モブコバいつもは重い仕事帰り道も今日からは足取りが軽い。浮ついた気持ちで家の鍵を開けて靴をいそいそと脱ぐ。
廊下にある鍵のかかった扉の前に立つ。このためだけに特別に作った部屋。逸る気持ちに震える手でポケットから出した鍵を取り出す。
防音の壁に囲まれた窓のない部屋の中、暗い部屋に廊下から差し込んだ光が差し込む。
「ただいま」
隅に置かれたベットの上に横たわる黒い影がモゾリと身じろいだのが見えた。
明かりをつけ部屋に入ると反抗的な視線がこちらを見ていた。ようやく手に入れたそれを眺める。
緑がかった瞳に耳のような赤い結晶、黒い体毛は間近で見ると少し傷んでいる。
そして口には布がかまされ、手足には拘束具がつけられていて身動きが取れないようにされていた。無論、自分がやったのだが。
「そんなに睨まないでくれ、コバヤシ君」
ベットに腰かけ触れようとすると言葉にならないうめき声をあげてバタバタともだえて抗議される。しかしその程度で外れるようなやわな拘束ではない。
「はは、これから一緒に暮らすのにつれないな」
それは今から半年ほど前のこと。自分は今日も上司にミスを詰られ、とぼとぼと家路についていた。
毎日終電でギリギリ家に帰っているので空いてる店などコンビニくらいしかなく今日も夕飯を買うために立ち寄った。
商品を購入し店を出ると彼はいた。店の前の喫煙所でけだるそうに煙草を燻らせている。夜の暗がりに溶けるような黒い体毛に伏せられた目が色っぽくて自分は一目で彼の虜になったのだ。
それからというもの自分は仕事の合間を縫って彼のことを見守ることにした。最初は遠くから彼を見ているだけで満たされていたがそのうち彼のことがもっと知りたくなった。
彼の名前はコバヤシというらしい。下の名前は誰も呼んでいるところを見たことがない。郵便物を漁ったがやはり下の名前はわからなかった。ないのかもしれない。
年齢は34、オス。
家はXXXXにある一軒家でそこでティーチという青い猫とサムという青いうさぎと3人で住んでいるようだ。うさぎの子はそれほどではないが猫の子の方は危険だ。勘がとても鋭く危うくストーカー行為がばれそうになることがあった。気をつけなければ。
細心の注意を払いつつ、生活のリズムを調べたり盗撮を繰り返す。コバヤシは愛煙家だが家ではほとんど吸うことはなく、吸ってもベランダに吸っている。うさぎがまだ若いからか気を使っているのかもしれない。ベランダの柵に肘を着き、タバコの小さな火とぼんやりと遠くを見ている姿を度々見られその度、自分はカメラの容量がいっぱいなるまでシャッターを切った。撮影した写真の中から写りの良い一枚を現像して部屋に飾る。壁はこれまでに盗撮した写真でいっぱいだ。コンビニでの一枚に、ゴミ出ししている以外に家庭的な姿。机の上の一番見やすい位置に飾られた猫の子と二人で談笑している一枚は柔らかな表情が最高で一番のお気に入りだ。しかし写真で満足出来たの一時的なことで次第に自分は彼が欲しくてたまらなくなっていった。
彼を自分のモノにする。
そうと決まれば準備をしなければ。
まず小さな家を買った。古くもう長く誰も住んでいなかったため安く買えた。少々ボロかったがどうせかなりリフォームすることになるからな。資金面の心配もあったがもう長く社畜をしていて時間も趣味もなかった自分の貯金でどうにかなりそうだ。
場所はコバヤシ達の家から少し離れたところにした。車などの移動手段を持たない猫の子がまずたどり着かないところにする。
勘が鋭い猫の子の行動範囲の外にしなければ見つかってしまう可能性がある。対策はし過ぎて困ることはないだろう。
次に買った新居の一室を専用に改造する。
この家を選んだ一番の理由がこの部屋だ。この部屋にはホテルなどのように室内にトイレとシャワー室が着いていた。どうも前に住んでいた住人が介護の必要な老人と住んでいたらしくそのために特別に作ったらしい。
まず壁を防音壁に張り替え、買ったベットと道具を運び込む。何日もかかったがすべては彼を迎えるためだと思うと少しも面倒には思わなかった。
あとは唯一の出入口のドアの鍵を中からも外からも鍵がなければ開かないものに取替える。
これで準備は完了だ。思えば仕事以外でこんなに夢中になったのはいつぶりだろう。
さてついに彼を捕まえるだけになった、わけなのだが。
問題は同居人の猫とうさぎの子をどうにかしなければばらない。どちらも誘拐の弊害になる上
、なにかと一緒に行動するため引き剥がす手立てを考えなければ。
そう思った矢先の出来事だった。猫の子とコバヤシが喧嘩してコバヤシが家を飛び出して行ってしまったらしい。盗聴器から聞こえた内容は些細な言い合いがエスカレートしていったことが原因だったようだ。
これはまたとない機会だ。いそいで車に飛び乗り盗聴器を頼りに追いかける。徒歩で移動しているようなのでそんなに遠くには行っていないはずだ。こんなことならGPSくらいつけておけば良かったな。
そうしてやっとの思いで夜の人気のない公園のベンチで俯いているのを見つけた。
車を近くに止め、気づかれないように後ろに回ると取り出した瓶の薬液をハンカチに染み込ませる。そして口と鼻を覆うように被せる。
「っぐ!?」
驚いたコバヤシの抵抗をなんとかいなす。
どうやらテレビで見るみたいにすぐには効かないらしい。それでも格闘していると徐々に抵抗が弱まってきた。
腕の力が弱まったのを見計らい用意していた手錠を後ろ手にかけ口にガムテープを貼る。抵抗を封じたところで脇に腕を差し込み後ろに引きずるように移動する。なんとか車の中に運び込むと目元に布を巻き、足にも枷をつける。車のドアを閉めると今更ながら辺りを見回す。…誰もいないようだ。運転席に乗り込むと速やかにその場を後にした。
心臓が破裂しそうな勢いで拍動しているのを感じる。後部座席をちらとみるともぞもぞと身じろぐ彼がいて自分は本当に成し遂げたのだという実感が湧いてくる。激しい高揚感に包まれたまま家に向かって車を飛ばした。
家に着いたらあたりに人がいないのを居ないのを確認し、急いで後部座席に横たわる彼をかつぎ上げると気合いで開け放たれた玄関のドアに走る。正直ここが一番危うい。見つかってしまえば全て終わってしまう。部屋のベットに彼を下ろすと車と玄関の鍵をかけにもどる。ついでに外を確認して胸をなでおろした。
そうして今に至るのだ。ベットに運ぶ途中で目隠しはとれてしまったがここまでの経路さえ分からなければ問題は無い。口に貼ったガムテープを慎重に剥がす。気をつけて剥がしたつもりだったが毛がくっついてしまって痛そうだ。
「っ、おい!お前だれだよ!こんなことして何が目的なんだよ!」
ガムテープを剥がれた彼が叫ぶ。
「あー、私のことはいいとして、目的は君が欲しかっただけだ」
「はぁ!?なんだそりゃ。とりあえずこれ外せ」
「それは出来ないな、だって君、逃げるだろ」
「当たり前だ!」
「じゃあ駄目。もう夜も遅いからまたあした。」
「あ、まて」
扉を閉めて鍵をかける。さすが防音室、なんにも聞こえない。しかし突然沢山の事が起きすぎてもうヘトヘトだ。重い体を引き摺って別室の自分のベットにはいった。
次の朝、目が覚める。時計を見るとずいぶん早く起きてしまった。今日は数少ない全休の日だ。
鍵を開けると扉を開けると本当に彼がいる。それだけでニヤけそうになる。
そっと足音を殺して近寄ると流石に疲れたのか寝息を立てていた。寝顔をずっと眺めていたい気持ちもあったがそれよりやらなければならないことがある。
まず取り出したのは足枷の鍵をとりだす。逃げられては困るけれどこのままでは生活していけないので外す。
「んん…」
動けるようになったせいかコバヤシがもぞりと寝返りをうった。足が動いたので足枷を抜くことができた。
次は首輪だ。これも用意していたものの一つだ。まずチェーンを壁のフックに繋ぐ。