Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    hhi6a

    @hhi6a

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 11

    hhi6a

    ☆quiet follow

    レアムくんとサタン様の短編。122ネタバレです。

     ソロモン王に与えた靴がもう小さくなったのだという。
     そのことにサタンが気がついたわけではない。まだ幼いソロモン王の護衛を兼ねて、傍に侍らせている黒い犬からそのような報告があったのだ。というのも、ソロモン王がいかにも歩きづらそうに足を引きずっていたため黒い犬が尋ねたところ、渋々といった体で擦り傷と水ぶくれのできた足を見せたのだとか。

    「体の不調があった際にはいち早く報告するようにと釘を刺しておきました」

     黒い犬はそのように言った。サタンは雑事のために少しばかりソロモン王の傍を離れていたため、そんな報告をした黒い犬を「でかしたぜ、犬ちゃん」と素直に褒めた。
    「しかしまあ……この前も似たようなことがなかったか? あの時は服の大きさがどうとか言ってた気がするが……」
    「ありました。衣服の袖周りが窮屈になって可動域が狭まり、それによって生活に不便が生じていたため新しい服を発注したのです」
    「ああ……そういやそうだった」
     黒い犬はサタンに撫でられ、控えめにしっぽを振って喜びを示している。サタンはごわごわとした黒い毛並みを手慰みに撫で回しながら、またも生白い肌をしたソロモン王のことを呟いた。
    「それにしてもヴィータってやつはめんどくせぇな。服だって靴だってすぐ小さくなりやがる。俺たちメギドはバナルマからヴィータ体に変化するときだってフォトンで服を作るから、そんな煩わしさなんて考えたこともなかったが……」
    「ヴィータという生物は寿命が短いぶん成長も早いのでしょう。ペクスたちも短いスパンで世代が入れ替わります」
    「そんなもんか……そうか、そんなもんなんだよな」
     そんな雑談を交わし、ひと通り満足したサタンは弾みをつけて立ち上がった。黒い犬のしっぽもぱたりと下を向く。
    「せっかくここまで来たんだ。ソロモン王の顔を見てくか」



     ソロモン王の居場所はサタンによって厳重に秘匿されている。なぜならソロモン王はサタンにとって最も重要な駒。ベルゼブフを助けるためのとっておきの切り札だからである。バビロン派にソロモン王の存在を知られるなんざ以ての外だし、情報の漏洩を警戒して同じくハルマゲドン派に属するメギドにも信頼できるごく一部の者しかソロモン王の存在を知らせていない――。

     ソロモン王を見守る黒い犬は少ないながら交代制だ。務めを終え、黒い犬がヴィータ体へ変化するのと入れ替わるように黒い犬へと変身したサタンは、秘密のゲートをくぐり抜けメギドラルの平原をまっすぐ駆けた。
     ソロモン王を育てるための場所を見つけるにあたり、サタンはそれなりに苦労をした。自由に動き回れる範囲は狭い方が管理しやすい。当然の話である。ヴィータの住環境に限りなく近く、また風雨を凌げるという点を鑑みても、統一議会の前後にしか活用されないレジェ・クシオの建造物なんかが適していたのだが、そんな場所にサタンが頻繁に出入りするのはさすがにリスクがありすぎた。
     そうなると広大なメギドラルのどこかにソロモン王を匿うということになるのだが、脱走の可能性、そして安全への配慮を考えると隠れ場所となりうる丘陵地帯や岩肌の突出したような山岳地帯を生育場所とするのは適していない。また、食物は運搬するにしても利便性を考えれば安全な水が容易に手に入る環境であることが望ましく、かつヴィータの幼体が過ごすに相応しい温暖な気候である必要もあった。

     サタンはソロモン王を育てると決めた時から広いメギドラルを駆け回って最適な平地を領土として手に入れ、幻獣の脅威を限りなく取り除き、そこを住処として与えた。今となっては脱走の可能性など考えられないが、はじめの頃はヴィータという存在を扱いあぐねていたのでそのような対応となっていた。まさに特別待遇だ、俺をここまで振り回すヤツはそういない、とサタンは常々思っている。

     ゲートからソロモン王の住処はさほど離れていない。少しばかり走れば、すぐ平地の中央にそびえる大樹を発見することができた。
     犬の体へ変化したおかげで、ヴィータ体で見るよりも視野は広いが、くすんだ色味の世界はヴィータ体で見るより精彩を欠いている。そんなサタンにも、白いソロモン王はよく見えた。サタンが姿を認めたのと同じくして、木を背にして座り込む人影がすっくと立ち上がる。

    「サタン!!」

     ソロモン王が叫んだ。その傍らで伏せていたもう一匹の黒い犬も立ち上がり、サタンに向けて恭しく頭を下げる。そんな黒い犬を視界に収め、再び視線を正面に戻すとすぐ目の前にソロモン王が迫っていた。その体の小ささゆえか、ソロモン王の動きは随分とすばしっこい。サタンがヴィータ体に戻る前にソロモン王は両手を広げ、驚くサタンの首元に思いきり抱きついてきた。
    「サタンッ!!」
    「おいおい! あんまり強く締めるな!」
    「サタン! どこいってたんだよっ!」
    「野暮用だって、落ち着けよ! ったく……」
     ソロモン王は五つの指輪の嵌った手でサタンの背中を何度も撫でた。サタンがする「ナデナデ」とは程遠い、乱暴に毛の向きを掻き回すような手つきである。サタンは絡みついてくるソロモン王の四肢から器用に脱出し、ぶるぶると勢いよく体を振った。
    「オマエはもう少し感情をセーブする方法を身につけねぇとだな……!」
    「サーターン! おれ、フォトン? ぐーって持ち上げて、ポイッて、できた! サーターンー!」
    「ああ? フォトン?」
     サタンは黒い犬からヴィータ体へ姿を変える。乱れた金髪をかきあげつつ大樹の方へ目を向けると、察したように黒い犬が静かに近づいてくる。その毛には野の花や雑草が絡みついたり結ばれたりしていた。ソロモン王の暇つぶしの結果だろう。
    「ソロモン王の言う通り、指輪を使ってフォトンを操作するのを私もこの目で見ました。とはいえ右から左に移すような単純なもので、加工などの繊細な作業はまだ不可能でしょうが……」
     黒い犬の報告を聞きつつサタンが目線を下ろすと、ソロモン王の白髪のつむじが見えた。急にしおらしくなって上目遣いにサタンを窺っている。
    「……ソロモン王」
    「……サタン……」
     サタンはふっと笑ってしゃがみ込んだ。目線を合わせてみると、慣れないヴィータ体のサタンの表情の変化を読み取ろうとしてか、ソロモン王は眉間にシワを寄せて難しい顔をしている。サタンは両手を伸ばし、ソロモン王の頭に乗せ……。

    「おらおら! ご褒美のナデナデを食らえっ!」
    「わーっ! やだーっ!」

     グローブ越しに勢いよく白髪を掻き回すと、ソロモン王は大きな歓声をあげた。子ども特有の甲高い声で笑い転げるソロモン王は口からは否定の言葉を発しているものの、黒い犬よりも分かりやすく大喜びしている。きゃあきゃあと声を上げ、身を捩ってくすぐったそうにするソロモン王をサタンは思いっきり撫でまわし、頃合いを見て両肩に手を置いた。
    「少し目を離した隙に……。やるじゃねぇか! 自分で練習したのか?」
    「うん! だってサタンがソロモン王はこうするっていうから……」
    「確かにソロモン王が何かってのは教えたがな。まったく、オマエが嫌がるなら無理やりにでも叩き込もうとは思っていたが……」
    「なんで?」
    「何で、ってそりゃあ……」
     オマエは俺の切り札だから。サタンがそういう前に、ソロモン王は口を開いた。
    「おれ、サタンに言われなくたって自分でれんしゅーするもん!」
     ソロモン王は断固とした口調で言った。その様子にサタンは思わず毒気が抜かれる。洗脳などの手段を選ばなくとも、ソロモン王が自主的に指輪を操作する練習をするというなら問題はない。願ったり叶ったりだ。だが、同時に「ヴィータの幼体ってのはこんなに素直なモンなのか?」と疑問に思ったりもする。

     サタンは鳥の巣のようになったソロモン王の髪の毛を軽く整え、大人しくしている黒い犬を見た。
    「つまり、ソロモン王は自分の戦果を自分で報告したかったってわけだな」
    「……ソロモン王の怪我の前にこのことがありました。先んじてサタン様に報告しようとしたのですが、ソロモン王が『自分で報告する』と言って聞かず……」
    「いや、いい。責めてるわけじゃねぇよ。ソロモン王にもいっちょ前に功名心があると思えば可愛らしいもんじゃねぇか、なあ?」
    「かわいいってなんだよ!」
     地団駄を踏むソロモン王にサタンは小さく笑いかけた。
    「褒めてんだよ! ヴィータのくせにやる気があるってのは良いことだ。だがな」
     サタンは地面に膝をつき、ソロモン王と目線を合わせた。傷があり、左右に色の異なる瞳が揺らいでいる。
    「どうして傷を隠した? オマエはひとりしかいねぇんだから、怪我や病気も含めて体の不調は隠すなって言ったろ?」
     この件は直々に注意しようと決めていた。サタンはあくまでダムロックからこのヴィータを借り受けているのだ。目的を果たす前に死なれたら困るのもそうだが、返すという目的が果たされないのもまた困る。ここでその話を蒸し返されるとは思っていなかったのだろう、ソロモン王は露骨に狼狽えていた。
    「……サタン……」
    「戦争では無茶をしたやつから負ける。己の限界を弁えてねぇやつ、そして功名心に負けて欲をかいたやつもだ。覚えときな」
    「……だって……」
     ソロモン王の目があちこちをさまよう。本当に表情のゆらぎが分かりやすい。そのうちサタンの戦争に連れ出す際にはもう少し落ち着いてくれればよいのだが……。
     サタンとしては軽く忠告をしたつもりだったのだが、想定に反してソロモン王の表情は瞬く間に歪んでいく。
    「……サタンが、おれをどっかにやるって言うから……!」
    「はあ? 何だってんだ急に」
     あまりに唐突なセリフに、サタンは思わず助けを求めて黒い犬を見た。黒い犬も心当たりがないようで小首を傾げていたものの、少し間を置いて「サタン様、もしや……」とちいさく呟いた。
    「サタン様が出発される前に我々と話していたことではないでしょうか? ソロモン王の今後の処遇について……」
    「……ああ! あれか? おいオマエ立ち聞きしてたのかよ」
     言われて思い出したが、確かに思い当たる節はある。サタンは出発前、黒い犬たちとソロモン王のことについて話していた。内容としては今後の教育方針についてであるが、ダムロックが生きている間にソロモン王を返すためにはソロモン王としての早急な教育が必要か、それとも今少し身体的な発育を優先するべきか、なんてことを話していたはずだ。その中からソロモン王は「ヴァイガルドへとソロモン王を返す」という部分を明確に聞き分けたのかもしれない。
     頭を掻きつつサタンがソロモン王を見ると、ソロモン王はびくりと肩を震わせた。サタンは「やべ」と思わず呟く。泣かせると面倒なのだ。事態を察したサタンが対策を講じる間もなく、ソロモン王の金と銀の瞳にみるみるうちに水の膜が張っていく。

    「だって……、だってぇ……! サタンはせんそーがおわったらおれをどっかにやるつもりなんだろ……?! おれがメギドじゃないからぁ……っ!」

     ヴィータの子どもの情緒不安定さには常々驚かされる。先ほどまではあんなにご機嫌だったのに、少しつついたらすぐこれだ。ヴィータの子どもには説教というものをするべきじゃないのか? サタンが思わず己が行動を憂いている間にも、水の膜を張ったソロモン王の両目から涙の粒が溢れだす。
    「サタンはおれがいらなくなるんだぁ……っ!」
    「おいおい! まだ俺の役にも立ってねぇのに先の話をすんな! もっとずっと後の話だろうが、それは!」
    「サタン様……フォローになっていません」
     黒い犬の呆れ声を無視し、サタンはしゃがみこんだままソロモン王と目線を合わせる。涙を流すソロモン王をつぶさに観察しても、サタンには目の前の存在がまるで未知の生物のように思える。サタンはグローブ越しにソロモン王のまなじりに触れ、親指で少し乱暴に涙の粒を払った。
    「とりあえずオマエの言いたいことはわかった。だけどそれがどうしたってオマエが怪我を隠すって話になるんだよ……」
    「無力なヴィータであるという現実を否定したいのでは。現にソロモン王はサタン様が外されてからフォトンを操る練習を自主的に始めました」
    「おお、犬ちゃん賢いな!」
     そんなことを言っている間にもソロモン王の涙は止まらない。少し考えたサタンは、またもソロモン王の頭に涙を拭った手を置いた。先ほどのようなナデナデではないが、肌を触れ合わせることには意味があるとサタンは知っている。そうしていると、涙を零していたソロモン王も恐る恐るといった風にサタンと目を合わせた。
    「まず言っとくが、俺はオマエの成長が嬉しいんだぜ。靴や服くらい新しいのを用意してやるから遠慮なく言いな」
    「……」
    「それとだな。確かに俺はオマエをヴァイガルドに送り届ける予定はあるが、それはオマエが役目を果たしてからだ」
    「……サタン……」
    「でも、そういうのを抜きにしても俺はオマエのことをちゃんと気に入ってるんだぜ。だって、オマエがもっとずる賢かったら、メギドラルに留まるために成長するのを止めようとしてたんじゃねぇのか? それに指輪の練習なんて止めちまえばよかった。……でもオマエは俺のために指輪をうまく使う練習をしたんだよな?」
    「……うん……」
    「オマエは俺の役に立とうとしてる。その気持ちが嬉しいぜ、やっぱりオマエは俺の切り札だ。……だからな、捨てられるとか捨てられないとかそんな細かいこと考えてんじゃねぇよ! オマエはまず自信を持て! それに怪我も病気もしないでもっと強くなれ! まず話はそれからだ!」
    「……うん!」
     サタンが再び力強くソロモン王の頭を撫でると、ソロモン王は頭に乗っているサタンの手に自身の手を添えた。まだ瞳は揺らいでいるが、涙は止まったようだ。
     事態を収めたサタンがようやく立ち上がると、黒い犬がサタンを半眼で見やっている。
    「……本当にサタン様は勢いでうまく言いくるめるのがお上手ですね……」
    「ああん? そりゃ褒め言葉か? ……よし、ソロモン王!」
     黒い犬の嫌味を受け流したサタンは、瞬く間に再び犬の姿へと変身した。

    「俺と走って競争するぞ! そうと決まればオマエのひょろひょろな体を鍛えてやる!」
    「……サタン、いっしょに遊ぶ?」
    「遊びじゃねぇぞ、トレーニングだ!」
    「トレーニング! いっしょにやる!!」
    「よし! ……ってオマエ、上に乗ろうとすんな! オマエが走んなきゃ意味ねぇだろっ!」
     サタンの体にのしかかったソロモン王がケラケラと笑い転げている。サタンも犬の姿でありながら確かに笑っていた。
     ふたりは日が暮れるまで遊び、ソロモン王が眠ってからサタンはヴィータ体へと戻った。ソロモン王に与えられた真新しい靴は走り回ったおかげで一日で泥まみれとなり、洗っても染みは取れなかった。しかしソロモン王はしばらくその靴を捨てず、新しい靴と交換する際には犬よろしく木の根元に埋めて隠したという。

     今もその靴はメギドラルの地に埋まっている。誰も掘り返す者がいないからである。


    おわり
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🐕👟
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works