バレンタインデーは、女の子が想いを寄せる男の子にチョコレートを贈る日……なんて定義付けされとったんは、今は昔の話やね。
義理チョコ、友チョコ、自分用……もはや男も女も関係あらへん。一月半ばあたりからチョコレート売場が活気づいて、なんやかんや雰囲気に乗せられてチョコレートを食べたくなってまう。そんな期間が当日の二月十四日まで続く。
お菓子メーカーと、その消費者達が総力を挙げて挑む、ある種の祭やね。
俺達アイドルも、バレンタインに絡めた曲をリリースしたり、お菓子メーカーのCMに出演したりと、世間を盛り上げるため、ひいては自分達を売り込むため、ありとあらゆる手法で便乗しやる。
『チョコレートを貰ったことはありますか?』『まぁ、そこそこですね(笑)』なんてやりとりは、何べんしたか数えきらん。ほんまはそない大した経験はあらへんくせに、若干盛って答えとるんは内緒やで。
そうは言うても、バレンタインに姉ちゃん以外からチョコレートを貰えたら手放しで喜んでまうし、ぶっちゃけ欲しい。欲しいもんは欲しい。なんならチョコレートやなくたって構へんわ。焼き菓子でも煎餅でも、柿の種でもええです。バレンタインのプレゼント募集中!ついでに恋人も募集中です! アイドルやから声高らかに宣言するわけにいかんけど、俺のスタンスはそんな感じやね。
超売れっ子アイドルの元には引っ越しトラック五台分ものチョコレートが届くっちゅう噂を耳にしたことがある。俺レベルじゃ流石に五台は無理やけど、軽トラ一台分くらいのチョコレートが届かへんかなぁ……なんて、甘い期待を抱いてみたり……。
♡
「ええー! 俺らチョコレート貰われへんのですか!?」
「今年度から食品の受け取りは全面的に禁止された。バレンタインデーであろうと例外ではないな」
「そんなぁ……」
軽トラ一台分……いや、段ボール一箱分でも構いません! バレンタインは毛利寿三郎! 毛利寿三郎にチョコレートを恵んでください! っちゅう願いは、事務所の規定によってあえなく砕け散った。
「なんでや……」
「……それほど落ち込むことか」
「今年こそめっちゃ貰えるかもって期待してました……俺、何のためにアイドルになったんやろ……」
「……」
ちょっと話を盛り過ぎた気ぃするけど、まぁええわ。がっくり項垂れて、ついでにシクシクと泣きべそをかく仕草をしてみせる。面倒見のええ先輩に慰めてほしいわぁ……と期待して見上げると、月光さんは呆れた顔でため息をついた。
「お前は、」
「なんです?」
「……いや」
月光さんはアイドルっちゅう職業に就いてはるわりに無表情で、考えを読み取るんが困難な時がようけある。今がまさにそうやね。無言で何か考える素振りを見せ、スタスタとレッスン室を出ていってもうた。
あららぁ、本格的に呆れられてもうたかも。
……まぁ、貰えへんもんはしゃーなしや。今年も姉ちゃんからのチョコレートだけで我慢しよかや。
♡
二月十四日を過ぎた途端チョコレートに支配された世界は一変、あちこちに桜モチーフが出現する。
俺達アイドルも例にならって、卒業シーズンに向けた曲をリリースしたり、学生服を着たブロマイドを撮影したりと忙しい。
月光さんは高校三年生やから、ほんまもんの卒業生やね。実際の制服はブレザーやけど、学ランの衣装も似合うわぁ……。
ふいに月光さんがこっちを見た。あ、目が合うたなぁ思ったらズカズカこっちに寄ってきた。なんやなんや、月光さんの方から俺に近寄ってくるやなんて珍しいこともあるもんや。
「月光さん? どないしたん」
「毛利、これを」
ずい、と目の前に差し出されたのは手の平サイズの紙袋。上品な質感のそれには、どこかで聞いたことのあるような名前が印刷されとる。
「ええと……これは?」
「お前が欲しがっていた物だ。差し支えなければ受け取ってほしい」
「俺が……?」
「事務所の所属タレント同士であれば、食品の受け渡しは禁止されていないからな」
「食品の……ええっ、もしかしてバレンタインのチョコレートですか!? っちゅうか、めっちゃ高そ……」
恐る恐る三十センチ上空を見上げると、月光さんは神妙な面持ちでこくりと頷いた。あかん、ほんまのほんまに高いやつや。
「……ホワイトデーは期待している」
「えっ!」
「ふ、冗談だ」
そんな風に笑う顔、初めて見るんやけど。なんや心臓バクバク言うとるし。チョコレートが嬉しいのは勿論なんやけど、たぶんきっと、それだけやのうて。
……はぁ。ホワイトデー、何倍にして返すべきやろか。