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    kurumeeeei

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    kurumeeeei

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    ディルガイの文章の習作

    ##文

    運命目が合ってしまった。

     噴水は太陽の光をばら撒くように輝いて、その向こう側に見える片目は弧を描いて微笑んだ。
     無視して立ち去ろうと元来た道に向き直ったにも関わらず、背後からは軽快な足音が聞こえてくる。小走りで近づくその音が隣まで追いついたところで、肩に痛みを覚えた。彼は肩からぶつかってきて、そのまま装甲が上着越しに押し付けられている。
    「……ガイアさん」
    「つれないじゃないかぁ。そうあからさまに避けるなよ」
     まだ浮かれている、と思った。あの夏、あの島、わずかに交わした会話。季節はとうに過ぎ去ったと言うのに、今でもやたらと距離が近い。
     そして何より煩わしいことに、この距離を拒めない僕がいる。
     小さくため息をついて本来行くべきであった方向に踵を返すと、ガイアも踊るように片足で方向を変え「あっちに行ったりこっちに行ったり、忙しない奴」と軽口を叩く。
     本当に、煩わしい。

     僕は城外に出ようと大通りに向かっていたのだが、それは隣で些末なことを話している男も同じであったらしい。
     噴水から城門に向かって歩く。

     こんな晴れた日に並んで歩くのは、それを最後にしたのは、どのくらい前だったか。覚えている。全部。

     ガイアを一人で喋らせていると、地面の方からカッと靴底の擦れる音が鳴った。視界の端を横切る青い髪。目の前の階段。
     咄嗟に出た手は、無様に転びかけた男の襟を掴んだ。
    「何もないところで転ぶな!」
     焦った。ただガイアが転びそうになったというだけのことで、僕は焦っている。
    「あっ、首、首が締まッ」
     苦しそうに発する声を聞き、勢いをつけて腕を引くと、情けない呻き声と共にガイアは垂直になる。手を離すとよろけながら浅く呼吸を繰り返した。
     そうして息を整え終わった男はいつも通り軽薄な笑みを僕に向けるのだった。
    「ありがとう。あのまま転んでいた方がダメージは少なかっただろうが、礼は言っておくぜ」
    「階段から転げ落ちるよりはマシだろう」
    「転げ落ちたりしない」
     なんの根拠もなくそう宣言した男は少し拗ねているようにも思えて、また陽炎が見えた。気がした。


     門衛に手をひらひらと振った後、ガイアは先ほどまでしていた世間話の続きのように話し出す。
    「最近ツイていないんだ」
    「自分の不注意を運のせいにするつもりか」
    「おやおや手厳しい」
     何がおかしいのかくつくつと笑う。笑ってから、その横顔は神妙なものに変わる。ガイアの顔が陰って見える。
     それは、雲が通りかかって太陽を隠しただけだろう。
    「でも、本当に……」
     その声色で、また手を伸ばしそうになる。一体どこへ?行き場などないはずの指先が浮かないように力を込める。反対に、ガイアの指は天を示した。
    「こうなる」
     ガイアのポーズと言葉の繋がりを理解する前に、何かが頭にぶつかった。
    「いたっ」
     予期せぬ痛みに思わず声を出すと、ガイアは降り注ぐリンゴを浴びながら笑っていた。リンゴ?
     そう、リンゴが空から降ってきている。
    「気球が壊れたんだ」
     ガイアの視線の先に、煙を吐き出しながら緩やかに下降していく気球があった。
     そして慌てて近づいてくる人物が二人。果物屋の青年と、その後ろに少女がいた。
    「すみません!」
     途中でヒルチャールに攻撃された気球は、それでも持ち堪え橋の前まではたどり着いたという。しかしそこでロープが事切れて果物を落とし、結果、今は湖の上に不甲斐なく浮いている。
    「あとで騎士団が回収するから気にするな」
     ガイアは頻りに謝る青年を励ますように肩を叩く。そうして今度は僕に表情だけで「ほらな?」と告げてくる。
    「気づいていたのなら言えよ」
    「気づいた時には手遅れだったもんでな」
     ガイアは転がるリンゴを拾い上げながら、「ここまでくると呪いかもしれない」と付け加えるように言って笑った。
    「さっきから、何がそんなに楽しいんだ」
    「お前も巻き込んでやろうかなと」
    「趣味が悪い」
    「嫌ならしばらく避ければいいさ」
    「……君から目を離すと、何を仕出かすか分からない」
     その言葉を聞いたガイアは、僕のネクタイ辺りをトンと指で叩いた。
    「お前が決めたんだからな。お前が、選択したんだ。後で文句を言うなよ」
     返事をする代わりに、ガイアに倣ってリンゴを拾い上げた。

     集め終えたリンゴを適当な箱に詰めて果物屋に渡すと、青年は礼を言った。荷台を借りてきた少女が、後ろからそれを見て言った。
    「ほとんど傷がついてしまったわね。これじゃ売り物には……」
    「買い取ろう」
     間髪入れずに言った僕の言葉を処理しきれなかったのか、二人は一瞬動きを止めて、そして同時にしゃべりだす。
    「えっ、いや、そんなつもりで言ったんじゃ」
    「これ以上迷惑をかけるわけには」
     渡したばかりの箱を奪うように受け取ると、懐からモラの入った袋を取り出しそのまま渡した。
    「不足があればアカツキワイナリーに請求してくれ」
    「いえ、だけど、しかし」
     しどろもどろに言い淀む青年に、一連の流れを興味深げに観賞していたガイアを睨め付けながら言葉をかける。
    「迷惑をかけたのはこちらのようだからね」


     ぽんとリンゴが宙を舞う。ガイアの手が受け止める。また跳ねる。
    「俺のせいと決まったわけでもないだろうに。呪いなんてのは冗談で言ったんだ」
     遊んでいたリンゴを箱に戻しながら、ガイアは呆れたように言った。
    「慈善活動のつもりか?どうするんだよこんなにたくさん」
    「ジュースにする」
    「酒にしてくれ」
    「時間がかかる」
    「すりおろして酒に入れればジュースより早く消費できるぞ」
     そして良い事を思いついたと言わんばかりの顔で僕が抱える箱を掴んだ。指先が触れた。
    「今からエンジェルズシェアに戻って新しいメニューを作ろうぜ。皮を剥けば問題なく食えるんだし、客に出すのは気が引けるというなら俺が全部」
    「君、仕事はどうした」
     水を差されたのがつまらなかったようで、ガイアの手は箱から離れていった。
    「早番だったんだよ。帰り道に旦那のお堅い顔が見えたから、表情筋をほぐしてやろうと声をかけてやったんだ」
    「それなら」
     考えるより先に言葉が出て、一度飲み込んで、考えた。考えた上で、やはり言う事にした。唇が乾いて張り付くようだ。
    「アデリンに焼いてもらうか」
     期待を乗せて、僕は言った。大分勇気を出して言った。
    「いい案だ」
     返ってきたのは、言葉の意味とは裏腹になんとも気のない返事だった。まるで自分には関係ないというような。
    「じゃあな」
     向けられた背中に必死で声を投げる。
    「どこへ行く」
    「帰るんだよ」
    「どこに?」
     振り返ったガイアは珍しく無表情で、僕は繰り返し尋ねた。
    「どこに帰るんだ」



    「まあ!ガイア様!」
     アデリンは感極まったのをどうにか抑えつけるように姿勢を保っていた。
    「ああっ!お帰りなさいませディルック様、お二人とも…!!」
     そして僕たちを再度見遣ったアデリンは、その有様に落ち着きを取り戻し
    「何から手をつければよろしいのやら……」
     と呟いた。それもそのはずだ。泥や焦げた香りを纏って帰ってきた僕たちは、さぞ世話の焼き甲斐がある事だろう。
     いつもなら馬車で帰る道を、この絶不調な男と歩いたというだけで、こんなにも疲れるとは思わなかった。冒険者協会にいるという不運体質の少年であれば、このような事態のうまい対処法を知っているだろうか……。逸れていく思考を引き戻す。
    「アデリン、これを」
    リンゴの入った箱を机の上に置いた。
    「煮るなり焼くなり何でも。最優先で」
    「はい…!」
     想像していたよりもずっと軽く箱を抱え上げたアデリンは、そのまま飛び立ちそうな足取りでキッチンへと吸い込まれて行った。

     玄関に残った僕たちは、しばらく黙った。
     先ほどから言葉を発していない男の眼帯を見つめながら念じる。

     君が帰るだけで喜ぶ人がいると知れ。
     ここが帰るべき場所だと、思い知れ。
     いや、それとも。
     僕が帰って来いと言ったら来てくれるだろうか。僕から、それを口にしても良いだろうか。
     そうしたら君は
    「俺は入れないな」
    「は?」
     ガイアは片足を上げて見せてくる。
    「ここに来る途中、泥濘にハマってしまっただろ。絨毯が汚れるから」
    「そんなの僕だって同じだ」
    「お前はここの主人だから堂々と汚せばいいさ」
     その他人行儀な言葉に、温度が上がるのを感じた。僕の心境を知ってか知らずか、ガイアは平坦に言葉を続ける。
    「俺はそうも言ってられないからなあ」
    「君は」
     ガシャン!
     感情のまま酷い言葉を吐き出しそうになったところで、何かが割れる音がそれを防いだ。

     急いでキッチンへ向かうと、僕たちに気づいたアデリンが深々と頭を下げた。
    「どうした、大丈夫か?」
     彼女の足元に散らばる白い食器の破片は、ここ最近は姿を見せていなかったもので、つまり、ガイアと食事を共にしていた時に使われていたものだった。
    「申し訳ありません……このような失態を」
    「棚の建て付けが悪くなっていたのか」
     皿が収まっていたはずの食器棚を開閉すると、軋んだ音が響く。
    「ああ、ここの金具も外れている。仕方がない、随分使っていなかったものね。明日にでも買い替えよう」
    「こうなる前に気がつくべきでした。日頃の確認不足で」
    「君のせいじゃない」
    「俺のせいだな」
    「それも違う!」
     振り返りながら強い口調で言うと、信じられない事にガイアは口の端を上げて笑っていた。
     信じられない?僕は背後に何があると思っていたんだろう。自分のせいだと打ちひしがれている弟が、そこに立っているとでも思っていたんだろうか。
     知っていた事じゃないのか。
     忽ち冷静になっていくのを感じながら、アデリンに視線を戻す。
    「すまない、怪我はないか」
    「はい。この場の片付けはすぐに。バスルームの準備は出来ているはずですよ」
     相変わらず仕事が早い。キッチンの戸口に寄りかかっていたガイアを促して、バスルームへ向かった。

     湯で濡らしたタオルを足に滑らせながらガイアは口を開く。
    「だから言っただろ。入れないって」
    「その話はもういい。状況把握と対策が先だ」
     僕は鏡を見ながら、髪に引っかかっていた葉を引き抜いて屑籠に放る。
    「いつから起こった?原因に心当たりは?どのくらいの頻度で、どの範囲まで影響がある……」
     僕の質問事項が積み重なるのを防ぐように遮って、ガイアは答え始めた。
    「原因に心当たりはない。自覚を持ち始めたのは先週から。頻度と範囲については」
     一呼吸置いて、タオルを絞りながら続けた。
    「段々と酷くなっている」
     無駄な装飾を外してすっきりとした装いになったガイアは、今度は腕を拭っている。
    「人に危害が及ぶ程ではなかったから放っておいたんだが、悪手だったかもしれん」
     反省しているのかいまいち分からない言葉は流すことにしよう。
    「対策についてだが……しばらく僕の目の届く範囲にいろ」
    「それの何が対策になるんだ?」
    「不都合が起きたとき、迅速に処理できる」
     鏡の中のガイアを見続けながら言う。
    「悠長な君とは違ってね」
    「言ってくれるじゃないか」
     ガイアはまだ僕を見ようともしない。
    「だが、お互い暇じゃないんだ。四六時中一緒というわけにもいかないことは、分かるよな?」
    「鷹に見張らせるよ」
    「はは、何かあったら飛んで来てくれるってわけか」
    「ああ、どこにいても駆けつける」
     ガイアの方に向き直って言うと、ガイアもゆっくりと顔を上げた。探るように見つめ合う。
    「……そこまでするか?」
    「僕を巻き込もうとしたのは君なのに。案外臆病なんだな」
     鏡台から離れ、ガイアに近づく。
    「僕はね、今とても楽しいよ」
    「人の不幸をよくもまあ笑えたもんだよな」
     ガイアはすっかり泥の落ちた綺麗な腕を、もう何度も拭いている。
    「君だけのものじゃないよ」
     そういうと、タオルを持つ手が止まった。
    「一緒に酷い目に合う運命だと言ったのは、君じゃないか?」
    「いちいち覚えちゃいないが……言霊ってやつ?」
    「これに懲りたら軽口を叩くのは慎め」
    「軽口が原因なわけないだろう。本物の原因を突き止めないと。何にせよ…………」
     ガイアは逡巡する間を置いてから、かなり不本意な気持ちを滲ませ、手を差し出してきた。
    「よろしく頼む」
    「ああ」
     その手を握る。
     ようやく、正しいものを掴めた心地だ。

     君の行き先がどこまで酷い場所だろうと、逃げられると思うなよ。僕に掴ませたのが運の尽きだ。


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