アイスクリーム まとわりつくような暑さが鬱陶しくて顔を顰めた。7月に入り暑さは本格的だ。この間まで梅雨だったはずなのに、気づけば雨雲はいなくなって、高い空に燦々と太陽が輝いている。夏は嫌いじゃない。しかし、最近の猛暑は異常だ。限度ってものがあるだろ。
通い慣れた事務所への階段を駆け上がると、少し歩いただけでも肌着はびっしょりと汗を吸い込んでいた。早く、早く涼しい場所へ。誰かしらいるよな? プロデューサーとか。
事務所の扉を開くと案の定、涼しい風が吹き込んでくる。生き返った。
「おはようございます」
挨拶をして辺りを見回すが誰もいない。あれ、プロデューサーがいると思ったんだけど。肌に張り付いた服の間に冷房の風を取り込むと涼しいを超えて冷たい。そのうち待ってれば誰か来るか。デスクの上にはプロデューサーが作業をしていた形跡があった。
ソファに掛けて涼んでから、課題に手をつけるか台本に目を通すか決めあぐねていると事務所の扉が開いて見慣れた人が顔を出す。
「……あ! 秀さん、おはようございます」
「おはよ。さっき来たばっかりだけどプロデューサーがいないからどうしたのかと思って。どこか行ってたの」
スーツ姿のままどこかへ出かけていたようで、近所のコンビニの袋を手に提げていた。
「そうだったんですね! お出迎えできずすみません。あまりにも暑いので休憩がてらアイスでも食べようかなと思ってコンビニに寄って来たんです。」
ほら、とプロデューサーは提げていたビニール袋を広げる。そこからはバニラバーだのソフトクリームだのアイスが挟まったビスケットサンドだの、様々な種類のアイスが入っていた。
「秀さんもお好きなのをどうぞ」
この人の事だからまさか全部1人で食べるわけもないだろうが、さすがに買ってきすぎじゃないかと思いつつも「じゃあ」とソフトクリームを手に取る。
冷えた汗が冷たくて肌寒い。ソフトクリームを包むプラ容器を取り外す。
「それにしても、もう夏ですねぇ、この間まで梅雨だったのに。もう梅雨開けしたんでしょうか」
「……一応まだしてないみたいだけど」とすぐにスマホで調べた情報を述べる。
「湿気も多いし洗濯物も乾きづらいから困りますね」
あ、俺と同じアイス食べてる。そういえばこの人も社会人で一人暮らしをしていて、自立した生活をしている。なんか、プライベートなところが想像つかない。
「そういえばさ、通学路で紫陽花が綺麗に咲いてたんだよね」
スマホの写真フォルダから見事に咲いた紫色の紫陽花の写真を彼女に見せる。
「わ、素敵ですね。今年は紫陽花見れなかったので、秀さんに見せていただいて嬉しいです。綺麗に手入れされてるみたいですね」
ちょうど机を挟んで向かい側に座っているから、身を乗り出して手元のスマホを見ているからすこし、距離が、近い。
先程まで外出していたせいか首元や鎖骨にうっすらと汗が光って見えて、見てはいけないものを見てしまった気分になった。
「あ、秀さんアイス溶けてますよ」
え? と思ったのも束の間冷たい液体が指の上を滑り落ちていく。プロデューサーはいつの間にか食べ終えてしまったのか、拭くもの持ってきますねと立ち上がった。
なんとなく。なんとなく、彼女の首筋を見てしまったせいか、否か。滴り落ちるそれを、彼女に舐めとってもらえないかと思ってしまっていた。
(あるわけないよな)
あまりの暑さだ、思考が鈍くなるのは仕方ない。そう無理矢理理由づけては、邪な考えを打ち消すのだった。