプーンやパンを使って上手にソースの一滴すら残さず食べるものだから、女将も嬉しそうに「美味しいかい、そうかい!」と、他の客そっちのけで皿を持ってくる。
「はふ、はぐ……ん、ルノー……」
「どうした?」
「連れてきてくれて、ありがとう……へへ」
「……ああ」
アーマリアが皿の向こうで笑った。頬っぺたは薔薇色に染まって、少しだけ照れているようだった。