【化け物の夢(サイバー三号)】化け物の夢(サイバー三号)
暗闇が辺りを包む中、私はふと目が覚めた。
い草の慣れ親しんだ畳の匂いと、使い慣れた布団と見慣れた部屋。
その布団から上半身を起こせば何故か全身が焼ける程に痛く、そして冷たい。
「起きたか」
「······?」
見知った部屋に、見知らぬ気配。
掛けられた言葉にそちらの方へと身体を向ければ、ソレは閉め切られた障子の向こうから私に再び声を掛けた。
「目が覚めたか?」
「············貴方は誰ですか?」
「······」
月明かりに照らされたその“ 影 ”は何も答えることは無く、スっと柱の影に消えて見えなくなった。
「っ!」
ズキン、と痛む身体。
あぁ、身体が痛い。
きっと寝過ぎた所為だろう。
暫く痛みが治まるのを待ってから、私は布団から起き上がる。
「雪······?」
閉め切られた障子を開ければ、見慣れた庭は一面の雪景色。
辺りは鬱蒼とした森に包まれ、何故だか私にはソレが酷く恐ろしく見えた。
森に入れば戻っては来れないような······そんな思考に苛まれ、酷く恐ろしくて堪らない。
「そう言えば先程の方は······」
ちらりと後ろを振り返り、そこに何も居ないことを確認する。
一体何だったのか、良くは分からないがまぁ良いかと再び視線を庭に戻す。
月明かりの下、縁側に腰を下ろしてはぁ···と息を吐く。
「······やはり、何も感じないのですね」
この私の身体は、生まれた時から奇病に侵されている。
太陽の下に出ると忽ち皮膚が焼け、暑さ寒さを感じない。
そんな私を両親はとうに見捨て、私を一人この屋敷に追いやった。
元々親に愛されもしなかった私がそうなることは分かっていた。
だから此処に居ろと言われて素直に頷いたのだ。
「あぁ···太陽が、見たい」
今の私にあるのはただ、温かいと言われている太陽を一度でも良いから見たいのだと言う思いだけ。
「っ······」
ぐらり、と身体が傾く。
先程まで寝ていたと言うのに、酷く眠い。
このままでは此処で眠ってしまう。
「風邪を引くぞ」
そう言った人は······誰だった?
月明かりに照らされて、私は再び目が覚めた。
あの後、私はちゃんと布団に入れたらしい。
「っ!!」
ズキズキと身体が痛く、頭も痛い。
「起きたか」
閉め切られた障子の向こう、昨日と同じ声が私に問い掛ける。
「目が覚めたか?」
「っ······貴方はっ······誰ですか!!」
治まらない痛みの中、その影に向けて私は叫ぶように尋ねる。
けれど、やはり影は何も答えず柱の影に消えて行く。
布団から飛び起き、その背中を追い掛けてもやはりそこには誰も居らず、私は崩れ落ちるように座り込む。
漸く痛みが治まって来た頃、私は再び縁側に座り一面雪景色に染まった庭を見詰める。
相変わらず暑さ寒さは、分からない。
けれど何か大切なことを、忘れている気がする。
「っ······!」
考え込むと酷く頭が痛む。
そして再び急激に来る眠気に襲われる。
布団に、布団に戻らなければ······。
「お前は昔から身体が弱いからな」
そう言った人は············誰だ?
次の日もその次の日も、相変わらずその影は私に問い掛け、消えて行く。
私は、相変わらず全身の痛みに苛まれながら寝ては起きてを繰り返す。
そんなある日私は再び目が覚め、日に日に強くなって行く身体の痛みにとうとう布団から起き上がれなくなっていた。
「っ!ぅ······!!」
ガンガンと割れるような頭の痛みと、全身の痛み。
身体の中が凍って行くような酷い寒さに、私は漸く気付く。
どうして······“ 寒い ”と感じる?
「っ!!!あ、あぁ······あぁぁぁぁ!!!!」
途端に記憶の濁流が私を襲い、痛みの渦に呑まれながら私は頭を抱えて涙を流す。
あぁ、そうだ、思い出したんだ。
「目が覚めたか?」
「っ!!!!」
いつの間にか“ 人影 ”は私の傍に居て、ポロポロと涙を流す私の頬に手を添えて囁く。
「お前は······身体が弱いから」
「っ!!!!そうしたら貴方はっ······貴方は!!!!」
「お前を生かせられるなら、私はどうなっても構わない」
嫌だ、と全身が訴える。
けれど瞼は私の言う事を聞いてはくれなくて、どんどんと深い意識の中へ私を誘う。
立ち上がり、去って行く人影の背中に手を伸ばしても届くことは無く、ソレはやがて障子に手を掛け······ゆっくりと私に振り返り、微笑んだ。
「早く目を覚ませ、愛しの弟」
「っ······!!!!」
ぱちり、と月明かりの中私は目を覚ます。
全身に巻かれた包帯と、まるで病人か何かの衣服。
痩せ細った身体から、自分は一体どれだけの間眠っていたのだろうかと考える。
長い長い夢を見ていた。
昔、奇病に侵されていた私を気遣ってくれた唯一の双子の兄が私の身代わりとなり、毎年村を悩ませていた水難を防ぐ為に人柱となって、死んだ。
太陽の下に出れないと分かっていても、優しかった兄が身代わりとなることに耐えられず、私は連れ去られて行く兄を泣きながら追い掛けて川にーー······。
「あぁ······そうでした。あの日から私は······」
川に飛び込み、流れ着いた別の村で長い長い年月を掛けて奇病と言われた病は克服したけれど、失った者はあまりにも大き過ぎた。
兄の存在が忘れられず、私は兄の姿を追うようにして数ヶ月前に川へ······。
「っ!!!!」
私は全てを思い出し、傷だらけの身体に鞭打って外へと飛び出す。
兄が居ないと言うのなら、こんな世界に意味は無い。
まだ私は死んでいない、ならばもう一度飛び込めば良い。
今度は高い崖から。
そう思い、私は滝が流れる場所まで山道を登って行く。
傷だらけの身体では時間が掛かるだろうが、今の私には関係が無かった。
漸く辿り着いた場所は、下の川が遥かに見下ろせる高い崖になっていた。
「此処からなら······」
もうじき、兄に会えるだろう。
そう願い私が川に身を投げようとした瞬間、私の手首を掴む小さな子供の手。
「駄目だ」
「っ!!!!」
掛けられた言葉に振り返り、私は目を見開く。
私の腰くらいの高さしか無い小さな子供。
けれど何故だかその子供は私をじっと見上げ、ゆっくりと呟く。
「何故私がこう思うのかは知らん。だが、駄目だ」
「っ······君······は······?」
「私には記憶が無いから自分が何者かは知らん。もしお前が何処にも行く宛てが無いのなら、私と住むか?」
その子供は、年齢の割には酷く大人びていて、私を自分の住む家に来ても構わないと言ってくれた。
少年には親が居ないのだと言う。
少し前に亡くなり、今は山奥で一人住んでいるのだと。
この川に来たのも、何故かは分からないがそうしなければならない気がした、と言う。
何処か懐かしいような······そんな雰囲気のする少年を見て、私は静かに頷き少年の後を追う。
不意に先を歩いていた少年が立ち止まり、あぁそう言えば······と私に振り返る。
「身体はもう、大丈夫になったのか?」
その言葉に私は目を見開き、手を伸ばす。
少年を強く抱き締め、私は涙を流す。
あぁ······やっとーー············。
「お帰り、兄さん」
会えたーー······。