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    カテコールアミン

    雑多
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    POIPOI 32

    クリスマスの話(大厚顔)
    鍋する仲良しどつと、どつがお互いに想像ついたりつかなかったりする関係なのが書きたかった

    いくらなんでも遅刻すぎるから、支部には次のクリスマスに覚えてたら修正して持ってく

    クリスマスの赤はカニの赤『今日、時間あったらうち来い』
     19時に届いた、盧笙からのそんなメッセージを零が見たのは、"仕事"帰りの、タクシーの車内でのことだった。

     12月25日、つまり今日。世間がクリスマスと浮き足立つ日である。
     そんな日に届いた盧笙からのメッセージは、
    "盧笙から自宅に誘ってくるなんて珍しい"
    という意外さも零に感じさせたが、それよりも。

    (今日は集まらねえって話じゃなかったか)

     走り続けるタクシーの揺れを体に感じながら、零はぼんやりと、スマホ画面に映るメッセージの文字を見つめる。
     思わず傾けていた頭の中では、つい数週間前のことが浮かんでいた。



     それは12月の初めの頃。盧笙宅で、いつもの面々がいつもの通りに、飲み会を繰り広げていた時のことだ。
     たまたま流していたテレビで、クリスマスチキンの販促をするCMが流れているのを見た簓が
    「クリスマスパーティーしたい」
    と、脈絡無く言った。そして言った矢先に、
    「けど俺、今年のクリスマスの予定、全っ然分からへんねん……」
    と、酒缶の広がる机上に、力なく突っ伏した。

     簓の詳しく話を聞くと、丁度そのクリスマスの時期に、年始用の特番の収録やら何やらをするらしい。
     収録時間も長いものばかりで、終わる時間も正確には分からない。下手すると日付回るかも……というのだから、労基法の外にいる芸能人は大変だな、と零は他人事のように考えていた。

    「仕事あるんはありがたいことやろ。働ける時に働いときや」
     呆れた顔でそう言ったのは盧笙だ。
     現実味のある発言だったが、簓がなおも「分かっとるけど~」「盧笙んちでクリスマスパーティーしたい~~」と唸っていると、盧笙は1つため息を吐いて、言った。

    「お前らクリスマス関係なくうち来て飲んでるんやから、クリスマスくらい来んでええねん。というか、当たり前みたいに来ようとすんな。
    ……丁度ええ機会やし、たまには1人でゆっくりさせてくれ」

    「……え~? おいちゃんは別にクリスマス空いてるけどなぁ」
    「知らん、来るな、うちに入り浸るな」



     回想終了。
     そんなわけで、クリスマス、なんて飲み会開催の理由にするには最適な日ではあるが、どついたれ本舗の3人は、集まる予定を立てていなかった。
     簓は盧笙の『来るな』発言後も、
    「仕事早く終わったら連絡するから、そっからパーティーせん?」
    などと粘って、そして盧笙ににべもなく断られていた。
     そんな簓に同調して、零もその場では、からかい半分で盧笙に文句を言ったりしていた、が……

     実のところ零は、クリスマスにチームで集まることに、そこまで固執してはいなかった。
     というか、まあそれが『順当』だよな、などと考えていた。

     どう順当かと言えば、
    『盧笙にもクリスマスに誘う女の1人や2人いるだろうし、その場合、不法侵入常習犯2人は居ない方が好都合なこともあるだろう』
     という、零のお節介、或いは余計なお世話な思考に沿って、『順当』である。

     普段、浮いた話の1つもない盧笙だが、あの外見と性格ならば、盧笙側からはともかく、周りの人間の方がほうっておかないはずだ。
     そんな様子が微塵もないことから、現在の盧笙に『恋人』はいないのだろうが。
     しかし、クリスマスに予定が無いとなれば、盧笙が誰かを食事にでも誘うこと、或いは誰かから誘われることもあるだろう。そのまま、どちらかの家に行くという流れになってもおかしくはない。
     そんなことになった時、合鍵を使っていつ家に突撃して来るか分からない零と簓は、完全に邪魔者である。
     チームメンバーとして、たまには空気を読んで『この日は行かない』という状況を作ってやろう、と零は考えていた。

     そんなわけで零は、クリスマスに集まらない事に対してさして不満なく、クリスマス当日を迎えていた……が。


    『今日、時間あったらうち来い』

     これは一体どういうことか。
     盧笙から送られてきたメッセージを見ながら、零は再び、首をひねった。

     前述の、盧笙が女を誘うだの誘われるだのということは、あくまでも零の勝手な想像である。そのため、【クリスマス当日にも、結局盧笙に予定は無い】ということは、さしておかしな事ではない。
     おかしいのは、【予定がないからといって、盧笙から零を自宅に呼んでいる】という点だ。

     盧笙から自宅に零を招いたことなど、片手で数えるほどの回数しかない。
     盧笙宅での飲み会自体は頻繁に行われているが、それは零が約束もしていないのに勝手に盧笙の家に入り浸り、同じく約束もしていない簓と一緒に飲んでいるからである。当然だが、盧笙は勝手に飲み会をする2人に、ご丁寧に毎回怒っている。

     それが、どういう風の吹きまわしで、盧笙から零を自宅に誘う文面を送っているというのか。零には分からない。


     零の乗っているタクシーが、赤信号でゆっくりと止まった。スマホ画面のメッセージに気を取られていた零の意識が、そこでふと、外界に向き直った。
     止まった窓の外の景色へ、何の気なしに零の視線が向く。
     イルミネーション華やかなケーキ屋が、すぐそばの歩道沿いにあるのが見えた。

     ケーキ屋の外で、申し訳程度にサンタ帽子を被った若い男の店員が、【クリスマスケーキまだ買えます!】という看板を掲げている。
     その店員は、呼び込み仕事には不馴れそうに見えた。
     『両手に荷物抱えてるそいつはケーキ買わねぇだろ』というような客にまで、ケーキ購入を呼び掛けて、そして見事に無視されている。
     ケーキ屋のユニフォームの下に、チラと見えているシャツの襟は、この近くにある高校の制服のシャツと同じ形をしていた。
     多分、高校生の短期バイトだな……と勝手に脳が予想し始めたのを、零はゆるとかぶりを振って止めた。


     目を離していたスマホ画面をもう一度見て、表示したままになっていた、盧笙からのメッセージに意識を戻す。

     シンプルすぎる文面からではあるが、おそらく盧笙は簓にも同じ文章を送っているだろう、と零は考え始めた。
     『時間あったら』という言葉は、今日は仕事があるとあらかじめ話していた簓に向けられた可能性が高い。
     零は基本的に、誘われたらいつでも飲みに行くため、『時間あったら』などと言われることはない。

     それでは、簓にも零にも「クリスマスには来るな」と行っていた盧笙が、なぜ今日になって突然、2人ともを家に誘っているのか。
     何か盧笙に、想定外の出来事でも起きた、と考えるのが自然だろう。

     盧笙に起こっていると思われる、『想定外の出来事』を、零は脳内で予想し始めた。

     ……例えば、クリスマスという日を踏まえて考えると、
    『クリスマスケーキ販売の短期バイトをしている教え子にたまたま会って、バイト禁止なことをそこそこに注意しつつ、売れ残らないようにとケーキを買ううちに、1人で消費しきれない量になってしまい、その消費のため簓と零を召集している』
    とか。
     あり得る。盧笙にはそういうところがあると、零は日頃からヒシヒシと感じている。


     それならば、その誘いに乗ってやるのもまた良いだろう。どうせ用事があるわけでもないのだ。
     クリスマスらしい手土産でも持って行き、結局2人を呼ぶことになった盧笙をからかうのも、悪くない。

     信号が青に変わり、動き始めたタクシーの車内で、運転席に向かって、零は声をかけた。

    「そこの角曲がったとこにあるチキン屋に、寄れそうだったら寄って欲しいんだが」
    「チキン? あ~クリスマスですからねぇ。僕も昨日ローストチキン食べたんですけどね、……」

     タクシー運転手の雑談に相づちを打ちつつ、零は
    (家にワイン置いてたよな、ホットワインでも作ってやりゃ喜ぶか)
    と、今日持っていく酒の事を思案し始めた。


    newpage]***

    『今日、時間あったらうち来い』
     19時に届いていた盧笙からのそんなメッセージを読んだ簓は、
    (天変地異の前触れやろうか)
    と、車のサイドガラス越しに、思わず空を見上げた。

     盧笙から家に来るよう簓が誘われたことなど、これまでに片手で十分足りる回数しかない。誘われる前に、簓から盧笙宅へ行くからだ。
     そして、「当たり前みたいに人ん家に来るな!合鍵も使うな!」と文句を言われるのがお約束の流れになっている。
     そんな盧笙から『うち来い』と誘われるなんて。しかも『今日』なんて、突発的な日付指定付きで。
     驚天動地。簓にとっては、まさに天地がひっくり返るような出来事であった。

     ……と言っても、日も完全に落ちた今の時間では、窓ガラス越しに見えるのはギラギラ光る店やら看板やらの灯りばかりで、空の星の瞬きも見えない。
     当然、天が落ちてくる気配もない。簓の杞憂である。

     運転席に座る簓のマネージャーが、バックミラー越しに、後部座席の簓の様子を見て、口を開いた。
    「外、何かあります? 雪でも降りそうですか?」
    「ん、あ~いやいや! 何もない何もない!」
     パッとサイドガラスから顔を離し、簓は返した。
     赤信号で止まっているらしい車の列に並び、簓とマネージャーの乗る車も止まる。

     マネージャーが再度、口を開いた。
    「『今年はホワイトクリスマスになるかも』って天気予報では言うとりましたけど、なかなか丁度よくは降らへんもんですよね~」

     12/25、つまり今日の『クリスマス』というイベントを絡めたマネージャーの話題提示に、簓はウンウンと何度か頷いた。
    「せやなぁ、まあ寒いのは寒いから、今日は夜中に降るかもしれへんな~
    積雪せ"きせつ"のある季節"きせつ"』…ってな!」
    「アハハ、寒くても変わりませんねぇ簓さん」
     前の車が動くのに合わせて、再び車が動き出した。
     マネージャーとの会話が一段落ついたところで、簓は再び、盧笙から送られてきたメッセージを見た。

    『今日、時間あったらうち来い』

     多分、零にも同じの送ってるやろうな、と、根拠は無いが想像をしてみる。

     クリスマスである今日だが、どついたれ本舗の3人は、特に集まる予定などは立てていなかった。
     というのは、簓本人の仕事が、今年はかなりドタバタしており、ギリギリまでクリスマスの予定がどうなるか分からなかったからだ。

     実際、クリスマス当日の今日も、20時前まで年始特番用の収録をしていた事を思うと、余裕を持った飲み会の参加は難しかった。なんなら明日も、朝から仕事である。

     盧笙にも零にも、簓はいつかのタイミングで、予定が定まらないという話はしていた。
     その際に盧笙から、
    「お前らクリスマス関係なくうち来て飲んでるんやから、クリスマスくらい来んでええねん。
    というか、当たり前みたいに来ようとすんな」
    と、渋い顔をして言われたのが、記憶に新しい。

     簓は「仕事終わったら連絡するから、そっからパーティーせん?」などとも盧笙に言ってみていたが、けんもほろろに断られた。

     そういうわけで、今日の盧笙の家には、簓はもちろん、零も訪れていないはずである。

     そんな盧笙が、突然『うち来い』と言ってくるということは、何か盧笙にも想定外の出来事があったということだろう。
     鬼気迫るような文面ではないから、切羽詰まっているということではない、と思う。
     切羽詰まっているなら、こんな文面でなく、遠慮せずちゃんと助けを求めるだろう……というのは、まあ簓の願望だ。

     それでは何があったのだろうか、と、『切羽詰まらない想定外の出来事』を、簓は予想し始めた。

     ……例えば、クリスマスという日を踏まえて考えると、
    『クリスマスチキン販売の短期バイトをしている教え子にたまたま会って、バイト禁止なことをそこそこに注意しつつ、売れ残らないようにとチキンを買っていくうちに、1人で消費しきれない量になってしまい、その消費のため簓と零を召集している』
    とか。
     あり得る。元相方にはそういうところがあると、簓はよく知っている。
     勝手な想像ではあったが、それで勝手に納得した簓は、スマホ画面上部に表示されている時刻に目を向けた。

     今は20時過ぎ。今から盧笙宅に向かうと、到着はまだ遅い時間になる。
     けれど、盧笙から『来い』と言ってるのだから、今日ばかりは文句も言われないだろう。

     おそらく零も同じように誘われていて、誘われた零は、ほぼ間違いなく盧笙宅に行っている。
     酒を飲めるチャンスを逃す男ではない。

     となると、簓にはもう、盧笙宅に行かない選択肢は無かった。
     クリスマスにチームメンバーと集まれる機会があるなら、多少無茶してでも集まりたいと思うくらいには、簓は、今のチームメンバーと過ごす時間が好きなのだ。


     スマホ画面から顔を上げた簓は、運転席の方を見ながら、口を開いた。
    「マネージャー、ここの道もうちょい行ったとこの飲み屋街の近くに、夜遅くにやっとるケーキ屋あるの分かる?」

     いつだったかは忘れたが、いつか寄った店のことを思い出しつつ、簓はそう言った。
     夜遅い仕事帰りの社会人を主な顧客にしているらしく、夕方頃に開店し、夜遅くまで開いているケーキ店。以前行ったときは、高級感のある、ツヤツヤとしたケーキが並んでいた。

    「あ~11時くらいまでやっとるとこですかね? 個人経営の小さいとこ……」
    「そうそう!悪いんやけど、今からそこ寄ってくれへん?」
    「ええですよ。クリスマスですもんね~」
    「まだええケーキ、残ってればええんやけどな~……そんでそのケーキ屋の後、俺ん家やなくて、盧笙ん家に送ってくれへん?」

     一瞬の間の後。「なるほど」と言いながら、マネージャーが笑った。
    「分かりました。……ほんなら明日の朝の迎えも、盧笙さん家に行った方がええですか」
     随分と慣れた提案だった。
     簓は日頃から、盧笙宅で飲み会をしたまま寝落ちして、マネージャーにその家から仕事へ向かう車を出してもらうことがあった。
     マネージャーは盧笙宅のアパートへの道順もバッチリ記憶しているし、簓が盧笙宅に日用品や替えの着替え等を(無断で)置いていることも知っていた。

    「いや~いっつもすまん! お願いします!」
     大袈裟に顔の前で手を合わせた簓に、マネージャーは肩をすくめて見せた。
    「9時に迎え行くんで、今日は飲みすぎんといてくださいね」
    「そらも~気を付ける! 保証はできひんけど!」
    「保証してください、そこは」
     呆れた顔で言われ、簓は笑って見せた。
     繁忙期の仕事の疲れが、やや久しぶりの飲み会へのワクワク感で和らいだ。

     せっかくのクリスマスの誘いだ。遅い到着になるとは言え、ケーキを手土産にするくらいの甲斐性は見せよう。
     もしかしたら零も手土産にケーキを、あるいは盧笙が、自分用としてケーキを買っているかもしれないが、被ったら被った時だ。
     流石に胃に重いと唸りつつ、3人で食べるケーキも悪くない。きっと美味しい。


     ケーキ屋への道を辿る車内で、簓は盧笙からのメッセージに
    『今から行く!』
    と、返信を送った。

    newpage]***

     コロ、と銀色の玉が転がった。

     狙っていたオレンジ色の玉……系列のスーパーマーケットで使える商品券5千円分では無いことに、若干の落胆を感じる気持ちが先立った。
     それでも、白色などではなく銀色ということは、何かしらの商品はあるだろう。銀色は何等賞だったか、と顔を上げた瞬間。

     ガランガランとハンドベルの大きな音が、スーパーの出入口の一画に響き渡った。

    「盧笙先生おめでとう!銀色のは二等や!カニ鍋セットやで!!」
    「……カニ……鍋セット?」
     まだハンドベルの余韻がくわんくわんと耳に残る間に、馴染みの店員から言われた言葉を、盧笙は反復して、首を傾けた。

     中途半端な位置で止まっていた、8角形の抽選器のハンドルが、盧笙の首の動きに合わせたように、ゆると下まで落ちていった。

    newpage]***

     盧笙の家は、築数十年の2階建てアパートの、2階角部屋に位置している。
     2階へ昇るためのアパート唯一の階段が設置されているのは、ちょうど盧笙の部屋の隣だ。
     錆と年季の入った金属製の階段なので、盧笙宅の中……特にリビングや和室では、人が階段を昇る足音が、かすかに漏れ聞こえてくる。

     その音を考慮してか、家賃が他の部屋より少し安い。住んでみれば気になる程ではないし、いい部屋を選んだ……

     ……と、盧笙が以前に話していたことを、ふと思い出した。確か、簓が初めて盧笙の家を訪れた時、まだ2人がコンビを組んでいた頃に、その話を聞いたはずだ。

     寒空の下で簓が息を吐くと、夜の紺色に映える、白色の呼気が舞った。

     簓を盧笙宅へ送り、引き上げていくマネージャーの車を見送った後、アパート下の駐車場で簓がスマホを点けた時、時刻は21時前を指していた。
     盧笙に到着連絡を入れようかとも思ったが、部屋はあまりにも目と鼻の先なので止める。スマホを収め、足をアパートの階段の方へ向けた。

     手にもったケーキ箱の揺れを気にしつつ、昇り慣れた階段に、ゆっくりと靴をかける。コツン、と控えめな金属の音が鳴る。
     その簓の背後から、簓に話しかける声が1つあった。
    「よ、簓。仕事終わったのか」
    「零! 久しぶりやなー!」
    「そうか? 2週間くらいなもんだろ」
     そう言った零は苦笑いを浮かべて見せた。
     確かに、簓が最後に零と顔を合わせた……つまり、盧笙含めた3人で飲み会をしたのは、2週間ほど前のことになる。
     年末の繁忙期前は、暇さえあれば、簓も零も毎日のように盧笙宅に入り浸り、そして飲み会を繰り広げていたので、簓にとっては2週間でもかなり『久しぶり』な気がしていた。
     まあ感じ方は人それぞれだ。

     ケーキを抱え階段を昇り始めながら、簓は零に向かって口を開いた。
    「零もこの時間に到着って遅ない? なんか用事あったん?」
     簓がそう聞くと、簓の後ろについて階段を昇る零は、手に下げていた袋を揺らして答えた。
    「いや、これ買ってたら遅くなった」
    「チキンやん! と……そっちは酒?」
     零の持っていた袋は2つあった。
    1つはフライドチキンが有名なチェーン店の、赤白の箱が中身に透けたビニール袋。
     もう1つは、瓶の酒らしきものが入っている紙袋だ。

     零はニマと口角を上げて見せ、楽しそうに言った。
    「赤ワイン。それと、シナモンとかクローブとか……スパイスだな」
    「スパイス? チキンに掛けるん?」
    「ホットワインに使うんだよ。あとで作ってやる」
    「へ~! そら気になるけど、ワインて度数高いやつ? 俺、明日普通に朝から仕事やねんけど」
    「まあ火かけるから、ちっとはアルコール飛ぶんじゃねぇの」
    「ほんま? なんや、眉唾やな…」
     簓が疑わしげに言うと、零は面白そうに笑った。

     雑談のBGMとなっていた、カンカンという2人分の靴音が鳴り終わる。
     階段を昇りきり、すぐの場所にある『躑躅森』の表札が出た玄関前に立ったとき、零が、簓がずっと平行に抱えていた箱に目を向けた。
    「お前はケーキか」
    「そそ!クリスマスっぽいやろ」
    「チキンにケーキでな」
     そこまで言った零が「まあ」と含みありげに言葉を足した。
    「俺らを呼ぶっつーことは、チキンかケーキか、余らせてそうだけどな」
    「ナハハ! せやな~!!」
     零の含みを持った言葉の、『含み』部分を聞かずとも、簓は笑いと共に、零に同意した。

    「たまたまチキン売ってる教え子に会って、『割引きになっとるから』って、でっかいローストチキン買うてもうてたり~」
    「ケーキ屋行ったらバイトしてる教え子に会って、売れ残りそうなの買ってやってたりな」
    「案外、両方とも買っとったりしてな!」
    「家入りゃ分かるだろ」

     勝手な予想と認識をぴったりと共有した簓と零は、簓の使い慣れた合鍵によって開かれた玄関扉を順にくぐった。




    ***

    「………なにしとん盧笙」
    「………なにって……」
     リビングに座る盧笙が、たちのぼる湯気により曇った眼鏡の奥で、眉を潜めた。
    「『なにしとん』の前に、お前ら人んち来たら、他にまず言うことあるやろ」

     怪訝な声でそう言った盧笙は、リビングの扉すぐの場所で立ち止まっている2人の侵入者に、座った低い位置から、じっとりとした視線を向けた。
     視線を受けた簓と零の2人は、一度、お互いの顔を見合わせた。そして同時に、各々で正面を向いた。

    「ただいま?」
    「ただいま~!」
    「『お邪魔します』や!!」

     ツッコミの流れでいつものように机を叩こうとした盧笙が、机の真ん中で火にかけられている鍋を見て、腕の勢いを落とした。

     グツグツ、と、見慣れたリビングで、聞き慣れない音が鳴っている。

     普段は酒の缶やツマミが広がる盧笙宅のローテーブルの上には、見慣れない景色が広がっていた。
     机上の中心にカセットコンロ、その上に黒い両手鍋。
     鍋に蓋は被せられておらず、のぼる湯気の奥に中身が見えた。
     薄く金色のつゆが煮え立っている。煮える動きに合わせて、大量の白菜やらネギやらの野菜が浮き沈みしている。白から緑の野菜類の隙間から、オレンジ色のにんじんが、ふつふつと覗いて見える。
     そんな鍋の中身を、盧笙は長くない箸でかき混ぜつつ、リビングの入り口で立ったままの2人に向かい、口を開いた。

    「ちょうどええ時間に来るやん。もうすぐカニ入れるとこやった」
    「………カニぃ?」
     語尾を上げて声を出した簓に、盧笙は1つ頷きながら、短く返した。
    「今日はカニ鍋や」

     世間がクリスマスと浮き足立つ、12月25日。
     盧笙宅のリビングでは、カニ鍋の準備がなされていた。


     盧笙に言われ、簓がキッチンスペースのシンクを覗くと、そこには確かに、カニが置かれていた。
     ポリ袋に詰められ、流水で解凍されたらしい。雫が滴ったままのポリ袋ごしに見えるそのカニは、体の部分は無く、全て脚の部分のようだった。
     殻は半分だけ外された半身の状態で、人間が食べやすいよう、最大の配慮がなされている。

     簓の後ろから、簓と同じようにシンクに置かれたカニを見た零が、口を開く。
    「このカニどーしたんだぁ? まさか盧笙が買ったわけじゃねえだろ?」
     それは簓にも浮かんでいた疑問ではあったが、零はわざとらしく、若干失礼なニュアンスで盧笙に尋ねた。
     物言いだげな顔をした盧笙だったが、零の言葉は間違いではなかったらしい。文句を言うことは無く、零の疑問に、端的に答えた。
    「大通り出たとこにあるスーパーの、福引きで当てたねん、今日」
    「今日って、そらまた急やなぁ…… 福引きって、あの回すやつ?」
    「ガラガラのやつ。二等の『カニ鍋セット』……冷凍ズワイガニ4人前と、カニ鍋のつゆが当たった。狙ってたんは商品券やったんやけどな」
     盧笙は『ガラガラ』と言う時に、抽選器のハンドルを回すジェスチャーをしてみせた。
    「ほへ~ そらツイてるなぁ」
     簓が感心した声を出すと、盧笙はどこか困ったような顔をしながら頷く。
    「カニなんて買おうと思って買わんし、俺もそう思うたんやけど……」
     そこで言葉を切って、盧笙はリビングと地続きのキッチンの、一角を指差した。そして言った。

    「その量の冷凍のカニ、取っとこうとしたら冷凍室入らへんねん」
    「あ~!そういうことかぁ!」
     盧笙が指差したのは、盧笙宅の、一人暮らし用の控えめな冷蔵庫だった。
     冷凍室も付属しているタイプだが、アイスや冷凍食品に押されて、余分なスペースは残っていない。まして、4人前の冷凍ズワイガニが入る隙間など無いだろう。

     そこまで聞いて簓にはようやく、盧笙がクリスマスに突然カニ鍋をしている理由と、そこに簓と零を呼んだ理由が理解できた。
     盧笙は簓の納得を補強するように、話を締めた。
    「置いとけへんなら、もう今日カニ鍋作ってしまおうと思うて、けど1人で食うには流石に多いし……
    呼べばどっちかは来るか思うてお前ら呼んだんやけど……」
     盧笙の狙いどおり、ノコノコと家に来た2人を盧笙が見た。見られた2人が口々に答えた。
    「そりゃまあ、飲めそうなチャンスがあんなら来るだろ」
    「しかもクリスマスやしな!
    ……あ、せや! クリスマスやから、俺ケーキ買うて来たんやった!!」
     鍋に圧倒され、手に持ったまますっかり忘れていたケーキの入った箱のことを思い出し、簓が声をあげた。
     中心で鍋が音を鳴らしているテーブルの端に、ケーキ屋の白い箱が置かれる。
     簓の言葉で、零も自らの持って来ていた手土産のことを思い出したらしく、手に持ったままの袋を揺らした。

    「俺もチキン買ってきちまってるわ。あとワイン。けどカニ鍋なら、日本酒か焼酎だったなァ」
     鍋すんなら先に言っとけよ、と零が続けると、盧笙は眉を倒した。
    「急にカニ鍋で驚かせたろうか思うて」
    「驚いたのは驚いたけどな」
    「それと、俺はチキンもケーキも昨日食うてもうてたから、今日クリスマスのイメージが薄くて…お前らが買うてくると思ってへんかった。なんか悪かったなぁ」
     盧笙が言った言葉に、簓と零はそれぞれに瞬いた。
     そんな2人の様子には気付かず、盧笙が話を続ける。
    「昨日、仕事から帰る途中、チキンの街頭販売しとる子がおったんやけど、そしたらそれが去年の卒業生の子やってん。そこで短期バイトしとるらしくて。そんで、」

    「ピンポン!分かった!
    『割引きとかされてて、ついついデカいチキンを買うてもうた』!!」

     まるでクイズ番組の解答ボタンを押すかのように机を叩いた簓が、盧笙の言葉を遮り、食い気味で答えた。
     簓の勢いに押されつつ、怪訝な顔をした盧笙が
    「……まあ、せやけど」
    と、一応肯定する。
     満足げな顔をしている簓と、対して不審げな顔をしている盧笙に、零が
    「ケーキは?」
    と、短く問いかけた。

    「ああケーキは……チキン買うた帰りに、折角やし小さいケーキでも買おう思うてケーキ屋行ったら、そこでもたまたま、去年卒業した子がバイトしよってなぁ。そんで、」

    「ピンポン 『売れ残りそうになってたクリスマスケーキのホールをついつい買った』」

    「………何やねんお前ら」
     簓に倣い、クイズ番組の解答形式を取って盧笙の発言を先回って答えた零を、盧笙は眉間に皺を寄せ、ますます不審げな顔で見た。

     満足そうな顔で笑っている零を横に、簓がパチンと、1つ手を打った。
    「ほんなら、ワインは置いといて今度飲むとして、チキンとケーキは今日中に食うてまお!
    そんでなにより、メインのカニ鍋もな!!」
     リビングには、鍋のつゆが煮立ち、出汁のようなほのかな匂いが漂っている。


     カセットコンロだけでもかなりのスペースをとっていた所に、箸やら取り皿やらを並べると、かなりテーブルは手狭になった。
     おまけにケーキとチキン、そしてこれは外せないと、盧笙宅に常備してある缶ビールも持ち出したため、机上は物で溢れ返っている。

     解凍されたカニは、黄金のつゆに少し入れただけで、その身を柔らかく紅色に変えた。


    「カセットコンロなんてよく持ってたな」
     半身のカニの殻を外していた零が、ふと思いついたようにそう言うと、問われた盧笙は食べていたチキンを飲み込んだ後、
    「今日買うた」
    と、何もなさげに答えた。

    「あぁ? 今日?」
    「福引きしたスーパーの、キッチン用品のコーナーに売っててん。まあ防災用品としても使えるし、ええ機会かな思うて」
    「そんでまんまと買っちまったのかよ」
     言外に呆れをにじませた零の言葉に、盧笙は眉を寄せた。
    「……何がまんまとやねん、ガスとか止まった時に使えるんは事実やろ、ええねん別に」
     零は笑って肩をすくめただけで、それ以上は何も言わなかった。

     ムスっとした顔をしたままの盧笙を、飲んでいた缶ビールを置いた簓が「まあまあ」と宥め、口を開く。
    「カセットコンロあるなら、次は他の鍋とか、別の料理とかもしたない?」
     簓の言葉に、盧笙は1つ瞬いた後、頷きながら首をかしげた。
    「まぁ折角やし、せやな。 言うても、鍋以外にカセットコンロ使うような料理ってあるか?」
     盧笙の疑問に、箸を持っている手の人差し指を立てた零が
    「専用の鉄板買えば、焼き肉とかできんじゃねえの?」
    と、提案を上げる。
    「換気どうする気やねん。冬なのに窓開けてやるんか?」
    「換気扇まわしゃいけるだろ」
    「うちの換気扇にデカすぎる期待をかけるな」
    「ハイハイ!! 俺はもつ鍋食べたい!! もつ鍋って油固まってまうから、温めながら食べれたら丁度ええやん?」
     簓が挙手と共に提案を上げると、次は盧笙も、引っ掛かり無く頷いた。
    「ほんなら、次はもつ鍋するか」
    「やった!」
    「焼き肉はしねえのかよ」
    「それは窓開けてするから、もうちょい春に近付いてからや」



     ガヤガヤと3人が話す部屋の中はひときわに暖かい。
     冷え込んだ外で雪が降り始めたことには、まだ誰も気付いていない。

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