LiberiTabris 第1話 歴史より飯 「くそっ!一体どこから沸いてくるんだこいつら!」
「”父”は無事か!?」
「こっちはもう駄目だ!司法区まで撤退する!」
次々と遅いかかってくる、ヒトでも動物でもない”何か”。
飛び交う怒号と炸裂する魔法のなか、散っていく同期たち。
「軍事区の被害は」
「不明です!奴等が多すぎて、近づけません!」
それを聞くと同時に走り出す。
…あいつは研究棟にいたはずだ。間違いない。
「お、おい君!待ちなさい!」
制止の声すら振り切って、転移装置を起動する。
一人だろうとやってやる。いくら化け物といえ、この足には追い付けないだろう?
待ってろよ、オレの━━━━
~~~
ページをめくる。挿絵に描かれる俺たちは大抵翼の生えた、偉そうな姿。
中央で剣を掲げているやつなんて、5mくらいはありそうだ。いくらなんでも盛りすぎだと思う。
首もとに手をやると、金属的な冷たさを感じる。天使にあるのは光輪でも翼でもない。この銀の首輪だ。
「次の授業は…っと。魔法式か」
分厚い本を棚に戻し、図書室から出る。もう少し古書の匂いに包まれていたかったが仕方ない。既に始業時間ギリギリだった。
授業が行われるのは、学舎の高層階。一段飛ばしで階段をかけ登るが、教室へと急ぐ同期たちに次々抜かされていく。
あぁ、もう少しでいいから足が長かったらな…
窓の外を見ると、遥か下に中庭…そして小さく食堂が見える。次は4時限目だ。これが終われば昼食にありつけるだろう。
息が切れ始めてきた頃、凛とした鐘の音が響いた。同時に教室へ転がり込む。
「間に合ったな。お前たちが言うところの"ギリギリセーフ"だ」
ザムザキエルの言葉に、クラスで小さな笑いが起こる。やれやれ…といった様子で黒ぶち眼鏡をクイッと上げた。
彼が出席を取り終わると、言われるまでもなく全員起立する。
魔法に関する講義恒例の…
━━過去の大事件概要の暗唱だ。
何百回、何千回と読まされた部分。一言一句たりとも忘れたことはない。
『第2世代期は混乱の時代であった。
多くの子らが私欲に走った。いたずらに人間たちと契約を交わし、戦乱を起こした━━』
『数多の炎により、安寧の地は脅かされた━━━━』
俺たちは第7世代期に創られた天使。見習いという立場であり、まだまだ若手だ。もう少しで500歳くらいだったか?
研修期間が長いのも、かの事件のせいだと言われている。もしもこれが人間だったら、既に一人前になるどころか世代交代を何度か終えているはず。
隣のやつが欠伸をし始めた。教師の視線を感じたのか、口をモゴモゴと動かす。
第2世代期なんて、俺たちからしてもむかしむかしの物語。もはや伝説といっても過言ではないだろう。そもそも、資料だってほとんど残っちゃいない。
暗唱も終わり、盛り上がりを見せ始める魔法式談義。この授業はやけに自己主張の激しいのが多い…
喧嘩腰のやつもいるが、大きな騒ぎにはならなかった。
~~~
階段を降り、中庭へ出る。待ちかねた昼休みだ。始業前にあれだけ走ったせいか、腹と背中がくっつきそうになる。
視界に緑が広がった。石畳の廊下とは違い、なかなか自然豊かだ。中央の噴水付近も涼しそうだが……少々カップルが多くて近寄りがたい。
「アーザーゼールー!!」
手を振りながら巨人が駆け寄ってくる。長い手足、人の良さそうな青いタレ目、左右非対称の緑髪、そこから天を突かんばかりに伸びた黄メッシュ…推定で体長2メートルといったところか。
「お疲れ、サンダルフォン」
「聞いてくれよ!今日抜き打ちテストがさぁ!」
「分かった。分かったからちょっと離れ…」
笑顔だったかと思えば、次の瞬間には困り顔に。表情をコロコロ変えながら話すサンダルフォン。
俺の数少ない友達だ。親友といっても過言ではない。
出会ってからというものずっとこの調子だ。最初はやたら距離感を詰めてくるのに戸惑った…いや、今もか。
「まあいっか。飯行こうぜ!飯!」
「そうだな。今日は大量に仕入れたって噂だぜ」
「よっしゃ!オレ席とってくる!」
食堂へと駆け出したサンダルフォン。あっという間に見えなくなってしまった。
少しでいいから身長を分けてほしい。
「おい見ろよ、あのチビ」
ヒソヒソと話し声が聞こえてくる。いつものことだ。
天使の身体は、外見年齢が人間でいう20歳かそこらで成長が止まる。同期は既に止まっているやつらがほとんどだ。
一方、俺はまだ15歳にも満たないほど小柄で幼く見えるらしい。身長なんて153㎝だ。残念ながらもう長い間、伸びる気配すらない。
支給された服もサイズが合わないことが多々ある。まともに測ってあるのは天使御用達の黒いインナーと式典用の白いローブだけ…今着ているのだって、俺が手直ししたものだ。
迷惑な話だ。このせいで今まで散々馬鹿にされてきた。仮にも『"父"に仕える清き正しき存在』なんだろ?どこがだよ…
中庭のど真ん中で昼寝する同期をまたぎ、食堂へ向かう。
ふとまわりを見ると、走っているやつらばかり。そんなに急ぐ必要があるか?
「ねぇねぇ!あの人来てるって!」
「マジで!?」
黄色い声が聞こえる。天界でそこまでの人気者といえば、あいつしかいないだろう。
腹が鳴った。
~~~
人混みをかき分け、何とか本日の昼食を確保した。確かにこれではまともに席が取れそうにない。サンダルフォンに感謝だ。
今日のメニューはいつも通りパンだが…小耳にはさんだ通り、トッピングが多いな。思わず口角が上がってしまう。
調子に乗って結構な量を頂戴した。
人混みの塊が食堂に入ってきた。何故かこっちへ進んでくる。
人の波が割れ、出てきたのは長身で眉目秀麗の男。口元のほくろが色気を放っている。 加えて、天使には珍しい赤い髪だ。惹かれるのも無理はない。
━━そして何より、炎を閉じ込めたかのような赤い瞳。
あぁ、やっぱりお前か。
「ようメタトロン。今日も大所帯だな」
「今日も大盛況のようだな。お前たちを見つけるのに苦労したぞ」
「いや、そうじゃなくて…まあいいか」
メタトロンは、サンダルフォンの双子の兄貴。
成績優秀。誰がどう見ても整った顔立ち。温厚な性格。穏やかな雰囲気。気遣いも完璧…なもんで、紳士淑女問わず大人気だ。
こんな俺とも仲良くしてくれているのがその証拠。飽きないんだろうか。
「兄貴もいっしょに食ってかない?」
「もちろんだ。アザゼルも、いいか?」
サンダルフォン!お前な!!
周囲の視線に晒されるなか、俺は重い口を開いた。
「まあ…いいけど…」
さらに輝きを増す、メタトロンの笑顔。
まわりからの視線が痛い。羨望、嫉妬…こうなるから嫌だったんだ。
さっさと食事を済ませようとサンドイッチを頬張る。
「ごふっ!?」
「だ、大丈夫か?」
まずい…むせた。具を欲張ったのが仇になったか。
せっかくここ最近で一番の盛り合わせが出来たというのに…もったいない。
「ほら、水飲んで」
「……助かった…悪いな」
早速介抱されてしまった。これでは格好がつかない。
ふと、隣でつまらなそうな顔をしているサンダルフォンが目に入った。
「あーあ…しばらく行けてないなー、下界研修…」
ため息までついている。俺だって、行けるものなら行きたい。
下界…つまり地上に赴き、人間のことを学ぶという一大イベントだ。教育過程の一環であり、見習い卒業までに数回こなす必要がある。
確か前回は建築を中心に見てきたっけな…懐かしい。
「ここ20年は人間同士でドンパチやってるしな。飽きもせずによくやるもんだ」
「私も一度見てきたが…酷い有り様だったよ。未だ魔法そのものが禁忌とされている国もあると聞く。契約者の子孫たちは肩身が狭いだろうな…」
一部地域じゃメタトロンの言うように魔法そのものが忌避されていると聞く。軍事力に直結し得るものだからなおさらだ。
大抵の国は契約者の一族を引き入れ、国力増強を図っているらしい…どこ行っても利用されるのは気の毒だな。
「…すまない。食事中にする話ではなかったな。それはそうと、明日は久しぶりに″父″と会うんだ。寝坊するなよサンダルフォン」
「しないっての!ほんと心配症だなぁ兄貴は」
モーニングコールが必要か?とまで聞き出したメタトロン。さすがにサンダルフォンもうんざりするんじゃないかと思ったが、素直に依頼したようだ。
「それにしても何十年ぶりだ?全然見かけねぇし…引きこもりすぎだろ」
「父もお忙しいんだろう」
父……大天使長って、普段を何やってるんだろうか。壇上で仰々しく喋っている姿しか記憶にない。
「オレたちだって、宿題で忙がしいんだけどな!」
「…放課後見てやるよ」
「やったぜ!」
デカい手で頭をグリグリと撫でられる。セットした髪が崩れるのを感じたが、悪い気はしなかった。
「あっ、ヤバッ!ローブにミルクこぼしたままだった!ま、どうせ白だしバレないかな…」
爆弾発言をするサンダルフォンをよそに、次の教室へと歩きだす。
「もう行くのか?」
「あぁ。次、討論だから。チラッとでも資料に目を通しとこうと思ってな」
「いい心がけだ。では私も一緒に」
「大丈夫だ。弟の服のシミでも落としてやれよ」
「…そうだな」
名残惜しそうに食事を再開するメタトロン。ただサンドイッチを食っているだけなのにサマになっている。
……いや、何考えてんだ俺は。
振り向きたい気持ちを抑え、学舎へと歩を進めた。