〇vermind 書き起こし(駅背景)
唯「結局、神ノ島さんとはあまりお話できなかったな。朔太郎さんのことをもっと聞きたかったのに……残念」
唯「これから何しようか。ここを通りかかる人たちを眺めているのもいいけど」
疎「あれ、唯臣くんじゃないか。どこかへ行くところかい?」
唯「疎水さん、こんにちは。出かけようかと思ったんですが、相手の都合で取りやめになってしまったんです」
疎「そう、だったらちょうどよかった。いま時間あるかい?」
(場面転換、カフェ)
疎「じゃあ僕はコーヒーで。唯臣くんは何がいいかな?」
唯「僕も同じものにします。あの、さっき疎水さんが言った「ちょうどよかった」って、なんのことですか?」
疎「……いや、大きな意味はないよ。皆とはなかなかゆっくり話す機会がないし、君とも仲良くなっておきたかったんだ」
唯「そうですか。そう言われると嬉しいです」
疎「ところで、最近はどうだい?」
唯「どう……とは? なんのことでしょう?」
疎「あぁ……ごめんね。言い方を変えようか。最近バンド内で気になることはないかな?」
唯「そうですね……皆は雰囲気が良くないって思ってるみたいです。僕はいつもと変わりませんが、メンバーの中にはいつもと様子が違う人もいるようですね」
疎「なるほど?」
唯「特に玲司くんはスカイフォックスについてのニュースが出てから、普段より怒りっぽくなってます。僕たちが注目されるのは嬉しいのかと思ってたけど、その逆らしくて」
疎「……ふむ」
疎(注目、か。確かに……唯臣くんとは以前、そんな話をした)
<―数々月前―>(場面転換、スカイフォックス事務所)
疎「唯臣くん、個別面談お疲れ様。アーティスト契約についての説明は以上だけど、何か質問はあるかな?」
唯「はい。契約の話ではないんですが、聞きたいことがあります」
疎「なんだい?」
唯「僕たちがプロになったら、何かが変わってしまうんでしょうか?」
疎「どうして。心配事でもあるのかな?」
唯「僕は、このバンドでまだやりたいことが沢山あるんです。だから、ずっとここにいたいなって思っています。そのために、僕が出来ることはありますか?」
疎「そうだな……。プロとしてバンドを続けるには、やっぱり成功しないといけないね」
唯「じゃあ……成功するにはどうすればいいんですか?」
疎「っふふ……確実な方法があれば、皆それを実行するだろうね。一つ、重要な事がある。プロとしての成功は、ただ有名になるだけじゃない。必要なのは売れるということだ。つまり、セールスや利益といった金額的な話だね」
唯「なるほど」
疎「売れるための大前提は、まず皆に知ってもらうことだ。どんなにいい曲を書いても、知られなければ埋もれてしまうからね。話題になるには多少のインパクトが必要になる。特にスカイフォックスは若い層をターゲットにするつもりだから、刺激的な要素ほど受けると思う」
唯「そうなんですね」
疎「そこに、イプシロンファイならではの個性が加われば、君たちにとって唯一無二の武器になる。楽曲、コンテンツ、そのほかの展開すべてだ。顧客を飽きさせず掴み続けることで、成功への道が開かれるんじゃないかな」
唯「では、疎水さんが思うプロとして成功したバンドやアーティストは誰でしょう?」
疎「この業界に居る全員が、伊龍恒河と答えるだろうね。なにかとゴシップも出るし、お騒がせな人だけど……彼をおいてはこの音楽業界での成功は語れないと思うよ」
唯(皆に知ってもらって話題にしてもらう……成功例は、伊龍恒河)
唯「疎水さん、ありがとうございました。とてもよくわかりました」
(場面転換、カフェ)
疎「スカイフォックスのスキャンダルか……。僕はあのニュースだけで終わるとは思っていない。マスコミはまだ出してないネタがあるんじゃないかな」
唯「つまり、続報が出るということですよね」
疎「おそらくね。残念だけれど、あれは身近な人間しか知り得ない情報だ。そしてあの手のニュースには……大抵の場合、仕掛け人が居る。故意にリークする、ということもよくあるんだ。唯臣くん、何か身の回りで気付いたことはないかい?」
唯「さあ……僕にはわかりません。でも、玲司くんは怒ってましたけど、あれが良くないニュースだったとは僕は思いません」
疎「なぜ?」
唯「だってあの時、僕たちが話題になったおかげで曲の売り上げが少し伸びたって聞きました。それって凄く喜ばしいことですよね。そうでしょう? 疎水さん」
(場面転換、ファミレス)
奏「えっへへ、兄貴がお茶に誘ってくれるなんて嬉しー! ねぇねぇ、何にする? やっぱりアイス? 俺も同じの頼もっかなー」
遥「はしゃぐんじゃねぇよ。楽しい話をするつもりなんかねぇ」
奏「え、そうなのー? つまんなーい」
遥「お前、バンドの今の状況どう思ってる」
奏「あぁ、空気が悪いって? っは、そんなの今に始まった事じゃなくない?」
遥「それだけじゃねぇ。……単刀直入に言う。何か知ってることがあれば教えろ。陰で怪しい動きをしてるヤツとか、お前は何か見たり聞いたりしてないか」
奏「え? なんの話? 兄貴は何か知ってるの?」
遥「べつに」
<―数日前―>(場面転換、イプシ寮)
遥「はぁ……。(息を吸う音)やっぱ鞍馬センパイと話さねぇと作曲が進まねぇ……。めんどくせぇけど、俺の曲を出せるせっかくの機会だし」
遥「おーい、鞍馬センパ……」
唯(声のみ)「えぇ……そうですね。はい、その通りです」
遥「なんだ電話中かよ……。なら後で」
唯(声のみ)「はい、以上が旧スカイフォックスの経営者についての情報です。僕が知っている事はこれが全部ですね」
遥「っ……(驚いたような声)」
唯(声のみ)「はぁ、情報提供者は出さない方が良い……ですか。わかりました。それはお任せします。それで、このニュースはいつ出るんですか?」
遥「鞍馬センパイ……? いったい、誰に何の話をしてるんだ?」
(場面転換、ファミレス)
遥「てめぇは誰とでもよくしゃべるだろ。だから、知ってて黙ってることがないかと思って聞いただけだ。(息を吸う音)最近なにかがおかしい。このままじゃ、近いうちにバンドが壊れる気がしてる」
奏(なーんだ、つまんない。やっぱ兄貴の頭ん中、バンドがどうなるかでいっぱいなだけなんだ。そんなの、どうでもいいことなのに。兄貴はずっと、俺のことだけ気にしてればいいのに。ねぇ遥……もっと俺を見てよ。俺の話を聞いてよ。俺はこんなに兄貴のことが好きなんだ。何したって無駄なのに、独りぼっちで必死になって、大嫌いな俺にまで、縋ろうとする兄貴が……)
奏「ふーん、俺は秘密にしてることなんかないよ。兄貴と違ってね」
遥「はぁ?」
奏「兄貴さぁ、俺に黙って留学したじゃん? 向こうでずいぶん仲良くなった人が居たんでしょ? 日本に帰っても、お互いに音楽活動を頑張ろうとかなんとか」
遥「てめぇなんでそれを……!」
奏「けど、最近連絡取れてないんじゃない? そいつら、もうとっくに夢を諦めて、実家帰ったんだって。兄貴には本当のこと言えなかったのかなぁー。兄貴は友達だと思ってたのにね。っかわいそ!」
遥「っな!」
奏「プロになって生き残れる奴なんて一握りだもんね。年食って醜い姿を晒す前に、気が付いて良かったんじゃない? これで、兄貴とも縁が切れたし!」
遥「(苛立った声、早足でその場から離れる)」
(場面転換、イプシ寮)
唯「遥くん、おかえり。よかった、曲作りのことで相談が」
遥「(苛立った様子で)その話はいい。聞きたいことがある」
唯「構わないけど、どうしたの? 何か慌てているようだけど」
遥「なぁ、裏で動いてたのは……全部てめぇだったのか」
唯「……遥くん、怒ってるの? 裏で動いてる……って、なんのことだろう」
遥「しらばっくれんじゃねぇよ! スカイフォックスのゴシップは、鞍馬センパイがマスコミにリークしたんだろ。それに、俺が留学してた時の話も奏に喋ったって」
唯「あぁ……そのこと。うん、僕が話したよ。遥くんの留学のことは気になったからいろいろ調べたんだ。奏くんも知りたがってたから、教えてあげたんだよね」
遥「ってめぇ何のためにそんなことしやがったんだ!」
(唯臣の襟を掴む)
唯「っあ(苦しそうな声)、っ遥くん……襟を掴んだら苦しいよ。乱暴にしないでほしいな。どうして怒ってるの」
(食い気味で)遥「はぁ!? なんで怒ってるって……人が知られたくねぇことベラベラ喋りやがって! だいいち、ゴシップが出たせいで、また俺達があれこれ言われるようになっただろ! てめぇはこのバンドを潰してぇのかよ!」
唯「ごほっ……(咳き込む)、どうしてそうなるの? 僕たちはあのニュースのおかげで知らない人に知ってもらえたよね。僕、とても嬉しかったんだけど……」
遥「っくそ……話が通じねぇ、頭おかしいんじゃねぇのか……! なんなんだよ!」
(荒々しい扉の開閉音)
唯「はぁ……遥くん、どうしたんだろう。ずいぶん怒ってるみたいだった。これじゃあ曲作りが進められなくなってしまうよ。困ったなぁ……」
(場面転換、夜の街)(足音)
玲(野外フェスか……。アルゴナビスが中心になってバンドを集めるとは、あいつらもずいぶんと成長したものだ。悪くない企画だが……俺達はセールスランキングへの参加を見合わせている状況だ。とはいえ、勝手に断る訳にもいかない。ひとまず、紫夕に報告しておかねば)
玲(……それにしても、ここ最近の俺は明らかに本調子でないことも分かる。鋼の意志を持っているつもりだったが、たかがスキャンダルでこうも影響されるとはな。これまで俺は、大切な家族をめちゃくちゃにした宇治川家に復讐を果たす為だけに生きてきた。だが、同じように父親への憎しみを抱えていた紫夕はもう、過去ではなく、未来に目を向けている。だから俺も、紫夕や、紫夕の音楽を守るために生きていくのもいいのかもしれないと思えた。はぁ……この選択は……間違っていたのだろうか。傍に居ることによって、紫夕に迷惑をかけ、悪い影響が出るのなら……俺は、あいつから離れるべきなのかもしれない)
(場面転換、スカイフォックス事務所)(足音)
玲(紫夕は……おや、疎水さんと打ち合わせ中なのか)
疎「しかし、こんなことになるとはね。スカイフォックスのゴシップは、やはりまだ続報を控えているらしい。いったい、どれだけの情報が漏れたのか……」
紫「ふぅ……まさか、身内から刺されるなんて思わへんかったわ」
疎「そもそも、この事務所を立ち上げる時の紫夕くんとの契約の一つが、僕が伏見家を守る、ということだったね。今回の騒動が起きてしまったのは、僕の力不足だ。申し訳ない」
紫「そんなん、今はどうでもええ。とにかく、出来るだけはよう騒ぎを押さえてほしいんよ。別の話題が必要やったら、なんか考えるから」
疎「紫夕くんの希望はよくわかるよ。ただ、これだけのスキャンダルとなると、これ以上の炎上を防ぐために人を使うにしても、予算が必要かもしれない。でも、うちの事務所はまだ潤沢じゃないからね」
紫「お金のことやったら僕がどないかする。今後の僕のお給料、減らしてもろても構へん」
疎「あ、いや……なにもそこまでする必要は無いだろう」
紫「これ以上待てへん。はよう解決して! (震えた息)……このとおりや」
玲(っ……紫夕!?)
疎「ほら、頭を下げるのはやめなさい。分かった、すぐに出来る限りの対策をしよう。バンド内のことについては紫夕くんに任せるよ。いい音楽を作ることに集中してくれればいい」
紫「ふん……はじめっからそうしてくれたらええのに」
疎「それにしても……意外だったな。紫夕くんが玲司くんのことをそこまで考えてあげているなんてね」
紫「玲司が調子崩したら、僕に迷惑かかるやろ? 傍で鬱々とした顔されんの、じめじめしてかなわんだけや」
疎「っふふ」
紫「何がおかしいんよ? 気持ち悪い笑い方して」
疎「えぇっ、気持ち悪いは酷いなぁ」
(ノック音)
玲「烏丸です。紫夕に用事があって参りました」
紫「!」
疎「あぁ、どうぞ。入って」
玲「失礼します」
疎「お疲れ様。僕は次の打ち合わせがあるから、もう行くね。この部屋はこのまま使ってくれて構わないよ。それじゃあ」
(足音、扉の開閉音)
紫「玲司……あんた、いつからいたん?」
玲「今来たところです。それより、アルゴナビスからライブの出演依頼がありました。セールスランキングのプロモーションの一環で、知り合いのバンドを集めて、野外フェスを行いたいと」
紫「ふーん? あいつらにしては悪うない企画やないの。でもあんた、もうライブできるくらい元気になったん?」
玲「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした。俺は、俺のやるべきことを思いだしました。今後は、何があっても揺らぐことのないよう努めます」
紫「ほんま、二度と迷惑かけんといてや。ふふっ……ほな、お詫びの代わりに一つ頼まれてもらおか。どうせなんかやるなら、面白うしいひんとねぇ」
(場面転換、イプシ寮)
玲「全員集まったな」
唯「なんだか、皆が顔を合わせるのは久しぶりだね。同じ家にいるのに最近はあまり会わなくなっていたから」
遥「っち……顔見たくねぇんだよ……」
奏「ねぇ、俺出かけたいんだけど。話すなら早く終わらせて?」
紫「はいはい……じゃ、まずはこれ。玲司、配って?」
(紙の音)
奏「楽譜? 見たことない曲だけど……新曲ってこと?」
紫「そ。唯臣と遥に作ってもらう話やったけど、全然進んでないみたいやったからなぁ。僕が作っといてあげたわ」
唯「そうなの? でも、リリースはまだ先だって」
玲「いや、すぐ必要になったんだ。これをセールスランキングのための新曲とし、我々は明日、アルゴナビスが主催する野外フェスに出演する。新曲もそこで披露するから、各自練習しておくように」
遥「(食い気味に)明日!? なんだよそれ、この状況で演奏しろってのか!」
紫「なんや遥、そんなに嬉しいん? でもなぁ……残念なことに、これが最後のライブなんよ」
奏「どういうこと?」
紫「うちらイプシロンファイのラストライブってことや。せやから皆、気合入れて頼むわ」
遥「ふざけんな! 勝手に決めてんじゃねぇよ!」
紫「僕やって心残りやわぁ。けど、遥は今のまま、このメンバーで続けていけるん?」
遥「それは……」
玲「皆、最後だからといって手を抜くなよ。これからも音楽を続けたい者にとっては、いい演奏をすることがチャンスに繋がる。別のバンドや事務所から声が掛かる可能性もあるしな」
奏「ふーん……ねぇ兄貴、これからどうする? 一緒に別のとこ移る?」
遥「行くわけねぇだろ」
奏「だったら俺、もうバンドやめよっと。時間取られるし、練習とかダルいし。鞍馬センパイもそうでしょ?」
唯「僕は……どうしよう。どうしたらいいのかな。紫夕くん、僕たち本当にもう終わりなの?」
紫「せやなぁ……でも別に、唯臣だってバンド活動に思い入れないやろ?」
唯「わからない」
唯(バンドが無くなったら、どうなるんだろう。紫夕くんには玲司くんが、遥くんには奏くんが居る。でも、僕には誰も居ない。また一人ぼっちになるのかな。どうして僕だけ、いつも……)
(場面転換、野外フェス会場、雨)
紫「っ……はぁ……雨、まだ降りやまんなぁ。皆、楽しんどる?」
(歓声、拍手)
紫「っふ……あははは! 客席のおにーさんもおねーさんも、みぃんなびしょ濡れやないの。ええ景色やわぁ」
遥(っち……雨で音に影響が出てやがる。このギターも、もう使い物にならなくなるかもな。……まるで今の俺みてぇだ)
奏(あぁ……兄貴、すっごいイライラしてる。その目、もっと俺に向けてくれないかなぁ。これが最後なら、目一杯楽しみたいし)
紫「今日はえらい大きなお祭りやねぇ。まだまだバンドが出るみたいやけど、今から聞かせる新曲で、しばらく僕らのことしか考えられんようにしたげるわ」
(歓声、拍手)
玲「おい、っ……おい、唯臣! 次は新曲だぞ。セッティングが違うんじゃないか!」
唯「あ……ごめん、少しぼーっとしていたみたい。大丈夫、いけるよ」
紫「ほな、僕らの最後の曲や。楽しんでな? Re:ノイズ」
(Re:ノイズMV)
遥(これが最後の演奏か。雨のせいで抜けきらねぇ音、息もばらばらなバンド。俺はなんのために今まで我慢してきたんだ。……クソみてぇな環境でも、いつか報われるって信じてた。……なのに……なんでなんだよ!)
奏「ちょっと兄貴、前に出すぎだよ! バランスめちゃくちゃじゃん! 合わせてよ!」
遥「うるせぇ!!」
遥(もう……なにもかもどうでもいい。焦燥、嫉妬、羨望……ずっと俺に纏わりついてる泥みてぇな感情……全部邪魔なんだよ! 消えろ!!)
奏「っちょ……」
奏(あ……あれ、俺、演奏について行けてない? いつもなら、俺の方がずっと上手いのに。必死な兄貴を軽くあしらって、悔しそうな顔を見るのは俺の方なのに! このままじゃ置いて行かれちゃう。待ってよ兄貴! 俺より先に行くなんてずるい。俺と一緒にいない兄貴なんて、絶対に許さない!!)
唯(遥くんも奏くんも、見たことのない表情してる。凄いなぁ……人間ってあんな顔もするんだ。……あぁ、楽しいな。やっぱり、ここで演奏している時が一番楽しい。けど、それも今日で終わりなんだ。子供のころから気付くと周りに人が居なくなってた。ずっとそういうものだと思ってた。だけど、この場所を失ってしまうのは……また、一人になるのは……絶対に嫌だ)
玲(俺達の奏でる音と感情が……濁った嵐のように渦巻いている。かつて紫夕は、俺達の音楽を不協和音と言った。今日のステージは、その集大成と言っていい。やはり紫夕は天才だ。俺はいつまでも、このステージを忘れないだろう。これを終わりにするなんて、あまりにも惜しいと言わざるを得ない)
紫(あーあ……どいつもこいつもみっともない。欲しいもんを手に入れとうて、なりふり構わんてところやなぁ。俯瞰で見とるつもりの玲司だって、今にも涎を垂らしそうな顔してるわぁ)
紫「っふ……あはは、あはははは!(長い笑い声)」
紫(おもろい。ほんまにおもろいわぁ。みぃんな僕の手のひらの上や。あんたらと遊ぶの、ほんまに楽しくてしゃーないわぁ!)
(歓声、拍手)
紫「おにーさんも、おねーさんも、おっきな声出してくれておおきに。ほな、次のライブでもよろしゅうなぁ?」
(場面転換、楽屋)
紫「はーあ……雨やったから余計疲れたわぁ。玲司、タオルとドリンク持ってきて」
玲「かしこまりました」
遥「おい紫夕、さっきのあれはなんだ」
紫「ん? なんやの?」
唯「次のライブって言ってたよね。紫夕くん、気が変わったの?」
奏「そうだっけ? 別にもうどうでもいいけど。ねぇ、着替えたら帰っていいよね?」
紫「ええけど、あんたら、セールスランキング特番があるの覚えとる? ライブが終わったからって、サボるのは無しやで」
遥「そんなことより、解散の話は」
紫「はいはい、その特番が終わったら、今後のこと話したげるわぁ。せやから全員、ちゃんと来るんやで」
(場面転換、テレビスタジオ)
司会「い、以上、セールスランキング発表特番でしたー!
AD「……はい、カメラ止まりましたー。出演者の皆さん、お疲れさまでした」
(拍手)(場面転換、楽屋)
玲「お疲れさまでした、紫夕」
紫「はぁ……暑苦しい。なんなん? あのおっさん同士のややこしい話は。みっともな」
唯「ST//RAYRIDEの天王寺さん、伊龍さんを睨み付けて大声を出していたけど、何があったんだろう?」
玲「さあ、皆もご苦労だったな」
奏「あーあ、セールスランキング、まあまあの結果だったのにねー。新人バンドにしちゃあ結構いい記録なんでしょ?まだお金儲けできそうなのに、ちょっともったいないとか思っちゃった」
唯「うん、僕も残念だよ。ずっと続けたかったな」
遥「それで、バンドとしての仕事はこれで終わりか? あとは契約だのシェアハウスをどうするとかの話だろ」
紫「うん? なに言うてるん?」
遥「なんのことって……これで解散なんだろイプシロンファイは!」
紫「えぇ? 解散なんて僕、一言も言ってないけど?」
唯「え? でも、紫夕くんがこの間のが最後のライブだって」
紫「ふふっ、今月最後のライブやなぁって思っただけなんやけど……」
遥「はぁ!?」
紫「あぁでも……みんなもう辞めたい感じなん? ライブもギスギスやったもんなぁ。みーんな、聞いたことない音出しとったわぁ」
遥「っお前……!」
紫「まぁ、やめたいならほんまに辞めてもええよ。ただし、抜けるなら結構な違約金かかるけどなぁ」
奏「なに? どういうこと?」
玲「最初に俺達メンバーは、スカイフォックスと個別契約を結んだだろう。その時の書面はよく読んだか? 契約期間中にこれを破棄すると違約金が発生する。まだ学生の俺達には、まず支払えない金額だ」
遥「んだよそれ……! 隷属契約じゃねぇか」
紫「あはっ、そうとも言うかもねぇ。まあ、あの野外ライブは過去一で盛り上がったんちゃう? どうしてもって言うなら、違約金だのなんだのは無しで辞めてもええよ? ……あれ以上の演奏ができへんっちゅうならなぁ」
遥「はぁ!? 出来ねぇわけねぇだろ! 俺はまだ上に行く。どんな場所だろうが関係ねぇ」
奏「え、兄貴ってばバンド続けるの? じゃ、俺も辞めるのやーめた! っへへ、これからも一緒だよ!」
唯「奏くん、良かったね。ライブじゃあまり余裕が無かったから、次はもっと盛り上げてくれると嬉しいな」
奏「は?」
唯「でも、これでまたみんなと活動できるんだね。よかった、僕も嬉しいよ」
玲「さあ、もうすぐタクシーが来るぞ。帰り支度をしろ」
奏「はいはい」
(足音)
紫「ふぅ……莫大な違約金なんて、あるわけあらへんのに。うちのメンバー、思った以上に単純で心配やわぁ。そう思わへん?」
玲「紫夕が捻くれているだけでしょう。悪戯は程々にしてくださいよ」
紫「ふっ、それでこそ僕やろ? まだまだ、この場所で楽しませてもらうわ」
(場面転換、背景夕暮れの空)
遥(俺は相変わらず、クソみてぇなこのバンドで生きてくらしい。だけど、収まらねぇイラつきも、逃げ道の無い絶望も、全部この手でぶち壊してやる。そして必ず、見たことがねぇくらい高い場所に辿り着いてやる)
奏(暇つぶしのつもりで始めた音楽だったけど、どうやら思った以上に面白いみたい。遥がここにいるなら、俺もずっと傍にいるよ。だけど……もう絶対に負けないからね。だって、兄貴を一番悔しがらせるのは、この俺なんだから)
唯(最近、自分の中で感じたことの無い感覚がある。これって……なんなんだろう。何かを無くすことが嫌だとおもったり、誰かが他の人に大切にされているのを見ると、落ち着かない気分になるんだ。っふふ……人間って面白いなぁ。僕の知らない感情、これからもたくさん見られそう)
玲(むき出しの感情が奏でる壊れた音楽、紫夕が作る物語は……こんなにも歪んで美しい。俺は盾となり剣となって、この世界を守り続けよう。いつかあいつが、飽きて捨てるまで……どこまでも)
紫(つまらん世界をぶち壊したかった。すぐに駄目になるオモチャばかりで、ずっと退屈しとった。……やけど、ここはまだまだ飽きひんなぁ。……ねぇ、みんな? あーそーぼ? っふふ……ほら、おいで? 僕が、とーってもおもろいもんを見したる。せやから、ずーっと……目、離すんやないで?)