天使「はぁ……。」
カーテンから漏れ出る光と隙間から流れてきたそよ風で目を覚ます。布団の中でさえ冷えていて動くのが億劫になってしまう。一息ついてベッドから上半身を起こす。どうも頭がうまく働かない。脳みそが深刻なバグを起こしているように、とてつもなく大きい質量を持ったナニカが頭を締め付けるように苦しい。とりあえずスマホを手に取り、時間を見ると昼過ぎになっていた。
無気力。虚無感。倦怠感。これらの言葉はどれも僕の体に当てはまるようで微妙にズレている。今の僕には、かつてあった大切なナニカが欠けていた。心の中が空っぽでどんよりとした空気が胸を詰まらせるような憂鬱な気分が数ヶ月は続いていた。ナニカ。大切なナニカ……。締め切ったカーテン、カップラーメンやペットボトルのゴミ、何回涙を拭いたかわからないティッシュ、幸せそうに映る僕と綺麗で美しいナニカ…。
何がどうとかは考えられないが、とにかく今は人に会いたくない気分だ。一生眠ったままで人生をやり過ごせたら…と思い、太陽を睨む。空はとても澄み切っていて青く、太陽の光が直接目に刺さるように降り注ぐ。
「ん……?」
急に光が遮られ、何か鳥の翼のようなものが目に映る。真っ白で綺麗で美しい。そう思った瞬間に何故か胸が苦しくなった。苦しい。辛い。そう思うのにどうしても目が離せない。頭は叫んでいるのに体がどうも拒否をする。そのまま見続けていたら、これまた真っ白で人形のような足が目に映る。と同時にうまく認識できないが人の顔らしきものがこちらを見て微笑む。その瞬間、僕の心はとてつもなく大きな安堵の波に飲まれて涙が止まらなくなった。間違いない。この子は、貴方は、
「僕の天使だ…。」
論理的な理由がある訳ではない。天使や悪魔の存在を信じている訳でもない。でも、確かに、目の前のこの子は間違いなく僕の天使だ。今まで働かなかった頭が、急に動き出す。
その日から、僕は元の生活に戻った。ように思える。連絡を絶っていた友人や職場の人間や家族とも連絡を取った。皆が口を揃えて「あの子のことは…」と聞いてきた。僕は質問が理解出来ずに愛想笑いをした。以前のように大企業に勤めることは叶わず、地元のスーパーで働いて生きていく分を賄った。ただ、淡々と働いて家に帰って寝るだけ。それだけでも生きていることを自覚してまともな精神を保てていた。今の僕には天使がいるから。
毎朝、漏れる朝日に顔を照らされ目を覚ますと天使がいた。物凄い優しそうな赤い目をして眼鏡をかけた真っ白な髪の真面目そうな男の子。初めて見た時は顔が認識できなかったが2ヶ月が経った今、その顔をしっかりと認識できている。
幸福の定義を覆すほどに綺麗で、優しくて僕を癒してくれる。毎朝その子をベランダで見かける度に心の底から生きていく気力が湧き上がる。とともに、腹が痛くなった。胸が痛くなった。頭が痛くなった。その子を見る度に幸せを感じる一方で自分を苦しめ続けるナニカの質量が増すような感覚に襲われた。
ー僕はナニカ大切なことを忘れている。