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    yukinonemuri

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    アズnot監。監督生♀に片思いしていたアズールが××年後に監督生の娘ちゃんをオークションで競り落とす話の続き。

    生理事件 故郷の日本で父を亡くし、その葬儀のあとで事故にあった私が色々あって異世界でアズール・アーシェングロッドという青年の養女になってから三日ほど経った。青年というか、見た目は青年というか、人魚としてはまだ青年というか。なかなか説明が難しいのでそこは割愛する。

    「そろそろ引っ越しましょうか」
     夕食のあとの、リビングで紅茶を飲んでいると、アズールさんがそんなことを言い出した。
    「……引っ越し?」
    「これからあなたの持ち物も増えますし、ここは人間には何かと不便ですから」
     首を傾げる私に、もともとそのつもりだったらしいアズールさんはしれっと答える。持ち物はわたしが増やしているのではないけれど、この世界に定住するのだから必要なものは揃えるべきだろう。
    「ではやはり輝石の国の家に?」
     驚いた様子もなくジェイドさんがそう言った。もしかすると三人の間では既に出ていた話なのかもしれない。ジェイドさんの問いにアズールさんは小さく頷いた。
    「……そうですね。会社に近いですから、とりあえずは」
     輝石の国。当然ながら私には聞き覚えのない国名だ。ちなみにここは珊瑚の海と呼ばれているらしい。慣れないカタカナの国名よりは親しみやすくていいなと思っている。
    「ええっと……わざわざ私のために引っ越しするのなら、別にこのままでもかまいませんけど」
     海の中の家というのは確かに私にとっては馴染みがないし、不便といえば不便だ。けれどそれが彼らにとって普通だというのなら慣れるのは私のほうであって、わざわざアズールさんたちの手をわずらわせることもない。
    「引っ越しといっても拠点を変えるだけで、もともと輝石の国には僕らの家があります。最初はそちらに連れて行くつもりだったんですが」
     もしかして最初の夜に陸の家と言っていたところのことだろうか。アズールさんたちが追い払ってくれたという変態な人とカーチェイスを繰り広げたあの時の。
     なるほど、既に彼らが使っている家に拠点を変えるというのならそれほど大袈裟な話ではないし、お金がかかることもない。
     ……それにしても。
    「あの……もしかしてお家をいくつも持ってるんですか……?」
     こんな小娘を競り落とすために一千万というお金をキャッシュで支払い、かつ経営者をしているらしく、海だけではなく陸にも家がある。聞けば聞くほど、もしかしてもしかしなくてとアズールさんはお金持ちなのでは……?
    「いくつもというほどではありませんよ。僕の名義の家はこことそちらだけです」
    「それ以外にも僕やフロイド名義のものもありますが」
     ……つまり最低でも四か所あるということでいいんだろうか。うん、なかなか庶民育ちには想像のできない世界だ。
    「輝石の国は多様な種族が住む比較的大きな国ですから、人魚が養父の人間がいてもそう悪目立ちはしないでしょう」
    「……そうなんですか」
     細やかなところまで考えてくれているんだな、と思う。確かに考えてみれば種族も違う独身男性の養女というのは奇妙な組み合わせかもしれない。保守的な考えのところでは奇異な目で見られるだろう。
    「生活が落ち着いたら、徐々にこちらの世界の一般常識も勉強しましょうね」
     ティーカップにお代わりの紅茶を注ぎながらにこりとジェイドさんが笑う。私がこの世界で生きていくためにはそもそも根本的な知識が足りていない。
    「そういえばさ、子エビちゃん、ガッコーどうすんの?」
    「今が三月の終わり、スクールが始まるのは九月ですからそれまでに一般常識を詰め込めば今年のうちに入学できるのでは?」
    「そうですね、それが理想かと」
     三人がそれぞれそれなら学校選びは早めにしておかなければ、どの学校がいいかなどと話し始めて、私は置いてけぼりを食らう。……思った以上に私の今後を考えてくれているらしい。


     ちょっとお手洗いに、とリビングから出る。男の人たちに囲まれ、最初はお手洗いに行くことにも少し恥じらいがあったが今ではあまり気にしていない。気にしていたら生活できないし。まるでホテルかのようにそれぞれの部屋にバスルームとトイレが完備されているので、それほど不便がなかったのも慣れた理由のひとつだろう。
     トイレに行くまでの間に、下腹部の鈍い痛みを感じて、まさかと冷や汗が流れる。
     馴染みのある痛みだ。毎月毎月このやろうと思いながらも共存するしかないその痛みは、この世界に来てから初めてである。
     元の世界でのお父さんの葬儀やこの世界に来てからのあれこれで、周期なんてどうだったか覚えていない。そもそも時間経過が元の世界と同じかも怪しい。
     トイレのなかで確認を終えると私は困り果てた。
    「……生理用品、揃えてない……」
     ナプキンを通販で買うという考えはさっぱりなかった。スーパーやドラッグストアで買えば済むものだ。わざわざ通販で手に入れるようなものだという認識がなく、かつ生理という毎月当たり前にやってきたものを思い出す余裕が今までなかった。
    「応急処置をして買いに……いやダメだ……」
     靴がない。そう、私はまだ靴を買ってないのだ。
     これこそ通販でいいじゃないかと思ったが、サイズの表記が日本で馴染みあるセンチではなかった。私はこの海の家からほとんど出ないし、まだいいかと先延ばしにしていたツケがここでまわってきた。
     え? どうするこれ? どうすればいいんだろう?
     生理のための準備は皆無。サニタリーショーツすら買ってない。私の下着は三枚セットの安いやつらしかいないのだ。
     じわじわとお腹も痛くなってくる。いつも初日が一番きつい。鎮痛剤もできれば欲しいところだ。必要なものは全部ドラッグストアで揃うのに、そこに行くまでにいくつも問題がある。
    相談するにも三人は男の人だ。私は初潮のときすら父には相談せず、知り合いのお姉さんから事前に聞いていてあれこれを準備して冷静に対処したような人間である。なんて話せばいいのかまったくわからない。
     このままトイレにこもるわけにもいかないけど、解決策がまったく浮かばない。どうするにせよ、アズールさんたちには説明しなければナプキンを買いにも行けない。
    「子エビちゃーん? だいじょうぶ? 具合悪い?」
     フロイドさんの声がして、私はびくっと肩を震わせた。そりゃトイレから戻ってこなかったら心配するだろう。
    「え、えっと……」
     扉越しに私は口籠もった。
    「お、お腹痛くて……」
     嘘ではない。むしろじわじわと痛みは増してきている。
    「え、動けないくらい痛てぇの? アズールに薬作ってもらう?」
    「動けないというか……動くとちょっとまずいというか……」
     アズールさんって薬作れるのか……そういえば水中呼吸薬はアズールさんが作ったんだっけ? 普通の鎮痛剤もそういうくくりなんだろうか。
    「動くとまずいって……あ?」
     扉の向こうでフロイドさんが首を傾げているのが目に浮かぶ。いや素直に白状しろって話なんだけど、生理が始まっちゃってと言って通じる? まずいことになってるんだってわかってもらえる?
    「……子エビちゃん、もしかして生理?」
     さっきまでより小さめの声で問われる。「へっ!?」と思わず声が裏返った。
    「え、いや、なんで……」
    「ちょっとだけ血の匂いすっし。あー……なんか部屋からとってくる? 場所教えてくれればとってくるけど」
     フロイドさんが察しがいい上に親切すぎて心が痛い。すみませんなんの準備もしてなかったんです……。
    「いや、あの、それが……」
     恥ずかしさに耐えながら私は素直に白状した。

     ひとまずトイレでは身体が冷えるからとタオルやら何やらで応急処置をしてリビングに戻る。既にジェイドさんやアズールさんにも事情が伝わっていていたたまれなかった。
    「速達の通販で揃えます?」
    「それでも数時間はかかるでしょう? ドラッグストアに行ったほうが早いのでは?」
    「でも子エビちゃん、靴ないし。オレらの靴貸してもいいけどさぁ…」
    「……サイズの合わない靴を履いて男の人に付き添われて生理用品一式買いに来た十代の女の子って傍から見るとかなり事件性ありそうですね」
     想像してみてもかなりやばい。この人は父親なんです養父なんですと言っても、実際の見た目は二十代の青年と十代の少女だ。誰も信じないだろう。
    「間違いなく通報されますね」
     ため息と一緒にアズールさんが呟く。
     これはやはり、数時間待つとしても通販するほうがいいんだろう。既に検索済みの品をタブレットで眺めながら思う。……日用品すぎるものだからか、通販での価格が微妙に高い。ドラッグストアならたぶんもっと安いのになと元の世界での主婦魂が疼いた。
    「このまま話していても仕方ありませんね。買ってきます」
     すくっと立ち上がったのはジェイドさんだった。
    「え、あの、ジェイドさんが?」
    「ええ。それが一番早く、確実でしょう? 使用するものにこだわりなどあるなら教えていただけますか」
    「いやあの使えるならなんでもいいですけど……え、本気ですか」
     男の人が生理用品を買うってかなりハードル高いと思うんですが。ジェイドさんはにこりと笑って私の問いには答えない。
    「すぐに戻ります」
     と言って鏡をくぐっていってしまった。
    「えっあの、いいんですか……?」
    「いんじゃね? ジェイドが自分で買いに行ったんだし」
     それより子エビちゃんだいじょーぶ? とフロイドさんはけろりとした顔でジェイドさんの心配はしていないようだった。


     それから一時間もしないうちにジェイドさんは帰ってきた。
    「ただいま戻りました」
    「おかえり~」
     ソファの上でじわじわと増してきた生理痛に耐えながら横になっていた私はその声に慌てて起き上がる。いつの間にかお腹にかけられていたブランケットがはらりと落ちた。
    「必要なものは一式揃っているはずなので、問題ないかと思いますが足りなければおっしゃってください」
    「あ、ありがとうございます……!」
     袋のまま受け取って、私はトイレに駆け込む。ひとまず応急処置を正しい処置にしなければ落ち着かない。
     中にはしっかりとサニタリーショーツと昼用と夜用のナプキンが入っていた。昼用は多い日用と普通の日用の二種類入っている細やかだ。
    無事に一息ついて、荷物は自分の部屋に置いてからリビングに戻る。薬を調合するために席を外していたアズールさんも戻っていた。
    「問題ありませんでしたか?」
    「むしろ完璧すぎるくらいでした……よくわかりましたね?」
    「ああ、簡単なことですよ」
     ソファに腰を下ろしながら私は首を傾げる。
    アズールさんがブランケットを私の膝にかけて、テーブルに小さな小瓶と飲み物を並べた。
    「『泊まりに来た恋人が急に生理になってしまったんですが、何の準備もないで困っています、手を貸していただけませんか?』と店員の方に声をかけて揃えていただきました」
     親切にご協力いただけましたよ、とジェイドさんは笑っている。
    「わぁ……」
     とてもスマートなやり方だ。こういうのは堂々としたほうが怪しくないんだなと思ってしまった。こんなイケメンが恋人のためと恥ずかしそうにそんなことを言ってきたらあれこれと手を貸したくもなる。
    「鎮痛剤はアズールが用意するだろうと思ったので購入しませんでした」
    「……市販薬は魔力がない人間も使うものですし、問題ないかとは思いますけどね」
     とはいえ私はもともとこの世界の人間ではないわけで。市販薬とはいえ不用意に薬を飲むのはちょっと抵抗がある。
     ……アズールさんが作ったものならいいのかと言われると、いや薬なら同じだろうとは自分でも思うけど、水中呼吸薬を既に飲んだことがあるし今更だしと言い訳する。
    「小瓶の薬を一滴飲み物に混ぜて飲んでください」
     こんな風に、とアズールさんが実践する。
    「それでもまだ痛むなら、魔法で緩和させますから」
    「魔法ってそんなこともできるんですね」
     薬の入ったカップを渡され、素直に飲む。ちょっと癖がある気はするけど、薬入りという感じがあまりない。
    「今度知人の医師のところへいって一通り検査しておきましょう。あなたの事情にも理解ある方ですから」
    「はぁい」
     見た目は同じでも身体の作りが完全に同じとは限らない。元の世界にはなかった魔法なんてあるんだから、軽率に楽観視するのは危険だろう。
     ……お母さんのときはどうしたんだろうなと思う。当時は学生だったアズールさんたちも詳しくは知らないだろう。特別親しかったわけでもないようだし。


     薬はそれなりによく効いていた。
     昼頃に一度飲んで、夕食の後にもう一度。一日に三回までしか使ってはいけないとアズールさんからはきつく言いつけられた。水中呼吸薬を無断で使った前科があるので仕方ない。
     眠りについてからしばらく。腹部の痛みで目が覚める。あ、痛い。これはたぶん薬がきれたんじゃないかという痛みだ。
     飲んでいいだろうか、いやダメだろうか、そもそも飲むためには飲み物が必要なわけで、ベッドのそばにはそんなものはない。
    「いっ……たぁ……」
     ぼんやりとした睡魔はまだすぐそばにいる。痛みに耐えてこのまままた一度眠ってしまえば朝になるはずだ。寝てしまえ、寝てしまえと自分に言い聞かせる。
     腹痛と、なかからどろりと流れ落ちる感触は何度体験しても不快だ。身体を丸めてぎゅっと目を瞑る。
    「……まったく、こういう時は素直に呼べばいいんですよ」
     暗がりのなかでそんな声がした。
     え、と目を開けると同時に魔法みたいに痛みが消える。
    「アズ、」
     名前を呼ぶ前に目の前を手のひらが覆う。
    「まだ朝ではありませんよ。寝てなさい」
     その声のあとに、ぼんやりとしていたはずの睡魔が急速にやってくる。手のひらが離れていくのと比例して、私はずるずると夢の中へと落ちていった。
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