この道も天に続いてる 縁、というものを手繰り寄せてギャメルは報われてきた。妹の病気というこの世の終わりにも等しい絶望に打たれ、人の道を外れた自分のそばに居てくれた親友に支えられ、他人の悲鳴と怨嗟の泥に塗れて形を無くしていく最中に太陽のような王の行軍に救われて、セレストに出会った日、ギャメルは自分が今度こそ裁かれるのだと思った。グリフォンの羽ばたきの音は強く、迷いなく、空を駆けてギャメルに届き、その背に乗る女の子は天使のような風貌をしていた。だからギャメルは可愛らしい天使の口から自分の故郷の状況を聞いた時、王は許しても天はギャメルを許さなかったのだと……そう思った。
「急いで!まだ間に合う!」
だけれど、セレストはギャメルの手をひいて、ギャメルの人生の来た道を戻っていく。辿り着いた故郷で斧を奮って昔のギャメルによく似た「奪う者」をなぎ倒していく。病で痩せ細った妹の手を握り、「大丈夫ですよ」と微笑む。巻き戻して、やり直しているみたいだ、とギャメルは思った。自分が歩いた泥の道をセレストが歩き直すと花が咲く。ああ、そうだ。ギャメルはこう生きたかったのだ。妹の前で泣くのではなく笑って、彼女を救い、親友の弓を人でも神にでもなく、正しく獲物に向けて自分たちの明日の糧にするために使わせて、奇跡のように現れた清らかな王子様に罪ではなくおとぎ話を見せたかった。何より、何よりも、ギャメルはセレストにとって素敵な男の人として出会いたかった。朗らかで明るくて、優しくて、真っ直ぐで、心根の美しい青年として、セレストに出会いたかった……。
「ギャメルさん、どうしたんですか。具合、悪くなっちゃいました?」
は、と短く息をして白昼夢から覚めた。隣に座るセレストの心配そうな顔に、ギャメルは頬をかきながら「いや……」と曖昧な返事をする。セレストは眉を下げ、「無理しないでくださいね」と言いながら手に持った揚げ菓子の残りを口に放り込んだ。
「何回来ても、ドラケンガルドはあっついですねー」
ぱたぱたと手で仰ぎながら、セレストは少し嬉しそうだ。セレストが身動きする度に、日除けにと被った麻のフードの奥でちらちらと彼女の髪の金色が揺れて、ギャメルはまぶしい、と思う。ギラギラと肌をさす太陽の光よりもずっと、セレストの存在がギャメルを焼いている。
「……ギャメルさん」
唾を飲み込んだのか、それとも汗が垂れたのか……分からないままぼうっとするギャメルにセレストが再度話しかける。
「本当に無理、してないですか?」
「……あぁ」
「じゃあ、退屈してますか」
フードの奥で。金色の髪の奥で。セレストの青が揺れている。
「……してねえ」
「む……でもギャメルさん、ずっと……つまんなさそう、ですよ」
ギャメルの顔が、セレストに近付く。フードの端と端が重なって、一瞬、二人がひとつの布の中に一緒くたに入ったようになる。世界でふたりきり、みたいな。
「緊張してんだ、久しぶりにかわいい恋人とのデートだから」
ぼそりと呟いた口説き文句とともに吐息の熱がセレストに届く。ゆるゆると離れていく恋人の、したり顔にセレストは口をはくはくさせたまま、何も返せなくなっている。
ギャメルはセレストの顔が、暑さではなく自分の言葉で赤くなっていくのが嬉しい。彼女に好かれている、と感じるたびに泣きそうなほど、嬉しい。彼女を好きでいる毎日が、嬉しい……嬉しい、嬉しい……。
「ギャメルさん……」
「んー?」
「……私も、た、楽しみにしてたんです、からね、今日……」
ギャメルの汗が落ちる。額から、瞼の端を伝って、頬を撫でて落ちていく。涙のように、滑り落ちていく。
「……あぁ」
言葉は出なかった。そのための唇が、セレストに触れていたからだ。言葉は要らなかった。二人、見つめあっていたからだ。ギャメルは、聞けなかった。どうしても。
(俺でいいのか?)
と、その一言が、その一言だけがどうしても。
「……うれしい」
セレストの唇から零れた一言が、聞けない問いへの答えだった。
(俺で、いいのか)
今度は本当に、涙が頬を伝った。唇に残る熱よりも熱い、熱い、涙が溢れて止まらなくなった。
貴女に出会えたことを、誇りに思っているよ。