額がつくほどの至近距離でマイクを握っていた。もう片方の手は相手の胸ぐらを掴み、今この場所に縛り付けて自分のリリックをぶつけてやることしか考えられなかった。
それほど頭にきていたのだ。言うことを聞かずに危険なことに首を突っ込むからだとか、自分の命を蔑ろにするようなことをするからだとか。隣で戦って欲しい。一緒に退屈で不条理な世の中を踊るように駆け抜けたい。あるいは地獄の底にある高級ソファにでも腰掛けて酒を酌み交わしつつ煙草をふかしたい。戦って勝つことでしか、俺たちは相手に大事だと伝える手段がない。
自分のものなのか相手のものなのかわからない息遣いが聞こえて、ふと我に返った。はじめは離れた距離から戦っていたはずだ。きっと、あまりの怒りに体が動いたのだろう。気がつけば、目の前で夏の葉のように燃えている瞳が俺と同じように怒りを湛えていた。
一瞬時が止まったのは、そんな相手の色がやけに美しく見えたからだろう。きんと響くような静寂で、胸ぐらを掴んでいた手の甲から相手の鼓動が伝わる。ドッ、ドッ、とかなりの速度で心臓から血液を送り出している。
銃兎の心音が跳ね返るように俺の心臓も鳴る。呼応しているように鳴る。
生きている証拠だ。たしかに目の前にいる入間銃兎が生きて、俺に怒り、心臓を鳴らしている。
そう思うと、途端に戦意が凪いだ。銃兎も同じだったらしい。きつく握っていた手を緩め、マイクを解除する。今ここで戦う意味がなくなった。相手を縛り付けて自分の言葉を聞かせる意味がない。
生きているのだ。なによりも明確な形を成して生きている。入間銃兎が、俺の前で。