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    Satsuki

    短い話を書きます。
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    Satsuki

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    エアスケブいただいていた「レトユリの結婚前夜」です。青√後の二人が結婚前夜というか直前に色々考えている話。友情出演のシルヴァン。エアスケブリクエストありがとうございました!お待たせしてすみません!!230620

    大聖堂内の瓦礫が撤去され、人々はまたそこに集い、敬虔に祈りを捧げるようになった。まだ壊れたままの屋根からは優しい陽の光が差し込み、職人たちは汗を拭って修復作業を急いでいる。新しい大司教猊下が伴侶を迎えるという報は、瞬く間にフォドラを駆けた。戦争の英雄であり、元士官学校教師にして、傭兵産まれ。そんな型破りな彼が娶る花嫁は、共に戦い抜いた将兵の一人。誰よりも義侠心に厚く、美しくて、聡明な男性。その名も、ユーリス=ルクレール。民衆は喜び、一部の貴族は眼を剥いた。だが、誰も彼も口を開けば祝福の詞だけが躍り出る。それでよかった。
    「俺の過去の知り合いについては、一応手を打ってある」
     ユーリスはそう言って唇の端をクッと上げて見せたし、ベレトもそれで納得した。尤も、ユーリスの生まれや裏稼業のことをベレトに吹き込み、彼を貶めようとする者がいたとしたら、大司教として丁重に裁きを下すつもりだったのだが。
    「ああ、生きている間に、本当にここへ来られるなんて……」
    「母さん、ほら――ずっと見たがってただろ」
     母の手を取り、ユーリスはゆっくりと大聖堂の中を歩く。ベレトはいくつかの燭台に火を灯し、その様子を振り返った。がらんとした夜のこの場所は、少し冷える。ユーリスの母親は、今日ガルグ=マク大修道院に着いたばかりだ。あまり連れ回さず、休ませたい。だけど、ここだけは見せてやりたい、と我儘を言うユーリスが可愛らしく思えた。きっと自分も、ジェラルトがいたらそんな風に大聖堂を見せたいと思っただろう。自分たちが婚儀を挙げる、この場所を。
    「すごい、綺麗だわ……前は、あそこにレア様がいらしたのねえ」
    「そうだよ。なあ、足元気を付けて」
    「大丈夫よ、『  』……なんて広いのかしら。見て、あの硝子……綺麗な色」
     母親と接するユーリスは、ベレトの見たことのない顔をしていた。その表情は柔らかくて、少し恥ずかしそうで。恐らく、『ユーリス』ではなく、彼が彼自身の顔でいられる時間なのだろう。そう思うと、ベレトは少しだけ寂しくて、自分がどう話したらいいのか、どんな風に振舞えばいいのか、分からなくなる気がした。
    「二人で、そこに立ってみて」
     せがまれて、ユーリスは母親の手を離すと、ベレトに近付いた。手に持っていた燭台を置いて、ユーリスと並ぶ。まだ塞がりきっていない天井から、月明かりが漏れて、二人を照らしている。所在なさげに立ち尽くすベレトにずいと近づき、ユーリスは自分たちの姿を母親に見せてやった。自分の選んだ相手と。ベレトと一緒に立つところを、目に焼き付けて欲しかった。
    「……『  』はね、私の宝物なんです……世界一の、大切な息子」
    「必ず、……必ず自分が、幸せにします」
     伝えなくては、と思って用意していた言葉は、口に出すと存外己の胸に響いた。ベレトは息を吸い、ユーリスの顔を見る。やはり少し、見たことのない顔をしているが、いつもより薄い紅をひいた唇は結ばれていて、照れているらしいことは分かった。
    「自分は、母を知りません――父も亡くしました。……今後は、あなたのことも、家族と思って良いですか」
    「もちろん――」
     母親はそこでひどく咳き込んだ。ユーリスが飛んで行って、背中をさすってやる。
    「体が冷えてる。もう休もう」
    「いやだわ、ごめんなさい、……」
     ユーリスは自分の上着を母親の肩にかけてやると、小さな背を支えるようにして歩き出した。ベレトは魔力を操って、聖堂内の灯りを落とす。ふわりと風が舞い、また静かな薄闇が周囲を優しく包んだ。手に持った燭台だけが、薄ぼんやりと足元を照らしている。その夜は何故だか、自分の信じた道が、思ったよりも頼りないように見えた。


    「それで、どうなんです? 今の心境は? 大司教猊下」
     シルヴァンが悪戯っぽく微笑んで、杯を傾けて見せる。ベレトはふと口元を笑みの形に歪めると、苦い酒を舐めた。北の方じゃ、結婚式前の新郎を囲んで、男連中だけで最後のバカ騒ぎをする風習があるんですよ。なんて言いながら大司教の部屋を訪れた彼は、ゴーティエ辺境伯の代理として、行儀よくベレトに手土産を渡した。かなり度数の高い酒だ。ベレトはもう酔っているような心地で、可愛い教え子の顔を見る。
    「今の心境、とは」
    「結婚の儀式の前は、誰だって緊張するもんでしょ」
    「そういうものか」
    「ええ。一度結婚を決めても、直前になって花嫁を放り出し、逃げ出す奴だっている。ま、先生に限って、そんな風に怖じ気づくなんて有り得ないでしょうけどね」
     ひどい話だ。と、ベレトは息を飲んだ。
    「……昨日、彼の母親に会ったよ」
    「へえ……儀式にも参加を?」
    「いや」
     ユーリスは、ファーガスの裏社会ではちょっと名の知れた人物だ。母親の存在が知られれば、敵対組織に狙われるであろうことは容易に想像できる。ユーリスは用心して、いつも部下や孤児を使い、仕送りと手紙を届けさせている。病弱な母親を心配して、直接顔を見せることもあったが、戦争の間はそれも難しかった。だから、ベレトが教会の手を借りることで、安全に彼の母親を呼び寄せることができて本当によかった。
    「正式に母親の席は用意されない。自分の親もいないし、式自体もかなり簡略化してもらった」
    「セテスさんの困り顔が目に浮かびますよ……」
     シルヴァンは苦笑いした。それから、すっと目を細めて見せる。
    「まあ、俺たちもいますからね。安心してくださいよ、……先生」
     式には、ファーガスの正しき王となったディミトリも参列する。怪しい者が忍び込んだとて、セイロス騎士団に加えて青獅子学級の面々が揃っていれば、案ずることはないだろう。頼もしい限りだ。そういえばシルヴァンは、戦争中も間者を見つけ出すのが得意だった。彼らを、迷いなく処分することも。
    「ああ。頼りにしている」
    「任せてください。あんたが大聖堂から逃げようとしても、とっ捕まえてあげますから。ああいや、そんなこと、ユーリスの奴がさせっこないか」
    「逃げるつもりは毛頭ない。……それより、もしも彼が今そんな心境だったらどうしようかと思ったところだ」
    「へえ……」
     シルヴァン持参した酒は、確かに強い度数のものだ。酒に弱いベレトとはいえ、酔うにはまだ早すぎる。なのにその眼が少し悲し気に窓の方を眺め、遠い星を見上げる様子は、……どこか強い意志を宿し、『灰色の悪魔』らしい光を放っているように見えた。ゾクリと、シルヴァンの背が震える。
    「俺の考えじゃ、……ユーリスがあんたを手放すなんてこと、有り得ないと思いますけどね」
    「そうだろうか」
    「当然でしょう。……自覚した方が良いですよ、自分の立場とか、……魅力とかを、さ」
    「魅力か……」
     自分は、今やセイロス教の最高指導者となった。人々は、そんな人物の心を射止めたユーリスのことをどう考えるだろう。ともに戦場を駆けた者同士が育んだ愛を、美しいと言う者。あの汚い賊の頭目が、うまくやったものだと、蔑み妬む者。強者が地を統べるのは当然だと受け入れる者。様々だ。そのどれも、二人の絆を脅かす存在にはなり得ない。そう確信があるのに、今夜ばかりは何かがベレトの心をチクチクと刺す。ユーリスが母と寄り添う姿が、目の裏から消えない。彼にはベレトの傍ら以外にも居場所があるのだと、そんな風に感じてしまった。自分には、もう彼しかいないというのに。
    「いや~、しかし先生もそんな風に不安になることがあるんですねえ」
    「やはり緊張しているのかもしれないな……」
     静かな声色で呟いたベレトに、シルヴァンはニッと口の端を上げる。
    「もしもユーリスが逃げ出したら、大司教猊下のために、俺が捕まえて来てあげますよ」
    「……そうか。……いや、有り得ないだろうな」
     少し考えてから、また苦い酒を舐め、ベレトは酒に潤んだ目で笑った。ユーリスが自分の下を逃げ出して、シルヴァンに捕らえられる姿など、想像できなかったのだ。
    そんな顔、教師として雇われた当時は見せたことがなかったものだ。シルヴァンは明日、大聖堂の中央に立ち、ユーリスの手を取るベレトを想像する。きっとその顔は、自信に満ち溢れて、慈愛に満ちた眼で、たった一人の大切な伴侶を見つめるのだろう。
    (ああ、やっぱり俺、今でもあんたのことが羨ましいって思いますよ)
     ガルグ=マク大修道院の夜は更けていく。明日の婚儀に備え、今はひっそりと静まり返り、二人のことを祝福する準備が進んで行く。



    「……どうかな、母さん」
     ユーリスはこの日のために取り寄せた化粧道具を置くと、鏡越しに母を見た。感極まったように頷く彼女は、目に涙を溜めている。
    「泣かないでってば」
    「だって、……『――』」
     ユーリスの真名を呼ぶ人間は、二人だけ。母と、そしてベレトだ。忘れかけていたその名を、ベレトは耳元で囁いてくれる。温かな腕で抱きしめて、ユーリスと共に歩いてくれる。彼の優しい眼差しが頭を過ぎった。もうじき、迎えが来るだろう。母は教会の関係者たちに紛れて座り、ユーリスとベレトが互いに愛を誓い合う様子を見ることになる。痩せた指先が、香油で整えたユーリスの髪に花を挿してくれる。そっと、自分とは違う色の毛先をなぞる。
     流行り病に倒れた後、ユーリスの髪の色は少しずつ変わってしまった。気に入ってはいるけれど、昔の自分が母と同じ色の髪をしていたのかは、思い出せない。それでも、大切な家族だった。そんな唯一無二の存在が、今日、母だけではなくなってしまう。
     言いようのない寂しさと、期待と、どうしようもない喜びが、ユーリスの胸をいっぱいにする。
    「とっても綺麗だわ、……さすが、私の息子。世界一よ……」
    「ありがとう、母さん」
     愛してるわ、と呟く母を抱きしめると、細く頼りない体がとても小さく思えた。啜り上げた呼吸が引きつって、喘鳴のような音を立てた。誰かが、扉を叩いている。

     整えられた床を大股に進む青年の顔は、微かに微笑み、真っ直ぐに愛する人を見つめている。その美しさに、彼らに注目している大聖堂中の人々が溜息を吐いた。中央で待つベレトは、大切な人の着飾った姿を見て、嬉しそうに口元を綻ばせる。指輪の光る左手を伸ばし、彼を待っている。崩れた天井から差し込む光が、二人を祝福するように明るく、その道の先を照らしていた。
     

    終わり
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