アデアレ 洗わば恋 ファソンの町を出る時に、町の娘たちが駆け寄ってアデルの手に包み紙を渡した。その頃のアレインとアデルの関係はまだクライブが繋いだ縁の先と先という仲で、アレインにとってアデルとは騎士の一人であり、自分の身内ではなくクライブの知己だった。
いつからだったろう?アデルの人となりを知り、馬の手綱を操る手腕に感服し、酔った彼の口から自分に対する想いを聞き……触れ合う機会が増える度、アレインの中でアデルという男はクライブの仲間ではなく、自分の親しい人、仲間、信頼出来る男とステップアップを遂げ、今では、とうとう、行き着くところまで行き着いた。好きな人、だ。
「あの包み紙の中身?ああ、あの子たちは小間物屋の娘さんたちで……花の香りのする石鹸ですよ。店で一番人気の品を、と見繕ってくれたそうです」
そうしてアレインは、出会いたてのアデルからしていた良い香りが、町娘たちの好意の香りと知ったのだ。今はもう、その石鹸は欠片も残っておらず、アデルの髪からも身体からも、クライブやロルフ、トラヴィスたちの使っている、解放軍で支給している石鹸の匂いだけがする。アレインの髪からも、身体からも、同じ匂いがする。同じ群れに属す、仲間の匂いだ。
アレインは、アデルに自分の香りを纏わせたかった。
「くすぐったくないですか?」
ハーブの香りのする石鹸を買い求めて贈ったその日から、アデルはその石鹸でアレインの足を洗う。
「……あぁ」
「そうですか。ちょっと力入れますよ」
たらいに水を張り、アレインの靴を脱がせて、まずは固く絞った布で軽く砂を拭き取る。アレインは椅子に座らされて、好きな人が自分の足を両手で包むのを見ている。布越しにアレインの足の指の間をアデルの指が這って擦る。「ん」と声が出るのを我慢して、今度はたらいの水に足を浸けられて、石鹸をこすって立てた泡を、今度は布越しではなくアデルの指がアレインの足先に塗りたくる。
「殿下、乗馬が上達しましたね」
「本当か」
「そりゃ、もう。ふふ、初めて乗った時の殿下ったら……片足あげたまま固まって可愛らしかったですね」
「言わない約束だろ、アデル」
「ふふ、すみません。だってあんな殿下の姿を見られたのが俺だけなんて、こんなに嬉しいこと、ないですから」
泡に隠れて、アデルの指はよく見えない。足先を見るアデルの顔も見えない。つむじだけが見える。ハーブの石鹸の香りだけがする。洗われる足が擽ったくて、足を優しく擦る指にドキドキして、アレインは今、恋を謳歌していた。
「……石鹸は、アデルにあげたものなのに」
「だから俺の一番大事なものを洗うのに使おうと思って」
アデルの手が、足首をさする。アレインはアデルの言葉の続きを待っている。涙が落ちて、アデルのつむじに落ちる。
「……殿下?」
アレインは、アデルに自分の香りを纏わせたかった。顔をあげたアデルの瞳には、アレインだけが映っている。
アレインは、アデルの特別になりたかった。アデルの口が、アレインを呼んでいる。
「アデル、もう一度言ってくれないか」
石鹸の香りがしている。