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    ナンデ

    @nanigawa43

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    何でも許せる人向け 雑食壁打ち

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    ナンデ

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    兄ド 出所後 田舎暮らしするふたり

    #兄ドブ
    olderBrother

    おにぎりの具は鮭、水筒には麦茶、スイカは玄関 真っ黒どころか白髪の混ざり始めた髪を撫でながら、大門が言う。
    「もう染めねえの」
     四十五を過ぎてようやっと社会復帰を果たした溝口恭平は、今や片田舎で農家の真似事をする毎日だ。
     出所後三十年ぶりに帰った実家では妹が九州に嫁に行き、年老いた両親しか残っていなかったので、ざわつく近所も何のその持ち前の図々しさで持ってして、元来押しに弱い両親を丸め込んだ。つまり溝口恭平は罪も罰も忘れてのどかにのうのうと暮らしているというわけである。
    「染めねえよぉ。こんな田舎で染めたら目立つじゃん」
    「いいだろ。もう目立ってんだろ。三十年ぶりの出戻り不良息子で前科者で男の恋人連れてきたホモ野郎だなんて田舎じゃ役満だろうがよ」
    「大門くん、田舎に対してキツいよねー」
     大門はTシャツにハーフパンツで、日傘を差して一日一回、ドブの作業を見にやってくる。朝早くの作業の時も、一日かけての草むしりや田植えの時も、大門が手伝うことは滅多にない。近所の老人が居候なのだからと苦言を呈しに時々やってくるが、大抵言いくるめられてすごすご帰っていく。
     両親たちはむしろ息子である恭平よりも、大門のほうを可愛がっている。突然前科者になって帰ってきたかつての可愛いやんちゃな恭平くんのことは未だ受け止められなくても、足腰を悪くした自分たちの世話を焼き、家事を嫌味ひとつ言わずにこなす赤の他人の堅志朗くんのほうが気楽に接せられるらしい。この塩梅は溝口にはよく分からない。
    「そうだ、戸田のじっさまがスイカ置いてった」
    「まじ?冷やしてくれてる?」
    「重いから玄関に置いてる」
    「なんでだよ、風呂に水張って冷やしておいてくれよ」
    「重いからやだ」
    「おーまーえーはー」
     大門がひょいとしゃがみ、座り込むドブと同じ目線になる。抱えてきた包みを開けて「アスパラの豚肉巻き」と言う。
    「アスパラ?」
    「おとうさんが食べたいって言うから」
    「アスパラ作ってるとこなんてこの辺あるか?」
    「ない」
    「買ったのかよ」
    「うん」
    「腐るほどナスとキュウリとトマトがあるのに?」
    「うん」
     言いながら、大門が手の甲で汗を拭う。それでも間に合わずにあごから流れた汗が弁当箱の中に落ちる。
    「あっ、きったね」
    「あーやべー」
    「だから首にタオル巻けって」
    「まあ、いいじゃん。汗なんかしょっちゅう舐めてるだろ」
    「おーまーえーさあー!」
     大門はにやにやしながら、アスパラの豚肉巻きをひとつつまんで、溝口の口に運ぶ。溝口は素直に口を開けてそれを受ける。甘めの照り焼きタレが焼けて少し香ばしい。アスパラも程よい歯ごたえが残っているし、豚肉も柔らかい。悔しいけれど、美味しい。
    「……もいっこ」
    「おら」
    「トマトじゃねえか、ちげーよ。肉!」
    「わがまま」
    「いいから!」
     くすくす笑って、今度は卵焼きを口に放りこむ。溝口は甘い卵焼きを噛みながら、大門を見ている。何度言っても日焼け止めを塗らないから、鼻の頭が赤くなっている。
    「もういいよ、俺自分で食うから」
    「いや、無理。箸忘れた」
    「はあ?またぁ?つーか取りに行ってくれよ」
    「やだ。暑いし」
    「はあ……」
     大門がポテトサラダを摘む。半固形の柔らかいポテトサラダは摘んだだけでは崩れて落ちる。溝口は慌てて顔を近づけて大門の指ごと食んだ。
    「おいし?」
    「うめえよ、ちくしょう」
    「ふうん、良かった」
    「はやく!つぎ!」
    「ん」
     順繰り、順繰り、大門がおかずを摘む。トマト、卵焼き、茹で枝豆、それからアスパラの豚肉巻き。
     溝口は身を乗り出して、大門の手から食べる。大門は座ったまま動きもせずにこにこと溝口を見ている。
    「おいし?」
    「うめえよ……」
     トマトの汁がこぼれないように、枝豆が落ちないように、卵焼きをがっついて、アスパラの豚肉巻きのタレを指ごと舐める。
    「ん」
    「ごっそさん」
    「はあい」
     弁当箱の中身が空になったら大門は家に帰る。溝口は大門が立ち上がるのを、名残惜しそうに見ている。汗で濡れた前髪が額にぺったり張り付いて、Tシャツもびしょびしょで、日傘の中でどしゃ降りの雨にあったみたいな大門を。
    「水分補給しろよ」
    「おう、あんがとな」
     ざり、ざりとサンダルが土を踏む音が大門の背中と共に遠ざかる。溝口は見ている。首にかけたタオルで汗を拭きながら、真っ白の、すそにフリルのついた溝口の母のお古の日傘が田舎道を進んで行くのを。
    「堅志朗!」
     叫んだら、日傘がくるりと回った。大門が不思議そうにこちらを振り向く。
    「スイカ!冷やしとけ!」
     大門はにやりと笑って、手をあげた。あげた手を仰々しく唇につけ、舐めてみせる。さっきまで溝口に弁当の中身を食わせていた人さし指を、中指を、親指を順繰りに舐めてみせる。べろりと舌をだし、アイスキャンディを食べるみたいに何度も何度も舐めしゃぶる。
    「絶対冷やさないわ、あいつ……」
     日傘がどんどん遠ざかる。ドブはため息をついて立ち上がった。まだまだ仕事はたんまりあるので。
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