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    kurumeeeei

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    kurumeeeei

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    酔って羽目を外すディルガイ
    2人ともだいぶゆるゆるになっています。

    ##文

    泥酔 モンド場内でアカツキワイナリー主催のパーティーが開かれたのは、春の風が吹き始めた日の夜だった。
     パーティーといってもささやかなもので、酒造業の者や商人、果ては酒の知識が豊富だと豪語するただの酒飲みなど、馴染みの顔ぶればかりだ。騎兵隊長の俺が警備につくほどのきな臭さはなかった。
     とにかく、穏やかな日だ。

     目の前に酒があるのに飲むことは許されず、大きな問題も起こりえない和やかな会場で、俺は彼が現れるのをずっと待っていた。
     というより、この場にいる全員が待っているのだろう。
     小規模なパーティーといえど、主催なのだからオーナーも顔を出すはずだ。商人たちは、その時に一言でも交わせたら……と期待していた。そしてその娘たちまで。商売の話をしに来たのか、縁談を持ち込んだのか分からない。気さくな雰囲気のパーティーというのもそれはそれで厄介だ。いち早く適当な理由を見つけてこの会場から抜け出したいと思っていた。それでも留まっているのには訳がある。

     昨晩、鹿狩りでディルックと鉢合わせた。夕飯を買ってすぐに帰るつもりだったのに、予定が狂ったな。
    「おや、旦那様が城内にいるとは……ああ、明日のパーティーの準備か」
     ディルックはカウンターで差し出された料理を受け取り、こちらに視線も向けず尋ねてきた。
    「君も来るのか?」
    「その通り。この騎兵隊長が直々に会場の治安を守ってやろう」
     おどけて答える。それに対してディルックは短く返した。
    「そうか」
     てっきり嫌味が返ってくるだろうと予測して口の準備をしていた俺は、見事に言葉を失った。ディルックのその声が、普段より柔らかくて。その後ろ姿が温かそうで。
     まるで俺が来るのを期待しているように見えたから。

     たったそれだけのことで!
     顔を片手で覆って、俯いた。昨日の「そうか」の声が耳から離れない。もしここに誰もいなければ、しゃがみこんでしまいたいくらい惨めになった。だってそうだろ。あいつは「来てほしい」とも「待っている」とも言っていない。相槌の、ただその一言で俺は。
     そうやってぐだぐだと会場の絨毯に足を捕らわれているうちに、入り口がざわめき始める。やっと主役のお出ましか。
     ディルックは上着を脱いで執事に預けながら、足早に目の前を通り抜けていった。集まった人々を歓迎する挨拶の言葉を述べ、笑みを浮かべた。
     すぐに人に埋もれて見えなくなるディルックを視界から外し、端の方へと移動する。軽口を叩いている暇がないのは明白だった。

     壁際で照明の光を反射する数々のグラスを眺める。そのどれもが俺には関係ない。
     形式的にグラスを手に持ったディルックが、近くに立つ業者と何やら話しているのが見えた。そのすました横顔を眺めていたら、指示通り真面目に立っている自分が馬鹿らしく思えてくる。暇を持て余すのは性に合わない。

     転びそうになった子供を支えに走ったり、ウェイターの真似事をしてみたり、誘われるまま踊ったりしていると気が紛れてきた。あとは酒が飲めたら完璧だ。ジンの耳に入った場合のリスクを考えるとそこまで大それたことはできないが。
     だんだんと楽しくなってきたところで、会場の色めき立つ声に邪魔をされた。人々の集まる方を向くと、ディルックが飾りであったはずのグラスを傾けて、中の液体を流し込んでいるのが目に入る。何をしているんだ。
     それからは商人たちのアピール合戦が始まった。オーナーが直々に試飲してくれることはそうそうない。あっという間に人波に消えていく赤毛を見ながら、かつての義兄の身を案じた。

    「ガイア様……ディルック様がお呼びです」
     言わんこっちゃない。
     パーティーも残り数時間となった頃、いつの間にかディルックの姿が消えていると囁かれ始めていた。お忙しい人だから仕事のために抜けたのだろう、というのが大方の意見のようだ。
     しかし消える直前までの光景を目にしていれば容易に想像がつく。案の定、連れてこられたのは会場と廊下を挟んで反対側にあるひっそりとした休憩室であった。

     従業員が扉を開いて招き入れてくれる。部屋に踏み込むが、ディルックはこちらにあまり注意を払っていなかった。ソファにしなだれかかって、あろうことか何やら歌っている。子供の頃に一緒に口ずさんだモンドの民謡とも違う、聞き覚えのない旋律はディルックの即興だろうか。いつぞやの炎水を飲んだ時より体調はマシなようだが、随分と愉快な酔い方をしている。
     注意を引くように開いていたドアをわざとらしくノックすると、ディルックは「どうぞ」と促した。モンドの無冠の王がこんな状態で大丈夫なんだろうか。この姿を俺に晒すくらいなら、潰れて眠りこけた方が良かったんじゃないか。
    「君は存外目立ちたがり屋なんだね」
     あまりに唐突で、なんの話か分からずに首を捻ると、ディルックは不満げに呟いた。
    「騎兵隊長と踊れるって、列ができていたじゃないか」
    「退屈している賓客を無下には出来ないだろう」
     ディルックの前にしゃがみ、顔を覗きこむ。嫉妬しているんだろうか。それなら拝んでやらないと。
    「それにあのお嬢さん、本当はお前と話したかったんだぜ。お前が仕事ばかりしているから、可哀想に」
    「ああ、本当に可哀想だ」
     ディルックは手の甲でそっと俺の頬を撫でる。
    「放っておいてすまなかったね」
    「違う」
    「違わないよ。君が可哀想でならないから、僕の仕事を分けてあげよう」
    「要らん要らん」
     ディルックが顔を包み込むように触れてくるので、首を振って逃れた。
    「しかしこんな体たらくで仕事は大丈夫なのか?」
    「明日の朝までは予定を空けてある」
    「へえ、夜まで忙しい旦那様がねえ。このパーティーにそこまで力を入れてたとは知らなかったぜ」
    「……君は暇そうだね」
    「おいおい、お前が心配で駆けつけて来たんだぜ?そりゃないだろう」
    「騎兵隊長のガイアさんに特別な任務を与えてあげる」
     尊大に言い放つディルックを奇妙な気持ちで見つめた。俺も酔った時、こいつからこう見えているんだろうか。
     ディルックは俺の頭に手を置いて、くしゃくしゃと髪を握る。これも拒むべきだったが、嬉しさが勝って何も出来なかった。大丈夫、酔っ払いの戯れに付き合っているだけに見えるだろう。俺が個人的にこうされるのが好きなわけではないぞ。
    「返事は?」
     上から降ってくるふてぶてしい声に気を取り直して、笑顔を作る。
    「慎んでお受けしよう」
     胸に手を当て恭しく頭を下げたというのに、この男ときたら全く見ていない。見ろよ。こっちを。
    「僕の服を少し脱がせても良いよ」
     そう言って腕を差し出す義兄の姿を、俺は知らない。記憶のどこを探してもない。本当に珍しい夜だ。
    「……やれやれ」
     タイをずらしてボタンを二つほど外してやると、ディルックは少し深めに呼吸をして、ようやく視線を絡めてきた。
     次の指示を仰ぐように「それから?」と問いかけると、まどろっこしそうな目で見つめてくる。これが人に物を頼む態度だろうか?俺がお前の反応を楽しめる人間じゃなかったら、とっくに床に転がして会場へ戻っているところだ。
    「……馬車まで連れて行くこと」
    「はぁい」

     会場にいたエルザーに、ディルックを連れて帰ることを告げると「後のことはお任せください」と心強い返事が返ってきた。こういった仕事は酒の味の分からない不愛想なオーナーに任せるより、エルザーの方が適任だ。
     氷水で冷やされていたボトルを引き抜く。報酬として2本くらいはもらっていいだろう。確認の意味を込めて隣でぼんやりしているディルックの前にボトルを差し出すが、返事はなかった。つまり交渉成立だ。
     入口の警備をしていた部下に指示をして、これで晴れて退屈な仕事を抜け出すことが出来た。
     凝り固まった身体を伸ばしてから振り返ると、会場の煌めきを背景にぼうっと佇む男がこちらを見ている。気分が良い。
     この会場から抜け出すなら、お前と一緒がいいと思ってたんだ。

     モンド城から離れ、しばらく歩く。
    「……馬車は?」
    「揺られて吐かれたら困るだろう」
    「そこまで、酔ってはいない。僕は、大丈夫だ」
     最初から馬車なんてつまらないものを手配するつもりはなかった。面白いことになっているディルックを独り占めにできるチャンスなんて、人生で何度あるか分からない。
    「夜風が気持ちいいな」
    「頭が痛い」
    「こんな良い夜に真っ直ぐ帰るのは勿体ないと思わないか?」
    「早く眠りたい」
     俺の肩に体を預けながらぐずるように言うディルックが本当におかしくて、その背中をバンと叩く。
    「もう少し付き合ってくれよおにいちゃん!」
     こめかみの辺りに雑なキスをする。ディルックは俯きながら呻いた。
    「君は……悪い男だ」
    「あっははは!」
     笑い声は夜空によく響いた。まだ夜風は少し冷たいかもしれない。

     清泉町を通りかかると、外のテーブルで飲んでいたドゥラフに声をかけられる。
    「肉でも食べていかないか?」
    「ちょうどいい!ここに美酒がある」
     先ほど報酬としてくすねた酒を掲げると、既に出来上がった者たちの喝采だ。ランタンで照らされたテーブルに近づくと、席を空けてくれた。2人で座るには少々狭くて、仕方なくディルックを膝の上に乗せてやった。そう、仕方なく。大丈夫、狩人達はもれなく全員酔っている。

     グラスになみなみ注がれた酒を口に含む。ああ、なんて素敵な夜!思う存分酒を飲み、切り分けられた焼きたての肉をいただく。時折ディルックの口元にもフォークを運んでやる。
    「ほら、こっちも美味しいぞ旦那様」
    「ん」
     差し出される料理を次々に咀嚼していくディルックを見て、本当に心配になってきた。面白いくらい食べるじゃないか。普段だったら行儀が悪いとか何とか小言を並び立てるくせに。
    「こんなにふにゃふにゃになっちまって。台無しだなぁ」
     後ろから抱きしめて、頬を擦り付けた。
    「やめ、やめろ……。酒くさい」
     腕を上げて押しのけられたが、意地になってもう一度顔を近づけようとする。
    「お前だって同じだよ」
     そこで視線を感じ、脳のまだアルコールの侵食していない部分で考えた。ここは外だ。清泉町だ。酒飲み仲間が大勢いる。
     まあ、明日にはみんな忘れているだろう。
     そう楽観的に考えようとしてみたものの、頬の温度はみるみる上がっていく。誤魔化しきれるうちに撤退しなくては。
    「さて、そろそろお坊ちゃんは帰らないと」
    「君もだろう」
    「うん?」
    「君もいい子だから」
    「……だから?」
     続きの言葉を待つが、一向に立ちあがろうとしない。肩を押すとそのままテーブルに傾く。
    「おい、寝るなよ。つまらん」
     控えめに揺らすと、灯りに照らされた赤い豊かな髪がわさわさと波打った。
    「それにお前を運ぶの嫌だよ、俺」
    「起きている。疲れただけ……」
    あ、この声は遠い昔に覚えがある。遊び疲れたディルックが船を漕いでいるのを指摘したときに返ってきたのとまるで同じ。こいつがこうやって気を抜くのを見たのはそれはもう久しぶりで、鼻の奥がツンとしてきた。いけないな。
     ディルックをどうにか立ち上げて、狩人達への礼もそこそこにその場を去った。

     帰り際、手土産に渡されたウイスキーを飲みながら歩く。
     この道は最近までヒルチャールや魔物達が頻出していたため、一時的に放棄されていた場所だ。その片付けもようやく終わった。今はまだ人気がないが、ちらほらと店を再開する準備が始まっているようだった。

     ワイナリーまであと何歩残っているだろう。酒も距離も減っていく。ずっとこうしていたいのに。
     不意に、ディルックが立ち止まった。こいつもこの夜の散歩を惜しく思ってくれただろうか。
     すっと長い指が伸びて何かを示す。
    「湖がきれいだね」
     しかし、ディルックの指の先にあったのは、どう見てもただの大きな水たまりだった。
    「湖っ、これが……湖?!やっ……はは、は!」
     酒で笑いの基準が著しく下げられた俺は、予想外の一言に敢えなく撃沈した。腹を抱えて笑っている俺を見やり、ディルックは「きれいじゃないか」と不満げに主張を繰り返す。
    「そ、そうだな……んふ、は……もっと綺麗にできるぞ」
     笑いすぎて乱れた息をどうにか整えながら、俺は”湖”に向かって指を鳴らした。いつもより薄く水面を凍らせて、水の動きが揺らめいて見えるようにする。
    「ほら、気に入ったか?」
    「すごく気に入った」
     そうやって微笑むディルックを見て、もうすっかり帰りのことなんか考えるのをやめてしまった。大丈夫、どこかの空き小屋で仮眠して夜明け前に起こせばいい。

     ワイナリーを目指していたはずの足は使命を失い、気まぐれに動いてちょっとした瓦礫の上に乗り上げる。
    「フフン、バランス感覚がいいんだ俺は」
    「それくらい僕にも出来る」
    「やめとけやめとけ」
     肩を押さえつけながら止めると、むっとしたディルックが腰を掴む。そのまま持ち上げられた。
     酔っ払いに担ぎ上げられるなど恐怖でしかないが、お前と一緒なら転んでどこまで落ちていってもいいかな。
     しばらくよたよたと進んでから、広げてあった敷物の上に降ろされた。商店を開くために場所だけ確保したのか、それとも以前あったものの残置物か。敷物の状態を見るにおそらく前者だろう。
     ディルックは何を思ったか俺の持っていた瓶を取り上げる。
    「喉が渇いた」
    そう言ってウィスキーを口に含んだディルックを慌てて制止した。
    「おい、飲むな。それは酒だぞ」
    「知ってる。おいしくない」
    「そんなこと言うなら返せよ!」
     ディルックの口から溢れた酒が無駄にならないよう、顎から滴り落ちようとする水分を舐めとる。音を立てて唇を離すと、今度はディルックが追うように俺の下唇を噛んだ。
    「はっ」
     ディルックに覆いかぶさって首に腕を回すと、お返しとばかりに熱い手が腰から背中へ滑っていく。
    「んん……」
     どのくらいそうしていただろう。うっすら目を開くと、ディルックの焦点が合っていないように感じた。俺の後ろを見ているようだ。
    「余所見」
     ディルックの頬を爪でそっと撫でる。
    「だって、ほら」
     体の横で、ディルックの腕が上がるのが分かる。夜空を示しながらディルックは言った。
    「星がいつもの2倍ある」
    「ふふ、そりゃお前……あはっ」
     そのままディルックを押し倒して転がる。自分も仰向けになって星を見る。横で今にも眠ってしまいそうな男の呼吸に合わせて、俺もゆっくりと息をついた。


     翌朝。
     数人に囲まれている気配を認識しながら、目を開けられずにいた。
    「ディルック様?!」
    「ガイア隊長……ハァ」
     聞こえてくる声が、どうか幻聴でありますように。

     騎士団の馬車に詰め込まれた俺たちは、昨日の夜の行動を猛省しながらワイナリーに向かっていた。酔いつぶれて道端で眠るなんて、騎士の精神に反する。貴公子の美徳からも外れているだろう。
     重々しい空気の中、俺もディルックも押し黙っていた。

     馬車の扉が開けられ地面に足をつけると、ディルックは具合が悪そうによろけた。それをとっさに支えるが、アデリンに会わずに帰るにはこいつをここに捨て置くしかないな……。
    「僕は体調が優れない。かわりに2人分叱られておいてくれ」
     どうやら同じ人物のことを考えていたらしいディルックの呻きを非難する。
    「なんてことを言うんだ!俺はこのあと代理団長に叱られて反省室に閉じ込められるんだぞ!」
    「僕は商人に詫びに行く必要が」
    「しっかりしてくれ、義兄さん!」
     芳醇な緑の香りに包まれた敷地内で、悲痛な叫びは風にかき消されていった。


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