足ドンは最高であるね※足ドン
少しだけ未来if
モブの影があります
「あ、」
考えるよりも先に身体が動くのは、考えの足りない馬鹿がやることだと思っている。ここで注意したいのはそんな馬鹿が嫌いという訳では無いということ。だが、それはそうとして、自分がそういう人間だとは思っていなかったので、空閑遊真は戸惑っていた。自分を見上げている男、三雲修と見つめ合う。そして、二人とも何とも言えない表情をしていた。冷や汗を浮かべる修の顔の真隣には遊真の足がある。遊真は、帰宅した修の顔横の壁に蹴りを入れた。驚いて尻もちをついた修に釣られるよう、蹴り上げた足を位置を下げていったのだ。
ガツン!ズルズル、という音がした。その音だけがした。
「あーー……」
しまった。
遊真は思った。そんなことをするつもりではなかった。断じて違う。しかし、遊真の身体が自然と反応していた。
なぜか。
おそらく……浮気。
浮気である。
おそらくと言うから、確定じゃない。
でも、三雲修は浮気した。そんな予感がした。
血色がいつもよりいい、黒髪が少し湿気ている。でかけたときと服が違う。
何より遊真の野生の勘が告げていた。修の身になにかがあった、と。
オサムに限って浮気なんてそんな……
もし、そうだとしてもなにか事情が会ったんだろうし……
そう思った。だから、一旦は知らないフリをしよう。そう思おうとした。しかしそれよりも早く、遊真の足は修の顔横の壁に蹴りをいれていた。
遊真は戸惑う。修も戸惑っている。
遊真はどうやってことを納めようかと考えている。同居人の浮気について、どうでもいいということはない。しかし、こうも、脊髄反射的に修に怒りを向ける形になっていることに困っているのだ。
一方、修は冷や汗を浮かべながら、遊真を見上げている。修は自分がやらかした自覚があった。しかし、遊真がここまで瞬間的に怒っていることに戸惑っていた。帰った途端、室内に風が吹いた。自分に向かって。気がつけば下衆でも見るような目と、首の骨を折らんとする足が迫ってきた。今でこそ困り顔で自分を見ているが、あの一瞬に空閑遊真の本音が見えた気がした。
これは、バレてる……
一般的に浮気と呼ばれかねないものをした自覚はあるし、悪いことだとは思っているのだけれど、必要だったし、そのくらいで別れることはないだろうという信頼があった。出会ったばかりの幼い頃であれば別れるようなことも、今は理由にならない。筈なのだが……もしも、今見た本音が空閑の本心なら、自分はとんでもないことをやらかしたのか……
これは、許してもらえるんだろうか……
弁解くらいはさせてもらえるんだろうか……
珍しく心配の冷や汗が背中を流れた。
遊真からの沙汰を待つ。
「オサムが、傷付いてないなら、それでいい……」
「……苦々しすぎるだろ」
十数秒の後。あまりに嫌そうな声と表情に、修は正直な感想が出た。
重たいよなとか、面倒くさいよなとか、ボソボソ言いつつ遊真は肩を落とす。最終的に、さらに嫌そうに誰に言うでもなく呟く。
「ダメだイライラする……」
「そう、なのか」
「なんかこう、オサムに色気があるのが駄目だ。それをおれ以外が引き出したのがもう、無理」
「そう、なのか……」
そのくらい大丈夫かと思っていた、という言葉はそっと胸にしまう。幸いにして、弁解出来る範囲内の事件だ。少なくとも修は、そう思っている。修は。
「怖がらせたな。わるい、オサム」
「大丈夫だ」
遊真から差し伸べられた手を取り、身体を起こした。遊真は頭をかいて、この話は終わったという気配を出している。しかし、反対に、修の頭の中には開始のゴングが鳴った。
「頭を冷やしてくる……」
「待て、空閑。話をしよう」
「いや、おれが悪いから」
「いや、違うだろ」
掴んだ手を、強く握る。
苦虫を噛み潰したような顔の遊真を見据える。
このあと、話し合いという名の価値観の違い大暴露大会が行われ、空閑遊真が怒り100%で大暴れするのはまた別の話である。
■■
二人の話し合いという名の取っ組み合いが終わったあと……
結果的に修がやっていたことは、ナンパされていた女性を助けて、ナンパ男から乱暴されそうになったところを、先ほど助けた女性が泥水を撒いたことで切り抜け、泥水を被せたお詫びに彼女の家でシャワーを浴び、そのあと、お礼にと肉体的なお誘いを受け、服が洗濯中の中なんとか女性を説得して帰ってきたというものだった。
ところどころぼかされた部分はあるが、そこを突くほど遊真も阿呆ではないので「ふーん……」と唇を尖らせるに留めた。
チャプン、と柔らかい水音が響く。湯気でうっすらと視界は白んでいる。風呂の湯船で向かい合う。修の頬を足の親指で突く。修はそれを手に取ると、軽くキスを落とした。「悪かったよ」と。
「これでも、頑張って帰ってきたんだ」
「だろうな。オサムがぱっくり食べられてなくて何より」
「悪かった。ぼくがそういう目で見られるって言うのが、まだ、よくわからなくて」
不良にズボンを下ろされたときもびっくりしたな……という言葉を聞いて遊真はまた青筋を立てる。そして、そんな遊真の足を自分の肩へと置き、甲に自ら頬を寄せた。柔らかく微笑まれると、言いにくくてたまらない。修は風呂の脇に置かれた眼鏡をかけると、遊真をまっすぐに見つめた。一見堅物そうに見えるが、その奥、皮を一枚めくったあたりに隠しきれない色気が香る。
年齢に見合わない経験値を感じさせるそれは、遊真のせいだ。
いつ自分が死ぬかという不安を掻き消すために、修に託し、与え、育てたものたちがそれを生み出したというのは事実、しかしいくらなんでも育ち過ぎだ。極上の男が出来上がってしまった。
こういうのを沼っていうんだと、先日同僚に教えてもらった。
「オサム……」
「んん?」
眼鏡の位置を調整する修に向かって手を伸ばすと首を傾げながらも手を差し出される。色気と純粋さにめまいがしそうだった。人差し指の平べったい爪にカリと歯を立てると、ふっと息だけの笑みを返される。遊真の白髮をかき分けて、現れた耳のたぶを親指と人差指で撫でられた。
ゾクリと背筋が粟立つ。
「悪かったよ、お詫びになんでもする」
「……そういうのおれ以外に言ったらダメだからな……いや、おれにもダメだ」
「じゃあ、言う人いなくなるよ」
誰にも言わなくていい。安売りするな。
そんな気持ちを込めて、遊真は修の唇を奪いにいく。それを驚きながらも受け入れる修の首に、ほんの小さなキスマークを見つけてしまって、遊真は今度は風呂場の壁に修を縫い付けることになるのだった。
■■
足ドンありがとう。壁ドンも好き。