その日はとても清々しい天気だった。どこまでも広がる晴れ空にふっと夜の気配が差し込み、夕焼け空を暗く染め上げていく。決して空気が綺麗とは言えない環境だとしても、誰しもこの素晴らしい空の元で世界一、いや宇宙一プリティーでセクシーな彼女と共にいられたならそれはもう最高の気分だろう。
そう、この男だってそうだ。
だらしない笑みをこぼし、BFは頬をでろでろに緩ませながら気分良く自分の家へと向かう。愛しいBabeと最高の夜を共にすることができないのは心残りだが、それでも今日という1日はとても素晴らしい時間だった。
───そう、確かにさっきまではそのはずだったのだ。
***
「家が燃えてたですって?!?!」
GFはそう叫んだ後、ハッとしたように口元に手を当てた。そんな彼女を母親が横目で見ながら歩き去る。
「家に帰ったら全部燃えてたって…貴方は大丈夫なのハニー!?怪我はない?あぁ…可哀想に…」
「俺は大丈夫さbabe。あーただその、問題はあって…」
「問題?」
「ないんだ、財布と、スマホと、マイク以外。全部」
あぁ…と受話器から漏れる声にBFは思わず乾いた笑いをこぼしながら煤けた空を仰ぎ見る。我ながら突拍子もない話だけれど、紛れもない事実であり受け入れ難い現実だった。夕空をバックに轟々と燃え盛る我が愛しのアパートメントが脳裏に浮かびBFは深いため息を漏らす。
「可哀想なダーリン…。それなら、私の部屋にこない?」
「あーーーもちろん!そうしたいのは山々だけど…」
遡るは数日前、彼女の部屋で過ごすはずだった甘い夜は悪魔たちの怒声によって修羅場と化した。BFが彼らの洋服を華麗に盗み、ファッションショーを始め、キッチンの甘味を見事に食い荒らし自分好みに部屋をコーディネートしたのである。いうまでもなく出禁になった。初めてのことではないけれど、その中で長期間宿泊するというのはいくらなんでも無理があった。本格的に命が取られかねない。
「そう…残念だわ。じゃあどうするの?」
「Ummmmmm…………………」
「で、俺のところに来たと?」
「この通り…お前が最後の頼み綱なんだよ Pico…」
最後なのかよ、とPicoは自分の脚にへばりつくBFの首根っこを持ち上げる。
「こんな正気じゃねぇやつを誰が家にあげるかよ…家族は?」
「長期出張」
「ダチ」
「全員諸事情」
「ホテル」
「満席or出禁」
「今ここで殺してやろうか??」
べそべそと泣き続けるBFを地面に放り出しPicoは銃をクルクルっと回し壁へと一発ぶち込む。そんなことも気にせず地面を這いつくばり彼はPicoの脚に再び縋り付く。さながらゴキブリのようだとPicoは顔を引き攣らせた。
「離れろクソガキお前に住まわせる家なんてねぇんだよ」
「金は出すからさ…いいだろ……金は掛からないんだぜ………」
「世の中金だけで済むかよ、大体お前を住まわせたところで俺に利益なんて無いだろうが。一体お前に何ができる?」
「…………ラップの相手に、夜の世話?」
バン!!!と放たれた銃弾はBFの足元でシュゥ…と音を立てて力を失う。流石のBFも黒目を小さくして抉れた地面を見つめた。
「oh…はは、そんな焦るなってウニちゃん……溜まってるならいまここで抜いてやってもいいんだぜ?」
「どうやらお前は金玉だけじゃなく脳味噌までクソで詰まってるらしいな、どこを撃たれて死にたい?」
えーんとBFはわざとらしく両手を前に掲げる。そんな彼をギロッと睨みPicoは吐き捨てるようにため息をついた。
「口を開けばクソみてぇなことばっか言いやがって……死にたくないならさっさと失せろチビ助」
フグのように膨らむBFを尻目にPicoは背を向けしっしと彼を追い払う。もう諦めただろうとPicoはため息を吐いた瞬間、 Picoはバッと耳を塞いだ。
「BEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEeeeeeeeeee──」
「ッ!」
Picoが銃口をBFに向けるとBFはその瞳をギラリと輝かせにやっと笑う。その手にはマイクがガッチリと握られてる。刹那の静寂と張り詰めた空気が彼らを包んだ。
「………わかったよ、俺の負けだ。着いてこい」
「Beep」
好戦的な自信に満ち溢れていた顔は喜びに満ち、幼児のようにBFはPicoの後ろを着いてゆく。消えると面倒だから横に来い、というとタッタッタっとPicoの横へ駆け足気味でついてくる。満面の笑みを浮かべるBFを尻目にPicoは深いため息をつき、手元の銃をくるくると弄んだ。
離れた場所からそんな彼らを見つめるふたつの人影があった。
***