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    Satsuki

    短い話を書きます。
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    Satsuki

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    エアスケブいただいていた「お茶会でユーリスに初恋の話を振って失敗するレト先生のレトユリ」です。いつも青√にしてしまう。エアスケブリクエストありがとうございました!大変お待たせしてすみません!!230715

    淹れたての紅茶の、甘いベリーの香り。カチリと、目の前に置かれたティーカップが立てる、微かな音さえ好ましかった。太陽の光は少しばかり眩しい。木陰に置かれたティーテーブルに向かい、ユーリスは正面に腰かけている、無表情な教師を見つめた。出がけに、自室の鏡で整えた化粧は今日も完璧だ。襟元も、級長の証である白いマントも、靴の先まで磨いて綺麗にしておいた。この人に一切の隙を見せたくなかったからだ。最初は、自分を地上の学級にスカウトするなんて、酔狂な男だと思っていた。元傭兵の士官学校教師ともなれば、考えることも普通ではないということか。泣く子も黙る灰色の悪魔と呼ばれた青年、それが目の前にいるベレトだった。学級の課題として出撃した時は、見事な指揮と圧倒的な剣術を見せ、その経験を周囲に知らしめていた。どうやら紋章を持っているらしいが、本人はそのことを一切知らずに育っていたようだ。セイロス教のことも、レア様のことも、ガルグ=マク大修道院に来てからその知識を得たという。
    (型破りすぎて、どう攻めりゃいいのか……いまいちわからねえんだよなあこの人)
     斜めに腰かけ、ユーリスはベレトの表情を窺った。テーブルの上に肘を置いて軽く手を組み、親し気にも、壁をつくっているようにも見える姿勢で視線を送ると、ベレトはティーカップを傾けながら、チラとユーリスの方を見た。戦っている時とはまるで違う、凪いだ眼差しだ。しかし、腹の底で何を考えているのか、今日はどんな話題が飛び出すのかも、予想がつかない。そしてそれを、実のところちょっと楽しみにしている自分がいることも、ユーリスには予想外だった。最初はうまい具合に地上へ戻る足掛かりとして利用できれば良い、くらいの存在だった彼が、最近では――特に、少しばかり前に稼業のいざこざを解消するのを手伝ってもらってからは――ユーリスの中で、ただの教師という位置づけから変化しつつあった。どのように変わっていっているのかはよく分からないが、とにかく少しだけ、今までとは違って見えている。
    「さて、今日は俺様に何の用だ? 先生?」
     その言葉にベレトはひとつ瞬きをすると(ひょっとしたらそれは、微笑みだったのかもしれない)ユーリスに菓子をすすめた。洒落た菓子皿に手を伸ばし、ユーリスは旨そうな焼き菓子を一つ手に取る。ガルグ=マク大修道院には、大司教猊下のために腕を振るう菓子職人や料理人が存在する。だが、贅を好まないレア様の口に合わせてか、市場に並ぶ菓子も彩りや飾りが質素なものばかりだ。弾むような座り心地の長椅子で、欲に塗れた手ずから与えられる甘味を知るユーリスにも、この慣れ親しんだ素朴な味は好ましい。ベレトが、担任教師が自分のために用意してくれたのだと思うとまた格別だ。しかしそれでも心のどこかで、アビスで空腹に耐えている子どもたちに持って行ってやりたいと思ってしまう。
    「先日の出撃で、敵に背後をとられていたようだが」
    「お? なんだよ説教かよ」
    「きみはしばしば、自分の足の速さを過信していることがある。次の個人授業では、弓術か理学を学んでもらいたい」
     つまり、実戦でも後ろに下がれということか。ふうん、と行儀悪く指を舐めて見せながら、ユーリスはベレトの指先が自分と同じ種類の菓子を皿から取るのをぼんやり眺めた。確かに、部下を率いる時もユーリスは剣を取り、真っ先に斬り込んでいく。いつでも自分の背後を守ってくれる者がいるわけではない。それは分かっているのだが、自分がやらねば、という気持ちがつい先行する。それが悪い癖であるということも、よく分かっていた。
    「いいけどさ……それなら、信仰心をあつくするってのはどうだ? 俺はこう見えて、敬虔なセイロス教信者なもんでね」
    「それが希望なら構わない。きみが後衛として、広く戦場を見られるようになって欲しい」
     こういった戦術の話をする時、ベレトはいつもより饒舌になる。先の戦闘での地形や敵兵の数、武器の種類を思い出しながら、二人は暫くの間ああいでもないこうでもないと、議論を交わした。ユーリスが味方に騎兵がいれば動きやすいと意見すれば、ベレトは思案した後にひとつ頷く。だがそうすると、歩兵を使った陣形が崩れてしまう。隠れる場所が多い山林や岩地であれば、まとまるよりも散開したほうが地の利を生かせる……
     ひと息つこうと、ベリーの甘い香りのする紅茶を傾けて、ユーリスはそのすっかり冷めてしまった温度に苦笑いする。こんな話、茶会でするようなことだろうか。酒でも一杯やりながら、アビスの薄暗い教室で、傷んだ地図でも見ながら語るような内容だ。不意に、庭園の光が眩しく感じる。この場所に、自分は似つかわしくない。なのに、先生と話すのはとても楽しい。教師なのに、傭兵であり、浮世離れしている担任。ベレトはまだほのかに温かいティーポットの中身をユーリスのカップに注いでやり、そして最後の一杯を自分のカップに注いで終わらせた。
    「……すまない、せっかくきみを茶会に呼んだのに、いつもこんな話ばかりだ」
    「別にいいよ。こっちも気負わなくて済む」
    「この前、……きみが仲間を守る姿を見て、もっと成長させてやりたいと思った」
    「ははっ、そりゃあどうも」
    「きみには、士官学校の外にも大切な人がいる……」
     そりゃあそうだ。家族だって、仲間だっている。ユーリスはぬるい紅茶を飲みながら、日暮れまであとどれくらいだろう、なんて考える。そろそろ茶会もお開きだ。
    「きみは、……初恋をしたことは、あるか?」
    「……はあ?」
     突然の問いかけに、ユーリスはベレトの顔をまじまじと見た。手元でカップが無作法な音を立てたが、許してもらいたい。突然何を言いだすのだろう、この教師は?
    「いや、……すまない。戦術や学問の、つまらない話題ばかりになってしまったと思って」
    「うん……?」
     二人の間に沈黙が流れる。初恋、なんて言葉が、この人の口から飛び出すとは思わなかった。灰色の悪魔も、年相応の人間であるということだ。話題選びを間違えることもあるし、生徒相手に気を遣うあまり言葉が出なくなることもある。
     そして、目の前にいるユーリスが、一体愛だ恋だという言葉を何度聞き、自らもその都合の良い嘘を幾度囁いたのかを知る由もなく、そんな質問を口にしてしまうこともある。こちらがどんな口説き文句にも、相手が喜ぶ返答をすることが可能だとも知らずに。
     沈黙の中で、ユーリスはいくつかの答えを用意した。そんなもの、忘れてしまったとはぐらかすこともできる。あるいは、そんなことを聞くあんたはどうなんだ? と問い返すことも。初恋と言えば、この前アビスで……と、話を逸らすことだって容易だ。
     なのに、ユーリスの舌は小石のように動かなくなり、紫水晶の瞳はただベレトを見つめていた。初恋、なんて少女向けの物語に出てくるような言葉は、自分には似合わない。過去にそんなものがあったのかどうかさえ分からない。いつかユーリスが誰かと恋に落ち、愛を育んだとして、そんなことは許されるのだろうか。教会の禁制品を扱い、貴族を騙し、時には人を斬って暮らしている自分が。家族のため、手の届く範囲の人たちを助けるため、と大義名分を掲げて理想を追いながら、やっていることは悪党と変わらない自分が、恋なんて感情を抱くことが、あってよいのだろうか――
     ふ、と口の端で自重した。そんなのは、全て馬鹿馬鹿しい自虐だ。ユーリスが紅茶を飲み干したとき、時刻を告げる鐘が鳴る。
    「……ご馳走さん、先生。また、いつでも呼んでくれ」
    「ああ。……今日はありがとう、ユーリス」
     礼を言うのはこちらの方だ。ユーリスは土産に持たされた菓子を手に、そっとアビスへの隠し通路に身を滑り込ませた。
    (初恋、ね……)
     ちくりと胸を刺したのは、うまく会話をつなぐことができなかったことへの罪悪感だろうか。それとも、……
    (ひょっとして先生、誰かに恋してんのかな……まさか)
     地下への階段は暗く、長い。その薄闇が自分を包んでゆく冷たさが、今日は妙に心地が良かった。




     カチリ、とティーカップが微かな音を立てる。ベレトは菓子皿から自分の手製の菓子を真っ先に選んで口に運ぶユーリスを見て、口元を柔らかく綻ばせた。星のテラスの頭上には、満天の星空が広がっている。ドラゴンに騎乗した見張りの兵が、時折旋回する羽音が聴こえる以外、ガルグ=マク修道院は静けさに包まれていた。
    「ん、旨い。突然茶会がしたいなんて言うから何かと思えば、この菓子を振舞いたかったのか?」
    「そうだな……たまには、きみとこうして話すのも良いかと思って」
    「……おう、存分に俺様を独りじめしていいんだぜ」
     照れ隠しのようにそう笑って、ユーリスは狭いティーテーブルの上でベレトの手を握ってやった。剣を握ることは減ったが、強くて大きなその手の温もりは変わらない。ユーリスだけでなく、フォドラに住まう民全てを導こうとする、頼もしい手だ。
    「……今、恋をしている」
     ベレトの言葉に、ユーリスは手元のカップを落としそうになる。無作法な音が立ち、思わず口の端をつり上げて笑った。
    「ははっ……! あんたなあ、からかってんのか?」
    「さあ。……でも、きみが俺の、永遠の初恋だ」
     初恋か。そういえば、前にそんな話をしたことがあったっけ。ユーリスはひとつ息を大きく吐き、ベレトの手をぎゅっと握った。言いたいことが沢山あるのに、胸につかえてまるで言葉にならない。
    (きっと、俺も同じなんだ)
     勝気な目で、今や大司教となった元担任教師、そして自身の伴侶であるベレトを見、ユーリスはニヤッと笑った。永遠の初恋だなんて、どこで覚えた口説き文句だろう。歌劇か、小説か。……いいや、ベレトはこう見えて詩人なのだ。
     ユーリスは何も答えず、ただベレトの手を引き寄せて、そこに口づけを落とした。口紅の微かな色が移る。何度か繰り返して、ベレトを窺う。大切な人の可愛らしい仕草を愛おしむ目が、優しく微笑んでいる。卓上の蝋燭の炎を揺らしているのは、夜風か。それとも二人のどちらかが漏らした吐息だろうか。
     ティーポットはまだ温かい。人々の寝静まった夜のガルグ=マク大修道院で、二人は暫くの間、甘い紅茶の香りを楽しんでいた。


    終わり
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