🍐初恋◇
「………なんで俺に構うの?」
「え?家族でしょ?」
「……家族って、そんなに大切なものじゃないでしょ」
「………君はそうかもしれないね……でも、僕にとっては大切だから……」
「めんどくさいと思うようになるよ。そのうち」
「思わないよ。絶対に思わない」
「………お母さんもそうやって俺に嘘をついたんだ」
『愛していると、家族だと言ったのに』
綾鷹くんが家に来た時に弱々しく言った言葉がずっと胸に引っかかっている。
◇
彼の部屋の隅で本を読みながら、ちらりと綾鷹くんを見ると、彼も隣で本を読んでいて、お互い何も喋らないけれど、その空間が酷く心地よかった。
そしてそれは綾鷹くんも同じだった。
「梨くん、すごい本読むんですね」
「昔、習い事とかサボってて、よくおじいちゃんの書斎で本を読んで時間を潰してて、それから結構読むようになったんだ……」
「へぇ、意外と真面目じゃない一面もあったんですね」
「よくお母さんに怒られてたよ、ふふ」
僕が笑うと、綾鷹くんもつられて笑った。
大人びた感じにふふっと笑う彼の顔を見れて心から嬉しいと感じた。
「………いいですね。好きな物、好きな人……いるだけで、人生は楽しいそうですよ」
「いない……?」
「綾鷹が好きですよ。」
「そ、そっか。良かった」
「ほんとは俺のこと大好きでいてくれる人がいたら、その人に縋って生きていけるのになぁ」
そういう彼に大好きと言えたら良かったのにと今でも思っていた。
しかし、この言葉は彼にとって呪いなのだと思った。
綾鷹くんには幸せになって欲しい。それは昔から今でも思っている。
◇
僕が20歳の時、はじめてキスをした。
と言っても、あれは、事故だ。
綾鷹くんに誰かがぶつかって体制を崩した綾鷹くんの唇が僕の唇に当たっただけ。
「……っ………???」
がちんと歯が当たり、キスなんて呼べるものじゃないが、初めての経験だった。
「おいおい、男同士でキスしてんじゃねーよ。気持ちわりー」
「うるさい、お前らがぶつかってきたんだろうが」
「…………」
「ごめん、梨くん。血とか出てない?」
「あっ………」
綾鷹くんは心配した顔で、頬に触れてきて、それにちょっとドキンと心臓が酷く煩くなった。
「………か、帰る。学校頑張ってね」
そう言ってスタスタと足早に綾鷹くんから去った。
初めてのキス、それが男で家族で……綾鷹くんで。
嬉しすぎて、鼓動がおかしくなる。
どうして嬉しいと思うのか、それが分からないほど、子供ではないし、同時に涙が止まらなくなった。
『気持ちわりー』
あれが普通の反応で、正しいものなのだと思う。よく、自分の名前も女の子みたいで気持ち悪いと言われた。
あの時は、女の子じゃないってすごく否定して、でも今は、心の底から自分は女だったらと女々しくも思ってしまった。
初めて、恋を自覚した時だった。
「違う。ちがうよ、綾鷹くん。僕は女の子が好きだから……」
綾鷹くんも女の子の方が好きでしょ?
自分でそう言っておいて心臓がとても痛かった。
綾鷹くんは家族の愛しているが苦手だ。
いや嫌いと言った方がいいのかも。
それは彼を捨てた母親が綾鷹くんに呪いのように毎日言った言葉だ。
綾鷹くんにした酷い行いを『愛している』と言って、綾鷹くんを縛り付けた。
それをよく知っているから、彼に酷く同情したのだ。
「違う、ちがう、ちがうから。」
自分が綾鷹くんに持っている感情は、家族の愛のはずだ。
何日もそういいきかせて、綾鷹くんを避けて、きっと綾鷹くんはまた捨てられたと思っただろうな。
今思えば、あのキスからあの感情持った訳じゃない。
僕の小説をからかわないで読んでくれた時、急に一緒に住むことになった僕を家族だと読んでくれた時、一緒に本を読んでる時…………
いや、もっと昔、君に初めて名前を呼んでもらった時。
あまり好きじゃなかった名前を心から好きと思えた。
僕が名前を好きじゃないとわかった時は『梨くん』と素敵な呼び名をくれた。
其れが1番嬉しかったんだと思う。
◇
"恋人ができた"そう言って彼が連れてきた人は、優しそうな美人な男の人だった。
「……………もう、付き合ってるの?」
「うん、一緒に住んでる」
「…………………綾鷹くんは、幸せ?」
「すごく幸せだ」
そういった彼の笑顔はとても幸せそうだった。
「…………そっか。おめでとう。これからもっと幸せになってね!」
僕は、家族として、ちゃんと彼を愛せたかな。