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    himmel_dienacht

    @himmel_dienacht

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    himmel_dienacht

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    まどマギの設定のみパロの帝幻と乱数の話。元ネタは魔法少女ものですが本作では特に性転換や女装はなく「魔法少女(概念)」です。

    まどマギ知らない人向けの大雑把な設定メモ
    ・願い事を一つ叶える代わりに、敵(魔女)と戦う契約を結んでいるのが魔法少女
    ・魔法を使うために魔力がいるけど底をついたら魔法少女は死んでしまう。魔力の残りは契約している時に手に入れる宝石の濁り具合でわかる。回復アイテムは魔女が落とす

    桂冠詩人とフォルトゥーナ1
     素寒貧で公園に座り込んでいた時に、そいつは現れた。困っているのなら願いを叶えてやろうかという、小さな白い生き物が。
     戦いの運命を受け入れるなら何でも願いを叶えてやる、とそいつはいった。何と戦うんだ。そう問えば色々説明してくれたが、その内容は夢物語のようだった。世界を害する魔女だとか、何だかそういう話だ。幻太郎の小説の方がまだ地に足がついていると思えるくらいに、そいつの話は現実離れしていた。
     一通り話を聞いて――三割も理解できなかったが――、だけど俺は断った。
     誰かに与えられた幸運など、何が楽しいというのだろう。そういうものは自分でつかみ取ってこそだ。だからそんな奇跡に用はない、と言ったら、そいつはあっさりといなくなった。




    「何でも願いが叶う、ですか」
    冷房の効いた真夏の喫茶店で、アイスコーヒーをすすりながら、至極真面目な顔で幻太郎が繰り返した。空想を語る作家でありながら、その表情はどう見てもリアリストのそれだった。要するに、全く信じてもいないし興味もない、と顔に書いてあった。
    「どう考えても嘘だと思うけどよ、そんなことあるわけねえし。そもそもいきなり出てきてそんなこと言うとか、怪しすぎるだろ」
    「……同感ですね。どう考えても詐欺ですよ。そんな奇跡……手に入れない方がいい」
    「……幻太郎?」
     どうしてかその瞳に一瞬だけほのかな陰が差したような気がして、思わず声をかけた。だが暗い表情も一瞬だけで、すぐにいつもの顔で、
    「どうしました?」
     なんて微笑まれた。



    3.
     帰路に着くころにはすっかり夜になっていた。大都会とは思えないような静かな路地を歩きながら、隣を歩く彼がふと言った。
    「――月が綺麗ですね」
     見上げれば、眩しく輝く満月がそこにあった。市街地を離れたせいか、それはひどく明るく、目に沁みた。
    「そうだな」
    「…………」
    「な、何だよ」
     同意したというのに、それを口にした本人は何故か不満そうにこちらを睨んでいた。
    「帝統……あなた、もう少し本を読んだ方がいいですよ」
    「そんなもん、とうに質に入れちまった」
    「……なら、これを差し上げますから、読んでください」
     幻太郎はそう言って鞄から文庫本を出すと、俺の方に差し出してきた。タイトルは暗闇のせいで読めないが、きっと俺の知らないものだろう。本を読む習慣などなかったが、嫌だと言うとさらに隣人の機嫌が悪くなって面倒な気がしたので、素直に受け取っておくことにした。
     そういえば、あいつが明らかに機嫌を悪くするのは珍しいと気づいたのは、別れて一人で歩いている時だった。




    4
     その本を読もうと思った理由は特になかった。ふと、そういえば本を借りたのだったと思い出したからでしかない。流石に借りた本を売り払うなんてことはなく、ただ読まないで返すのも悪い気がしたから、ページをめくってみただけだ。
     内容は正直なところあまり頭に入ってこなかった。ただ、あるページで手が止まった。そこに記された文章は、いつか聞いた言葉だった。
    『月が綺麗ですね』
     そしてその本は言う。それはいつかの時代の、美しい翻訳なのだと。
     本当の意味は――

    『愛しています』

     それで全てが繋がった。あの唐突な言葉も。妙に機嫌が悪かったことも。この本をわざわざ渡したことも。
     成程あいつらしい告白ではある。それと同時に、もっとわかりやすく言えよ、なんて苦笑いしたくなった。それはもしかしたら、自分の鈍さに対しての苦笑だったのかもしれないけれど。
     とにかく今自分にしなければいけないのは、全てを理解したと伝えること。そして、詩的な言葉に包まれた愛に答えを返すこと。
     今あいつはどこにいるだろう。予想なんてつかないから、連絡しようと携帯を取った。持っていないと不便だからと、チームを組んだ時にあいつが買い与えてくれたものだ。決して質に入れるなと口うるさく言ってきただけでなく、ちゃんと俺の手元にあるか確かめるように、定期的に連絡をよこしてきたりもした。
     だがその端末は、俺が手にすると同時にけたたましく鳴った。俺が操作したわけではない。電話がかかってきたのだ。
    「……乱数?」
     めったに電話なんてかけてこない奴からの着信に、いぶかしげに呟いた。勿論誰だって、急に電話する理由ができることもあるだろう。ただこの時は嫌な予感がした。
     震える指で画面を操作する。遠い、何処ともしれない場所にいる相手の音声が耳に飛び込んできた。
    「もしもし、帝統? 幻太郎、そっちにいない?」
     いつものふざけた調子はなりを潜めて、深刻なトーンで尋ねてくる。
    「いや、いねえけど」
    「……今日さ、事務所に来てくれるって約束してたんだけど、まだ来てないんだよね。もう一時間以上も経つのに。電話も繋がらないしさ」
     あの幻太郎が、連絡もせずにそんなに遅れることがあるだろうか。乱数が真面目な声になるのもわかる。これはどう見てもおかしなことだ、と、すぐに理解できた。




     夢野幻太郎が消えた。その事実を理解して、反射的に道へ飛び出した。当てがあるわけでもなかったが、知っている場所を片っ端から回ろうと思った。
     そんな時にあいつはもう一度現れた。何でも願いを叶えると言った、あの変な生き物だ。そいつは前回同様無機質な表情で、淡々と俺の探し人がどこにいるかを知っているとだけ言った。
     それを耳にした瞬間に固まった。本当なのか、と三度問い直した。本当だとそいつは三度繰り返した。それで俺はそいつを信じると決めた。案内しろと言ったら文句ひとつなく案内してくれた。
     そして辿り着いたのは、いつか二人で歩いた路地だった。あの黄金の月を見た場所だ。ただしあの時と違うのは、ただならぬ気配が漂っていることだった。幽霊とかそういうものが見える性質ではない。それでも、そこは明らかにおかしいと思った。
     原因は「魔女」の所為だと、白い生き物が言った。そういえばそんな話を最初にしていたような気がする。確か、願いを叶える対価として、世界の裏側に潜むそれと戦わなければならないのだったか。フィクションにしか思えなかったその話が真実で、たった今自分がそれと向き合っているということは、その場の気配のせいで理解するしかなかった。
    「……ちょっと待て、それじゃあ、」
     路地には異様な気配だけで、人間の姿は見えない。それなのに足元にしゃがみ込んだこいつは、ここに幻太郎がいると言った。まさかこの怪異に飲まれてしまったのか。最悪の想像は言葉にならなかった。だが幸いなことに、それは違うと小さな動物は言った。ただし――代わりに、こう言ったのだ。この路地の中にある異界で、あいつは戦っているのだと。
    「……じゃあ、あいつも、いつか何かを願ったってのか」
     返るは肯定が一つ。それで全て合点がいった。何でも叶うなんて信じない方がいいと否定した、あの日の瞳。あれは全て知っていたからだ。代価として背負うものが、どんなに重たいかを。だってこの路地に立てばわかる。息もできないような重たい空気。これだけで背筋が凍るのに、そこに潜む怪物とやらは一体どんなものか。そもそも、武器を手に戦うなど久しくないこの国で――仮に武力の許された世界であっても、あいつのような作家が戦うなんてことはないのだろうけど――、そんな危険をおかすなど、どれだけ恐ろしいことか。
     考え続ける俺の隣で、小さな生き物が続けた。幻太郎が戻ってこないのは、出ることができないからだろうと。理由は流石にそいつでも知らなかった。可能性はいくつかある。閉じ込められたのか、結界の主が強すぎるのか、それとも――もう、生きてはいないのか。
     そんなことはない、と信じたかった。そんなことはありえない、と否定したかった。でも、路地に立ち尽くすだけではわからない。どうしたらいいんだ、と小さく呟くと、もしかしたら君が行けば結界から出られるかもしれないね、と言われた。
    「行くって、どうやって」
     だって俺にはあいつがいる世界の入口すら見えない。辿り着いたとしても、戦う力も助ける力も何もない。
     考えた時に、ただ一つだけ答えを見つけた。自分には選択肢があるではないか。何だって叶う奇跡が、一つだけこの手の中にある。
     幻太郎がもしこれを知ったら止めただろう。奇跡にすがって代価を背負うことに、いい顔をしないに決まっている。
     その通りだ。ただ一つの祈りの対価は未来と命なのだから。
     だけど嫌ではなかった。寧ろ、自分のために願うより、もっと清々しい気持ちだった。
    「あの時は断っちまったが――今、やっとお前に願うことが見つかった」
     これから背負う宿命は理解している。日常に帰れないこともわかっている。それでも、あいつも背負った代価だ。同じものを背負うのも悪くない気がする。それに、あいつからはたくさんのものを借りっぱなしだから、それを返せなくなるのは困る。本も愛も、手元にあるばかりじゃ何にもならないのだから。





     今、何時だろう。そんなことを考えている場合ではないのに、頭を過ったのは時間のことだった。
    (乱数、どうしていますかね……)
     会いに行くと約束したのに、道の途中でこの結界に行きあってしまった。約束までに片づけたかったが、こんな時に限って広大な結界で、深奥に潜んだ主は予想以上に強かった。
     自分はここまでなのだろうか、と、パステルカラーに塗りこめられた空を見た。勿論偽物の空だ。実際は結界の壁であり天井である。だがあまりに高い場所にあるので、こうやって地に倒れたまま仰げば、空のように見えるのだった。
     身体が重い。まだ少し動けはするだろうが、立ち上がれるようになる前に、魔女が自分をしとめるだろう。いつもなら傷も魔法で癒せるのに、そうする力さえ沸いてこない。首だけを動かして魔力の源たる宝石を見た。本来なら澄んだ藤色の筈なのに、今は暗く濁って、深い闇色に変わっていた。
     だから治療すらできないのか、と納得する。要するに魔力切れだ。この穢れを浄化するために必要なものはもう持っていない。あの魔女が落としていくかもしれないが、その為には今ここで傷を治して勝利しなければならないという状況だった。つまり全く打つ手がない。
     それなのに不思議と心は凪いでいる。穏やかな諦めを胸に、過去を振り返った。
     嘘の多い生涯だった。嘘ばかりと言ってもいい。物語という嘘を重ねて気付けば作家と呼ばれていた。ささやかな嘘を積んで本当の自分を隠した。そんな人生だった。
    (だけど、本当のことも、たくさん言いましたね)
     ここ最近の、真新しい記憶を呼び起こす。乱数に誘われてチーム入りしてからの日々は、これまでになく騒々しく、気を揉むことも多かったが、退屈はせず、寧ろ居心地がいいと思える時間だった。これまで幾重にも重ねた偽りのベールを、何処かに置いてきたような気さえした。
    (ああ、本当に楽しかった)
     過去を思う。仲間たちを想う。乱数には約束を破って悪いことをした。まだ事務所で待っているのだろうか。どうにも謝れそうにないのが、余計に申し訳なかった。
     それから、もう一人。乱数と同時期に知り合ってチームを組んだ青年。
    (本当に、好きだった)
     愛というものの温度を、彼のお陰でようやく知った。だから最後に言ったことが嘘になってしまうのを悪いと思った。最後に会った日の別れ際に言ったのだ。「それではまた」と。
     またの機会は訪れないだろう。だってこの命はどうやらここまでのようだから。数多の嘘を重ねた作家でありながら、こんな小さな嘘が、今までで一番胸を刺した。
     今となっては、遠回しな自分の告白が伝わらなかったことが幸いだったと思う。あの言葉が理解されていたなら、きっと今より胸が痛かったに違いない。
     これ以上未来に行けないのなら、想いは届かなくて構わない。残した愛が彼を傷付けるなら、こんなに慈しんだ感情ではあるけれど、泡と消えてくれた方がいい。
     代わりに今は彼の幸せを祈る。できるならば、最期まであなたを想ったこんな人間のことは忘れて、未来を生きて行ってほしい、なんて願った。そしてどうかその道行きに、美しいさいわいが降り積もりますように。「一生のお願い」は残念ながらもう使い果たして、すがれる奇跡はないけれど、それでも祈った。
     魔女がどうやらこちらを見つけたらしい。鈍い音を響かせて、巨躯が近づいてくるのがわかった。思考を巡らせるのもここまでか。
     覚悟した瞬間、こちらに向けて異形の腕が迫る。そして、さらにその一瞬後、魔女の巨体が彼方へ吹き飛んだ。
    「……え?」
     耳をふさぎたくなるほどの破壊音が響き、結界を飾っていた岩石が崩れ落ちた。さっきまで視界の中央にいた巨大な魔女の姿は何処かへ行っていた。代わりに誰かがそこに立っている。最初は砂煙に隠れてわからなかったが、それが晴れるや否や息を飲んだ。
    「……どうして、」
     目の前に現れた彼はよく知っている。有栖川帝統、同じチームに属する仲間であり、数日前に会ったばかりであり――つい今しがたまで、その姿を思い浮かべていた相手だ。
    「幻太郎! 生きてっか?!」
    「え? ええ、おかげさまで……」
     急な出来事に思考が回らない。これは決して満身創痍で思考力が欠如しているからではない。いるはずのない人間が目の前に現れたら誰だってそういう反応をするだろう。
    「良かった、間に合った」
     こちらの困惑などお構いなしに、帝統が手を差し出してきた。驚いてはいるが、いつまでもこんな場所に寝転がっているわけにもいかない。その手を掴んで、まだ痛みの消えない身体を起こした。
    「何でこんなところにいるんですか」
     ここは異界。世界の裏側。呪いと絶望が満ちる魔女の結界。そこにいていいのは魔女と、その反対の概念――希望を叶え、希望を背負った契約者だけ。だが彼はただの人間の筈だ。
     迷い込んだのだろうか、と、一つの可能性を考えた。たまに結界に取り込まれる人間がいるのだ。だがそれは違う、と、誰かが――有り体に言うなら、もう一人の自分がそう言った。そう、迷い込んだわけではない。だって彼は困惑さえしていないし、寧ろ全てを理解している。この非現実が何であるのかも、自分が何をするべきかも。それにたった今、彼が現れると同時に一撃を受けた魔女を見たではないか。状況証拠は十分で、結論はとうに出ている。すなわち彼もまた契約を交わした人間で、彼に助けてもらったのだ。
    「……どうして、契約なんて」
     思わず呟いていた。彼が既に話を持ち掛けられていたのは知っていた。それでも幸運は自分で得たいのだと断った、と、世間話のように報告してきた彼に、心底安心したのを覚えている。彼が持ちかけられた「奇跡」は、いつか自分が交わした契約と同じものだとすぐにわかったからだ。その代価として、こうやって戦う運命を背負うことも知っていたから、知っている相手に、それも誰より心を向けていた相手に、背負わせたくなどなかった。
    「あの白い奴から全部聞いた。お前がこの魔女? よくわかんねえけど、あんな奴と、こういう変な場所でずっと戦ってたってことも、もしかしたら今日死ぬかもしれないってことも」
    「……だから契約したんですか。ここに助けに来るために」
    「当たり前だろ。だってよ、これまで生きてきて、これ以上に奇跡が欲しいなんて思ったことはねえ」
     どれだけ賭けに負けても、どれだけツキが回ってこなくても、こんな奇跡に飛びつこうなんて思わない、と彼は言った。
    「だけど今日は別だ。……要するに、お前が死んだら困るんだよ」
    「……」
    「お前のよくわかんねえ芝居に付き合うのも、適当な嘘に振り回されるのも、乱数も一緒になってバカやんのも、今更だけど悪くなかったんだよ。まだ本も金も借りっぱなしだし……それに、もう一つ返してないものがある」
     だから死んだら困るんだ、というその瞳は、いつか奇跡にすがった自分のそれに似ている気がした。
    「それで契約した、と」
    「文句なら聞かねえからな。これは全部知ってて俺が決めたんだ」
     彼は迷いなく言い切った。
    「またお前と、いつもみてえに過ごすためなら――死んだって構わねえ」
     彼がそれを意識して言ったのかわからない。もしかしたらその意味を知っていたのかもしれないし、ただ純粋に、未来を得るための掛け金が命だという話なのかもしれない。けれどどちらだって、今の自分にとっては同じ意味だ。
    「……一応聞きますけど、それがあの日の回答だと受け取っても?」
    「最初に遠回しに言ったのはお前だろ」
     ここでやっと動揺したように声が揺らいだ。それと同時に、圧倒的な威圧感を感じ取る。どうやら結界の主がお怒りのようだ。そもそも自分たちが、戦場という場にしては長く落ち着きすぎていたのか。
     名残惜しいけれど、この時間は一度終わりだ。帝統がソレに向き直り、お前は無理すんな、と言い残して駆けだした。
    「ああ、少しばかり困りましたね」
     ここで終わってもいいと諦められたのに。最後の最後にこんなさいわいがあるのならば、ここで人生を結んでしまうのはもったいない。
    (もう少しだけなら、きっと)
     視線を向けた宝石は、暗くくすんでいたが、濁り切ったわけではない。もう幾らかなら戦うことができるだろう。そこから先は後で考えればいい。
     生きて、今日の月が見たい。できるのなら明日の星も、明後日の暁も、全部全部。祈ると同時に、昏い宝石が一瞬だけ、藤色に煌めいた気がした。

    (アイラブユーを聞くために)
    (明日も生きたいと祈るのさ!)





     意気込んで駆けだしたはいいが、「戦う」という行為は想像以上にきついものだった。契約したおかげか、身体能力は前より高くなっているように感じるが、それでも俺には経験がまるでない。こんなことなら普段からトレーニングしておくべきだった。
     幻太郎はもうほとんど戦えない。というより戦わせたくない。俺は医者でも何でもないが、あいつがもう限界だというのは、素人にだって一目でわかった。
     だから俺が戦うしかない。ここで勝つしかない。そのつもりで来たのだし、個人的な実感としては、今日この世界に飛び込んだばかりにしてはなかなかやれているような気がする。だが人ならざる結界の主は、尋常じゃないくらいにしぶとくて、その外装は鉄のように硬かった。
     せめてもう一撃、決定打が欲しい。そう思った瞬間だった。
    「帝統、そこどいて!」
     第三の声が――それも俺たちのよく知った声が、奇抜な空間に響いたかと思うと、真後ろから誰かが飛び出してきた。
     極彩色の異界の中では背景に溶けてしまいそうな、鮮やかな春色の髪。それを靡かせて、闖入者こと飴村乱数は手にした武器で、呪いの具現を薙ぎ払った。
     色々と理解が追いつかないが、こんな状況でも気になったのは、その武器と思しきものがいわゆる棒付きキャンディーの形をしていたことで、ああいう飴って凶器になるのか、なんてずれたことを考えてしまった。

    ***

     いつもなら定刻通りに来る筈の人は、今日は来なかった。ただの遅刻ならいいのだが、何だか妙に嫌な予感がした。だからと言って探す宛もなく、落ち着かない気持ちのまま一人事務所で座っていたら、そんな事情など構うものかと言わんばかりに魔女の気配が現れた。普段なら、何てタイミングだ、と煩わしく思ったことだろう。ただ今日に限っては、もしかしてこの非現実が、同じく非現実的な出来事と繋がっているのではないか、なんて予感があった。
     かくしてそれは正しかった。結界に飛び込んで最奥まで辿り着いてみれば、見知った姿がそこにあった。計算外だったのは、行方不明だった幻太郎だけでなくて帝統も一緒だったこと、そして二人とも結界に取り込まれた一般人ではなく、自分と同じ、結界を消すための役割を持ってここにいるということだった。
    (まさか全員同業だったとは)
     これは流石に予想していなかった。ひとまずは二人が無事だったことは幸いだった。しかし目の前にいる結界の主を何とかしないと安心はできない。そこらにいる有象無象よりは強いこの魔女を相手に、帝統は良くやっていると思うが、おそらく契約して間もないのだろう。まだ少し手に余るようだ。幻太郎はもう戦えない。あれ以上やらせれば、すぐに魔力が尽きるだろう。要するに長期戦になるのは不利でしかない。何としても二人を死なせてはならないのだから。
     攻撃がこちらに向かう。しかし一際大きな動きだったおかげで、躱してしまえば、一瞬で距離を詰められた。背後を取って武器を振りかぶる。
     二人は反対側にいるから姿が見えない。それは俺にとって幸いだった。何せ今は普段より気が立っているのだから、いつものような「飴村乱数」の顔は、うまくできないような気がしたからだ。
     自分が選んだ人間が、命の危機に瀕している。そんなの冗談じゃなかった。何のために自分が今日まで準備してきたというのだろう。この世界で生きていくために、この世界の頂点を目指すために、長い道を歩いてきた。そしていつかの未来のためにこの二人を選んだのだ。そんな二人をここで失ってなるものか。
    (――それに、もしかしたら、)
     打算的な願望の底に、硝子の粒のような想いが光っている気がして、すぐに思い違いだと目を瞑った。そう、全ては計算された未来のためであり――本当は三人でいるのが楽しかった、なんて、そんな感情はらしくない。
     ともかく、それがどこに根差しているとしても、心を濁らせる怒りだけは本物だ。だからその感情を思い切り、手にした武器ごと叩きつけた。
    「俺の未来を邪魔するなよ」
     固い外装が砕ける手ごたえがあった。そのまま人ならざる巨躯を両断する。俺が再び地面に降り立った時、それは爆ぜて小さな粒子になり、雪のように宙を舞った。
     ひとまずこれで難は逃れた。彼らが契約したことで、これから同じ心配を抱えていかなければならないが、自分が傍についていれば、単独で活動するよりリスクは減るだろう。これからは契約者の仲間としてもチームを組むべきだろうな、と考えた。
    「乱数、すげーじゃねえか!」
     帝統の称賛で、意識が「いつもの」自分に近づく。あれほど混沌としてた胸の中は、もう綺麗に晴れ渡っていた。
    「でしょー! 僕たちの勝利だね!」
     そうやって、子どものように笑って、ピースサインをする「僕」は、すっかり日常に戻ってきていた。




    8
     他人の匂いのするベッドは、ひどく不思議な気持ちだった。自分の家ではないという感覚と、人間にも匂いがあるのだという当たり前のことを思い知らされた感覚。それがどうにも不思議で、意識は何処かふわふわとしていた。
     ただし綿雲のように軽いのは意識だけで、反対に身体は重い。そんなわけで、他人の家にいる感覚をひしひしと感じながらも、乱数のベッドから起き上がることはできなかった。
    「はい、綺麗になったよー」
     ベッドの隣に置かれた椅子に座って、何やら作業をしていた家主がこちらに向き直る。そして手にした宝石を差し出した。夕日を反射するそれは、契約の証であり、命に等しい石だ。さっきまで黒く淀んでいたが、もう美しい輝きを取り戻している。
    「まだストックしてるからさ、どーしても足りなかったら言ってね」
     乱数はそう言いながら、机の引き出しを開けて、まだ手に持っていたものを放り込んだ。簪にも似た形をした、黒を基調にしたそれは魔女の種である。それと同時に、契約の宝石から穢れを取り除くものであり、魔力を維持するのに必須のものだった。魔女たちが時折落とすそれが重要だからこそ、契約者たちはこぞって魔女を狩る。それが戦う理由の全てではないが、生存のために魔女との戦いあ必然であることは事実だった。
    「それにしても驚いたよー。幻太郎も帝統も契約してたなんてさ。もっと早く知ってたら、違う意味でもチーム組めたのに」
    「帝統は今日契約したんですよ……助けにきてくれるために、わざわざ」
     その言葉が乱数にどう響いたのかはわからない。ただきっと、何処かに影があったのだろう。
     帝統は選択を欠片も悔いていない。だからそれを否定するつもりもないし、どうしてだと責めるつもりもない。
     ただ喉の奥が苦いのは、自分の弱さを悔いているからだ。自分が彼に契約のきっかけを与えてしまった。もし自分が今日、何事もなくあの魔女を狩れたなら、帝統はこちら側に来なかった。彼の未来を変えてしまった責任が、息を苦しくさせるのだ。
     その陰を、きっと乱数は見抜いていた。
    「ねえ幻太郎」
    「……?」
    「そんな顔しなくても、きっと大丈夫だよ」
    いつものような何処か幼い声で、いつもより少しだけ大人しく、彼はそう言った。
    「帝統は後悔なんかしてないよ。それに、どれだけ悔いても過去は変わらない。僕たちはこの命で、この人生を楽しまなきゃ」
    戦いの宿命は変わらないし、何も知らない生活には戻れない。起きたことは起きたままだし、今日の自分は変わらない。
    それでも人生は続くし明日は来る。それだけはただの人間だった時と変わらないから、楽しく生きなければ損だ、と乱数は笑った。
    「例えばさ、幻太郎が僕の事務所に遊びに来て、おやつだよーって急にドーナツもらったらどう思う?」
    「……? まあ、貰えるものなら嬉しいですが」
    「でしょ? 別に、何でドーナツには穴が空いてるのかなーとか、もし穴がなければもっと得したのに!とか悲しまないよね?」
    「そんなことしてどうするんですか……嘆くだけ無駄ですよ」
     唐突な例え話の意図が理解できないままに答える。最初からないものを嘆いたって手に入るわけがないのに、わざわざそれを求めたって仕方ない。
    「そ。それで、人生も一緒。何がないか、じゃなくて、あるものを喜んだ方が楽しいよ」
    辿り着けなかった未来ではなくて、これから生きていく時間を愛す。有限の時間を生きる人間には、なるほどその方が幸せだろう。
    「だから帝統のこともさ、責任感じるのもわかるけど、それ以上に一緒にこの人生を楽しみなよ」
    「一緒に……」
    「それに今、二人は最高にハッピーな筈だと思うけど? 気持ちも通じて、それに契約っていうすっごい秘密も共有してさ。世界で一番好きな人と、秘密も何も明かして生きていけるの、幸せだと思うけどなー」
    「な、乱数、それいつから……」
    「えー? 二人が両思いなの、ずっと前から知ってたよ?  だから帝統が契約した理由も成る程なーって思ったし。寧ろこの契約が愛の告白みたいなものだよね」
     本人以外に隠していた感情が、第三者にはばればれだった、という事実に、今度は違う理由で絶句する。頬に熱が上り、作家だというのに何の言葉も紡げない。
    そんな様子を見た乱数は「幻太郎面白ーい」なんて笑うのだった。そしてひとしきり笑い転げて、こちらが言葉をようやく取り戻した頃、乱数は「あっそうだちょっと買い物行ってくるねー」と言い残して部屋を出ていってしまったので、やり場のない感情だけが胸の中に残された。
    「まったく……というか、鍵閉めてくださいよ……」
     ベッドに横たわったまま、去っていく家主を見送ったが、音から察するにどうも玄関は開け放したままのようだ。室内にまだ人がいるからだとしても、無用心すぎる。ここはシブヤのど真ん中で、人の出入りも激しい街中なのだ。いつ誰が忍び込んでくるか知れたものではない。
    家主がやらないなら自分がやるしかない、と頭を持ち上げた。穢れを浄化してもらったお陰で、調子はここに来たときより大分良い。まだ身体の痛みは幾らかあるが、明日には治りきるだろう。
    「乱数ー、買ってきたぞー」
     だがベッドから起き上がるより先に、外に出ていた三人目が戻ってきた。
    「乱数は外に行きましたよ。ところで、玄関の鍵をお願いできますか」
     わかった、という返事のあと、施錠する音がした。
    「顔色、大分ましになってんな」
    「乱数のおかげですね。部屋で休ませてくれていることもそうですが、穢れの浄化までしてもらいました」
     綺麗な輝きを放つようになった宝石を見せれば、良かった、とひどく安堵した様子だった。
    「それじゃあこいつはもういらねえか」
     帝統がコンビニのビニール袋に入ったペットボトルを見ながら聞く。
    「いえ、一本もらいます」
     ここに来る途中、家には水くらいしかないと乱数が言うので、疲労に効きそうなものを買ってくる、と彼がコンビニに立ち寄って、残った二人で先に帰ったのだった。
     幾ら魔力で回復できるとはいえ、身体は人間のそれである。ありふれたスポーツドリンクであっても、ぼろぼろになった身体には十分効果があるような気がした。
     身体を起こして、一口それを煽る。それから蓋を閉めて真横に置かれたテーブルの上に立てた。
     怪我も魔力も大分回復したとはいえ、まだどこか疲労感が抜けなくて、もう一度ベッドに沈む。持ち主が帰ってくる前はお言葉に甘えて休ませてもらおうと思ったのだ。
    「帝統」
     夕日の中で、ベッドの中から部屋を振り仰いで、さっきは言えなかった言葉をようやく紡ぐ。
    「助けてくれてありがとうございます」
     途端に彼は、照れたように、あるいは信じられないとでも言いたいかのように困惑を見せた。
    「な、何だよ、改まって」
    「いえ、助けられたのだからお礼は言わないといけないでしょう」
    「別に好きでやったからいいんだよ、つーかそんな大したことしてねえし。……結局、勝てたのは乱数が来たからだしな」
    「そうだとしても、”大したこと”はしていますよ。だってあなたは今日のためだけに契約した」
     最初とは違って、もうその事実を悲観的にだけ捉えるつもりはない。嘆く代わりに前を向けと乱数は言った。だから自分も未来を見つめようと思い始めていた。けれどだからと言って、契約を交わすという思さが変わるわけではない。文字通りの「一生のお願い」をするわけだから、感謝するに決まっている。寧ろ、幾百もの言葉を積んでも、その代価には足りないのかもしれない。
     その重さを、帝統はどう思っているのだろうか。そこまで深刻に捉えていないのか、それとも理解してはいるが、彼にとっては納得できる重さなのか。とにかく、彼は何でもないことのように言うのだ。
    「だから契約のことは良いんだよ。つーかもう契約しちまったし、今から辞められるもんでもねえんだろ」
     いいんだ、と繰り返す彼の瞳には、後悔など欠片もなかった。
    「それより、こうやってまたお前と会えて良かった」
     過ぎたことよりも、行きついた結果を見つめていた彼は、語る言葉こそ違えども、乱数と同じものを見ているのだ、と気付いた。その瞬間、言葉にならない悲しみは、その清々しさですっかり溶けてしまった。
     そうだ、もう賽は投げられた。彼を契約させてしまった後悔も、自分を責める胸の痛みも、全て飲みこんで、その決断を受け入れよう。もう行くところまで行くしかないのだから。そしていつか辿り着く未来で笑えるように、日々の幸いを摘みながら、前へ進んでいく方が、何より素晴らしい時間の使い方なのだろうと思う。
     その思いは諦めと呼ぶにはあまりに輝かしくて、何と名付けるべきかわからなかった。
    「そうですか――それでは、同じですね」
     自分も同じように、生きながらえて日常に帰れたことが嬉しかった。そう伝えたら、決然とした表情が綻びて、花咲くように明るくなった。
    「…………正直、引き込んでしまった責任は感じていますよ」
     前を向けたからといって、その想いが消えたわけではない。寧ろ消してはならないだろう。例え直接何かをしたわけではなく、運命の巡り合わせだったとしても、この痛みを抱え続けたいと願う。
     だけど、それでもなお、思ってしまうのだ。
    「けれど――あなたにそれほどに想われていて嬉しいなんて思ってしまう。あなたと同じ秘密を抱えることを、同じ世界で生きることを、何処か嬉しくも思ってしまう。こんな運命でも、ともに精一杯生きたいと祈ってしまう。それを、赦してもらえませんか」
    「……? 赦すも何も、好きだっていうのはそういうことなんじゃねえの?」
    「………………あなた、本当に――」
     ほら、いつだって彼はそうだった。高尚な理論にも小難しい原理にも興味を持たないど、本当に大切なものはよく知っている。目には見えない真理の形を知っている。そしてそれを何の疑いもなくまっすぐに信じている。その純朴ともいえる純真さが眩しかった。月並みに言えば、好きだった。
    「本当に……何だよ?」
    「いいえ。そういうところがあなたらしいなと」
     きっと彼は最後まで知らない。それがいかに美しいことかを。それをあなたの恋人がいかに愛しているかを。
     彼がこの真実を知ることはないだろう。言うつもりがないのだから。
    「それじゃあ改めて。チームメンバーとして、同じ契約者として、そして恋人として――よろしくお願いしますね?」
    「お、おう」
     何だか改めて言われると恥ずかしいな、なんて、ちょっと視線を反らして言うものだから、
    「いえ、あなたの方が結構恥ずかしいこと言ってましたよ」
    「は?! いつの話だよ!」
    「……自覚なかったんですね。あと恥ずかしいと言えば、乱数にお互いの気持ち全部ばれてましたよ」
    「!?」
    「あなたの契約理由、愛の告白みたいだと言ってましたけど」
    「な……い、言われてみればそう見える……のか……?」
    「いいじゃないですか、実際そんな感じですし。言ったでしょう、それが嬉しかったと」
    「そうだけど、お前に言われるのと他人に言われるのだと違うだろ!」
     そんなやり取りを繰り返し、会話は段々普段の調子を取り戻してくる。いつしか契約の話などどこかに消えて、他愛ない話題に変わっていた。そしてそうこうするうちに玄関の呼び鈴が鳴った。どうやら家主が帰ってきたようだ。
     帝統がドアを開けに行って、それからすぐに「ただいまー!」と明るい声が響いてくる。
    「じゃーん! ケーキ買ってきたよー!」
     ベッドの置かれた部屋、つまりこの空間に入ってきた瞬間、乱数は半透明のお洒落な手提げを高く掲げた。透けて見える四角い箱は確かに洋菓子屋のそれだ。
    「急にどうしたんですか。何かお祝い事とでも?」
    「幻太郎、正解! これは契約者三人のチーム結成記念と、二人がくっついた記念です!」
    「ちょっと待て! え、俺たちいつチームで活動することになったんだよ!? つーか二つ目何だそれ!」
    「えー? テリトリーバトルだけじゃなくて、魔女退治も一緒にやれたらいいなーって思ってたんだけど……幻太郎もそれじゃダメ?」
    「それで構いませんよ……寧ろチームの方が何かと良いこともあるかもしれませんし」
     じゃあ決定ー! と、話は三人目の承認を得ないまままとまった。勿論その三人目だって、本心で嫌だったわけではないだろう。ただあまりに話が唐突過ぎただけだ。実際、なし崩し的に話がまとまると、反論することはなかった。
    「わかったよ、チームはそれでいい。だけどな、さっきも言ったけど二つ目は何なんだ!」
    「えー、だって二人とも両想いなのに全然進展ないからさー、どうなるのかなーってずっと思ってたんだよね。だから今日はやーっとハッピーエンドになった日かなって思ってさ。それとも帝統はケーキいらない?」
     その一言がいかに効果のあるものか、残念ながら誰もが良く知っていた。「すみませんでしたもらいます」と、驚くべき速さで意見を曲げて、ついでに言うと圧倒的な速さでフローリングに正座して三つ指を付く姿は、自分で惚れた相手ではあるものの、それでいいのだろうか、と思ってしまった。
     机上に箱が置かれる。食器が運ばれてくる。箱を開き、中に詰められた美しい洋菓子の種類を乱数が説明する。じきに「何でもいいから食おうぜ」なんて帝統が言い出して、スイーツに一家言ある乱数が唇を尖らせる。夕日の落ちる部屋で繰り広げられるのは見慣れた光景で、その日常性が今日はやたらと愛おしく思えた。
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    himmel_dienacht

    PASTまどマギの設定のみパロの帝幻と乱数の話。元ネタは魔法少女ものですが本作では特に性転換や女装はなく「魔法少女(概念)」です。

    まどマギ知らない人向けの大雑把な設定メモ
    ・願い事を一つ叶える代わりに、敵(魔女)と戦う契約を結んでいるのが魔法少女
    ・魔法を使うために魔力がいるけど底をついたら魔法少女は死んでしまう。魔力の残りは契約している時に手に入れる宝石の濁り具合でわかる。回復アイテムは魔女が落とす
    桂冠詩人とフォルトゥーナ1
     素寒貧で公園に座り込んでいた時に、そいつは現れた。困っているのなら願いを叶えてやろうかという、小さな白い生き物が。
     戦いの運命を受け入れるなら何でも願いを叶えてやる、とそいつはいった。何と戦うんだ。そう問えば色々説明してくれたが、その内容は夢物語のようだった。世界を害する魔女だとか、何だかそういう話だ。幻太郎の小説の方がまだ地に足がついていると思えるくらいに、そいつの話は現実離れしていた。
     一通り話を聞いて――三割も理解できなかったが――、だけど俺は断った。
     誰かに与えられた幸運など、何が楽しいというのだろう。そういうものは自分でつかみ取ってこそだ。だからそんな奇跡に用はない、と言ったら、そいつはあっさりといなくなった。
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