ハッピーハロウィン!「トリックオアトリート、ユーリス」
「…………」
担任教師がにっこりと笑って自分の前に立つので、ユーリスは頭痛を覚え、片手で頭を押さえた。黒っぽい、少し気取ったような装いは、およそユーリスの記憶の中にある彼の様子とは違って見えた。平素の彼は……まあその「平素の」ベレトもここアスクにいることはいるのだが、傭兵らしい、ごく平凡な装備を身に纏っていたはずだ。
あと、その決まり文句を言いながら自分に砂糖菓子を渡してくるのは、何かが違う気がする。異界の祭りの扮装らしいが、『トリックオアトリート』と言われた方がお菓子を渡すのだと、そう召喚師には説明されたはずだ。
「あんたが俺に菓子をくれてどうするんだよ、先生」
「いいんだ、だってきみはこういう菓子が好きだったろう」
ふんわりと微笑まれ、ウッと怯んでしまった。自分が元いた世界の彼も、知らない場所でこんな風に笑っていたのだろうか?少なくともユーリスは、こんな顔、見たこともない気がする。それがなんとなく悔しくて、
(ま、俺様の方が美少年だけどな?)
と笑みを浮かべ、渡された砂糖菓子をこれ見よがしにぺろりと舐めてやった。口を開け、赤い舌をわざといやらしく動かして『ぺろぺろキャンディ』を舐めるユーリスを、ベレトは無言で見ている。ちょっとは何か想像してんのか?と期待するユーリスの目の前に、ずいともう一本、同じ菓子が差し出された。
「そんなに美味しいなら、もうひとつあげよう」
「お、おう、ありがとな……大事に食うよ」
完敗である。何が目的だ? と対価を要求されやしないかとつい構えそうになるが、この教師にその気がないことは、元の世界でも嫌と言うほど肩透かしを食らって、よく分からされているからタチが悪い。ユーリスは、不可思議なツノのようなものを頭の両側につけているベレトの顔をじっと見た。自分の目の前にいるはずなのに、どこか上の空で、誰か他の人のことを考えているようにさえ見える。
(こらおぬし! 菓子はこちらがもらう立場だと説明されたじゃろう! もう一度トリックオアトリートするのじゃ!)
(ソティス、大人気ないぞ)
(菓子をもらうのじゃ! はよう、もう一度言わぬか〜!)
……そのとき、ユーリスはふと、ベレトの扮装にもう一つ気になる箇所を見つけてしまった。頭のツノもずいぶんしっかりくっついているように見えるが、もっと不思議なのは、背中についている羽根と、その尻のあたりから出ている……いわゆる尻尾のようなものである。細い蛇のような形をしていて、ふわふわとまるで意志を持っているかのように宙で動き、とんがった先っぽがぴくぴくしている。
「…………」
砂糖菓子で口元を隠し、にやっと笑うと、ユーリスは素早く手を伸ばした。
「隙ありっ!」
「あっ!」
ギュッ!
突然尻尾を掴まれると、ベレトは驚いたような声を上げた。
「へえ、なんだこれ……硬くて、ちょっとあったかいような……」
「ゆ、ユーリス、そこは」
「猫や犬の尻尾とは、ちょっと違うんだな……なんだかよくできてるけど、どうやってくっついてんだ?」
「あっ……ど、どうやって……」
ベレトは少し迷ったが、誤魔化すことはできまいと、ユーリスの耳にそっと真実を囁いた。
「……マジで生えてんのかよ!? いや、あんた俺をからかってんのか?」
「からかっていない、本当だ」
「ならちょっと見せてくれよ」
「ダメだ」
「……それなら、トリックオアトリート、先生」
「さっき砂糖菓子をやっただろう」
「それはそれ、これはこれだぜ」
(こらベレト、わしの菓子を渡すでないぞ!)
ユーリスの好奇心に満ちた目に見られ、頭の中ではソティスに叱られ、ベレトは途方に暮れて立ち尽くした。菓子はまだ沢山ある。生徒たちや英雄たちにも配ってやりたい。だが、ユーリスの疑問には真摯に応えてやりたかった。見当違いだと笑われても、彼を地下からスカウトした時、ベレトはたしかに彼に対して誠実でありたいと思ったのだ。
しかし下衣を脱いで見せてやるわけにもいかず、ベレトは困り果てて目を瞬かせた。
(誰か、助けてくれ……)
(だ、か、ら! 最初からやり方が間違っておると言ったじゃろうが〜!)
おかしな扮装でアクスに召喚されてしまった彼の災難は、まだまだ続きそうだ。